続影鬼 ~アンティークドール レジェンド~
前作の結果と真実が分かります。
生ける人形シリーズの山場を是非お読みください。
探求者B1
細波和馬は大学で同じクラスの槐修平といつも一緒に遊んでいる青森正樹を待っていた。しかし、30分経っても姿を現さず、和馬の貧乏ゆすりは一層激しくなった。修平は携帯電話に視線を落とす。一向に鳴る様子もなく、過ぎていく時間だけを無情に表示し続けた。
外では色とりどりの傘が咲き始めている。正樹は雨でドタキャンするような性格ではない。和馬は10回目の携帯電話のリダイヤルをした。しかし、留守番電話の機械的な音声に頭に来て切ると立ち上がった。
「あいつ、真面目だからきっと事故とかあったんじゃないか?」
修平は和馬の顔色を伺うように、小声で言った。
「いいや、おそらく死んでいる」
「いくら、遅刻だからって、そんな冗談はないんじゃないか?」
「いいや、冗談でも、切れて言っている訳でもねえよ。この近くの病院でおそらく心筋梗塞か何かで運ばれているさ。…だから、あんな屋敷に行くなって言ったのによ」
そこで、修平は顔色を真っ青にした。『あんな屋敷』とは、正樹が友人達と心霊スポット周りの趣味で行ったという東北の呪いの屋敷である。1回でも足を踏み入れると、呪いで必ず命を落とすという。場所は詳しくは調べることはできないが、あるインターネットのサイトに載っているそうだ。
「とにかく、病院へ行こうぜ」
修平は和馬の腕を掴んでコーヒーショップを後にした。
和馬の勘は当たっているのだろうか、タクシーを飛ばした。2人が通う大学に隣接する大学病院に飛び込むと、受付で正樹の名前が救急で入ったことが分かった。
しかも、今はICUにいるそうだ。すぐに駆けつける。
その扉の外の廊下には、正樹の両親が顔面蒼白で歩き回っている。彼らは軽くお辞儀をして何があったのかを訊いた。
朝起きてすぐにシャワーを浴びていた時に、突然倒れてしまったそうだ。血圧が急に上昇したことにより、脳溢血だったそうだ。修平は和馬を見た。詳細に違いはあっても、大体は彼の勘が当たっていたのだ。
しばらくしてランプが消えて、ICUから医師が出てきて首を横に振った。母親は崩れ落ちて号泣する。それを支えて父親も肩を揺らした。
和馬はすぐに駆け出した。呪いを恨み、その根源をこの世から断ち切る為だ。修平もそれに慌ててついていった。
自分のアパートに戻った和馬は旅の用意をして車に飛び乗った。助手席に乗った修平は言う。
「俺の部屋にも寄ってくれ、旅の用意をしたいんで」
すると、横目でじろっと睨んで和馬は、冷たく言い放った。
「10分だ。1秒でも遅れたら置いていくぞ」
修平は頭の後ろに手を組んで呆れ顔で呟いた。
「相変わらずだな」
「これは一刻を争うんだ、遊びでも旅行でもない」
その真剣な面持ちに修平は息を呑んだ。
修平の家に着くと、彼はすぐに飛び込んで何も考えずにカバンに荷物を詰め込んだ。和馬の性格だと、5分しか待たないだろう。3分で出てくると、彼はハンドルを握ってエンジンをかけていた。慌てて助手席に乗り込んだ。
「お前、俺を置いていこうとしたろう?」
しかし、彼は何も答えようとしなかった。そんなユーモアも持ち合わせていなかったのだ。他の修平の友人なら、少しは気の聞いたウィットを口走っただろう。
彼はすぐに車を走らせた。
「どこに行くんだ?その屋敷を知っているのか?」
「ああ。でも、止められなかったのは、俺の落ち度だ」
車は東北の山奥に行く。近くに焼け落ちた残虐な事件のある屋敷があったはず。その100km西には、奇妙な事件のあった屋敷の跡地があったらしい。
何かいわく付きの土地なのかもしれない。
どのくらい走っただろうか。気付くと眠ってしまった。起きると車は塀の隣の路肩に止まっている。運転席には和馬の姿はなかった。
先に行ってしまったのだろうか。と、言うことは、この塀の中に呪いの屋敷があるはず。正樹を殺した呪いの…。
修平も車から降りると、荷物を担いで塀を越えた。巨大な屋敷。庭も予想以上であった。彼は忍び込むと屋敷に走っていった。そこで、門の方に人影が見えた。すぐに杉の木の陰に隠れる。バンダナをしたサングラスの大男が小さなものを掴んでいる。
―――人間?子ども?それとも…。
良く分からないが、ここからでは確認できない。
しかし、奇妙な力をそれから感じることができた。気になったが、今は和馬と正樹の敵を取ることに専念することにした。
屋敷にそっと背を低くして駆け出して、1階の窓を探る。1箇所だけ開いている場所があり、そこから中に侵入した。
渡り廊下に下りると、エントランスで大勢の話し合う声が聞こえた。彼らは呪いを探りに来た者だろうか?興味本位の侵入者だろうか?自分達と同じく身内の敵、死の謎を解く為に来たのだろうか?それとも、浄霊の為?それとも…。
しかし、険悪な雰囲気になっているようであった。
「そこにいるのは誰だ?」
そこで男性の1人の声が聞こえた。リュートである。彼は50m内であれば、見えない場所の空気を肌で感じることができる。そこに人がいれば、感じられるのだ。そこで、修平は恐る恐る顔を見せる。
「何をしに来た?」
カインが冷たく訊くと、彼は仲間の敵討ちと謎解きの為に来たと伝える。ソウと呼ばれる青年も同様であった。
「ところで、仲間もここに来たんだけど、見ませんでしたか?」
彼らは顔を見合わせて首を横に振る。彼らは全員、顔見知りのようだ。別々で集まったようだが、偶然にも知り合いだったという感じである。
「外の大男も仲間ですか?」
そこで、大概の人達は首を傾げたが、ソウだけが見当がついたようで玄関に振り返った。
