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黛家の新婚さん  作者: ねがえり太郎
おまけ 黛家の妊婦さん
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二十八、未知の領域

久し振りに黛も出演します。


※出産に関する明け透けな話題があります。苦手な方は閲覧にご注意ください。

 スマホやタブレットは便利だが、最近七海は紙の本や雑誌を読むことが多くなった。電磁波が胎児の脳に良い影響を与えない―――かもしれない。と言う情報をタブレットで読んで以来、液晶画面に極力依存しないようにしようと思ったのだ。妊娠八ヶ月の胎児の脳の発達は目覚ましく、ちゃんと皺まで出来始めるらしい。電磁波の悪影響と胎児の脳の因果関係はまだハッキリしていないと言われているようだが、後から『やっぱり電磁波は胎児の脳に悪い!』と科学的に証明されても困るので、なるべく紙の情報を選ぶようになった。


 しかしスマホが手放せない世代である。外出先など必要な時は勿論それを使っている。移動時は重い体を支えるので手一杯だ、手持ちの荷物は軽くするに限る。


 そんな七海が最近チェックするのはやはり妊娠・出産関係の雑誌や本、それから体験エッセイだ。二十歳年下の弟、翔太のお世話はそれなりに経験して来たものの出産自体は七海にとっては未知の世界だ。大学の授業があって母親の出産には立ち会ってはいない。実家に帰った時にしばらくぶりに話した母親、響に出産について尋ねたが返答は曖昧だった。どうやらあまり当時のことを覚えていないらしい。




「何かね、出産の痛みを忘れるホルモンがたっぷり出ていた気がするの、ついでにその周辺の記憶も薄くなっちゃったのよねー」


 とあっけらかんと言われてしまった。


「四人も産んでいるのに?!」

「うん、むしろ一人産むごとに記憶が更に曖昧になった」


 もしかして単に年を取ったせいでは無いのか……と思わないではないが、七海はズバズバ相手に失礼なことを言える性格ではないので、その思いつきは心の中に留める事にした。ちなみに黛は七海にとって唯一の例外である。黛が全く物事をオブラートに包めない性質なので、つられて七海も歯に衣着せぬ物言いをしてしまうようだ。




 そんな訳で七海がソファに座って情報収集に勤しんでいると、寝惚けた男が欠伸をしながら居間に現れた。


「おはよう、黛君」

「はよ……」


 そうして七海の隣に腰を下ろし、その大きくせり出したお腹に顔を近づけた。


「おはよう、ナナコ」


 黛は毎回お腹の子供に好き勝手に名前を付けて呼んでいる。それが大抵『ナナコ』か『ナナエ』たまに『ナナ』そしてイントネーションを変えて『ナーナ』など紛らわしい呼び方なのだ。随分以前のことだが、唯と本田の結婚式で黛は七海とほとんど変わらない名前を子供の名前として希望し、七海本人に速攻で断られていた。しかし仮の名前だから、呼び名が無いと話しかけづらいからと主張されれば、七海もそう強くは拒否できない。そのため、このままコンビニのプリペイドカードみたいな名前になってしまうのではないか……と、軽い危機感を七海は抱いている。しかし七海は未だに代案を出せないのだ、名前は一生のものなのでやはり安易には決められないのである。


「何を調べていたんだ?」

「んー?出産のときのこと。いろいろなやり方があるんだなぁって」

「産む場所は決まっているのにか?」


 七海は玲子が黛を出産した個人病院に通っているのだ。当然そのまま出産もそこで行う予定である。


「うん、だけどこの間の検診で、出来るだけ希望に沿いますよって言っていただいて―――そもそも色んなやり方があるって知らなかったから。調べてみたら本当にそれぞれで吃驚しちゃった」

「ふーん、例えばどんなのがあるんだ?」


 黛が手元の雑誌に視線を落とすと、七海は指をさして説明した。


「例えばLDRって陣痛から出産、回復まで同じ部屋で出来る出産方法、これは今通っているクリニックで標準なんだって。あと無痛分娩とか、フリースタイル出産とか。今の病院で産みたいから助産院って言う選択肢はないけど、経験者の手記とかエッセイとか読むとそう言う昔からの方法も気持ちが落ち着きそうで良いなぁ、とか。変わり種は水中出産かな!プールみたいなところに使って出産するんだって、イルカみたいで不思議だよね。痛さがかなり違うって書いてあったけどホントかなー?」

「へー」

「黛君は……そっか、専門じゃないから、産科のこととか分からないよね」

「いや、大学の研修で出産も診察も見学した」

「え!そうなの」

「ああ、色んな科を回るんだ。だから大学病院で出産する時は、衆人環視状態になる可能性があるぞ」

「えええ!それは……なんか大変そうだな……」


 七海が通っている個人病院の医師は女医だった。男性の、しかも学生と言えば大して年の変わらない相手になるのだろう。他人に見せた事のない部分を無防備に、しかも知らない相手に観られるのは流石に抵抗がある。


「診察される人、嫌がらない?」

「最初に了解を取る事になっているらしい。必ず見学に当たるとは限らないけどな、患者の数が多いから。だけど観る側も勉強だし仕事だから変な目で見る訳じゃない。それを言ったら内科でも胸とか普通に見るからな。」

「そっか……そうだよね」


 何だか恥ずかしがってしまった自分が悪い様な気がしてくる。


「うん、そう言われればそうだよね。きっとその経験がお医者様を育てるのだし、それが後に出産する人の役に立つんだから恥ずかしがっていちゃ駄目だよね」


 うんうん、と頷いた後、七海はちょっと考えた。


「じゃあ私も黛君の病院で出産した方が良いのかな?今通っている所が近いし先生も好きだからそのままそこでって思っていたけど。そう言えば大学病院の方が設備も整っているからいざって言う時安心だし」


 夫の後輩を育てる為に、妻として恥ずかしがってはいられない。そう、恥ずかしいことなんて考える方が、そもそも間違いなのだ。黛のもっともな説明に、七海も一種使命感のようなものを感じたのだ。




「駄目だ。他人になんて見せるわけないだろう」




 しかし黛の答えは先ほどの流れと逆行したものであった。七海は訳が分からず首を傾げた。




「え?だってさっきは『変な目で見てるわけじゃない』って……」

「それとこれとは別。俺は七海を他の男に見せたく無い。しかも俺の同僚や後輩なんて以ての外だ。服を着ていたって見せたくないって言うのに、何で診察までさせなきゃならないんだ……」




 更にブツブツと自分勝手な主張を続ける黛に呆れた七海だったが。


 確かに見学者や診察する医師が黛の同僚とかは嫌だなぁ……と、大学病院での出産を勧められなかったことにホッと胸を撫でおろしたのだった。

「それに医大だと診察と出産が別の人間なんてザラだぞ、患者が飽和状態だからベッドがなかなか空かないし希望の出産に沿うとか無理だしな、玲子が今の病院は食事が美味しいからお勧めだって言っていたし、俺が立ち合い出来る時間に出産になったとしても、見つかったら絶対雑用に駆り出されて結局立ち会えなくなるだろうし……」


こんな風にブツブツと駄目な理由を並べていました。

黛は心の狭い、相変わらず自分勝手な男です。

でも今回ばかりは七海もそんな夫で助かった!と思ったことでしょう。



微妙な話題でしたが、お読みいただき誠に有難うございました。

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