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(54)勝ち組ですか?

七海の会社で飲み会がありました。

課の飲み会で隣に座った今年入った新人と、これまで七海はあまり親しく話す機会が無かった。どちらかと言うと、岬と並び称されるような可愛らしい職場の華タイプである。隙の無いメイクと計算され尽くしたようなふんわりとした柔らかい髪型、身に着けている衣装も可憐な彼女の印象にたがわない愛らしいチョイスだ。爪先まで常に気を使い控えめなピンクベージュのネイルは好感の持てる色で染められている。


まあなんと可愛らしい。


と七海は隣にいる彼女、小日向こひなたかほりを見て思ったのだ。

その上何やらとても良い匂いがする。これは男の人が隣に座ったらイチコロかも、と別視点でついつい眺めてしまう。


「江島さんってこの間ご結婚されたんですよねー」

「あ、うん。元旦にね」

「いいなぁ~」


羨ましそうに言う声も可愛らしい。こちらこそ、その可愛らしさ羨ましい限りです……と七海は思いながら、レモンサワーに口を付けた。


「それに聞きましたよ!江島さんの旦那さんってお医者さまなんでしょ?」

「え……あ、まあそうだね」


黛は黛と言うだけで強烈な個性を持っているので、医者だと言う事実は七海の中でそれほど重いモノでは無い。改めて聞かれて『まあそうだな』と思うくらいだ。仕事が大変そうで気の毒だとは常に思うが。


「どうやってお医者さまの旦那さん捕まえたんですか?羨ましい!私もお医者さまと結婚した~い」

「え……そう?医者って仕事もキツイし、忙しいし大変だよ?」

「でもエリートじゃないですか、高給取りだし。多少会えなくても、バッグとかジュエリーとか買って貰って埋め合せしてくれるんじゃないですか?普段行けないようなラグジュアリーな高級レストランにエスコートしてくれたり~」


どうやら小日向は『医者=高給取り』だと言うイメージしか無いらしい。確かに黛の実家は金持ちだし黛本人も個人資産を持っていて、結婚後まるまる託された七海は少々眩暈を覚えたものだが……研修医の給料は決して多くは無いし、前期研修の二年を終了してもその後三~五年間ほど後期研修で専門的な仕事を身に着けなければならないらしく……とにかく一人前の医師になるのは十年くらい掛かるのだと聞いている。だから七海にとって今の黛は、高野山の修行僧かリングに上がる前の下積み中のプロレスラー練習生みたいなモノだと言う認識だった。黛によると高給取りやエリートと呼ばれる存在になるのはまだまだ先の事らしいので。


「医者って言っても研修医だから、お給料も私達とそんなに変わらないよ。それに一緒に買い物とか食事に行く時間もほとんど無いくらい忙しいし……見ていても可哀想なくらいだよ」


結婚して良かった事と言えば会う時間を増やせた、帰る場所が一緒になったと言うくらいだろうか。無駄使いが体に馴染まない七海には、あまり資産家に嫁に行ったと言う実感は無い。最近は玲子に連れ回されて滅多に行かないキラキラした場所や今まで着なかった素敵な服を着る機会も増えたが、誰かと一緒じゃなければ一人でお金を散財しても七海にとっては虚しいだけだ。


「え~~本当ですかあ?でもおウチ高級住宅街なんですよね?そんなとこに住んでいるなら実家も開業医とか……お金持ちなんでしょう?」


何故そこまで知っているのだろう?と思ったが、小日向は岬とよく話をしている場面を見掛けると思い出した。何となく情報ルートには想像が付く。


「確かに彼のお父さんもお医者さんだけど開業医じゃなくて雇われてるだけだし、同居しているけど家計は切り離しているからご両親の事はよく知らないんだよね。仕事ばっかりで贅沢しているイメージ全然ないし」


時折物凄い突飛な情報が出て来て驚かされる事があるが、基本的に七海は詮索するタイプでは無いので龍一と玲子の二人に関しては未だに謎のままの部分が多い。龍一に至っては朝、顔を合わせなければ一日中会わずに終わるのでどんな性格なのかも把握しきれていない。知っているのは好き嫌いが無い事と、寡黙でメールがちょっと可愛いというくらいか。玲子のジャズピアニストと言う職業の方が派手過ぎて、医者と言う仕事はまだ真っ当な普通の職業枠に入るような気がしてしまう。


そう言えば、とこの間顔を合わせた黛の同僚である遠野と、以前突っかかって来た加藤の事を思い出した。


「でも確かに夫の同僚には多いかも。顔を合わせた人は二人とも開業医の息子さんと娘さんだったよ」

「え!」


キランと、小日向の瞳が光った気がした。


「その同僚の方……独身ですか?」

「……ええと……二人とも独身だったと思うけど……」

「『娘』はどうでも良いんです!『息子』!息子の方紹介してください!」

「ええっと……」


期待に目を輝かし身を乗り出す小日向の勢いに、七海は身を竦めた。余計な事を口走ってしまったのだとやっと気が付いた。


「えーっと、その人もう婚約者がいるらしくて……」

「えー!売約済みですか!なーんだ」

「す、すいません……」


七海は何故か敬語で謝ってしまう。


「他にいないんですか?合コン組んでくださいよ~」

「ご、合コン?」


『合コン』などと言う華やかな行事に参加した事も誘われた事も無い七海は、ドギマギして狼狽えた。


「えっと、忙しいから難しいんじゃないかと……」

「ちょっと聞いてみるだけ!需要があるかもしれないんですから、聞いてみるだけ!」

「……ええと……」

「駄目だったら引きますから……!」

「あ、う……うん、それなら……」

「絶対ですよ……!あ~本当に羨ましいなー、私も江島さんみたいに勝ち組になりたいです!」

「か、勝ち組……」


小日向は岬とちょっと違うタイプの肉食系カワイ子ちゃんだった。

医者と結婚すると『勝ち組』と分類される事もあるのだと改めて認識するとともに、後輩女子の逞しさに、勢いに押され気味になりながらもついつい感心してしまう七海であった。



「こういう逞しさがあれば、私も恋愛の一つや二つ経験できたと思うのよね」

「お前……何感心してるんだ?まさか今から見習おうとしてるんじゃ……」

「しないしない、そんなエネルギーありません(黛君だけで手一杯)」


などと言う遣り取りがあったとか無かったとか。


お読みいただき、有難うございました。

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