「あいつ、来ていたのか…」
そこで、沈黙が続いたがアモンが修平に訊いた。
「で、お前とその仲間の名前は?」
「俺は槐修平で、連れは細波和馬」
そこで、ソウは思わず大声を上げた。
「和馬?!」
全員の視線がソウに集まった。
「知っているのか?」
カインが訊く。ソウは頷いた。
「ちょっとした知り合いだ。あいつなら、独りで行動させても問題はない。何を言っても聞かないだろうしな。きっと、2階にいるだろう」
ソウはそう言って、場所を応接間に変えようと言った。
応接間で、今度はカイン達がコードネームだが自己紹介を軽くした。
修平は名前のコードネームの由来を訊いた。カイン、カノン、リュート、ジン、アモンは前述のような説明をした。ソウはあえて答えない。彼らも誰もソウの本名を知らないようだ。しかし、由来はカイン達と同じとのことだった。
ミシェル。これはかなり難しい。彼らと違った由来がありそうだ。明らかに日本人なので、漢字の名前だろうが。
彼らは本名を言わないので、そこであえて修平は追及せずに呪いの話を相談することにした。
一方、和馬は2階の角の部屋に来ていた。そこで、精神を統一してアストラルコードを高めた。和馬は悪霊の呪いかと思うが、霊感がないのでアストラルコードを使って異様な感覚を感知しようとしたのだ。
すると、彼の前に1人の男の子の姿が現れた。
「お前が呪いの主か?」
「僕じゃない。ここで遊んでいただけだよ」
「遊んでいた?誰と何をしていたんだ?何があったんだ?」
すると、彼は不貞腐れながら言った。
「影鬼をしていたんだ。僕と一郎と美代と平太正造でしょ、それに正之助」
「影鬼?影踏みのことだろう。それで?」
「皆がいなくなっちゃって、僕は森の中で迷子になっちゃったんだ」
和馬は思った。皆は彼を探して見つからず、先に帰ったと思い帰ってしまった。彼はその後、森で迷子になり、何かがあり命を落としたのだろう。そして、地縛霊になったところに屋敷が建てられた。そんなところだろうと。
でも、それなら『皆がいなくなっちゃって』とは言わないだろう。かくれんぼではなく影踏みなのだから、お互い姿を消すことはないはず。
『影鬼』。この言葉は何か、呪いのキーワードなのかもしれない。ふと、窓の外に視線をやると、バンダナの大男が何かを掴んで屋敷の方に歩いてくる。
「あいつも来ていたのか。…あれはソウルブレーカーか?何故、誰が召還したんだ」
そこで、男の子が言う。
「あの子はここに来た人に起こされたんだよ」
この屋敷の中に、アメリカで浄化したアランの魔術の召還者を再び呼び出した人物がいるのだ。慎重に行動をしないといけない。
呪いにアランの魔術。厄介事が2つになってしまった。しかし、アランの魔術の方は、外の彼が何とかしてくれるだろう。和馬も手を貸すために、それに合流することにした。
早く使者を浄化して、呪いを解くことに専念したかった。
ふと、思い出したようにそう呟く。すると、男の子は消えてしまっていた。
「何なんだよ、あいつ」
とにかく、下で大勢の中に合流することにした。
廊下に出ると、今度は女の子が透けた姿で現れる。先ほどの男の子の言っていた美代という一緒に影鬼をしていた女の子だろう。
彼女も幽霊に?ということは、皆があの子の前から消えたのは先に帰ったのではなく、ここで亡くなっている可能性がある。影鬼で何があったのだろうか。そもそも、影鬼というのは、和馬の思っているように影踏みなのだろうか。
考えても答えは出ない。その女の子に話しかけてみた。
「君は美代かい?」
すると、彼女は屈んで泣き始めた。和馬は後頭部を掻いて溜息をついた。
「だから、餓鬼は嫌いだ」
しかし、この子からも情報を得る必要がある。和馬は屈んで事情を訊くことにした。
「海君が私達を…」
その言葉で流石の和馬も驚きを隠せなかった。海というのは先ほどの少年だろう。彼は皆が自分を置いて消えて、森で迷子になったと言っていた。あの瞳は嘘を言っている感じではなかった。
すると、無意識で彼らをどうにかして消して(・・・)しまい、その後、森で迷子になり何かの事故で亡くなったのだろうか。
全ては影鬼というものに隠されているのだろう。
「影鬼って何だ?」
そこで、彼女は真っ青な表情で振り返った。
「誰がそれを教えたの?」
ここで海のことを言うと、恐怖で何も答えてくれないと思った。
「一郎という少年からな」
「え、一郎ちゃんも来ているの?」
「まあな」
そこで、周囲を見回して言った。
「あれは遊びじゃないのよ。ここにいる影鬼を呼んで逃げることができたら、お願いが叶うんだよ」
そこで、和馬は呟いた。
「禁じられた遊びねえ」
彼女は眉を細めてベソをかく。
「でも、海君が捕まっちゃって、影鬼になっちゃったの」
「で、その海に皆は捕まって殺されたのか」
一体、影鬼とは何なのか。屋敷の呪いとも、アランの黒魔術とも違う。この地に伝わる伝説の悪魔というべきか。
彼女はすぐに振り返り、恐怖の表情とともに消えた。和馬も同じ方向を見るが何もない。廊下の突き当たりがあるだけだ。
ここの呪いはおそらく、子供達の魂の言う影鬼なのかもしれない。
カイン達、棗達、そして、和馬達の3グループは美還と人形を囲む形になった。
「お前、何者だ?ここに来たのも偶然でも、カイン達のためでもないだろう」
棗の質問に、表情を曇らせたミシェルは渋々答える。
「私は北条家の子孫よ」
そこで、全てが分かった。北条家はスチュワート家とつながりがある。アランの魔術のためにここに来たのだ。それも、カイン達が来ることを見越して。
ふと、棗は考えた。
―――だが、カイン達をおびき寄せる意味は?
