※ 未知の領域 のおまけ
おしゃべりの続きの、ごくごく短いおまけ話です。
「あ、そうだ。珈琲でも入れようか?それとも、お茶の方が良い?」
手にしていた雑誌をテーブルに置いて立ち上がろうとした七海を黛が制した。
「いや、いい。七海は座ってろ、俺がやる」
「えっ……でも」
戸惑う七海に優しく微笑みかけ、黛はテーブル前の雑誌を手に取り七海の膝に戻した。
「雑誌でも読んでろよ。自分のことくらい自分でやる」
「あ……うん」
黛がキッチンに踏み込み、飲み物とは言え自ら準備しようとするなどかなり稀なことだった。黛家のキッチンは七海が踏み込むまでほとんど使われた形跡が無かったのだ。
「ありがとう、黛君」
すると黛はニッコリと、それこそ七海好みの極上の笑顔を返して来た。すっかり見慣れた七海でさえドキリとするくらい満面の笑顔だ。それから踵を返してキッチンへと向かう。七海は感動に似た気持ちでその背中を見送った。
子供を持つ親になることで、マイペースの権化である黛にも変化が訪れたということであろうか。
何だがくすぐったい気持ちで黛がキッチンの奥へ消えた後も、七海は大人しく雑誌を開きながらもチラチラとうかがってしまう。
パタン。
「あれ?」
パタン、ガタガタ……。
「これか?……うーん……」
やがて聞こえて来たキッチンからの物音に、七海は苦笑を浮かべ立ち上がった。するとキッチンからヒョコリと黛が顔を出す。
「七海、珈琲って何処にあるんだ?」
何でも労せず出来る器用な黛だが、やはり慣れないキッチン仕事は難しいらしい。クスクス笑いながら七海はキッチンへ向かったのだった。
黛は器用な性質なので、この日七海から教わった後すぐに手順を覚えて難なく準備するようになりました。たぶんこの先も料理を覚えたりはしませんが、珈琲は自分で入れられるようになるでしょう。きっと拙いながらも身重の七海を思い遣る気持ちは十分に伝わったのでは、と思います。
ちなみにこの時は結局珈琲は七海に入れて貰ったので、代わりに、七海用の冷蔵庫に常備しているカフェインレスの麦茶をコップに入れるのは「俺がやる!」と言ってやってくれました。
普段やらない人がやってくれると感動が大きいですよね。
小さなことで「黛君変わったなぁ!」と感動してしまう七海は、かなりチョロい妻かもしれません(笑)
お読みいただき、誠にありがとうございました!




