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(69)遠野の質問

(68)話の続きです。



トイレに逃げ込んだ七海は、落ち着きを取り戻す為に化粧直しをする事にした。鏡を見ていると頬が上気している事に気が付いた。


「あれ……風邪かな?」


喉に手を当ててみたが、特に違和感は無い。川奈と久石のコンビに揶揄われて照れて逃げ出して来たが徐々に胸のドキドキは収まってきている。その内落ち着くだろうと考えたが、念のため携帯用のパウダーファンデーションで頬を抑えてみる。


「うん、少しはマシかな」


頷いてポーチにハンカチなどを収め、トイレから出ると歩いて来た遠野と行き合った。きっとトイレだろう、そう思い会釈をして廊下の片側に身を寄せると、通り過ぎずに遠野はピタリと立ち止まった。


「江島って、黛と高校一緒だったんだ」

「あ、うん」


黛から聞いたのだろうか、それとも先ほど席が隣になった小日向から聞いたのだろうか?と七海は類推した。そう言えば小日向は気付いただろうか、以前婚約者がいる売約済みの同僚と七海が言ったのは遠野だと。黛が紹介の時に「何故か代打で現れましたが、立派な婚約者がいますので」と冷たい口調で言い放つと、遠野は「まあ口約束ですからね、相手は子供だからどうなるか分かりませんけど」と曖昧な口調で微笑んでいた。何だかとってもモテそうだなぁ……とその時七海は思ったのだ。翔太の相手をしている時も気さくで感じの良い先生だと言う印象を受けた。黛ほどでは無いが、堂々とした体格で整った顔をしており、楽し気に余裕のある口調は周囲の空気を活気づかせる効果があった。


「大学時代は付き合いあったの?」

「共通の友達が居たので、その人の家で顔を合わせたりしてたよ」

「アイツ大学でモテまくっててさ、そんな男をよく射止めたね」

「え?ああ……そうだね」


黛が女性に人気があるのは、七海にとっては日常茶飯事だった。ただ付き合っていた相手は大学以降直接目にした事は無い。黛は彼女を本田家や七海が参加する飲み会に連れて来る事は無かったので、顔を合わせる機会には恵まれなかったのだ。


「病院でも相変わらずモテてるよ」


確かにモテるだろう、と思う。だけど今は結婚しているのだから、現在形で話すのは違うだろうと思った。付き合ってから黛から一切そういう話題が出て来なくなったので、あまり気にしていなかったが。


「えーと、結婚前まではって意味だよね?」

「いや?結婚後の方がモテてるなぁ……。素っ気ない男が意外に愛妻家って言うのが魅力的に見えて、食欲をそそるんだろうな。後釜になりたいって女の子は結構多いよね」

「後釜って……結婚したばかりなのに?」


七海には到底理解しがたい思考回路だった。

冗談だろうと思い、軽く返した。けれど分からないのは遠野がこんな事を言い出した動機だ。一体何が言いたいんだろう……と七海は訝しんだ。


「そりゃそうさ。昔っからアイツは勝手に女が寄って来るんだ。だけどその所為か女に素っ気無くてさ。なのにあんな男を夢中にさせるって、いやスゴイよね。江島って大人しいイメージあったけど、結構積極的だったりするんだなぁ……」

「え?うーん……」


七海からアプローチした覚えは全く無いので、なんと言って良いか分からない。高校時代からいつも絡んで来るのは黛の方だった。本田家で会うのは偶然だし、高校卒業後は忙しい黛が時間が空いた時に気まぐれに七海を呼びつけて来た。いや、ずっと彼は七海を好きだったのだから……本当は何とか都合をつけて連絡を取っていたのかもしれない。そう思うと彼の情熱が感じられて、自然に頬に熱が上ってしまう。

けれどもそれを説明するのは七海にはハードルが高過ぎる行為だった。


元はと言えば、二人の始まりは黛に告白して「やっぱり何か違う」と二週間で振った事だった。その後も面倒臭いヤツだと思いながらも腐れ縁で付き合っていたら「ずっと好きで諦めきれなかった」と告白されて、その時偶然七海も黛の事を好きになっていたので、付き合う事になったのだ。


「どうだろう?偶々(たまたま)気が合ったってだけだと思うけど……」


なので上手く遠野の勘違いを否定する事は出来なかった。七海にはどうしても正直に言えなかったのだ。付き合うのも結婚するのも黛にグイグイ押されて流されるように付き合って来て、こっちが積極的になった事など一度も無い……などとは。きっと勘違い女が冗談を言ってると思われるのがオチな気がした。

世間的に見るといろいろと格差があり過ぎる結婚で―――その事実を口に出そうとすると、優しくされて大事にされて幸せなのに、自分がとんでもなく高慢で高飛車な人間になったような気がしてしまうのだ。




「どうやって落としたのか……教えて欲しいなぁ」




遠野がクスリと笑って、七海の顔を覗き込むように身を屈めた。


「アイツ男の俺にも素っ気ないくらいだから、スッゴく興味があるんだよね。女に困ってない男を振り向かせて、夢中にさせるテクニック。黛にどんな風にアプローチしたのか……さ」

「え……」


その時、七海の中でカチリと音がした。


遠野の台詞が、初めてしっくり来た。

いつも飲み会のたびに電話をかけて来る遠野、嫌そうに応じる黛。今日も婚約者がいると言うのに飲み会に現れ、黛に絡んでいた。婚約者とどうなるか分からないと言って、黛を面白そうに見ていた遠野の態度。それから黛は結婚してもなお魅力的であると主張する彼の真意は―――


「あの、遠野君?」

「なに?」


遠野が甘く聞き返すと、七海は目を一旦瞑り、ギュッと両拳を握りしめ勇気を振り絞って顔を上げ、彼を真正面から見据えて言った。




「黛君はその……あげられないので」

「ん?」

「私の夫はノーマルだから!遠野君の方が確かにカッコいいしお金持ちで、しかも同じ仕事の戦友で悩みも共有出来て気持ちも近いのかもしれないけど―――譲るとかそう言う事はできないから!」

「んん?」

「だから、黛君を落とすテクニックとか、教えられないので!!」

「……」

「ゴメンなさい!!」




『俺はゲイじゃないからな……!』と、二人の仲の良さを揶揄うと黛が自棄に必死になって反論した意味に、七海はやっと気が付いた。

唖然とする遠野に向かい、言い切ったとばかりに七海はペコリと頭を下げサッと身を翻したのだった。



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