棗達が来ることは予想外だったにしても、カイン達が来ることは想定していたはず。実際、すぐに召還後に彼らの前に姿を現し、行動をともにしていた。
禁じられた遊び
玄関から入ってきた大男は、人形を掴んでいた。しかも、その人形は動いている。仮初の魂を持つ人形はある人物を見て叫んだ。
「あ、ミカン!助けて」
そこで、カイン達全員がミシェルに視線を注いだ。そう、ミシェルが美還なのだ。
「ミカン?」
カイン達は彼女の本名を知らなかった。そこで、ソウが説明する。
「美しいに帰る意味の帰還の還で美還。感じの読みを変えると美還(る)。ミカエルというのは、キリスト教の四大天使の1柱。フランス語ではミカエルはミッシェル。モン・サン・ミッシェル(聖ミカエルの山)の地名で有名だよな」
「それで俺達とコードネームの付け方が違うって訳か」
良く理解はしていないものの、リュートが納得した。
「あれが助けを求める、否、知っているということは、あれを再生させたのはお前だな」
腕を組んだアモンが詰め寄ると、彼女は後ずさりを始めた。そこで、背後から和馬が現れて行く手を塞いだ。彼もアランの魔術による召還されし使者と戦う者の1人であった。
「よう、棗じゃないか」
ソウとは棗のことである。『棗』を音読みで『ソウ』と読むのだ。そして、大男は棗のパートナーのジンこと陣竜胆である。2人とも和馬の知り合いで、アランの生み出した悪夢と戦う者であった。
そして、人形を捕まえてきたのは陣であり、その人形は棗達がボストンの郊外で浄化したはずの使者であった。
「私の苗字は北条よ。これで分かったでしょ」
そう、北条とは、この屋敷の元持ち主、エドワードの日本人の妻の旧姓であった。スチュワート家に関係しているのだ。アランの魔術に関係していても不思議ではない。
「とりあえず、こっちを早く片付けて屋敷の呪いを何とかしようぜ。このままじゃ、俺達の身も危ないぞ」
和馬がそう言った。陣は人形を掴んで、人間の焦げる臭いが充満するリビングに平然と入っていった。そして、燃え盛る暖炉の炎に投げ込んだ。仮初の命の叫び声が響いた。彼らは寄り代がないと現世に留まれない。火が弱点なのだ。
そして、リビングから出てくると、陣はコートを払った。カノンは思わず鼻を摘む。
「で、彼女をどうする?」
アモンが訊く。
「どうすることもできないさ。呪いで命を落とすまでだ」
和馬が言う。すると、美還は鼻で笑った。
「呪い?馬鹿じゃない。そんなものはないわよ。全ては使者のCODEの能力よ」
「馬鹿はお前の方だ」
そこで、和馬は全員に今まで2階であった霊達の話をした。
「そんな作り話を…」
美還はそう言いかけるが、棗が割って入った。
「運命を司る者の使者であるソウルブレーカーは、精神波とCODEを操る。その能力は遠距離にある人間を心不全や心筋梗塞にすることはできない。可能なら、この世界にすでに人間は存在していない。実は、かつて、使者が沢山召還されたことがあったんだ。何回も召還されたこともあるし、俺達も何度となく戦ったしな」
「じゃあ、その影鬼って何だ?」
アモンが和馬に訊く。修平はそこで言った。
「ヒントは子供達の遊びじゃないですか?」
「屋敷は関係ないはず。つまり、この地に宿る何か、だよな」
リュートが同意を求めて呟くように言った。
「この地に伝わる伝説を調べる必要があるだろうな。別にどこかのホラー映画じゃなく、外に出られるのだから、2手に別れて行動しよう」
棗はそう提案した。カノンはまた芸能活動があるので帰すことにして、カインとアモン、そして、棗が周辺で影鬼の聞き込みとインターネットでの調査をすることにした。衛星経由の携帯電話もあるし、屋敷の竜胆と連絡を取り合うことにした。
リュートとジン、竜胆は美還を1階奥のゲストルームに閉じ込めて、交代で見張りをすることにした。和馬と修平は自分達、犠牲者――勿論、その中には自分の知り合いも含まれるが――や、これから帰すカノンの為に呪いを解くヒントを屋敷の中で探すことにした。
しかし、闇雲に探したところで何を見つけて、何をすればいいのか分からない。途方に暮れていると、エントランスに1人の少年が現れた。修平も見えるらしい。彼は本来、霊感もなければ信じてもいなかったので、一番彼自身が驚愕の表情を見せていた。
そう、心霊スポットは霊感のない者にも霊的な影響を及ぼすのだ。それほど強力な霊場なのだ。彼らはしばらく、その少年の行動を観察することにした。
一方、庭に出た棗達は、棗の車のところに駆けていった。カノンを帰すことに屋敷の呪いの心配があったが、棗が使い古したぼろぼろの数珠を渡して何があっても手放さないように言った。そう、アメリカで除霊と結界に使ったものである。
そして、棗の連絡先を伝え、何かあったらどんなに小さいことでもすぐに連絡するように言った。また、距離が遠くて間に合わないようならと、蛟朱雀という霊能者であり棗の腐れ縁の人物の連絡先も教えた。
そこで、門から出ようとしたら、突然、生暖かく黴臭い空気が漂い始め、地面が破裂してカノンは腰を抜かして倒れた。気を失っているらしい。
すぐにカインとアモンは彼女を抱えると、棗を先頭に門の外に飛び出した。
近くに止めていた車に乗り込むとカインとアモンがカノンを担いで後部座席に飛び込んだ。そのまま、車を出すと見えない何かの力を背後に巻き込まれないように棗はすぐにアクセルを全開にした。
何とか屋敷からの脱出に成功した。全員は溜息をついて、気絶しているカノンを見た。命に別状はなく、怪我もないようだ。
そこで棗はあることに気付き、ルームミラーでカインに視線で助手席を差した。カインは助手席を見る。カイン達は後部座席に飛び込んだし、荷物も助手席にはない。
「どうした?」
「連れてきたみたいだ」
彼は顔を出すと、助手席のシートベルト未着のランプが点滅していて、その内にはっきり点いた。
助手席に何かがいるということだ。呪いの主である影鬼か、亡くなった子供の霊か、それとも…。構わず、この地から離れることが先決と思い、そのまま走り続けた。
途中でカインは地元で情報集めの為に車を降りたが、棗達は得体の知れない者と共に東京に向かった。眼を覚ましたカノンに運転をしながら棗は簡単に説明した。
「じゃあ、オフは終わり。冒険はまだ終わらないけどね。これから新宿のホテルで泊まって、明日はレコーディングなの」
そして、彼女を近くの大きな駅に下ろすと、最後まで送るという棗の申し出を断って彼女は去っていった。
帰りに、近くの漫画喫茶でインターネットを調べる。アモンはすぐに棗に訊いた。
