十五、覚えてますか?2(☆)
十四話の続きです。短い小話です。
少々大人っぽい表現がありますので、苦手な方は回避して下さい。
※別サイトとは一部表現に変更があります。
「ふわっ……おやすみなさ~い」
欠伸を噛み殺しつつふかふかのベッドに潜り込み、肩まで布団を掛けて今日の楽しい時間を思い出す。
黛と手を繋いでタップリ川沿いを歩いた後、図書館カウンターに本を返却。予約しておいた書籍が届いていたので受け取りそれから最近オープンしたファミレスへ。「ベビーカー多いね~」「家族連ればかりだな」「カップルもいるよ、ホラ」なんて会話を交わしつつ並んでいると、運良くテラス側のソファー席に座る事が出来た。蒼色のダンガリーシャツに黒いカフェエプロンのウェイトレスが、スープやパン、サラダにベーコンがタップリ盛り付けられた木のプレートランチを運んでくれる。食べる度に「うん、美味しい!」「これもナカナカ……」と唸る七海を黛が笑って―――お腹いっぱいになった所で欲張ってデザートの苺とベリーのフルーツパフェも頼み、二人で手分けして平らげた。
たっぷり今日と言う休日を楽しみ、お風呂に入ってゆったり過ごしベッドに入ると―――心地良い疲労感が襲って来る。
七海は目を瞑って、そのまま夢の世界に足を踏み入れようとした。
すると大きな手が伸びて来て横からギュッと抱き込まれる。眠たくて目を瞑ってされるがままになっていると―――やがて柔らかい唇が頬に触れた。それからちゅうっと吸い付いて……徐々に首筋へとずれて行く。柔らかい髪の毛が頬に当たってくすぐったい。七海は身じろぎしつつも抵抗せずに黛の行為を受け止める。
七海はこういう軽く触れるキスが好きだ。
深く口付られるのが嫌いと言う訳じゃなく―――チュッと唇を押し付けられる時、心の中が温かくなるような気がするのだ。深いキスの時はそんな余裕など全部奪い取られてしまう。こんな風にまどろみながら触れ合っているのは、ハンモックに揺られているみたいにとても気持ちが良い。このままトロトロ揺蕩って眠ってしまいたくなる。
が、一方黛がそのまま収まる訳がない。眠たくて目を開けられないままの七海に唇を落としながら、彼女の体に手を伸ばす。七海が眠たげなのは分かっていたが昼間からお預けを食らったままだ。ちょっとくらいは付き合って貰っても構わないだろう……と彼女の夫は都合良く物事を解釈している。
「う……ん、黛くん……眠いよぉ」
と抗議しつつも妻から強い抵抗が無いのを良い事に、彼はその厚意に甘えようとしている。
「んー……大丈夫。ほら、こうして触っているとオキシトシンの効果でストレスも減って、心臓も強くなって長生きできる。良い事づくめだろ」
と語りながらも、合間にチュッと唇を奪う。
流されているなぁ……と思いつつ、七海はと思わず笑ってしまった。
「ふふっ……理屈っぽいなぁ」
「説得と言ってくれ」
そうしてまた優しい口付けが降って来る。
『オキシトシン』と聞いて、七海の頭に今朝の遣り取りがボンヤリと思い浮かんだ。
『胎内記憶は胎児は皆持っているものでオキシトシンの働きで消えてしまうらしい。だから生まれた子供のうち胎児の頃の記憶を持っている奴は三割くらいだって―――』
「ちょっ、ちょっと待ったぁ……!」
唇が少し離れた隙に、黛の頬を両手でガっと掴んで押しとどめた。
「ねぇ、黛君は胎内記憶があったんでしょう?」
「うん?」
中途半端にお預けを食らった黛は、何を聞かれているのかピンと来ない様子で曖昧に頷いた。
「皆忘れちゃうだけで―――お腹の中の事は覚えている」
「ああ……そうらしい、な」
何となく良く無い方向に話が進みそうな気がして、黛は曖昧に濁した。
「じゃあ、この子も―――今やってるコト、聞こえてて覚えてるって事だよね?!」
「―――」
「ええと……恥ずかしいから、止め……」
「覚えてない」
両頬を固定されたまま黛は真顔で、掌を返したように断言した。
「全くもって覚えていない」
「え、でも昼間は……」
七海が戸惑ったように発した言葉に、黛は被せるように返答する。
「きっと玲子の勘違いだ。そうだ、俺に分娩室の様子を話した事を忘れたに違いない」
「言ってるコト違……」
「それにその時覚えていたとしても、今はすっかり忘れている。子供だって何やってるとか言ってるとか聞こえても理解できる筈がない。それに胎内記憶は三歳くらいにちょっと思い出すくらいで後は忘れてしまう人間が大半だ。だから―――全く問題ない」
「問題……無いかな。でも恥ずかし……」
「大丈夫、恥ずかしくない。それに妊娠中に両親がセックスした方が早産の危険性が減ると言うデータもある」
「え……」
「子供だって両親の仲が良い方が嬉しい筈だ。な?そう思うだろ?」
「う、う~ん」
口の回る夫を持つのは良い事なのだろうか……とチラリと考えたが、元来深く考えない性質の七海は、何となくまあいっか、とまたしても流されてしまうのであった。
お読みいただき、誠にありがとうございました!




