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(71)小日向の主張

ランチ合コンの後日談です。

「大丈夫ですか?体調は」


会社に着いた途端、小日向が駆け寄って来た。


「うん、翌朝には下がったから。熱以外に症状何も無かったしね」


七海がそう言うと、小日向は明らかにホッとして握りしめていた掌を解放した。体調を気遣うメッセージは合コン終了後すぐに彼女から七海のスマホに送られて来ていて、翌朝スッキリした七海はそれに『心配ない』と返信をしたものの、彼女としては顔を合わせるまで不安だったらしい。


「それよりゴメンね。せっかくの合コンに水を差しちゃったみたい」

「それは全然!実はむしろあの後の方が盛り上がったくらいなんです」

「え?そうなの?」

「お二人の仲の良さを目の当たりにして、何だか結婚もいいねぇ……なんて話で盛り上がって」

「へ、へぇ……」


何と返して良いか判断できず、七海は曖昧に笑った。七海は遠野以外の黛の同僚には初めて会ったので、どう言う話になったのか全く想像できない。それに黛に気があるらしい(?)遠野に対して『黛君はあげられない!』などと、ハッキリとした敵対宣言をしてしまったのだ。遠野が気落ちしてしまったのではないか……と途端に不安になって来る。

少し朦朧としていた所為か、それとも熱で寝込んでしまった所為か―――今の今まで遠野の問題は七海の頭からすっかり抜け落ちていたのだ。黛がモテる事に慣れ過ぎている自分を発見して、七海は自分でもどうかと思ってしまう。もう少し気にするべきかもしれない、相手の為にも……と何故か反省してしまった。


「ま、それは後で報告会やりますから!お昼、私もお弁当持ってきたのでお邪魔しても良いですか?」

「あ、うん。それは大歓迎だよ!じゃあ、お昼にまた」

「はい!」






「えーと、ランチ合コンの結果報告を致します」

「あ、はい。お願いします」


真面目くさって小日向に答える七海を見て、川奈がケラケラ笑った。


「一応、全員メッセージアプリのIDを交換しました。後は気に入った相手と詳しい情報をやり取りするかどうかは本人次第と言う事で……でも川奈さん、久石さんと随分打ち解けてましたよね」

「え、うん。話は合ったかも。今度ご飯食べに行こうって一応話してるけど……」

「そうなんだ!」


七海は目を見開いて川奈を見つめた。少し自分が役に立ったような気がして嬉しい。昔よくいたという『仲人おばさん』が何故他人の縁結びに嵌るのかちょっとだけ分かった気がした。


「でも社交辞令で終わるかもね?」

「そんな事ないんじゃないですか?良い雰囲気でしたよ」

「と言うか江島さんの話聞いてると、忙しくて会う暇あるのかなって思う」

「そんなに忙しいんですか?」


小日向の問いかけに、七海は慎重に言葉を選んだ。元々自分が勧めたワケではないが、せっかく上手く行きそうな縁に水を差すような事は言いたくない。


「そうだね……でも、休みはあるからデートは出来るんじゃないかな?……途中で呼び出し掛かるかもしれないけど……」


しかし嘘も言えなかった。どうせ付き合ったらすぐバレるだろうな、と思い直した。


「うーん、やっぱエリートと付き合うのは一筋縄では行かないんですねぇ。私も男性陣に色々お仕事について質問したんですけど、その時は『デートの時間なら睡眠削っても作る』っておっしゃってましたけど」


そう言った相手は小日向に気があるから目を潰したく無くて言っているのかもしれない、と七海は思った。今彼氏がいないのが不思議なくらい、小日向は可愛らしかった。


「そう言えば伊達さんは、どうだったの?さっき声掛けてくれて『楽しかったよ』って言ってくれたけど」


先輩の伊達はアラサーなのだが、面白がって参加しただけで結婚に焦っている様子は見られない。彼女が気風きっぷが良くて意外と姉御肌だと言う事実を、七海は以前飲み会で知った。年上好きの小池の目がハートだった。モテそうなのに今のところフリーらしい。


「伊達さんは何となく恋人探しって言うより、飲み友達作りって感じで楽しんでましたね。高浜さんは年上のお姉様好きらしくて、結構興味を持っていたようでしたけど」

「そういう小日向さんはどうなのよ」


川奈が矛先を小日向に向けた。


「遠野さんとずっと話していたよね。遠野さんも満更じゃない雰囲気だったけど」

「でも婚約者付きですからね」

「遠野さんは幼馴染との口約束だから、実現するかどうか分からないって言ってたよね」


川奈が言うと、小日向は冷静に目を細めた。


「ノリも良くて見た目も良くて、医者で実家も大きな個人病院―――モテないワケ無いですよね。代打と言う事ですが、黛さんも敢えて呼ばなかったのは何か彼に問題があるからじゃないですか?」


七海はギクリとした。


「でも結構楽し気に話してたじゃない?」


川奈の指摘に、小日向は肩を竦めた。


「『これは無いな』って思ったので、情報収集していたんです。お仕事の忙しさとかお医者様と付き合ったり結婚したりした時に気を付けるべき事とか―――絶対無いって思った相手こそ、印象良くしておかないと。遠野さんに好印象を持って貰えば、その知合いにも私の事良く言って貰えるかもしれないでしょう?『無い』って思った相手を無下にして、その噂を自分のターゲットに流されるのが、一番悪手ですから」


真顔になった小日向を見て七海は思った。この子若いのに偶にちょっと古臭い表現を好むなぁ、と。『悪手』とか『勝ち組』とか、完璧に整えられた今時の女の子には似つかわしくない言葉が時折違和感を誘う。医者ブランドに食いついて来たのでミーハーな印象があったが、妙に手際も良いし常に前向きで、徐々に強かさが目に付くようになってきた。


「……なんか、小日向ちゃんってスゴイね」

「え?」

「見た目はフワフワしてるのに、結構冷静に分析しているよね」


と川奈が感心したように言ったので、七海も大きく頷いた。週末から今日に掛けて、彼女の印象がガラリと変わった。


小日向はニヤリと笑った。


「―――戦士の能く勇なるは、其の備えを恃めばなり」


彼女の可愛らしいプリッとした唇から、異質な言葉が飛び出して来たので七海と川奈は目を点にした。


「え?それどういう意味?」

「女が容姿を磨くのは、戦場に向かう戦士が武具の手入れをするのと同じって事です!」

「……へ、へえ~~……」

「な、なるほど……」


ビシッと言われて二人は呆けたように、返事にならない返事をした。




どうやら、小日向の中身と見た目は相当掛け離れているらしい……と七海はこれまで仄かに抱いていた違和感の正体を、漸く理解したのだった。



小日向ちゃんは三国志も好きみたいです。


お読みいただき、有難うございました。

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