「何故、彼女を帰したんだ?呪いのせいで死んだらどうする?」
そこで、彼は首を横に振った。
キーボードを慣れた手つきで素早く叩き、ある情報を引き出した。
「ここに乗っているだろう。確かに呪いには日にちの制限はない。でも、少なくとも、屋敷の中では1日以上いた人間はいないので、屋敷に留まった状況の中、何日で亡くなるがは不明。ただ、外に出ると、ほら」
モニターには、人の名前と日にちが一覧になっている。全て呪いの屋敷の犠牲者である。勿論、全員の名簿ではないだろうが、15名はあるだろう。日にちは一週間から15日まで様々だ。
しかし、これではっきりしたのは、1ヶ月以内には呪いは発揮されるが、一週間は無事であるようだ。
呪いの発動のきっかけまでは分からない。インターネットで呪いにまつわる噂を調べる。
ある伝説が、否、ノンフィクションかもしれない話が書かれていた。そのブログ、というよりは文献、学術論文の一部のような文章に目をなぞらせた。
カインの能力で一瞬にその文章を記憶していく。
しかし、その文献は信じられないことであった。到底、信じることのできないことなので、カインは記憶するのにその疑問が心に引っかかったので、記憶に時間がかかった。
鬼。影鬼。その子供の遊びの発祥の地があの場所だったのだ。館のあったところ。
そのきっかけとなった出来事を物語風に書いている。生き残りの日記を元に小説として書いたのだろう。でも、それを何故、ブログにそれをアップさせているのだろうか。
このブログの管理人について調べた。
『白鳳勇志』
この名前に棗は覚えがあった。かつての『あの屋敷』で仮初の魂を持つ者と共に戦い、勝って生き残った小説家である。
彼にも不思議な力があった。言霊。詳しくは分からないが、そう本人が言っていた。
何故このことを調査して、ネットに載せているのか。とにかく、内容を検証して彼に再び会う必要がある。
勇志のアパートは以前に聞いていたので、その場所に棗は急行した。しかし、彼は留守であった。出版社の編集者、勇志担当であり、以前の事件の関係者である月代漣牙にコンタクトを取ることにした。すると、彼いわく、どこかの旅館で缶詰になっているらしい。どこの旅館までは守秘義務で教えてくれなかった。
彼との連絡の中継を頼んでみたが、それでも、彼と連絡が取れなくなっていた。おそらく、今は旅館にいないのだろう。どこに行っているのか、漣牙も分からないと言っていた。
ブログもすでに停滞している。
仕方がないので、その日は各自の家に帰ることにした。
テレビをつける棗は、そこに映るカノンを見た。歌番組に出ている。口パクらしいが、激しい振り付けはかなり高度なスキルであった。
今のところ、無事であるということは確認できた。棗の守護はかなりの強さで十分、効いているのだろう。
そこで、午前1時頃にカインから携帯電話に連絡があった。
「どうした?」
「ある古い文献に影鬼のことが載っていたんだ。とにかく、携帯では伝えられん、来てくれ」
棗は後頭部を掻きながら携帯電話を切って出かけることにした。
深夜2時。そこはカインの通う大学のある研究室に棗を導いた。そこの研究室のセミナーに参加しているカインの同級生の鈴木雅夫が待っていた。カインも一緒である。アモンは連絡が取れなかったらしい。
「おれ達は禁じられた遊びや、昔の遊びの由来を調査、研究しているんだけど、卒論で選んだ『影鬼』という遊びを仲間の祖父が教えてくれたそうで、それを4人1チームで調べていたんだ。落ち武者が作ったという村で生まれたということまでは何とか分かったんだけど、その村はすでになくなっていたんだ。あったのは、最近立てられた洋館だけ。何でも、何かのアトラクションとしてアメリカからわざわざ移築したらしいけど」
そこで、古い書物をデスクの上に置いてさらに続ける。
「この文献は失われた村に唯一残されたもので、村長の住処跡の地中から発見されたんだ。おそらく、畳の下から土を掘りこの文献をしまったんだろう」
「で、何でこの文献の情報を白鳳が知って小説にしたんだ?」
そこで、雅夫が言った。
「もしかしたら、元村人の1人を見つけて話を聞いたのかもしれない。伝説を語り継がれている可能性はあるから」
「その村人はどこに移り住んだかは?」
「不明だよ」
カインと雅夫の会話を棗は考えながら聞いていた。
「一説によると、全員殺されたとも言われているし」
「それじゃあ、白鳳が村の生き残りに聞いた説がなくなるぞ」
「彼は別の方法で知ったのか?」
「彼がこれを知っていたことは、この際置いておこう」
雅夫はすぐに椅子に飛び座り、パソコンのキーボードを叩く。
「その文献から、影鬼の遊びは周辺の集落まで波及していったらしい。今はそれも少なくなってしまったけど。遊び方は影踏みと鬼ごっこのようなものだ。説明は割愛する」
モニターには、奇妙な絵が現れる。鬼のような妖怪の絵である。
「これは大鬼。平安時代の京都で屏風に描かれたもので、陰陽師の使役する式神と言われている。でも、屏風の絵では、人を襲っているからその文献の大鬼ではないと思われる」
「式神が暴走したんじゃないか?」
「可能性は否定しないけどな」
そこで、アモンが口を挟んだ。
「おいおい、本気で言っているのか?鬼だの式神だのって、創造物だろう。そんなものが実際に存在する訳ないじゃないか」
しかし、彼らのアモンへの視線は本気であった。
かつての出来事
あの場所にかつて落ち武者が村を開いた。そこによそ者が現れた。名前は不明。彼はすぐに村の者達から迫害を受けて、森に囲まれた土地の奥に追いやられた。村の北東、つまり鬼門である。
そこは、後にあの呪いの屋敷の建つ場所である。彼はそこで独りで近くの竹林で小屋を作り、自給自足で暮し始めた。
彼はそこで何かを始める。煙が絶えず立ち上がった。
ある夜、村長の息子が隠れてその小屋の中を覗いた。次の朝、彼は村はずれで変死体として発見され、そのよそ者はすぐに捕まった。任意同行でも強引に駐在所に連れて行かれ、三日三晩の事情聴取でも彼は知らぬ存ぜぬの一点張りであった。
そこで、巡査は別の質問をした。小屋で何をしているのかと。そこで彼は厳かに言った。
「この地には、霊が集まりやすい良くないスポットだ。しかも、数々の悪いものが集まり、人の悪い感情も集まっている。仕舞には落ち武者という負の感情を持つ貴方達が住み着いた。そこで、ここは最も悪い状況になっているんだ。だから、この地を浄化しに来たのだ」
その話をまともに聞く者は存在しなかった。そこで、彼は留置所に拘留された。それからすぐ、村人が1人倒れてきた竹に後頭部を打ち、診療所で2時間後に亡くなった。
