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(27)愛妻弁当

黛の職場での小話です。

診察が昼休憩にが半分食い込んでしまった遠野が、院内病院のコンビニでパンと飲み物をを買って研修医控室の扉を開けると、まゆずみがモグモグとお弁当を頬張っている場面に出くわした。


「お疲れ」

「はーっ参ったよ。今日混み過ぎ」


遠野はテーブルを挟んで黛の向かいに腰掛けた。

すると黛の彩りの良いお弁当が目に入る。細長い二段重ねの弁当箱―――どう見ても手作りである。心なしか箸を運ぶ黛の口元が緩んでいるように見えて、遠野は目を眇めた。


そして自分の手元を見る。

菓子パンと焼きそばパン。

咄嗟に目についた物を掴んだが、どう考えても野菜もタンパク質も足りない。


「黛」

「何だ?」

「卵焼きと肉じゃが一口ずつ寄越せ。味見してやる」

「……」


黛は返事をしない。

遠野はチッと舌打ちしてから、電光石火の速さで黛の弁当箱に手を伸ばした。

しかし一瞬早く、サッとそれは黛の手によって避けられる。彼は弁当箱を抱えて、テーブルの端へ移動してしまった。


「卵焼き一個だけ!なっ?いーだろ、それぐらい」

「……嫌だ」

「昼休み潰した俺に、ちょっとくらい同情してくれてもいーだろ?」

「仲良くしてる相手に作って貰えよ」

「平等に扱ってるのに、誰か一人に頼んだらマズいだろーが!」

「そんなの知るか。じゃあ、自分で作れよ」

「女の子の作ったお弁当が食べたいんだ!」


遠野の叫びを聞きながら、黛は最後に残った卵焼きとご飯をペロリと平らげた。


「ああっ……!」

「ご馳走様でした」


手を合わせて素早く弁当袋を縛り、苦笑しながら黛は席を立った。


遠野は黛と二人きりの場所だと、かなり子供っぽい。

だから狙った女性の前で気取っている様子を見ると、ギャップが有り過ぎて黛は気色悪く感じてしまう。


突飛な持論を大真面目に語る遠野に呆れている黛だが、実はあれはあれで……残念な様子が面白いと思っているのも正直な所だった。クスリと笑いながら、黛は遠野に向かってポロリと心情を漏らした。美味しい愛妻弁当を食べて上機嫌だった所為かもしれない。




「遠野って面白いよな。お前の事俺、結構好きかも」

「「えっ……」」




異口同音に戸惑う声が聞こえ、振り向いた。

黛の台詞の途中、『お前の……』の部分で扉が開く音が聞こえた気がした。

加藤が目と口をまん丸に開けて、扉を開いたまま立ち尽くしていた。




「えっと、加藤?」

「あっ、わ、私用事がっ。黛、遠野っゴメンねっ……!」




何故か加藤が顔を朱くして、黛の目の前で唐突に扉をバシンと閉めた。


「「……」」


滅多に謝らない加藤が何故か謝った。


暫く気まずい空気が流れたが「やばい、時間だ」と黛が言った一言で、二人の時間が動き出した。黛は控室を飛び出していき、遠野は慌ただしくパンを牛乳で流し込んだ。そうして黛と遠野は少しの違和感を抱いたものの、その時の事を直ぐに記憶の彼方に追いやってしまったのだが……。







その後、ごく一部で冗談のように囁かれる噂があった。


黛と遠野がタダならぬ仲で。

遠野の女好きは、真の性癖を隠す為のカモフラージュで。

黛の結婚は偽装で、妻とは仮面夫婦だ。だから敢えて黛は大人しい地味な女性を伴侶にわざわざ選んだのだ―――と。


勿論、出所は加藤だった。

その噂に信憑性は無いと皆思っているものの、看護師の飲み会で毎回冗談でネタにされるくらいには広まっている。


加藤はつい最近黛にハッキリと女として拒絶され、主張の強い女が苦手な遠野にも敬遠されていた。―――プライドの高い加藤にとってはそんな事はあってはならない事だったのだ。

漸く加藤は男達の事情を発見し、二人が自分に注目しない事に納得したのであった。




加藤と顔を合わせた時に同情を籠めた瞳で「あなたも大変ね」と言われ、七海が首をかしげる事になるのは、もう少し後の話である。



【おまけ】後日談の後日談


二人は後々(のちのち)他の同期から「加藤がこんなコト言ってたよ~マジ?」と揶揄われます。

遠野は「それで一時期、看護師の反応がおかしかったのか……!」と怒り、加藤に詰め寄り否定しますが、思い込みの激しい加藤は考えを改めず逆に「私は理解者よ」と生温かい視線を向けるだけ。

黛は噂も加藤も放置。周りにどう思われようと気にしません。逆に女性からのアプローチするが減って楽、と言う考えです。素っ気なく対応しているのに、何故か結婚してから秋波が増えて面倒に思っていたので。



お読みいただき、有難うございました。

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