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黛家の新婚さん  作者: ねがえり太郎
おまけ 黛家の妊婦さん
148/157

五十六、おやすみなさい

前話の後のお話です。


※下世話な話題が少々含まれますので、苦手な方は回避してください。

 妊婦用のパジャマに着替えて掛け布団の内側に潜り込んだ七海は、相棒のシロクマを抱き寄せて顔をうずめる。こうするとリラックスして眠りに就けるのだ。

 そのまま目を閉じて夢の世界に入り込もうとして―――ふと、女子会ランチの話題を思い出した。




 夫の浮気は、妻の妊娠中に起こることが多いらしい。

 例えばつわりでイライラしている妻と、まだ父親意識が持てずにいる夫の間で気持ちがすれ違った結果だとか、実家に里帰りした妻の居ぬ間に夫がこっそり羽を伸ばして……などなど。妊娠後、妻との性的な接触が減ることも要因の一つになっているそうだ。


 そう言えば、と七海は気付く。

 今までちょっと面倒になる時があるくらい七海を構って来た黛が、最近寝室ではずっと七海に触れて来ない。


 臨月に入った七海の添い寝担当は現在夫の黛ではなく、手触りも素晴らしいシロクマの抱き枕にとって代わってしまった。最初のうちこそブーブー抗議の声を上げていた黛だが、近頃は現状を受け入れ大人しくベッドの片端での一人寝を受け入れている。妻の快適な安眠に対するシロクマの必要性を認めざるを得なかったのか、はたまた単に仕事で疲れて無謀な戦いを仕掛けることを諦めたのか……就寝時に七海に対して不埒なチョッカイを掛けて来ることもなくなった。


 いや触れ合いが皆無と言うわけではない。むしろ七海の認識としては、かなりイチャイチャしている気がする。名前呼びが出来なかった時のペナルティーでキスされることが日常になり……名前呼びが定着する頃には、居間や外出時での過度な接触にも慣れてしまった。勿論行き過ぎには抗議するが、不意に抱き寄せられたり軽くキスされたりすることには、平常心でやり過ごすことが出来るようになった。『慣れって恐ろしい……』などと時折思う。


 お風呂についてもそうだ。一度一緒に入ることを承諾したら、なし崩しに父親の龍一が不在の時に一緒に入ることが定着してしまった。そして毎回、ちょっとした悪戯を仕掛けられる。

……が、しかし。その時も、実は最後までしてはいない。


(男の人って……最後までしなくても大丈夫なのかな?)


 七海には割とモテる兄がいるが、男女のことについて妹の前で具体的なことを口にするタイプではなかった。七海の妹、広美も七海と違ってモテるタイプだ。時折彼氏に対する愚痴を聞く事はあったが、基本的には研究で忙しい人間なのでゆっくり無駄話をする時間は限られる。

 一番親しくしている友人、唯も、ほとんど性的な話題に触れなかった。……触れられなくて良かった、と七海は思う。本田と顔を合わせた時、どう言う顔をして良いか分からなくなるからだ。


 そんなこんなで男女の性的な話題に割と疎い七海の環境に、近頃変化があった。


 職場の後輩、小日向は恋愛に対して非常に前向きである。彼女と付き合うようになって、男女の話題に触れることが多くなった。これまで特に恋愛方面に興味を示さなかった川奈も、小日向の話に乗る形で率直に男女関係の話題を口にするようになった。彼氏が出来た、と言うのも切っ掛けかもしれない。


 小日向の説得力溢れる(?)恋愛論に、七海が目を丸くして、あるいは感心しながら頷く。すると小日向は、七海の年不相応の知識の狭さに驚き呆れ、または目を光らせて「やはり天然は最強……!」と叫び、川奈が二人の遣り取りに冷静なツッコミを入れる―――と言うのが、女子会の定番の流れとなっている。


 七海は今まで、そう言うことに無頓着過ぎたのだろう。

 なのに黛に流されるように付き合った後は、怒涛のように婚約、結婚と突き進み……なんと子供を授かるまでに至っている。数年前には想像もできなかった『リア充』とも言える生活を、満喫している状態だ。しかし一足飛びに、妊娠と言う男女交際の最終段階まで辿り着いてしまったせいか、男女関係の、とりわけ危機に対する知識や対策について、経験も情報収集も足りていない。


 そう、七海には危機感と言うものがまるで無かった。小日向が警告するように、幸せに呑気に浸っている間に、いつかポトンと落とし穴に落ちる時が来ないとも限らない。


 小日向と川奈の情報によると、妻の妊娠中に浮気をして離婚に至った黛の先輩だと言うお医者さんは、周囲に羨まれるくらいの愛妻家だったそうだ。


 黛に限って、と思う。


 いや、しかし。その油断が、そもそもマズイのではないだろうか?

 積極的な黛に素っ気なくすることも、多い。頭突きで撃退したことだってある。

 お風呂の件だってそうだ。黛があのように必死に主張しなかったら、ずるずると却下してそのまま一人で入っていたに違いない。


 七海は、俄かに心配になって来た。


 黛が今浮気しているとか、そんな疑いは微塵も持っていない。けれども小さな不満が降り積もり……気持ちが離れてしまうことが、この先あるかもしれない。

 実際世の中にはそう言う例があるのだ。小日向と川奈が、愛妻家の浮気の話題のあと、ついでとばかりに似たような夫婦の一波乱について話題にした。その時は自分とは関係ない遠い国の話のように「へー、ほー」と頷くだけだったが……関係ない、とどうして言い切れるだろう……? 話題に上がった夫婦達だって、最初はそんな風に揉めるつもりで結婚したわけではなかった筈だ。


 七海はシロクマを手放し、ベッドの上でくるりと反転する。

 そして、隣に横たわる黛に改めて向き直った。


(よし……!)


 七海は決意した。

 今日は自分から、誘ってみよう。


 ゴクリと唾を飲み込み、口を開く。

 喉が張り付くような気がする。『自分から誘う』と言うことが、こんなに勇気を必要とするなんて、七海は考えたことすらなかった。今まで如何に夫の好意に甘えていたのか……と、思い知らされる瞬間だ。


「りゅ……龍之介?」


 緊張の為、声が擦れる。聞こえなかったのかもしれない。七海はもう一度息を吸い込み―――今度こそ、しっかりと声を出した。




「りゅうのすけ!」

「……」




 しかし、返事がない。

 七海はニジニジと、にじり寄り、近づいて夫の顔を覗き込んだ。




「スー……」




 スヤスヤと。夫は子供みたいに穏やかな表情で、眠っていた。


「……寝ちゃった、か……」


 七海はフーッと息を吐く。


 ホッとしたような。

 ガッカリしたような。


 ベッドに肘を付いて、体を起こす。

 首を伸ばし、チュッと黛の頬にキスを落とした。


「お疲れさま」


 呟くとフフッと微笑んで、七海はいそいそと元の場所に後退った。

 そしてギュッとシロクマを抱きしめて、心地良い眠りに就くべく目を閉じたのだった。

お読みいただき、誠に有難うございました。


そろそろ今年も終わりですね。

皆さま、良いお年をお過ごしください!

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