(66)インタビュー
ランチ合コンでの小話です。
七海はこれまで合コンと名の付く会に出た事が無い。
高校からの親友である唯は小学校から彼氏持ちだし、大学での友人達も硬派だったり地味だったりするサークル活動に夢中な人間ばかりで合コンに参加するような華やかな暮らしをしている者はいなかった。堅実に身近な相手と付き合っていたり、仕事に夢中で結婚に興味が無かったりと……七海の友人達は社会人となっても皆、婚活などにも縁が無い者ばかりだった。
そんな恋愛と無縁な環境で過ごして来た七海も、二十五歳になって急にモテ期に見舞われあれよあれよと言う間に彼氏が出来、その日の内に婚約する事になり半年もしない内に結婚届に印鑑を押す事になった。そして何となく……この先もずっとその相手と一緒にいられるような気がしている。
と言う訳で、もしかするとこれが七海にとって最初で最後の『合コン』になるかもしれない、と七海は思った。……ほぼ仲人の立ち位置ではあるが。
今日は土曜日。研修医との合コンを切望していた七海の後輩、肉食系カワイ子ちゃん小日向といつも七海とお昼を食べている同僚の川奈、そして面白がって手を上げた七海の先輩にあたる伊達の三名が参加する事になっていた。黛が声を掛けたのは彼の同僚の研修医三名、もちろん独身で彼女のいない男ばかりだ。
場所は渋谷駅から五分程歩いたビルの最上階にあった。小日向の行きつけのレストランで個室があるらしい。七海も立ち会う事になったが、結局幹事役は言い出しっぺの小日向が行い手早く予約を済ませ、サイト情報を七海のスマホに送ってくれた。
「見た目は可愛らしいのに、しっかりしているのよね。手際が良いって言うか」
「単に合コン慣れしてるだけじゃないか?」
「確かにそれはあるかも」
合コン会場に向かう途中で黛と肩を並べながらそんな話をしていた。到着したレストランは吹き抜けのトップライトから明るい光が差し込む気持ちの良い空間だ。
小日向の名前を出すと、明るい個室に案内される。
「江島さん!」
既に小日向と川奈が席に付いており、顔を出した七海に小日向が楽しそうに手を振ってくる。
「遅くなってゴメンね。予約とかいろいろありがとう」
「まだ約束の時間に全然なってないですよ。予約は言い出しっぺがやるのは当然ですから。こちらこそ繋ぎとってくれて有難うございます。えっと……」
小日向と川奈が七海の後ろに立つ黛に注目している。七海は少し照れながら紹介した。
「あ、私の夫です。黛君、こちら幹事をしてくれている小日向さん、と川奈さん。もう一人まだ来てないけど伊達さんって言う先輩が来る予定なの」
「黛です」
黛はニコリともせず、頭を下げた。
「小日向です。今日は休日に無理言ってしまってすいません」
「川奈です。いつも江島さんにはお世話になってます」
今日も完璧なカワイ子ちゃんぶりを発揮している小日向はニコニコと笑顔で頭を下げ、少し落ち着いた装いでいつも纏めている少し茶色い肩までの髪をサラリと落とした川奈は興味津々……と言った表情で黛と七海を眺めている。
先ほどまで普通だった黛の表情が全く無くなったので、七海は少し焦って黛の脇腹を肘で突いて囁いた。
「ちょっと、顔……」
「ん?顔がどうかしたか?」
ズイっと黛が顔を近づけて来たので、七海は真っ赤になって押し戻した。
「も、もういい!何でもないから」
伝わらないばかりか、職場の同僚の前で距離を縮められて彼女は焦った。家でいる距離感で接せられるのは非常に恥ずかしい。
そんな様子を今度は小日向は興味深そうに、川奈はニヤニヤと嬉しそうに眺めている。
「仲良しだねぇ」
揶揄うように川奈が言う。
「え?いや……そんな……」
黛は隣でシレッとしているが、七海は動揺して上手く切り返せない。どうしようも無くなって無理に話題を変えた。
「あのっ、席って決まっているの?」
「こちら側が女性で奥が男性の予定です。窓側に座って貰えますか?最初お二人に参加者の紹介をして貰って暫くしたら途中で席を入れ替える事になると思います。なるべく満遍なく話が出来るように」
