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黛家の新婚さん  作者: ねがえり太郎
おまけ 黛家の妊婦さん
138/157

※ インスタ映え のおまけ

『四十六、インスタ映え』に盛り込めなかった裏設定をおまけとして追加します。

新の心情説明みたいなお話。完全に蛇足なのでお暇な方だけどうぞ。


とはいえ、そもそも後日談全てが蛇足と言えるかも…?

気軽に楽しんでいただけると嬉しいです!

「そうかもしれないけど……でも、なんかヤダ。信兄(のぶにい)と一緒にされるのは」




 うっかり口が滑ってしまった、と気付いた新は口を噤んだ。妙に拗ねた口調になってしまったのが恥ずかしくて仕方が無い。


 新にとって七海はずっと『優しいお姉さん』だ。長い付き合いだから今では義姉である唯と同じくらい気を許せる存在になっている。二十歳を過ぎて今の自分は法律上は大人になった筈で、体格も平均より立派に育っている事もあり外ではそれなりに振舞えているとは、思う。だけど彼女達の前ではアッと言う間に中高生の頃の甘えた自分に戻ってしまうのだ。


 するとそんな新の子供っぽい態度を目にして、突然七海が笑い始めた。いかにもおかしくてたまらない!と言うように笑いを止められない様子の彼女を前にして、改めて落ち込んでしまう。すると肩を落とす新に気が付いた七海が焦ったように慌てて謝って来た。


「ゴメンね、笑って。大丈夫、新はイイ子だよ!そう……えーと、少なくとも『女たらし』ではない。それは私が保障する!」

「……」


 腹を立ててもおかしくない処なのに、彼女はそんな甘えた男に気を使って慰めてくれさえする。―――比べて自分の小ささと言ったら?途端に頭が冷えた。そして改めて思う。こんな大きな器の彼女だから、いろいろと規格外な所が多い黛とも、上手くやって行けるのだろうな、と。







** ** **







 もともと身体能力にも恵まれていて、特に何が好きと言う訳では無いが誘われればバスケでもサッカーでも難なくこなせてしまう方だ。勉強もコツを掴んである程度頑張れば何となくクリアできる。三人兄弟の末っ子で人に囲まれて育った所為か、人付き合いにもそれほど苦労した覚えがない。

 男友達も多いし、女友達とも気安く付き合える。初恋の亜梨子と離れ離れになってから、それなりにモテて来た。しかし別れる時に実兄の(のぶ)のように激しく揉めたりした経験はない。人との距離の取り方については上手な方だと自認している。


 壁に突き当たったり上手く行かない事があったとしても、それまではそれなりにこなして来た。それが就職を意識してОBに誘われて入ったバイト先で、得意だった筈の人間関係で躓いてしまったのだ。


 実は新は、この時かなり落ち込んでしまった。


 バイトを始めて社会でほとんんど役に立たない自らにガッカリしていた時、女性の先輩達が積極的に面倒を見てくれた。親切な対応を有難いと感じていたが、やがて二人が新を巡ってギスギスし始めて戸惑うことになる。新の認識では『年上の社会人のお姉さん』と言うものは穏やかで落ち着いていて、社会人として一つも二つも足りない新など男としてみなさないのだと考えていた。それはたぶん唯と七海と接するうちに刷り込みのように学習したことだ。

 しかし例え立派に社会人として働いているとしても、プライベートな事柄―――つまり恋愛関係に関しては適切な距離を取れない、個人の領域に強引に踏み込んだり嫉妬と独占欲で見っとも無い事をしてしまう女性も結構いるのだと現実問題として受け止め始めた頃には、かなり状態が悪化していた後だった。


 結果仕事で碌に役にも立たず、バイト先の雰囲気を悪くするだけで新の初めての設計事務所のお勤めは終了してしまったのだ。


 新は思った。これじゃ自分が呆れていた、女性関係で揉めていた信と同じじゃないか?と。そう言えば直接会った事がないから実感が無かったが、信の周りはそう言う女性ばかりだったのかもしれない。身近な親しい年上女性は皆良い人ばかりだったから、新たには分からなかっただけなのか……。