次の日、子どもが小川に落ちて溺死した。足の付く流れも速くない川なので、犯罪の可能性を考えて警官が2人、村人5人で捜査をしたが、結局何も分からなかった。
よそ者が捕まってから、様々な不吉な事象が起こったことで長老が彼に話を聞いた。
「だから、警官にも言ったが、ここは悪い地なんだ。そこに次々に悪いものが集まる悪循環で、俺はこの地を浄化しに来た。でも、ここに閉じ込められて浄化しかけてそのままなので、コップの水が溢れるように悪いものがこの地に集まりすぎて、許容範囲を超えて人間の命を奪い始めたんだ」
長老は巡査と違い、真面目に聞いてうむと唸って深く頷いた。
「どうすればいい?」
「ここまで来たら、もう悪い気は具現化したと考えるべきだ。俺の浄化は間に合わなかった。ぎりぎりで来たからな。まさか、捕まると思わなかったからな」
「その具現化したものをどうにかしたら?」
「或いは…。でも、それができるのは、かなりの霊能者だ」
彼は長老の一言で釈放されたが、その日にまた1人、馬に蹴られて亡くなっていた。
釈放された青年は、すぐにあの場所に行く。そこには木々がなく崖崩れを起こしていた。海に続く川が顕になっている。すでに何かがこの地に起こっていた。
「まず、邪悪な者を見つけないと。この村にいるはず」
一緒に来た青年団とともに森の中を回った。3時間は歩いただろうか。森の中に開けた場所が見つかった。そこには、巨大な屋敷が建っていた。住んでいるのは北条清太郎。まだ、若干26歳であった。
若くして亡くなった父親より受け継いだその屋敷には、何か得体の知れない空気が漂っていた。そのすぐ傍には、旅館が建っている。清太郎は屋敷の一部を別荘にして生計を立てていた。
そうでなくても、先祖よりの財産で仕事をしなくても十分暮らしていけたが。青年は青年団の2人だけを連れてその屋敷の近くに行った。
そこで、1人が突然、奇声を上げて逃げ出した。すぐに全員は追いかけていくが、森の中で変わり果てた姿で発見された。
青年が連れていったもう1人がそこで呟いた。
「鬼がいた、黒い鬼がいたんだ…」
青年はそこでこう独り言を言った。
「影鬼…」
そこで、青年団長はすぐに彼の肩を掴んで凄い形相で訊いた。
「それは何なんだ?」
彼は首を横に振ると、それ以上何も言わなかった。
その後、村に彼の姿はなくなり、誰も北条の屋敷に近づく者はいなくなった。長老の命で信用できる祈祷師が外から呼ばれた。彼は祝詞を唱えるが、すぐに退散していった。
そこで、ある名のある霊能者の一族が呼ばれた。蛟家の1人である。当主の三男坊であるが、力は血筋を引いていた。彼はすぐにあの崖に駆けつけると、地面を擦って砂を見た。
「鬼、大鬼がこの場にいる。すぐにここから立ち去るんだ」
「鬼?そんなこと…」
長老は信じることができなかった。
「鬼と言っても、昔話の赤鬼や青鬼でも妖怪でもない。いわゆる、磁場が吸い寄せる強く邪悪な気の塊だ。実体は存在しないが、人間に悪影響を及ぼす」
そして、蛟は振り返り北条の屋敷の方角を見た。
「あっちに屋敷があるな」
長老は頷く。
「北条家のことだね」
そこで、彼はその方向を睨んだ。
「スチュワートか。悪魔が別の悪魔を呼んだってところか」
コートの襟を寄せて蛟家の三男坊は陀羅尼を唱える。
すると、霊場の気が淀み始める。気持ち悪くなる青年団の人が現れ始めた。彼は長老にすぐに言う。
「全員をここから逃がしてくれ、早く!」
彼は青年団を連れて一目散に去っていった。それを見届けて小屋の中にゆっくりと入り、周りを見回す。生活感のない殺風景の部屋。まさしく、浄霊の為だけにここにいたようだ。ふと、床の1箇所が気になり、思い切り踏んでみた。すると、何かが動く気配がする。
床板を剥がして見ると、そこにここに暮らしていた青年が轡を噛まされ、両手を後ろに縛られていた。引き出して紐を解くと、彼はすぐに言った。
「この近くにあいつが来ている、早く逃げろ」
すると、冷静な瞳で見下ろして蛟が囁いた。
「俺が誘き寄せたんだ。お前がいたことは誤算だったがな。影鬼に殺されたくなければ、俺から離れるな」
そこで、彼は訊いた。
「影鬼って何なんだ?霊の仕業じゃないのか?」
蛟は溜息を吐いて言った。
「何も知らないでここに浄化しに来たのか。今は影の鬼と書いて影鬼と俺達は呼ぶが、元は陰鬼という陰陽師や行者、修験者の使い魔というべき式神だ。人の悪い感情の溜まり場や霊場という悪条件にアランの子孫の悪意や魔術が重なって、その影鬼が召喚されてしまったんだ。ただ、条件が整っただけでは出てこない。召喚した者がいる」
召喚した者。それは誰だろうか。何より、その影鬼とは何なのだろうか。とにかく、式神がその召喚者によって惨殺をしているのだと蛟が告げた。
青年はすぐにはっと思い出したように、小屋を飛び出した。崖の傍にある木の下に、見知らぬ人物が立っていた。
「葵?」
青年がそっと尋ねる。彼女はゆっくりと頷いた。大きな鍔の帽子を被っている。顔は見えず、肌を全て覆い隠すドレスを着ている。
「久しぶりね、明日馬」
青年の名前は細波明日馬。和馬の父親であった。
「何故、大鬼を召喚した?」
「あら、もう全てを勘付いているみたいね。この村の人達はある過ちを集団で犯して、しかも村ぐるみで隠蔽しているの。滅びて当然なのよ」
「彼らは何をした?」
そこで、後ろから蛟が現れて会話に割って入った。
「フリークスを村ぐるみで殺害し、両親を幽閉した。…かな」
すると、彼女は微笑んでみせた。
「流石、由緒正しい霊能者一族の末裔ね。そのフリークスの霊に聞いたのね」
「フリークス、奇形児か?古臭い日本の伝統では、奇形児は座敷牢に幽閉されて育てられる影の伝統があると聞いたことがあるけど」
葵は無言で答える。さらに明日馬は続けた。
「例え、酷いことをしたとしても、大鬼を使役して惨殺を続けるのは間違っている。証拠を見つけて、村の連中を警察に突き出せば…」
「すでに証拠なんかないんだよ、だよな」
蛟の言葉に葵は頷いた。
「裁ける存在は私しかいない」
影鬼を止めることはできないのだろうか。明日馬はまず、葵をどうにかしないといけないと思った。何しろ、彼女も仮初の魂なのだから。
「蝋人形の体は熱に弱いはずだよな」
その言葉に蛟は驚き、明日馬を見てすぐに葵の顔を見た。
人間のように見えるが、実は蝋人形のようであった。
「それじゃあ、私はこれで失礼するわね。大鬼はもう、止めることは出来ないわよ」
そう言い残して、彼女は竹林の中に消えていった。
「どこに影鬼がいるか分かるか?」
