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(26)お引越し

※本編掲載の後日談より改稿致しました。

籍を入れる前に何とか皆のスケジュールを合わせて家族全員の顔合わせを兼ねた食事会を済ませた。

まゆずみと七海は元旦に入籍をする予定となっている。入籍前から徐々に家具を揃え荷物を移動し年度末仕事納めが終わった今日、七海は残りの荷物を抱えて引っ越す事になっていた。後は忙しい黛家の住人が仕事で不在の間にゆっくりと自分の荷物を整理するつもりだ。


今日も黛と黛の父、龍一は仕事でマンションを留守にしている。理系女子リケジョの妹はいつも大学の研究室に籠り切りで最近ほとんど顔を合わせる事が無かったが、引っ越しの手伝いをかってでてくれた。彼女が黛家を訪れるのはこれが初めてである。


レンタカーに段ボールを詰め込んで予約しておいたマンションの来客用駐車場に辿り着いた時、マンションのエントランス前でヒラヒラと手を振っている背の高い男が目に入った。


「あれ、あらた君?」

「おつかれー」


七海は助手席から出て、長髪をポニーテールに纏めジーンズにTシャツ、ライダースジャケットを羽織って微笑んでいる新の元へ駆け寄った。ハンドルを握った妹の広美ひろみが怪訝な表情で姉の後ろ姿と少し軟派な雰囲気を纏う男を見ている。


「こんな所でどうしたの?黛君、今日は仕事でいないよ」

「うん、その龍ちゃんに頼まれた。荷物運ぶの手伝うよ」

「え!そうなの?」

「連絡行ってない?」

「連絡……」


スマホを取り出すと、黛から『新に荷物運び手伝わせるから』と簡単なメッセージが届いていた。ちょうど車で移動していた時間帯だ。もっと早く言ってくれれば良いのに、すれ違わなくて良かった!……と七海はホッと胸を撫で下ろす。しかし黛なりに気遣ってくれる気持ちが感じられて、仄かに嬉しさが込み上げた。


「うん、来てたみたい……だね」

「お姉ちゃん?」


肩に付かないくらいの長さのやや栗色がかったくせ毛に細い銀色のフレームの眼鏡を掛けた広美が、いつの間にか車を降りて七海の隣でもの問いたげに彼女の顔を覗き込んでいた。新の瞳が興味深そうに輝く。


「もしかして、七海の妹?あんまり似てないね」


うん、よく言われる。と七海は思う。

アッサリ顔の七海は母親に似ている。ちょっと派手顔の広美は父親に似ている。


「そう、私の妹の広美。よろしくね?広美、こっちは本田新君。ええと―――黛君の幼馴染……でいいよね?年は広美の二個下かな、いま大学二年生だったよね」

「よろしく~」

「あ、はい。よろしく……」


人見知りしない性質たちの新の親し気な笑顔に、やや戸惑いながらも広美は頷いた。







荷物を運び終わった後、お菓子と珈琲で一服して三人で世間話をする。広美も元々社交的なタイプなので、少し思いがけない対面に怯んだものの直ぐに打ち解け、新との会話を楽しんでいるようだった。

後の荷解きは新の手を借りるつもりは無かったので、次回引っ越し手伝いのお礼に食事を奢る事を約束をし、江島姉妹は玄関まで新を見送った。

愛想良くニコニコ笑いながら手を振る新に、七海と広美もニコニコと手を振り返した。


パタンと扉が閉まると、広美が七海の脇腹をつついた。


「ちょっと~何、あのイケメン」

「え?ああ……イケメン?そうだね、そうかも」


確かに本田や信に似た美男子なのだが、彼を小学生の頃から知っている七海にとって新は翔太と同列の弟枠だった。最近はそうでもないが、時々ファッションスタイルが(中学生では体型も)様変わりするのに驚くくらいで見惚れると言う経験は何故か無かった。


