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黛家の新婚さん  作者: ねがえり太郎
おまけ 黛家の妊婦さん
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三十三、モテる男(後編)

 親切心を纏った口調の中にも、新に対する圧力と執着心のようなものが込められているような気がした。七海の背後で綺麗な顔と体を強張らせている新を、同情の目で思わず見上げてしまう。怯える新と目が合った。七海は『大丈夫だよ』と言うように、コクリと頷いて口を開く。やはりここは年上として、私が何とかしなければ……!という使命感に駆られたのだ。




「あのっ、私達ちょっとこの後用事が……ご一緒したいのはやまやまなのですけど……すみません……」




 しかし強い気持ちとは裏腹に、出て来るのはか細い反論だった。仕方が無い、もともと七海は他人の影でひっそり控えているのが習い性で、肉食女子と面と向かって戦うようなスキルは持ち合わせていないのだ。

 それでも必死でペコリと頭を下げ、顔を上げると―――張り付いたような満面の笑顔に辿り付いて、一気に肝が冷える。




「あら、そんなにお時間取らせるつもりは無いんですよ?それなら……お姉さんが本を見ている間、本田君とちょっとそこでお話させて貰っても良いですか?」




 その返答に、七海は愕然とした。控えめに自分を押し出さず、流されるように生きて来た七海には全く使えない技を使われてしまったのだ。これが七海であれば、相手が否定の言葉を匂わせただけで瞬時に「あ、そうなんですか?じゃあまた今度……」と、アッサリ相手の気持ちを汲んで引き下がってしまう処だ。だから先ほどの七海にとっての精一杯の防御がまるで意に介されないことに、大きな敗北感を感じてしまった。


 セクハラ肉食女子、箕浦にとっては、相手からの拒絶の言葉などたいして大きく受け止める必要のないものらしい。むしろ『じゃあサッサと本田君を置いて邪魔者は行ってくれ』と言わんばかりだ。そう言って七海の後ろの新の方へ手を伸ばすように、一歩踏み出してさえ来たのだから。




「だっ……駄目です!」




 七海は咄嗟にバッと手を広げて、彼女を遮った。ギロリと睨まれて(ひえぇ!)と内心ビクつきながらも首を振り、言い訳を絞り出した。


「ええと、そのっ……新は……新は私の……荷物持ち!そう今日は『荷物持ち』ですから!『杖替わり』もして貰っていますし!いないと困るんです。ねぇ、新?」


 新に同意を求めると、コクコクとこちらも必死で頷きを返して来る。やはり目の前の箕浦は、新にとっては逃げ出したくなるような先輩なのだ。一体どんな酷い攻撃を繰り出されたのだろう?想像力の貧困な七海は、そのようにますます同情を深めることしか出来ないのだが。




「……は?ナニソレ、本気で言ってるんですか?」




 箕浦は眉を吊り上げて、七海を見つめた。そして絶妙に声を落として、七海に顔を近づける。しかしその語気は怒りのこもった強いものだった。




「……妊婦だからって甘えすぎじゃないですか?そんなだから、キチンと働いている女子まで悪く言われるんですよ。昔は妊娠したってギリギリまで立派に働いていたって言いますよね?ちょっとお腹が大きいくらいで男を『杖替わり』?はぁ……専業主婦って良いご身分なんですね。大人なんだから甘えていないで、本屋めぐりくらい一人でしてくださいよ、ねぇ?本田君だって、いい迷惑だわ」




 『本屋巡りくらい一人で』―――確かに七海も以前ならその意見に同調していたと思う。実際そうしようと思っていた。


 しかし生憎、心配性の夫が先回りしていろいろと手配してしまうのだ。相手の自分を思う気持ちも理解できるし、それで黛の気持ちが落ち着くなら有難く厚意に浸ってしまおうと最近は考えている。

