十八、翔太と一緒5
十七話の続きです。
唯と一緒にランチを堪能した後、七海と翔太はショッピングセンターの地下でシュウマイセットと肉まんを購入して帰宅した。翔太は本日黛家に一泊し日曜日の午後、江島家へ帰る事になっている。
義父である龍一も夫の黛もまだ帰宅していなかったので、購入したシュウマイセット二人前を冷蔵庫にストックしておく。二人とも夕飯は特に用意しなくても良いと言う事だったので、念のためだ。七海は翔太を伴いお風呂に入った。髪を乾かしし人心地しついた後、二人で食卓を囲む。温め直した肉まんとシュウマイ、だけのシンプル過ぎる食卓だ。肉まんに齧り付く翔太に、牛乳を注いであげながら小学校に上がった彼の生活について尋ねてみた。
「小学校終わった後はキッズクラブに行ってるの?」
「うん」
キッズクラブとは小学校でやっている学童保育の事だ。親が働いているかどうかにかかわらず、放課後小学校で遊ぶ事ができる。両親が仕事で不在の江島家の管理人的な立場だった祖母、町子も高齢となり、エネルギーの塊の六歳男児の相手をするは厳しくなって来たので大変助かっているらしい。
「何して遊んでるの?」
「サッカーとドッジボール。あと一輪車!」
「へー、一輪車!私の時は無かったな、そういうの」
七海が小学生の時は学校では無く、奈良山公園にある児童館の学童保育に通っていた。最近江島家の子供が通う学校の学童保育も三種類あって、選ぶ余地が出来たらしい。便利になったんだなぁ、と七海は思う。お腹に新しい命を宿している今となっては通う人間と言うより通わせる側の人間として、より身近な問題として興味を持つようになった。
「楽しい?」
「うん」
と、モグモグ肉まんを頬張りながら頷く翔太。しかし肉まんをペロリと平らげ、仕上げとばかりにシューマイを三個ほど胃に収めた後―――少し考え込むような素振りをしてテーブルに肘を付き、掌に顎を乗せ大袈裟に溜息を吐いた。
その憂いさえ含んだ大人っぽい仕草に、七海は目を丸くする。うっかり噴き出しそうになったが、ここで笑ってはいけないと唇を引き締めて堪え、理由を尋ねた。
「何か困ったことでもあるの?」
すると、うむ、と勿体ぶった調子で翔太は頷いた。
「ひろ君がね」
「うん、ひろ君が?」
「あのね、スリーディーエムを持っててさ」
「すりーでぃーえむ」
七海が名称を繰り返すと、翔太が目を細めて呆れたように彼女を見据えた。
「3DM!ゲームだよ。パカッって開いてボタンをおすヤツ!」
「あ、ああ~『3DM』、ゲーム機のね!」
就職してからすっかりゲームから遠ざかっていたので、たどたどしい口調で紡がれる単語を耳にしても直ぐにピンと来なかったのだ。『3DM』は子供達に人気の、携帯ゲーム機の事だった。
「翔太、ゲーム持ってないの?」
「ない。かあさんが、ゲームは十さいからだって言うから」
腕組みをして眉を顰める翔太の表情は、まさに苦悶そのものだった。
深刻なその様子に再び噴き出しそうになるのを堪え、七海は腹筋に力を入れながら自分の子供の頃の事を思い起こしていた。七海の記憶では、物心ついた頃には既にゲーム機が江島家に存在したような気がする。翔太が欲しがっている『3DM』と言う携帯ゲームのようなものでは無く、テレビに接続して使うような物だったが。あれは処分してしまったのだろうか?いや、もうかなり古いから使えるソフトは中古品でしか手に入らないかもしれない。
きっと翔太の目が悪くならないように又は幼い頃から嵌り過ぎないように、などと考えた母親の響が年齢制限を設定したのだろう。七海の時は兄である海人が既にゲームをやっていた状態だった筈だ。祖母が家にいるとは言え共働きの両親が三人兄妹を面倒みるにあたって、それさえ与えておけば子供が大人しくなる『魔法グッズ』であるゲーム機を取り上げるのは難しかったのだろう。
これから親になろうとしている七海だって、自分の子供を小さい頃からゲーム漬けにはしたくない。今江島家で実質一人っ子状態になっている翔太を、きっと可能な限りちゃんと(?)育てたいと、響は考えているのかもしれない。
「うーん、そうだね……」
不満げな、と言うよりむしろ苦悩するような翔太の表情を見て、余程その『ひろ君』の事が羨ましいのだろう、と七海は少し同情した。自然と大人の視線を集めてしまう『一人っ子状態』は、気楽な二人目の自分より大変そうだな、とも。
其処まで考えてから自分の知る『一人っ子』、夫である黛を思い出す。黛はそう言う制約をほとんど感じていないように見える。両親とも忙しい所為でやや放任されていたのかもしれない。そう言えば付き合ってからも黛の子供時代についてあまり詳しく聞いたことが無かった、と思い至る。本田家に出入りしていた、と言うのは聞いていたのだが……。黛は隠し立てをするような性質では無いが、七海が尋ねなければ自分から身の上話や苦労話をしたりはしない性格なのだ。そう言う所は意外と男らしいな、と好ましく思う一方でもう少し愚痴を言ってくれれば良いのに、と少々もどかしくも感じる。
