※ キッチンで卵焼き のおまけ
前話の続きの、短いおまけ話です。
「じゃシャワー浴びて、着替えて来る」
「あ、うん」
シンクの前にいる七海に向かい合っていた黛が、浴室へと方向転換しようとして―――ふと動きを止めた。その視線の先を追うと二人のすぐ傍、冷蔵庫の横に立っていた厳めしい表情の体格の良い男性の存在が。黛は軽く手を上げ、彼の視線に応えた。
「親父、早いな」
「ああ、喉が渇いた」
おそらく一部始終を見られたであろう。タイミングがばっちり合ってしまった事は間違いがない。ちょうど龍一がキッチンに入って来た所で黛が七海に口付けたのだと、彼女には容易に想像できた。固まっている七海を余所に、黛は何でもないような顔で父親の脇を通り抜けて目的の場所へと去って行った。その後キッチンに残されたのは―――七海と龍一の二人だけだ。
龍一は無表情のままパコン!と冷蔵庫を開けて、ミネラルウォーターを取り出す。
「あっ……コップ!どうぞ!!」
漸く我に返った七海が、食器棚からコップを取り出し両手で龍一に差し出した。
「お、おはようございます!」
「……」
龍一は七海からコップを受け取り、ジッと彼女を見つめる。
このような間は、寡黙な龍一と向き合うたびよく感じるもので、取り立てて緊張する類のものではない。……と、七海はすっかり学習している筈だった。しかし今の七海は、僅かに緊張を滲ませつつ相手の反応をジリジリと待ってしまう。
「おはよう」
さきほどの光景を目の前でバッチリ目撃した筈なのにピクリとも表情を動かさず、挨拶を返して来るのみ。七海はその反応に安堵し、体の強張りを解きつつおずおずと口を開いた。
「……えーと、お義父さんも朝ごはん……食べますよね?それとも後にしますか?」
「そうだな、今いただくか」
「はい!了解でっす。じゃあ三人分用意しますね」
反射的にビシッと敬礼を返してしまう七海を一瞥して龍一はコップに水を注ぎ、一気に飲み干す。そして「着替えて来る」と言って素っ気なく部屋に戻って行ったのだった。
キッチンで一人になった七海は再び包丁を手に取り、ムン!と気合を入れて卵焼きに刃を入れ始める。……そして小さい声で囁いた。
「うんうん、そうだよね。そう言う反応だと思った……!」
やはり、龍一は龍一であった。息子とその嫁のキスシーンくらいで動揺など、するわけがない。それは七海が初めてこの家で龍一と顔を合わせた時―――黛と両想いになった途端キスされ、そこに偶然居合わせた彼にバッチリその場面を見られた時と同じだ。あの時も、龍一は眉一つ動かさずこう言ったのだ。『龍之介、そのお嬢さんは?』と。何事も無かったように対応されたあの日を今、鮮明に思い出す。
しかし―――スルーされても恥ずかしいものは恥ずかしい……!
「よし!もー絶対、絶対次は名前で呼ぶ!特に外では絶対!うん、黛君のこと、今度こそ絶対名前で呼ぶんだから……!」
そして外では夫に恥ずかしい行動をとらせないようにしないと!……と、七海は決意を新たにしつつ作業を再開したのであった。
しかし決意を新たにしたその時、またしても自分がナチュラルに夫を苗字呼びしていると言う事実に、彼女はいまだ気が付いていない。
毎回ひねりが無くてスミマセン。
しかしたぶん次話も同じような展開になると思われます。
お読みいただき有難うございました!