 そしてお腹が大きく歩き辛いことだけが妊婦の不便さ、と思われがちだが―――思うように動けないことの恐怖は、通勤途中心無い言葉を浴びせられた時身に染みてしまった。ホルモンバランスが変わった所為か、以前は感じなかったような寄る辺ない気持ちが湧いて来ることもある。だから隣に人がいてくれて、いざという時に頼れる存在がいる、ということで得られる安心感はやはり有難いものだなぁ……と痛感していた処なのだ。


 新も目の前の箕浦の強引さに、目に見えて当惑している。しかし迷惑だと感じつつも、やはりバイト先で世話になった先輩だし女性でもあるしと言うことで強い拒絶を口に出来ずに困っているのだろう。だから敢えて、七海の我儘と言う演出で引き離そうとしたのだが……今度はその矛先が七海に向いてしまった。


 これは七海はあずかり知らぬ話なのだが、箕浦自身もこれまで『早く結婚しねーと行き遅れるぞ』『どうせ結婚したら辞めるんだから、大きな口を聞くな』などと、仕事で揉めた相手に陰口や面と向かってセクハラを受けた経験があり、苛立ちを募らせていたのだ。だからこそ呑気に夫の稼ぎでフラフラしている(ように見える)七海に厳しい目を向けたのだし、兄嫁(と箕浦は考えている)だからと言って、イケメンの弟に無理を吹っかけて便利に使っている我儘な女に、少々正義の鉄槌を食らわせるくらい問題の無いことだと考えていた。


 ―――つまり、彼女は自分が受けたセクハラには敏感だが、自分が行っているセクハラには鈍感だったのだ。そして単純に自分に靡かないイケメンを侍らせているのも腹立たしかったし、親切にも目を掛けてあげていた(・・・・・・・・・・)筈の新が、その自分ではなく、むしろ目の前の呑気でお気楽な妊婦に寄り添うような素振りを見せていることに、嫉妬とないまぜになった怒りをぶつけずにはいられなかったのだ。




「だいたい義理の弟だからって、便利に使うなんて……随分、我儘じゃないですか?」

「え!いえ!義弟(おとうと)じゃないですよ、新は……」

「はぁ?義弟じゃない?じゃなかったら、貴女は本田君の一体何だって言うんですか?!」




「箕浦さん、止めてください!この人は俺の……!」




 女同士の遣り取りに先ほどまでオロオロと戸惑っていた、槍玉に上がっていた男が、漸く割って入って来た。


 其処で七海は漸く気が付いた。自分達の遣り取りを、興味津々で見つめている目が幾つかあることに。一気にカッと体が熱くなり、動転して二の句を告げなくなってしまう。


 新は、言葉を失う七海の前にずいと飛び出し、彼女を背に庇うように胸を張った。




「俺の大事な……ええと……(義姉の唯の親友で、そんでもって大好きな幼馴染の龍ちゃんの大事な奥さん―――なんだけどなんて言ったら良いのかな?この人に余計な個人情報もう与えたくないし……)そう、大事な人で!……それで小学校からずっと(ゲームに)付き合ってくれている人なんです!」

「えっ……」

「だから俺達の関係に、口出ししないでください……!」




 大きな背中に遮られて視界から消えた箕浦の声が、明らかに狼狽えていた。




「じゃあ、その人が……?あの、でも本田君はまだ学生でしょう?!」

「―――学生だと、何が悪いんですか?」




 七海が聞いた事もないような、新の不機嫌そうな低い声がしっかりと箕浦に向けて発された。もしかして新は初めて箕浦にキッパリと反抗的な態度を表したのかもしれない。堪えていた怒りを噴出させたような低い低い声音に、怯んだ箕浦が言葉を失う。




「その……悪くは……ない、です……別に悪くは、ないわよ」




 するとそれまで強気だった箕浦の声も、一段落ちて気弱に響く。


 箕浦はそれまで、嫌がりながらもずっと従順に対応して来た新の態度を『照れているだけなのかも?若い男の子は可愛いわね』などとポジティブに受け取っていたのだ。容姿にもスタイルにも自信のある彼女はこれまでずっと選ぶ方であって、自分が相手の選択肢から漏れているなどと思ってもみなかった。