 けれども警察官の南と付き合ってからの信は、女性関係のトラブルにほとんど巻き込まれなくなったようだ。一方で不動産会社で社長である本田家三兄弟の母親の片腕として実務を飄々とこなし、この頃はその彼女に『もう信に仕事まかせて引退しようかな?』などと言わしめるくらい活躍しているらしい。優秀で真面目だった頃の自分を取り戻したのか、それとも失敗を重ねて強くなったのか、あの誰にでも卒なく笑顔を振りまく振る舞いで、取引先や顧客と良好な関係を築いているそうだ。


 もう一人の兄、次男の(こころ)は新にとっては幼い頃からずっと『自慢の兄』だった。常に優等生で性格も穏やか。目立つ容姿と能力に恵まれているのに、決して奢ること無く地味な努力を黙々と重ねている。そして自ら決めた目標を淡々と攻略して行く、完璧超人だ。彼は小学校から付き合っている彼女、唯と結婚した。唯も心も傍目から見ても幸せそうだし、優しい大好きなお姉さんが『本当のお姉さん』になって新も本当に嬉しかった。


 だけど最近、尊敬する兄の完璧さを単純に喜べなくなっている自分に気が付き始めている。


 ソツなく何でもこなせる自分に満足していた。だけど兄弟の中で男として力不足なのは自分一人なのではないか?―――最近そう思えてならないのだ。その場の雰囲気を悪くするのが嫌で、優しいお姉さん達の前では『専業主夫になろうかな?』などとお道化てみせたものの、内心は自分にガッカリして地の底まで落ち込んでしまいそうだった。今は何とか、その暗い気持ちから目を逸らしている所なのだ。


 俺ってもしかして―――けっこう駄目なヤツ?!

 学校ではそれなりに良い位置を確保して要領良くやって来たけど……それって『井の中の蛙』そのものだったのかな?


 などと、気を抜いた隙にそう呟く自分に捕われそうな瞬間がある。







** ** **







「ホントにもう、建築とか諦めて主夫を目指そうかな?俺そっちの方が合ってる気がする……」


 自嘲気味な嗤いを口元に浮かべる新の話をそれまで黙って聞いていた黛が、(おもむろ)に口を開いた。


「お前が思うほど―――信も本田もソツなくこなしている訳じゃないと思うぞ」

「え?」


 意外な言葉に顔を上げた。冗談を言っている訳ではないらしい、黛は真顔だった。


「アイツ等にしたら弟に愚痴は言えないだろ。色々あるけど態度に出さないだけだ」

「そうなのかな」

「多分な。俺だってまだまだ半人前で、職場でも役に立っている実感なんてほとんどない。足引っ張ってる事の方が多いよなって落ち込むことばかりだ」

「えっ……龍ちゃんが?」


 いつも自信満々で傲岸不遜とも言える黛が、そんな殊勝な台詞を口にする所を目にしたのは新には初めての事だった。華やな相貌と堂々とした態度には、そのような弱気な台詞は全く似合わない、と新は感じてしまう。


「ああ。でも今は周りに助けて貰って、迷惑掛けながらも何とか続けている。だからいつかちゃんと、役に立つ人材になって恩を返そうと思っている」

「そう『出来る』って思ってるんだ」


 やはり黛は自分とは違う。自信家なんだな、と新は思う。すると黛は首を傾げてこう問い返した。




「『そう』思わなけりゃやってけないだろ?『駄目なままで良い』なんて考えで逃げてたら、迷惑を掛けた相手にそれこそ失礼だからな」




 黛の言葉を聞いて頭を過ぎったのは―――自分はやっぱりどうしようもなく子供だ、と言うこと。『出来ない自分が恥ずかしい』それは結局自分の気持ちしか考えていないと言っているのと同じなのかもしれない。