「へーなるほど、合コンにも段取りがあるんだね」
言われた席に付き七海が感心したように言うと、小日向はジッと七海を観察するように見つめた。
「江島さんって、もしかして合コン出た事無いんですか?」
「あ、うん。今日が初めてなんだ。こういうの縁が無くって……」
「じゃあ、どうやって旦那さんと出会ったの?」
川奈が尋ねると、小日向も頷いて続きを促した。
こういう事を聞かれ慣れていない七海は、忽ち居心地の悪いような気がして来てしまう。今日は他人の遣り取りを傍で見守るくらいの軽い気持ちで参加したのに、自分の話題が矢面になるとは思わなかったからだ。チラリと一瞥すると、黛は動じる様子も無くただ七海を眺めている。恥ずかしくなって頬を染めながら、彼女は何とか返事をした。
「高校の同級生で……」
「もしかして、高校時代からずっと付き合ってるの?」
川奈が少し驚いたように言うので、七海は手を振って否定した。
「いやっそういう訳では無くて、ずっと友達で付き合ったのは最近の事で」
しかし半端なく恥ずかしい。このように突っ込んで聞かれたのは二人が付き合う前、立川を断る口実で仮の彼氏になって貰い、飲み会で写真を披露した時以来の事だった。
すると小日向が七海の顔を黛の顔を等分に眺めながら、更に質問を重ねた。
「どちらから、告白したんですか?」
「え?えっと……」
「小日向さん、ナイス。私もそれ、気になるなぁ……」
「できれば参考に、どんなシチュエーションだったとか、それからその後どうやってプロポーズまで持って行ったのか、教えていただきたいです」
「うっ……いやその……」
揶揄うような瞳で見守る川奈と、何故か前のめりにメモでも取りそうな勢いで真剣に尋ねる小日向の視線に晒されて、七海は額に汗が滲むくらい追い詰められた。あの状況を思い出すだけで爆発しそうに恥ずかしくなるのに、それを他人の前で詳しく説明するなど男性と付き合い始めて一年も経っていない恋愛初心者の七海にはハードルが高過ぎだ。
「俺からですよ」
すると黛が表情を変えないまま、追い詰められた七海を見ながら静かに答えた。
小日向と川奈の視線が、黛に集中する。視線の戒めから解かれた七海は反射的にホッと息を吐いた。
「告白したその日にプロポーズしました」
が、黛の容赦ない台詞に七海の体はカッと熱くなってしまう。
小日向は真面目な表情で「へー」と頷き、黛と七海を交互に眺めた。川奈はニヤニヤしながら黛から七海に視線を戻すと、こう言った。
「じゃあ、付き合って無かったけど、ほぼカレカノ状態だったとか……?甘酸っぱいねぇ」
「いや全然……そんな雰囲気では無くて」
川奈の揶揄いを含んだ言葉に、七海は沸騰しそうになった。否定の言葉にも力が籠らない。八つ当たりで、ズバズバ忌憚なく二人の馴れ初めを披露してしまった黛を睨みつける。
「七海は全く気付いて無かったもんな。俺はずっと好きだったのに」
「……!……」
すると空気の読めない男が更に爆弾を投下した。
「きゃーっ!ナニソレ」
「へええー、なるほど。やっぱり天然が一番強いんですね、勉強になります」
川奈が興奮した様子で声を上げ、小日向が腕を組んで納得したように頷いた。
「ま、黛君……!」
恥ずかしさマックスで黛を口止めしようと七海が立ち上がった時、ドアの無い個室の入口から男性二人が顔を出した。
「お、黛!ここで良いみたいだな」
「こんにちは!」
笑顔の男性達が歩み寄って来て、小日向と川奈もペコリと頭を下げた。
「ごめーん、遅くなって!」
すると直ぐに後からショートボブのサラサラした髪を揺らして、七海の先輩の伊達が飛び込んできた。一気に人口密度が上がって会場に活気が生まれる。スマホを見るともうすぐ合コンが始まる時間だ。
黛の同僚の研修医に女性陣を紹介しつつ挨拶をしながら、羞恥プレイはこれで終わりになりそうだと、七海はホッと胸を撫で下ろしたのだった。
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