「ななみ?」
考えに沈んだように黙り込んでしまった七海に、翔太が気づかわし気な視線を寄せていた。昼間、心配掛けたばかりだと気が付き、慌てて七海は思考を切り替えた。
「あ、えっと……きっとさ、あんまりゲームに夢中になって宿題忘れたりしないかな?って、母さんは心配なんだと思う。それに子供の頃ゲームばっかり見ていると目が悪くなっちゃうし。3DM持ってない子も、クラスに沢山いるでしょう?」
「そうだけど……」
コクリと翔太は頷いた。既に理由については説明を受けていて、彼も一応納得はしているらしい。それでも、友達が遊んでいるゲームが羨ましくて仕方が無いのだろう。そんな葛藤は、七海にも覚えがあった。
学校の道具に関しては、兄の海人からおさがりを貰う事が多かった。けれども兄のおさがりは当然男の子カラーの物が多く、女の子カラーの真新しい道具を持っている同級生が羨ましく感じていた。妙に切ない気持ちになったものだ。
一方で七海より三つ下の妹である広美は、新品を購入して貰っていた。上の二人が使った道具はボロボロになってしまい、必要な道具の仕様も変わっていたからだ。幼いながらも七海は道理は弁えていて常に手一杯な様子の両親に大っぴらに文句を言う事は無かったものの―――けれども何となく割り切れない気持ちが、長く尾を引いていたものだ。
その時、玄関に続く廊下から誰かが返って来た気配がした。ドアを開けたのは、体格の良い威厳溢れる容貌の義父、龍一だった。
「あ!」
翔太の顔がパアッと輝いた。
「お義父さん、お帰りなさい。早かったですね」
「おかえりなさーい!」
七海に続いてお帰りを言った翔太がパッと椅子から立ち上がり、タタタッと威圧感漂う大きな体に抱き着いた。翔太は過去黛家にお泊りした時に寡黙な龍一と意気投合して以来、大層彼に懐いてしまったようだ。
「ただいま」
龍一の表情が薄っすらと和らいだような気がした。ポスンと自分に纏わり付くその小さな頭を撫でてから、鞄から紙袋を取り出す。それをそのままポン、と小さな頭の上に乗せた。
「なにコレ?」
翔太が龍一の体から手を離し、頭の上の包みに手を当てた。
「開けてみなさい」
「うん!」
思いも寄らないお土産に翔太は目をキラキラと輝かせた。頭の上から紙袋に入った箱を下ろし、直ぐにソファの脇にあるローテーブルの所まで走って行って紙袋から四角い箱を取り出した。
その展開に驚いてパチパチと瞬きを繰り返していた七海は、我に返って慌てて立ち上がり頭を下げた。
「お義父さん、すいません!気を遣わせてしまって……」
「いや、気にしないでいい。たまたま目に付いただけだ」
またしても無表情になった厳めしい様子に、これ以上謝罪を繰り替えすのも野暮かもしれないと気が付いた七海は、感謝の気持ちを込めて笑顔でお礼を伝えた。
「有難うございます」
「うわぁ!」
すると覆い被さるように、翔太の歓喜の声が響いて来る。
(まさか翔太が欲しがっていた携帯ゲーム機では無いよね?)と一瞬ヒヤリとした七海だったが、子供の小さな腕に大事そうに囲われた物を見て安堵する。きっと七海の母親、響が心配しているような事も、龍一は考慮してくれたに違いない。
「これなに?!すげーカッコイイー!」
七海は翔太が両手で持っている箱を覗き込んだ。
「これは……えーと『ドローン』?」
それはラジコンだった。手のひらサイズの、四つのプロペラが付いた乗り物のようなドローンと、それより二回りほど大きいコントーラーが箱の中に納まっている。
「わーい!」
翔太はその箱を手に持ったまま再び立ち上がり、居間の中をそれこそラジコン飛行機のようにぐるりと走り回った。大周りでもう一度、龍一の目の前に辿り着きキラキラした瞳で背の高い彼を見上げる。
「ありがとー!」
プレゼントを胸に大事そうに押しいただき、大きな声でお礼を言った翔太を見下ろし頷いた龍一の表情が再び少し緩んだのは……きっと七海の見間違いでは無いだろう。
(お義父さんって、あまりそうは見えないけど結構子供好きなのかも?)
意外と子供に好かれるタイプなのだと翔太との初対面の様子を見て七海は感じたのだが、それはもしかしたら龍一本人が子供好きだからなのかもしれないと、彼女は何となく納得したのだった。
お読みいただき、有難うございました。
※おまけ:裏側のお話です。
龍 一「最近の小学生はどういった物で遊ぶのかな」
看護師「えっと、そうですね(珍しい、黛先生が仕事以外の事を口にするなんて!)……男の子ですか?」
龍 一「ああ」コクリ。
看護師「携帯ゲーム機が人気ですよ?やっぱり『3DM』とか『すいっち』とか。でも視力とか脳への影響もあるから、私の姉は甥っ子に最初は知育ブロックとかジェンガとかを与えてましたね……ああ、そう!ラジコンとかは、すごく喜んでましたよ!」
龍 一「……そうか」と、言ったきり話が止まり、仕事の話に戻る。
七海に『たまたま目に付いた』と説明しつつ、実は看護師さんにしっかりリサーチをしていた龍一でした。