明日馬は蛟に訊いた。彼は印を結び、すぐに背後を振り返った。2人は村の表の住宅地に駆けていった。しかし、すでに遅かった。村人の一家全員がチアノーゼの症状を見せて倒れていた。
蛟は彼らの手首に指を置き、首を横に振った。
「ここは罠を張るしかないな」
明日馬がそう言った。
そして、小屋の床に模様を描き始めた。明日馬は何をしようとしているのか、蛟には分からなかった。霊能力とは関係ない術のようである。
「何をしているんだ?」
蛟は堪らずに尋ねた。
「大鬼は陰陽師などの術師によって召喚されたんじゃない。上界の者、運命を司る者のSNOWによって召喚されたんだ。だから、普通の召喚術では帰すことはできない。CODEと相反する力、アストラルコードで何とかするしかない」
言っている意味は蛟には分からなかったが、先ほどの葵という女性は、『上界の者』という存在らしい。
黙って見ていると、明日馬は模様の中央で意識を集中させた。
すると、部屋の中に奇妙な雰囲気に包まれた。
しばらくすると、小屋全体が大きく揺れ始めた。そして、大鬼が姿を見せた。しかし、それは彼らが想像していたものとはかけ離れていた。
人の影のようなぼんやりした存在である。大鬼の『大』とは、強力な力を持っている、邪悪であるという意味であるようだ。『鬼』はその存在の種別であって、我々の思っている角のある『鬼』とは違うようである。
そこで、明日馬は手を地面に付いた。すると、大鬼の動きがぴたりと止まった。
「同じ上界の者であれば、アンチコードであるアストラルコードも効くという訳さ」
彼はそう言うと、そのまま思い切り息を吐いた。影鬼は徐々に小さくなっていく。良く見ると、地面に吸い込まれているようだ。完全に姿が消えるのを確認して、彼は息を切らせて立ち上がった。
「本来は、鬼ごっこのように追って真言が必要だけど、手っ取り早くアストラルコードを使ったんだ。これで、もう大丈夫」
2人は小屋から出る。しかし、村人は公然と姿を消していた。影鬼が消える前に村人全員の姿を消したのだろうか。それは不可能だ。いくら大鬼だろうが、人1人消すのには、かなりの力と時間がかかる。では、何故?影鬼に怯えてこぞって夜逃げしたのだろうか。
明日馬と蛟は手分けして村中を捜索したが、人っ子一人見つけることはできなかった。生活していた形跡があるところ、全てのものが残っているところから逃げていった訳ではない。
煙のように消えてしまった村人を2日かけて捜索したが、彼らには見つけることはできなかった。その後、諦めてその村を後にして、警察の捜索も空しく村はそのまま閉鎖した。
以来、その地は影鬼の呪いの噂が発生し、住む者はいなかった。元々、交通の便も悪いし生活しずらいところでもあるが。
その呪いの噂から『影鬼』という遊びが作られたと言われている。
呪いの正体
棗達は戻ることにした。カノンのことは心配だったが、彼女は棗の守護に護られているし、何かあれば蛟朱雀の助けもある。それに早く呪いをなくすことが、彼女を助けることにもなる。
屋敷の中の仲間も気になっているし。
翌日、数時間をかけて屋敷に戻ってきた。しかし、物音1つしない。ジンこと竜胆がいるのだから、何があっても大丈夫だとは思うが、それでも棗は胸騒ぎを感じた。
霊的な雰囲気も強く感じる。大鬼か、幽霊か。それとも、上界の仮初の命の召喚であるアランの黒魔術なのか。
リュートがいれば、屋敷の中を感知することができたのだが。
棗はカインとアモンをエントランスに残して、周囲を見回す。1階のゲストルームのところに行った。ここに彼らのいた空気が残っている。おそらく、ミシェルを閉じ込めて交代で見張りをしていたんだろう。
中を見る。案の定、誰もいなかった。携帯電話をかけても竜胆は出ない。ジンやリュートもどうしたのだろうか。まさか、屋敷の呪いで…。
竜胆がいるなら、それは考えられない。だが、携帯電話に出ないのは?棗はこの呪いは大鬼である影鬼でないことは分かっていた。この場所でかつて影鬼遊びをしていた子供達が原因しているのは確かだ。
アランの子孫の黒魔術の為の大殺戮の無念な霊が、その呪いを感知することを邪魔しているが。それでも、今回だけはアラン関連の問題ではないのは、肌で感じることはできた。
すぐに悲鳴が聞こえてエントランスに戻った。今のはアモンの声らしく、2人は上を眺めていてアモンは腰を抜かしていた。カインは感情が希薄なのか、灰色の瞳で眺めている。棗も見上げると、エントランスのシャンデリアにミシェルが首をロープで括ってぶら下がっていた。体の重さで首が伸び、チアノーゼとむくみで表情は見るに耐え難いものになっていた。
自律神経が機能していないので、あらゆるものが垂れ流されている。
床の汚れに気付かなかったのは、電気が消えているし屋敷の中は薄暗かったからだ。屋敷の呪いは明らかにここに訪れた棗達に手を伸ばしていた。
「ジン、CODEを使え!」
エントランスで初めて本物の死体を見て呆然としているカイン達をよそに、棗は思い切り叫んだ。しかし、反応がないという状況から、この近くには3人はいないということだけは分かった。
影鬼も仮初の魂でもないとすると、何がこの屋敷を呪っているのか。あの子どもの霊はかつての影鬼の仕業を言っていたので、今回の呪いとは関係ないと考えるのが自然である。
すぐに感知を棗は始めた。
精神統一を続けること2分。被害者の霊や場所の霊以外には感知できない。屋敷に憑く呪いさえ感じられない。そこで、北館と中庭に目をつけた。
そのとき、カインが言った。
「もしかしたら、最初から屋敷には呪いはなかったんじゃないか?」
その言葉にアモンがそれに由来する推測を語り始める。
「最初はあの仮初の魂をミシェルが召喚したことが、混乱を招いていたけどさあ。結局、関係ないんだよ。ここに来ていた人が呪いで死んだっていうのは都市伝説で噂じゃないか?実際、本当に死んだ人を調べた訳でもないし、いたとしても呪いで死んだ訳か疑問だしな。そこで考えられるのは、この村のかつての事件、影鬼の村消滅事件に目をつけて、本物の呪いの屋敷を輸入して移築したイベント会社。噂を流してここの宣伝をしたんじゃないか?」
「じゃあ、俺達が来るまで本物の呪いはなかったと?」
棗がそう言うと、ある疑問が生まれた。
「それはない。実際、俺や和馬の親友は実際この屋敷の呪いで亡くなっている。だから、俺達はここに来たんだ。それに最初にここに来たときには、確かに屋敷に只ならぬ雰囲気を感じたんだ」
そこで、まず中庭に向かった。
そこはまるで地震があったかのように、全てのものが破壊されていた。
