(44)人妻の魅力?
玲子の指導により、お洒落を頑張る七海ですが……
二週間分のワードローブを着尽した後は、七海本人がコーディネイトを考えなければならない。昼休みにお弁当を食べながら、スマホでファッションサイトをチェックしてみた。年の近い同僚の川奈がそれを覗き込む。
「珍しい。江島さんもそう言うサイト見るんだ」
「うん、そろそろお洒落も頑張ろうかなあって」
「……結婚してからお洒落頑張るんだ!ふつう逆じゃない?あ、なんか爪もキレイになってる!」
玲子に付き合う序でにネイルサロンで磨いて貰ったのだ。ジェルネイルも勧められたが断った。突っ張る感じがするのでネイルのまま仕事をするのは苦手だった。ずっと大福屋のバイトもしていたので爪に何かを塗る習慣が無かった所為かもしれない。
「ちょっと磨いて貰って……」
「そう言えば最近、なーんか垢抜けて無い?」
川奈が上から下まで舐めるように七海を眺めた。
そんな風に注目される機会に恵まれなかった七海は、居心地悪く頬を染めた。
「お義母さんが気にしてくれて、着こなしを教えてくれるの」
「ほお~。スタイリストみたいだね」
確かに。と七海は思った。
「来週から私がコーディネイトを考えなきゃならないの。それをお義母さんがチェックしてくれるから……」
「お昼のテレビ番組のファッションチェックみたいだね。『ちょいモテ』『ちょいブス』とか言われるの?」
「アハハ、そんな辛辣じゃないけど結構率直にビシッと指摘されるよ。だから慌てて勉強してるの。付け焼刃で何処までできるか分からないけど」
「ふーん?どれどれ?……これなんか、江島さんに似合うんじゃない?」
「そう?あ、コッチの花柄のワンピースも可愛い。川奈さんに似合いそう」
「ええーフェミニン過ぎない?」
「そんな事無いと思うけど」
お昼ご飯の後、川奈と別れ給湯室でお弁当箱を洗っていると、背後でポットからお湯を注ぐ音がした。洗い終わって振り向くと、マグカップを持って珈琲を飲みながら壁に寄り掛かっている立川と目が合った。
「立川さん、お戻りになったんですね」
「うん、先週」
立川はごっそり退職者が出た支店の営業のテコ入れに長期出張していたのだ。
「結婚したんだってね、おめでとう」
「あ、有難うございます」
面と向かって言われると、やっぱり恥ずかしい。七海は頬を染めてちょっとはにかんだ。
立川も一重の瞳を細めて爽やかに笑顔を返す。やや酷薄な印象を受ける顔がパッと変化する様子はやはりギャップがあって格好良い。相変わらず彼は社内の優良物件として人気が高いらしい。ちなみに七海の先輩である岬は、彼を諦めて営業の田神と付き合う事になったようだ。
お弁当箱を抱えた七海は何を言って良いか分からなくなって「じゃあ、お先に失礼します」と頭を下げて立川の横を通り過ぎようとした。しかし通り過ぎようとした直前で彼は七海を呼び止めた。
「江島さん、綺麗になったね」
「え……」
思わぬ事を言われて、困ってしまう。
そんな七海の様子を見て、立川は嬉しそうに続けた。
「惜しい事したなー」
「あはは……有難うございます。じゃあ……」
(そんなに変わって無いのになぁ、流石営業で活躍している人はお世辞が上手いや)
と七海は愛想笑いで受け流し、再び歩みだそうとして―――腕を取られてつんのめった。
振り返り、自分の二の腕を掴んでいる迫力のある男性を見上げて少し睨んだ。
「あの」
「俺、人妻でも構わないんだよね。返って萌えるかも」
「立川さんって……」
目の前の体格の良い男性の視線は揶揄うような光を帯びていたが、熱のようなものは孕んでいない(ように七海には感じられた)。
「何?」
ワクワクしている。そんな声音だった。
「何処まで本気で何処からが冗談なのか、サッパリ分かりません」
七海には、立川は難し過ぎた。まるで存在自体が謎かけみたいだ。
やはり自分には黛みたいに―――正直過ぎて墓穴を掘るくらいの相手がちょうど良い、と改めて思う。
冷静に返す七海に、立川は目を見開いて。
それからハハっと声を出して笑った。
「俺は何時でも本気だよ」
ニヤリと嗤って、パッと拘束を解く。
七海はペコリと頭を下げて、そそくさと給湯室を出た。
心臓がドキドキしていた。
「なんか怖かったなぁ……」
恐怖と言うほどでは無かったが……やはり立川は自分の手には負えない人だな、と七海は思う。
もうなるべく立川には近寄らないようにしよう!と改めて彼女は決意したのであった。
七海が逃げ出した給湯室で「やっぱ江島さん、面白いわ」とニヤリとする立川。
悪い冗談が大好きで、冗談と本気の境目が曖昧な難しい人です。仕事も困難な状況ほど燃えるタイプ。でも嫌がる人を無理矢理どうにかしたいとは思っていないので、揶揄いのみで終了です。
何か起こりそうに見えますが、やっぱり七海と立川の間には何も起こりません。
お読みいただき有難うございました。




