(31)黛君のお父さん
黛君のお父さん一緒の朝。短いです。
黛が当直で不在の日、入れ替わる様に黛の父親、龍一が出張から戻って来た。
「お義父さん、明日朝ご飯作りますけど、嫌いな物とかアレルギーとか無いですか?」
「……」
龍一は数秒思案するように黙り込み、首を振った。
「無いな」
「良かった」
気兼ねなく料理が出来ると七海は微笑んだ。龍一は夕食を既に外で済ませており、後は七海には出来る事は無い。寝る前に防音室で音楽を聞くのが日課だと言う龍一に、自分用の番茶を多めに入れて提供し、彼の出勤時間だけを確認して七海も部屋に下がった。
翌朝七海が用意したのは、豚汁と鱈の粕漬けをこんがりと焼いたもの、浅漬けに味海苔、それから納豆と言う―――またしてもこれぞ『和の朝ごはん』と言ったメニューだった。
昨晩は黛が不在の寝室で、グッスリと眠る事が出来た。
ちょっと寂しい気もするが、広いベッドで思う存分ゆったりするのも悪く無い。昨日は昼間から実家に戻り、大掃除を手伝った。最近顔を合わせられなくなった姉にベッタリとなってしまった翔太と一緒にお風呂も入って、久し振りに賑やかな時間を過ごした。何だか疲れてしまってベットに飛び込んだ途端、睡魔に襲われてしまった。猫型ロボットと一緒に暮らす、あの有名な小学生並みの寝つきの良さだったかもしれない。
ご飯の準備を終え珈琲を飲みながら新聞に目を通していると、龍一が既に着替えを終えた状態でダイニングに現れた。彼の寝室には専用の洗面も浴室もあるので、準備は全てそこで終える事が出来る。同居と言ってもまるで二世帯住宅に暮らしているような感覚で、嫁いできた七海にとってはかなり気が楽だった。
「おはようございます」
「おはよう」
龍一はおしゃべりな黛と違って、言葉数はあまり多く無い。普通に会話はするがいつも台詞は簡潔で余計な装飾を付加しない。そう言う意味では見た目もそうだが黛は父親では無く、どちらかと言うと母親の玲子の方に似ていると言える。
著名な外科医(黛の幼馴染の本田がそう言っていた)らしい龍一は一見、寡黙で厳めしい雰囲気がある。けれども語り口は穏やかで、対面すると落ち着いた印象を七海に与えた。黛や玲子のようにパッと目を引くような強烈な印象は無いが、厳めしい造作をした顔は如何にも頼もしいと言った印象を人に与える。灰色の混じるやや長めの髪を撫で付けている様子はまさに『ロマンス・グレー』と言った言葉を体現しているように感じていた。
朝御飯を黙々と食べる龍一の表情に、あまり変化は無い。
七海は少し心配になって、彼が食べ終わった後「あのー、お口に合いました?味付け濃く無かったですか?」と尋ねてしまう。すると、あまり表情を変えない龍一からただ「大丈夫」と返された。
リアクションは薄かったが、あの正直すぎる黛の父親の事だ。七海はおそらく龍一は気を使って嘘を言う性格では無い―――と考え、とりあえずホッと胸を撫で下ろしたのだった。
週に二回、ハウスキーパーが掃除をしてくれる黛家は大掃除など必要無い。キッチンを片付け高い所の埃を落とし、髪の毛やほこりをモップで取り去ればアッと言う間にピカピカになってしまった。
大晦日の今日、黛は昼過ぎに帰って来るらしい。龍一は仕事で今日中には帰宅出来ないとだけ聞いている。七海と黛は取り敢えず大晦日を黛家で過ごし、元旦に二人で婚姻届を提出した後、江島家に顔を出す予定を立てていた。
黛が帰宅するまで手持ち無沙汰な七海は、ソファに寝そべりテレビを見ていた。
ブブブ……とスマホが振動したので、体を起こして手を伸ばす。
(黛君かな?)
画面を見ると龍一だった。
(もしかして何か忘れ物?)
メールを開くと目に飛び込んできた簡潔な文章に、思わず目が点になった。
『今朝はありがとう。朝御飯おいしかったです(^^)』
割と言葉少なめな、厳めしい龍一のメールの―――素直な文面。添えられた可愛い顔文字に驚いた。
面と向かっている時より親し気な感じがして、思わぬギャップにフッと七海の口元が緩む。
「ひょっとして玲子さんはこういう所に惚れたのかな?」
ニヤニヤしながら七海は呟いて『ありがとうございます。お仕事頑張ってください(^^)/』と、返信を送る。
送信した直後、玄関が開く気配がした。七海はスマホをテーブルに置きソファをを立って明日夫になる予定の恋人を出迎えるため、玄関へと向かったのだった。
龍一は朝が弱いので、顔には出ませんがボンヤリしています。が、仕事になると頭が切り替わりスイッチが入るタイプです。今日も仕事を始めてから七海にお礼を言うのを忘れていたと気付き、休憩時間に慌ててメールを送りました。顔文字は『メールの文章が簡潔過ぎて感情が分かり難い!』と玲子から指摘を受けて、プライベートではよく使うようになりました。
お読みいただき、有難うございました。
※誤字修正2016.8.22(鳴神藍様へ感謝)




