五十八、ドライブ日和?
久し振りに投稿します。
ヤマオチ無しの小話です。
ある晴れた日の朝。その日は珍しく一般的な時間に起きて眠れる、貴重な休日だった。朝食後居間でお茶を飲みながら、黛と七海は夫婦水入らずでのんびりと過ごしている。
「ドライブに行こう」
するとソファの背に体を預けスマホを弄っていた黛が、急に居住まいを正し顔を上げてこう言った。妙にキリッとした表情で、まっすぐ見つめて来る。
真面目な顔をするとホント、この人イケメンだよなぁ。
と、七海は思い出したように考える。
けれども、もういつ生まれても不思議では無い臨月のお腹に視線を下ろし、首を振った。それは日に日に膨れ上がり、長く同じ姿勢を続けるのも随分しんどくなっている。どれだけゆったりと座らせて貰ったとしても、長時間車の助手席に座り続けるのは無理だろうと思われた。キラキラしい美形夫のせっかくのお誘いだが、丁重にお断りさせていただく。
「私はいいよ。お留守番しているから、行っておいでよ」
黛が購入した初めての自家用車は、本人の忙しさもあってこれまで単なる移動手段としてしか活用されていない。きっと遠出したくて、うずうずしているのだろう。
自分が家でのほほんとしている間、彼は毎日不規則なシフトで、ストレスの多い仕事をこなしている。夫が気晴らししたいというのなら、一緒に行けなくとも快く送り出してやろう。
彼女は、大きな気持ちで譲った。
何せ出産後に、このようなゆったりした気持ちで彼に接する事ができるか自信がない。とりあえず余裕のある今の内に、優しさくらい大盤振る舞いしよう! と、こう言う訳だ。
しかし言い出したら聞かない黛に「すぐそこだから。移動距離二十分! いや、十分ちょいだし!!」と促され、しぶしぶ車に乗り込むことに。
「十分の『ドライブ』?」と訝しんだが、本当に十分とちょっとで目的地にたどり着いてしまった。
到着したのは、大きな倉庫のような場所だ。車がずらりと数台並んでいて、思ったより奥行きがある。
手前に客待ちスペースのようになっている場所があって、ソファに小柄な女性が腰掛けてお茶を飲んでいた。良く見知ったシルエットで、直ぐにそれが誰か七海は気が付いた。
「唯!」
「あれ? 七海だぁ」
少し曇りがちに見えた唯の眉間が、明るくなった。
「黛君も、洗車しに来たの?」
「え? ああ、うん。そう、洗車にね……」
黛がやや曖昧に頷いたので、七海は漸くこの十分ちょっとのドライブの目的を知る。どうやらここは洗車場であるらしい。そして黛はドライブというよりはむしろ、車を洗いにここに来たようだ。
天井の高い倉庫というか車庫のような空間には、いわゆる高級車らしき車が何台かズラッと並んでいる。しかし、見た所そこに唯以外の人影はない。
だとしたら随分空いている洗車場だなぁ、と七海は思った。こんなところに唯が一人でポツンといるのが不思議だった。もしかして仕事か何かで来ているのだろうか? 随分疲れた表情をしているように見えた。
「本田は?」
「ええと、あっちの奥だよ」
唯が倉庫の奥の方を指差すと、黛は「サンキュー」と言って笑顔になった。その時ちょうど、一番奥の車の影から人影がむくりと現れた所だった。男性が二人。一人は随分背が高い、おそらくこちらが本田だろう。
黛はクルリと七海を振り返り、顔を寄せた。
「俺、車見て来て良い?」
瞳がキラキラと、期待に輝いている。そう言えばここに来る途中も、黛は運転しながら何処かソワソワした雰囲気を纏っていたように思う。
なるほど、そう言う訳か。と七海は了解した。
きっとスマホで、今日本田が新車をこちらで洗うと言うのを知って、彼が購入した新車を自分の目で確かめたくなったに違いない。
「うん、どうぞ」
頷くと、ニコッと笑って頬にキスを落とされた。
しかし直ぐにサッと体を翻し、黛は「本田!」と手を上げて、男性二人の方へ立ち去ってしまう。
何となくこのキスは、ご機嫌取りの色合いが大きい気がした。だからいつものような『恥ずかしい』と言う感情が湧き上がって来ない。
ウキウキ去って行く背中を見送り、やれやれと七海は腰に手を当てた。
ふと視線を下げると、唯がまた難しい顔をしていた。
「どうしたの? 唯、調子悪い?」
「ううん」