「何があったんだ?」
アモンが誰にともなく訊いた。
「さあな」
カインは周囲を観察しながらそれに答えるともなくそう呟く。
棗はここに残る空気の雰囲気を感知しようとした。そこにはわずかに霊気が残っていた。CODEも他の超自然的な力の気配は残ってはいない。
霊に関係していることは明らかである。
すぐに北館に向かう。鍵がかかっているので、アモンは思い切り体当りした。しかし、破ることはできなかった。
「結界だよ」
そう棗が冷静に言うと、陀羅尼を唱えて印を構えた。すると、黒く細い煙のようなものがドアから立ち上った。棗は思い切り蹴り飛ばすと、ドアの鍵は破壊されて口を開いた。
カインやアモンでさえ息を呑んで後ずさりするほど、重圧のある邪気の含まれる吐き気が込み上げるほどの空気の中、3人は仲間を、呪いの主を探して北館を捜索することにした。
リュートとジンの気配が2階からした。すぐに階段室に向かうと、そこに少年の霊が現れた。
「影鬼するもの、寄っといで」
和馬の言っていた海という少年だろう。そこで、影鬼遊びを思い出す。和馬は霊より影鬼を呼んで逃げると願いが叶うという遊びだという。しかし、少年達が大鬼である影鬼を召喚できるはずがない。
そこで、その少年の姿が消えた。
と同時に、前の部屋から和馬が現れて言った。
「そいつはここで大鬼に取り憑かれて死んだ。ここに妙な死をする村人が多く発生して、子供達から影鬼という遊びが出来たんだ。召喚したのは葵だろうな」
「でも、2人の余所者の霊能者によって封印されたんだろう?」
アモンがそう言うと、和馬は鼻で笑った。
「大鬼を霊能者の浄霊で何とかなるものじゃねえよ。それに、その2人っていうのは俺の父親と朱雀の叔父だ。大鬼を何とかする能力はないさ」
その事実に驚かされた。
「俺も親父の話を思い出すのに時間が掛かったがな。何しろ、ここの話だと思わなかったからな。だが、大鬼の存在と閉鎖的な村、そして、次々に人が死に最後に村に人がいなくなったという一致から、ここだと推理できたんだ」
彼にしたら、そんな話を沢山聞いていたのだろう。ここの話と実際に影鬼の仕業のこの状況を一致させるのは困難だったのだろう。『影鬼』というキーワードを聞いていたら、すぐに分かったのだろうが。
「竜胆とリュート、ジンを知らないか?」
すると、腕を組んでいる彼はこう言った。
「色々調べて来たんだろう。じゃあ、村人は何故消えたと思う?」
そこでカインがすぐに答える。
「霊能者2人じゃ、影鬼を倒せないと思って、逃げ出したんだろう?」
和馬は嘲うような目を向けた。
「消えたんだよ。生活感が残ったまま、消えたと記述があったろう」
彼が何を言いたいのか、カイン達は分からなかった。
そこで、棗が割って入った。
「村の人間は影鬼によって洗脳されたんだ」
洗脳された。その意味はすぐにはカイン達には分からなかった。
でも、彼らは影鬼によって変化させられ、操られたのだろうと想像した。その彼らはどこへ行き、何をして、今はどうなっているのか。
「洗脳された彼らは今、どこにいるかは影鬼に聞くとするか。まずは影鬼を探そう」
和馬と合流した棗達は2階に向かった。
「さっきの質問だけど、俺は霊気を感じて中庭に行って調べていた。すると、大きな爆発が起きて気付くとあんなバラバラな状態になったんだ。すぐにミシェルを拘束したゲストルームに駆けつけたが、すでに誰もいなかった」
「今はエントランスのシャンデリアにぶら下がっているがな」
棗はそう呟いた。
「ミシェルは上界に手をつけた。同じ上界の存在の葵が召喚した影鬼に狙われても不思議じゃない」
「あの人形、使者と影鬼は共に葵とかいう上界の者の下僕じゃないのか?」
カインの質問に和馬は首を横に振った。
そこで、あのオルゴールの音色が聞こえ始めた。確か、竜胆が物置から手に入れたはず。
すぐにその音を辿って2回に向かう。すると、ミイラのあった部屋から聞こえてくることに気付いた。恐る恐るドアを開けると、中には誰もいなかった。ほっと胸を撫で下ろすと、がたっと音がしてミイラに全員が注目した。ありえない光景がそこにはあった。
ミイラは椅子から立ち上がり、こちらに向いていた。これも影鬼のせいなのだろうか。
刹那、物凄い勢いでミイラが襲ってきた。棗は能力を使う隙がなかった。絶体絶命のこの状態で、アモンは悲鳴を上げて腰を抜かした。カインは空手の型を取って臨戦態勢に入った。棗はアストラルコードを一瞬で発した。
と、同時にミイラは天井から落ちてきた何かに潰されて、バラバラになった。降りてきたのは竜胆であった。
「一体、何があったんだ?」
棗はサングラスを直して立ち上がって、無言で棗達を冷静に見た竜胆に訊いた。
竜胆の話は後に綴ることにする。
事情を話した。
どうも、何者かがここにいるとのことだった。それは幽霊でも仮初の魂でも大鬼でもないそうだ。
「もしかしたら、和馬の父親は本当に影鬼の封印に成功して、今回の呪いの主はまた別者なのかもしれない。村人が突如消えたのは、別の原因だと思う」
アモンがそう言うと、カインもそれに賛同するように頷いた。
「じゃあ、呪いは何なんだ?」
そこで、ある恐ろしい仮説を棗が言った。
「呪われた奴はここに来てからだ。つまり、ここに人を死にもたらすものが存在することは確かだ。次に、人によって死ぬ期間が違う。それも、期間にだいぶ差がある。考えられるのは、体質によって死の期間が違う」
「医学的要素である免疫か?俺達が平気なのが発達障害だからと仮定ると、脳に障害を起こし、人殺し、自殺、狂って失踪するように行動をする。そういうことか?」
カインの言葉でアモンがある重大な一言を言った。
「ウイルスか?」
「すると、右脳に障害のあるカイン達はすでに微細な脳損傷を起こしているので感染しようがなく、平気だったということか。じゃあ、俺と竜胆は?」
すると、竜胆は言った。
「忘れたのか?お前は救世主、SNOWCODEの血を強く引いている。つまり、DNAレベルで普通の人間とは並外れた違い、能力を持つ。元々、SNOWCODEの持つ民は我々と違う種族の人間。ウイルスに感染しないことも十分考えられる。俺はCODEの力を持っているから、それが感染を妨げているんだ。上界の力はウイルスがどうこうできるレベルの力ではないからな」
「じゃあ、カノンは?」
そこで、全員は顔を見合わせて息を呑んだ。
「とにかく、ここに来て外で死んでいる人間が沢山いるのに、ウイルスの感染も発見されず他の人に感染もしていない。空気感染でも皮膚感染でもないはずだ。正体を発見してワクチンを彼女が発症する前に打たないと」