 彼が自分に懐かない態度を貫いていたのは、仕事の先輩である彼女に遠慮していたからだし、フェミニストの新は職場で彼にアピールする『勘違い女』に気を遣っているのだろうと考えていたくらいなのだ。


 しかし目の前の新が怒っているのは明白だった。堪えていた怒りを噴出させる様子に、本能的な恐怖心を抱く。もともと体格も良く、兄達に似た男らしい精悍な容貌が怒りを湛えている様は、背中に汗が伝うほどの迫力だった。箕浦は無意識に一歩引き、強張った笑いを浮かべた。


「い、いやーね。深い意味で言ったわけじゃないわ。ただそう、珍しいなって。それに本田君が大変そうだなって思って親切心で……」

「大変なんです。だから俺達を放って置いてくれませんか」


 キッパリと言い切る新の声には、もう遠慮や怯えと言う不純物は一切含まれていなかった。


「それならそうと……言ってくれれば。ねぇ?私も邪魔をするとか、無理強いするとかそう言うつもりじゃなくって……アハハ、じゃあまたね。あっでもまたウチのバイトに採用されるかどうかは分からないわよね」

「……」


 それでも往生際悪くチクリと嫌味を混ぜて、プライドを保とうとした箕浦を新は黙って睨みつけた。もともと新は其処へ再びバイトに行くつもりなど無かったのだが、彼女は申し込んでも邪魔するかもよ?と圧力をかけてみたかったようだ。


 彼女は冷たい視線で睨まれ、凍り付いてしまった。そのまま言葉を継ぐこともせず、踵を返して逃げ出して行った。







 その背中を暫く睨みつけていた新は、人混みに紛れてそれが見えなくなってからフーッと大きく溜息を吐いた。それから漸く振り向くと、七海に向かって悄然と頭を下げた。


「ゴメンね、七海。迷惑かけて……」


 眉を下げる様子にハッと意識を取り戻した七海が、慌てて首を振った。


「ううん、イイよイイよ!私こそゴメン。あんまり役に立てなくて……」


 それからニヘラっと安心させるように微笑んでみせた。


「ええと……良かったね!追い払えて」

「うん……」


 はぁ~~と大きく溜息を吐く新の体は、先ほどと違って小さく見えた。


「……大丈夫?」


 疲れたような新の顔を、七海は下から覗き込んだ。するとチラリと情けない表情を見せ、新は懺悔する信者のように呟いた。


「女の人にキツイ態度取るって……普段しないから、本当に疲れるね。単純に落ち込むし……ホント、やっぱ龍ちゃんはスゴイよな。気のない女の子を冷たく追い払ってるとこ傍で見てた時は『キッツいな~』って思ってたけど、厳しく拒絶するって言うのも、かなり大変なことなんだね」


 落ち込むように眉を下げた新の腕を、七海はポンポンと叩いた。


「頑張った、頑張った!ねぇ!もう先にカレー食べに行こうか?ついでに頑張った新をねぎらう『デザート食べ放題』も付けましょう!」

「えっ」


 すると今泣いたカラスが笑った。




「ホント?!わーい、やった~!!」




 と両手を上げて無邪気に喜びを表し、気分を取り直した様子の新を目にして、七海は密かに思ったのだ。


 関心のない相手に冷たく接する黛を『スゴイ』と言う新には悪いが、おそらく七海の夫、黛はそんなことで心を痛めるような細やかな神経は元から備えていないだろうな、と。きっとただ思うままに振る舞っているだけし、人にどう思われようと自分の夫は大して気にはしていないだろう……とも。


 けれども新が頑張って肉食女子を撃退した感動に決して水は差すまい―――と、しっかりと口を噤むことにしたのだった。






【モテる男・完】

新は大体言葉足らずで誤解を招きます……唯の高校三年時の学祭と、結局同じパターンに(笑)でも今回は新もちょっとだけ頑張りました!


お読みいただき、ありがとうございました。

ちょっと後になるかもしれませんが、簡単なおまけ話を少し追加する予定です。

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