「龍ちゃん、すげえよ。俺、今思うとなんも考えて無かった。兄ちゃん達もそう言うトコ全然表に出さないでさ。俺……全然敵わないよ」


 シュンと俯く新の肩を、黛は叩いて笑った。


「逆だよ。アイツ等は新に自分の弱みを見せるのが嫌なんだろ。カッコ悪いから言いたくないんだ。特に本田なんか、プレッシャーだと思うぞ?『俺の兄ちゃんはホントにスゲー!』って訴えるお前の視線がさ。情けない所見せて失望されたくないだけだと思うぞ」


 顔を上げると、意地悪そうにニヤつく黛の表情(かお)が目に入る。しかし俄かに信じがたい。


「……そんなこと、あるのかな……?」


 あの心兄ちゃんに限って。と新は思う。そんな小さな見栄を張るようには、決して見えない。いつも自然体で完璧超人の優等生だった兄ちゃんが……?

 と、そこまで考えた所で漸く気が付く。ああ!『これ』か?この自分の期待が兄に伝わっているのかもしれない。それでもなかなか納得しがたくはあるけれども。


「……」


 新は考えた。


 そうだとしたら―――自分ももうちょっと頑張ってみても許されるかもしれない。今、上手く出来なくても、いつか出来るようになる時を目指して。ちゃんと出来ない半人前以下の自分だけど、出来るようになった時に恩返しすれば良い。それこそ黛がそう考えるみたいに。


「龍ちゃん、俺頑張るよ。ちゃんと卒業するし、就活も頑張る!」

「ああ、頑張れよ」

「うん!」

「まぁ、先ずは今のバイトをちゃんとやれよ。七海のこと頼んだぞ」

「もちろん!任せてよ!」


 そうして今日もちゃっかりバイト代と言う名のお小遣いを受け取り、新は笑顔で帰って行ったのであった。







** ** **





 新がバイト代を貰いがてら黛と話をしている間、七海は唯を訪ねていた。戻って来た七海は新の武勇伝を語った。


「新ね、大学で『スイーツ王子』って呼ばれているみたいなの」

「『スイーツ王子』?」

「友達が間違って公開したSNSにコメントしたらしいんだけど、それが広まっちゃってなんと!一緒に歩いている時にファンの子に声掛けられたんだよ!」


 そんな話は一つも聞いていない。箕浦の事を思い出し、また七海が巻き込まれたのではと黛は眉を顰めた。


「……大丈夫だったのか?」


 俄かに心配になって尋ねると、七海は大きく頷いた。


「うん、全然!新ね、ホントに王子様みたいだったよ。ファンの子のあしらいが上手でね……吃驚した。新ってタレントの才能があるのかも。人たらしって言うか」

「……」

「どうしたの?」

「え?いや……うん、新は大丈夫だろうな、きっと。いや、就職とか悩んでいるみたいだったから」

「そうなの?まぁ箕浦さんの事があったからね。元気にオヤツ食べてたからあんまり気にしてないかと思ったけど……飄々と世の中渡って行けそうだしね、新の場合」

「……ま、そうだよな」

「?」




 心配しなくても、新は案外大丈夫らしい。




 落ち込む新に珍しく語ってしまった自分を振り返り、少しだけ恥ずかしくなった黛であった。

周りの皆に見守られ、新は悩みつつもスクスク成長しています。亜梨子ちゃんに相応しい男の子になれるよう、これからも少々ヘラヘラしつつも頑張って行くことでしょう。(と、願ってます!)


そして余計なことはいっぱい口走るのに『女性に弱音を吐くのはカッコ悪い!』と考えている黛は、七海には仕事の愚痴を相変わらず言いません。―――と言う訳で新が兄達にコンプレックスを抱いている事実は七海や唯は知らずに終わると思います。スイーツ王子の密かな苦悩(?)でした。


お読みいただき、有難うございました。

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