隣に座ると、唯は首を振って溜息を吐く。けれども心配げに覗き込む七海に視線を戻し、それからその大きなお腹を目にして目が覚めたような顔になり、観念したように苦笑を零した。
「男子達の車談義が止まらなくなっちゃって、ね。とーっても、手持ち無沙汰なの!」
「あらら」
「こんなに長引くなら、読みかけの本でも持ってくれば良かった! って思っていたところなんだ」
ピカピカと輝く車の前で、開け放たれたボンネットの中味を指差しながら、本田とその友人らしき男性が何やら話し込んでいる。
そこへ加わった黛が、何かを尋ねたか提案したらしい。本田が開けていたボンネットを丁寧に閉め、それから三人は車体からちょっと後退る。三人それぞれ腕を組んだり顎に手をやりつつ立ち位置を変えて、車を眺めているようだ。「おっ!」とか「うーん」とか呻りつつ「この角度が最高だよな」などと言う本田の言葉に、他の二人が同意の声を上げたりしている。
さんざん車体を遠くから眺めたあと、今度はワラワラと近付きめいめいが思いの場所にしゃがみ込む。暫くじっくり顔を近づけて車体を観察していたかと思うと、黛が何か一言発し、それに呼応して他の二人が『わはは!』と如何にも楽し気に笑いだす……。
車の見た目の何がそんなにおかしいのか、七海には皆目見当もつかない。
たぶん遠目だからではなく、彼らと同じ距離に近付いてもきっと理解できないに違いない、と七海は思う。
以前本田家によく遊びに行っていた時にも、同じようなことがあったからだ。
見た目の煌びやかさに反して、本田も黛もかなりウンチク好きの理系気質(悪く言えばオタク)だ。時折七海と唯をよく置いてきぼりにして、よく分からない細かい事に着目し頷き合ったり、如何にも楽しくてしようがない、というようにじゃれついたりしていた。
目の前の光景は、そんな遠いような近いような子供時代を思い起こさせる。
「……楽しそうだね? えーと……あの人は、本田君のお友達?」
「うん。大学からのお友達で、会社も一緒なの」
「……と言うことは、パイロットさん?」
「ううん、整備士なんだって」
「へーぇ……」
なるほど、あの人も『理系君』か! と、七海は納得する。
「今日は本当はあのお友達の彼女も一緒に来る予定だったんだ。だけど、彼女さん急に仕事が入っちゃって」
「なるほど」
何となく流れが見えて来た。
それで、唯がポツンとしてしまったのだ。家に帰ろうにも少し距離があるし、仮にもお友達がいる状況でつまらないからと言って帰るのもいかがなものか、と彼女としてはジッと話が終わるのを待っていたらしい。
「最初はそれを脇で見てるのも楽しかったんだけど……。二人ともエンジンとか機械とかそう言うの好き、なんだよね。―――何かね、話し出したら止まらなくって」
はぁ、と再び溜息を吐く唯。
本田に極甘の唯がうんざりするくらいだから、結構長い間同じような話ばかりしているのだろうと七海は考えた。
なのに黛も加わって、何だかもっと長引きそうな雰囲気になってしまっている。ちょっと申し訳ない。
七海はスマホを手に取り、スイスイと検索した。
それから自分の都合にぴったりとあったページを見つけると満足気に頷いて、傍らの唯にニッコリと笑い掛けた。
「ねぇ、唯?」
「ん?」
「車フェチの男どもなんて放っておいて、女子会しよ! すぐそこにタピオカの専門店が出来たらしいよ? 私まだ試してないんだ。行ってみない?」
すると唯の眉間からフッと重さが消えた。
大きく頷いてからピョコンと立ち上がり、笑顔に転じる。
「行く! ここ蒸し暑いし、冷たいタピオカ飲んでスッキリしたい!」
彼女は七海に手を貸して、立ち上がらせる。
その腕にキュッとしがみついた。
依然、車に夢中になっている男どもを置いてきぼりにして。二人はクスクス笑いながら、そっと車庫を抜け出したのだった!
めでたし、めでたし。
スミマセン、タイトル詐欺です。ほとんどドライブしていません。
男性陣、一応ラブコメのヒーローなのに今回カッコ良さも包容力も皆無です。
ちょっと残念な感じですが、いつも(仕事中)はもうちょっとパリッと大人なんですよ…でもたまに油断すると、こんな風に子供に戻ります(笑)
後書きにの補足話を追加したかったのですが、力尽きたので後日別話として追加しようと思います。
ご訪問いただき、またここまでお読みいただき、誠にありがとうございました!




