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(59)動物園で

翔太が登場します。

黛家のメンバーが多忙な休日に七海は実家に帰って家事を手伝ったり、翔太を公園に連れて行った。久しぶりに実家の近くの大福屋でお土産を購入してマンションに持ち帰り、当直から帰宅した黛とジム帰りの龍一と三人で分け合う。

龍一は大福をペロリと平らげ緑茶を飲み干すと「ご馳走様」と言って部屋へすぐに戻って行った。この後シャワーを浴びて、部屋で仕事をすると言う。


ヨモギ大福を既にお腹に収めた黛が、二個目に手を伸ばしながら尋ねた。


「皆元気だった?」

「うん、元気だよ。翔太が黛君に会いたがってた。忙しいから難しいよ、とは言っておいたけどね」

「俺も翔太に会いたいな……今担当している患者さん落ち着いているから、来週なら遊びに行けるかも」

「本当?だったら動物園行けないかな?今度連れてって上げるって約束しちゃったんだよね」

「動物園かー。すっげー久し振り」


こうして、翌週三人で動物園に行く事になったのだった。







「翔太、何見たい?パンダ見る?」

「見る!」


翔太は右手で七海、左手で黛と手を繋ぎはしゃいでいる。時折勢いを付けて「せーの」で二人に持ち上げて貰い大きくジャンプすると「キャハハハ」と愉快そうに笑い転げたりする。


「パンダ寝てる」

「そうだね、寝てるね」

「パンダ!起きろー」


柵に乗り上げようとピョンピョン飛び跳ねる翔太を七海が宥め、それを横目に黛はスマホを操作した。


「パンダって食事時間以外ほとんど寝てるらしいぞ」

「朝御飯はもう終わったのかな?」

「朝御飯は九時三十分で……次の餌替えは十一時三十分だって」

「じゃあさっき終わったばかりなんだ。それじゃパンダも食べたばかりで眠いよね」

「ちょっと違う所回って戻って来るか」

「翔太、パンダさんのオヤツの時間にまた来よう。まだ眠いんだって」

「……」

「翔太、トラ見に行こうぜ。カッコイイぞ」

「行く……!」


こんな時七海は思う。三人で手を繋いで歩きながら感心するように言った。


「黛君って子供扱いが上手だよね」

「そうか?」

「翔太もすぐ懐いたし。ひょっとして元から子供好き?」

「いや?特に子供好きって訳じゃない。翔太がイイ奴だから気に入っているだけだ」


自分の話題に気が付いた翔太が割り込んで叫んだ。


「俺も龍之介好きだ!」

「サンキュー、翔太」


飛びついて来た翔太を軽く担ぎ上げて、黛は彼を肩車に乗せた。

視点が変わって翔太はキャハキャハと笑い出した。翔太の扱いに慣れている七海でも、力尽くの遊びでは男性には敵わない。男の子相手って体力勝負だなぁ、と七海は思った。しかしこのように簡単に持ち上げたりする一方で、そう言えば黛は翔太を変に子ども扱いしたりしない。だから翔太も黛を気に入っているのだろうと思う。


それからゾウを眺めてカワウソを冷やかし、トラの檻の前に来るとちょうどガラスの目の前で精悍なトラがウロウロしている処に出くわした。

翔太はピタリとガラスに張り付いて、トラを食い入るように眺めている。


「随分行ったり来たりするね、もしかしてサービスしてくれている?」


などと同じ道筋を歩き回るトラを眺めながら、七海が呑気に冗談を言うと黛が真顔で応答した。


「常同行動だな」

「ジョウドウ行動?」

「ストレスの所為か、何かの要求を置き換えて発散しているんだろう。不安や疲れを感じた時に同じ行動を繰り返すらしい。人間と同じだ」

「……」


途端に動物園の檻の中が陰惨な光景に見えてくる。


「何だかそう聞くと可哀想な気がする……」

「んーまあな。ただ元々居た場所では違うストレスがあるかもしれないしな。食事が取れなくて飢えて死ぬかもしれないし、密猟者に狩られるかもしれない。飼育する側も昔より飼育環境に配慮するようになっているって言うから、何とも言えないかもな」


無邪気に楽しんでいる翔太を見下ろして、七海は複雑な気持ちになった。

溜息を吐く七海の肩を叩いて黛は言った。


「まあ、そういうのも含めて子供の勉強だと思うしか無いよな。さ、そろそろパンダの食事の時間じゃないか?」

「あ、本当だ!翔太、パンダのオヤツ始まるよー、行こっ」


しゃがんで七海が翔太に声を掛けると、翔太は慌てて「行く!」と言って二人の手を引いて走り出した。




パンダ舎の柵の前で背伸びをする翔太を抱き上げようとしてふらついた七海を見て、黛が翔太を引き継いだ。身を乗り出してパンダを眺める翔太の様子を眺めていると、隣にいた年配の女性が目を細めて声を掛けて来た。


「お兄ちゃんイイねえ、お父さんに抱っこして貰えて。若いお母さんで羨ましいねぇ」

「あはは……」


どうやら翔太を黛と七海の子供と勘違いしているらしい。

通りすがりの相手に細かい説明をするのも如何なものか……と、七海は少し目を泳がせながら笑ってごまかした。その女性はすぐに連れ合いの男性とその場を後にして去っていく。


「「……」」


チラリと視線を合わせると、黛がフッと笑った。


「そろそろお昼ご飯でも食べますか?『お母さん』」

「……!」


ニヤニヤ笑っている黛が揶揄うように言ったので、恥ずかしくなって七海はバンッと彼の背中を叩いた。


「……ってえ」

「私パンダ弁当食べたい!翔太もお腹空いたでしょ?」

「空いた!俺もパンダ弁当食べたい!」

「行こっ」


真っ赤になって大股に歩きだした七海の後を、翔太の手を引いて黛が追いかけた。

ちょっと気になって振り向くとまだ黛がニヤニヤしてこちらを見ていたので、七海は肩を落とし。

―――潔く負けを認めて、二人が追い付くまでその場で待ったのだった。



お読みいただき有難うございました。

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