(55)……ロス?
すごく短いです。
長期休みも半ばに差し掛かり、玲子は全国行脚に出掛けてしまった。北は北海道、南は沖縄まで幾つかの都市を巡り、知合いに会って旧交を深めるのだと言う。「序でにジャズバー巡りしてくるわ!」と笑っていたが、有名人の玲子が顔を出した日にはその程度では済む筈は無い……と七海は思っている。現に七海が玲子に連れて行って貰った東京周辺のジャズバーでは、アッと言う間に囲まれ舞台に押し上げられ、お忍びは悉くミニコンサートに変わってしまっていた。
きっと地方都市ならあの数倍、いや数十倍の盛り上がりになるかもしれない。『ジャズバー巡り』などと言う可愛い物ではなく、『ジャズバージャック』いや道場破りならぬ『ジャズバー破り』になってしまうかもしれない……と言う畏れに近い予感を抱きつつ、七海は玲子を送り出したのだった。
と言う訳で……ある休日黛の当直が予定されている夜、七海は唯を誘った。
久し振りのお泊り会の決行―――唯にとっては初めての黛家でのお泊りとなる。
「おじゃましまーす」
キョロキョロと物珍し気にしながら、居間に入った唯に七海は笑顔を向けた。
「唯の予定が空いてて良かった!玲子さんがいないと何だか寂しくて……一人でお留守番するの、以前は平気だったんだけどさ」
予定表ではこの日、龍一も留守と入力されていた。眉を下げる七海に振り返り、目を丸くして―――それから口に手を当てて、プププと唯が面白そうに応えた。
「もしかして……七海、『玲子さんロス』?」
七海は真面目な顔で頷いてしまう。
「それだ!唯、上手いコト言うね……!」
すっかり玲子のいる生活に馴染んでしまっていた七海だった。
お泊り会の内容は、別話にする予定です。
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