「ノリも良いし、スッゴくモテそうだね。いーなー」

「……広美、彼氏いたよね?」

「んー、別れた」


妹の台詞がイキイキしていたので、七海がヒヤリとして突っ込むと思いがけない返事が返って来た。


「ええ?あれ?だってずっと付き合ってたよね」


確か向こうから積極的にアプローチされて付き合って、二年ほどになる筈だ。


「研究で忙しくしてたら、拗ねちゃってさ。暫く音沙汰無いと思ったら、何かサークルの後輩の一年生と仲良くしてるらしいって友達からタレコミが入りまして―――慌てて連絡したら何かグジグジ言って来るから、別れちゃった」

「えっと、誤解だったんでしょ?」

「んーん。何処まで行ってるかは分からないけど、かなり気持ちは傾いていたみたい。あっちのも私がいるって分かってて押せ押せでアタックしていたみたいで、絆されちゃったらしいよ。『お前は俺がいなくても大丈夫だけど』なんて言うから面倒臭くなっちゃった」

「と言う事は……彼は広美とも別れたく無かったって事?」

「訳わかんないよね?まだキッパリ『あっちが好き』って言われた方が気持ちは残ったと思うんだ。だけど、どっちも好きで迷うみたいな言い方されたらさぁ……研究忙しいし悩むのも疲れるから『バイバイ、お幸せに!』って言って逃げてきちゃった。勝手に三角関係作って悩んでるんだもん、付き合い切れないよ」







それから二人は部屋に戻り、荷解き作業に取り掛かった。


サバサバと彼氏の心変わりを口にした広美だが、楽しそうに惚気ていた様子を覚えている七海は心配になった。しかし話題を戻すと嫌な気持ちになるのでは……と、それ以上追及する事を躊躇ってしまう。

すると新しい段ボールを空けようとした手を止めて広美が溜息を吐いたので、黙っていられなくなった。


「大丈夫?」

「うん?」

「彼の事……吹っ切れそう?」


広美は眉を顰めた。やっぱり未練があるのだろうかと七海は思ったが、彼女は逆の理由で悩んでいたらしい。


「それがさー、別れた途端私の事が惜しくなったみたいで『やり直そう』ってシツコイの。こっちはもう吹っ切ったのにさぁ、早く切り替えて次行って欲しいよ」

「え、そうなの?」


どうやら広美は本当に吹っ切れているようだ。サッパリした言い方に七海は安堵する。


「それがさ言うに事欠いて後輩ちゃんのこと『何でも俺に合わせるし、聞いても意見言わないから面白く無い』って私に訴えるの、酷いよね!意見のある合わせない女が嫌で、従順な女の子によろめいたくせにさ。勝手にしろっつーの、ますます呆れたわぁ。何か今まで好きだった気持ちも汚された気分」

「それは……大変だね」


恋愛経験の極端に少ない七海には、縁遠い内容の揉め事だった。少し派手な容貌をしている広美は七海と違って、昔からモテていた。けれども勉強や趣味に没頭する性質で結果別れると言う事はこれまで何度かあったらしい。モテるのも色々と大変なのだな……と七海は妹を気の毒に思った。


「だからさぁ」


キラーン!と瞳を輝かせて広美がハイハイで七海に近寄った。


「あーいうイケメンを連れて行けば、アイツも諦めて引き下がると思うんだよね。どうかな?新君紹介してくれない?」


ニッコリと笑顔になる妹を見て七海はは目を丸くした。

広美の切り替えの早さに感心したが―――七海は眉を下げて謝った。


「ゴメン、新君彼女いるから」

「え~!……でも納得!」


フットワーク軽いなぁ……と、呆れつつ七海は妹の厚かましさに苦笑したのだった。

どうやら広美にとって恋愛のいざこざは、それほど深刻な傷にはならなさそうだ。



江島姉妹は、頭の良くてハキハキしてちゃっかりした妹と、何でも中くらいで目立たないのんびりした姉と言う組み合わせです。


広美は長い間末っ子だったので、少し王様気質で一見リーダーっぽく見えるけれども実は甘えたさん。兄と妹に挟まれた七海は大きな声で主張はしないので弱そうに見えるけれど、実は周りに振り回されない芯のある人間です。

たまに姉妹逆に見られる事もありますが、お姉ちゃんの七海は元気過ぎる妹をそれなりに気遣っていて、広美は安心して無茶をしています。


お読みいただき、有難うございました。

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