まず、我々は北館に行っていない。このミステリーツアーの観光客はこの建物から出ていない。感染源はこの南館だろう。
棗達の謎のウイルス発生源探しが始まった。
そこで、アモンが言った。
「待て、この屋敷ができる前に村人が感染して失踪していたら、この建物は関係ない。外を探るべきだ」
その意見は正しかった。
庭に出ると、周りを見回した。
ウイルスの正体も分からず、目に見えなくどうやって感染するかも分からないのに、発生源を見つけるのにはかなり無理があった。
そんな時、屋敷の中でリュートの声が聞こえた。
「ジン!」
ジンに何かが起こったのだ。
すぐに棗達は屋敷の中に飛び込んだ。エントランスの床の一部が抜けて、リュートが落ちかかっているジンの手を引いていた。
全員で2人を助けると話を聞く為に、飲み物を用意して応接間に集まった。
天井裏には何かが動く気配がしたが、霊だと思い深く誰も考えないことにした。
やがて、この中で何があったか、ミシェル見張り組の者達が話し出した
屋敷を蠢く存在
ミッシェルを見張りながら、棗達を待っていた。すると、急に何かが動く気配がした。
と同時に停電が起きた。窓からの光だけで視界を保つ。
まず、和馬が様子を見に行く。残った3人は気になってゲストルームの中をゆっくりと開けて見た。すると、ミシェルの姿はなかった。
唖然とする全員はまず、霊的なことを考えた。しかし、和馬がいない今、それを確かめる要素はなかった。仕方なく、逃亡を考えて逃げ場を見渡す。
逃げ道は全くない。窓は鍵が閉められているので、そこからの脱出はない。
そこで、リュートの空間把握で気配を感知する。
ミシェルは、今は姿が見えないがこの部屋にいたはずだからである。まだ、この近くにいる可能性は十分に考えられる。
「俺の感覚だと上から、ミシェルの感覚がする」
すぐに、ジンは壁を蹴って三角跳びして天井を叩いた。天井派軽くひびが入る。
すると、何かがごそごそと動く気配がした。
竜胆は周囲を見回し、天井裏に入れる場所を探した。日本家屋では入れない1階と2階の狭間でも、この屋敷なら入るスペースはあるだろう。日本では押入れから屋根裏に入るための点検口がよくあることを彼は思い出した。
竜胆はクローゼットの中から天井裏に入った。リュートもそれに続く。
埃まみれになりながら、ミシェルを追ってLEDのペンライトを点けて追うと、エントランスの壁に続く隠し通路に続いていた。エントランスに出るが、すでに彼女の姿はなかった。
「早く、探すんだ」
リュートはジンのいる客間に合流して、再びクローゼットの中に入った。ペンライトを取り出して咥えた竜胆は再び隠し通路に戻ると、今度は逆方向に向かった。
2階の行き止まりに続いていたが、彼はそこで2階の廊下に出ないで上を見上げる。手の届くところに手を掛ける場所があった。そこに手を掛けて上に上る。よく見ると、さらに上に手を掛けられる場所がある。 どんどん手と足を使ってロッククライミングのように上がっていくと、天井に隠し扉があった。
それを力ずくで開けて中に入る。そこはミシェルが這ったような跡が残っている。咥えていたペンライトを周囲に向ける。すると、何か小動物が這った跡も存在した。それはネズミではない。蛇かイモリのように這って動くもののようだ。
そこで、ある手触りを感じて右手の薬指の先にライトを向ける。それは緋色の液体だった。匂いは鉄臭く少量の血液だと推測した。
―――彼女は何かに咬まれたかもしれない。
そう言えば、和馬が上に何かが動いたと言って2階に向かった。それはこの這って動く小動物なのかもしれない。とにかく、ミシェルを探した。
膝の辺りを咬まれたようで、血が点々と途切れ途切れ続く。それを追っていくと、突如、埃がなくなっている場所も血の跡も消えた。
隠し扉がある可能性があったので、手を探るとある場所に鉛製の取っ手を見つける。それを引くと、エントランスの吹き抜けの天井であった。近くにぶら下がるシャンデリアには、ミシェルがぶら下がっていた。
考えられるのは、この世の者でないものに首を括られたか、突如、自殺したか。シャンデリアの装飾用の鎖に首を括るのは、自らでないと難しいだろう。
竜胆は隠し扉を閉じると2階の天井裏を探索して、あの小動物を探した。それが全てのキーであると直感で感じていた。
一方、クローゼットから天井裏に入ったジンとリュートは、リュートの空間把握である場所に向かっていた。逃げるとすれば、外につながる中庭の方だと思ったのだ。
2人が這っていき中庭に面する壁に行き着くと、中庭に出られる隠し扉を探した。
そこで、ある物音を聞いた。棗達が帰ってきたようだ。しかし、彼らの出迎えより逃げたミシェルの捜索が先であった。
天井裏の中で書くし扉を探していると、奇妙なレバーを発見した。最初は板に隠れていたので気付かなかったが、板の片端を手で体重を掛けて反対側が浮いて下にレバーがあったのだ。
それを上に引くと、床が抜けた。滑り台を滑って煙突の壁が開いて、リビングの暖炉の中に出た。
下には、数人の焦げた死体があったので、2人は暖炉から飛び出した。
「結局、見つからなかったな」
リュートがジンにそう言う
「でも、あの通路は何か理由があるはずだぞ、きっと、この中にさらに他の場所に行くカラクリがあるはずだ」
無口のジンがそういうと、リュートは溜息を落として周囲を見回した。
そこで、ふと、リビングの柱時計に目をつけた。寄っていき、時計の針を12時に合わせて振り子を揺らして見る。
しかし、何も起こらない。それどころか、振り子も動かなければ時計の機能を果たさなかった。明らかに、これは時を刻む以外の意図で制作されたことを意味している。
「こういう時にアモンがいればな、すぐにカラクリや暗号を解くんだろうなあ」
そう呟いて、リュートは時計の文字を見る。
そこで、あることに気付いた。11字だけはローマ数字なのに、12時だけは天使の彫り物だった。天使の彫り物を押すが引っ込まない。摘んで右に回した。すると、表示板がかちりと鈍い音を上げて開いた。中には何か文字が彫ってあった。
『VIIXVVI』
これをローマ数字だとすると、『5・1・1・10・5・5・1』とも読める。しかし、『6・9・5・6』とも『5・8・5・6』、『5・2・10・5・6』とも、幾通りも読める。
そこで、ジンが言った。
「基本的にこの数字は長針の回す暗号だろう。だとしたら、10回も回させることはさせん。それに何回も回させることもしないだろう。仕掛けも手間になるしな。そう考えると、『5・8・5・6』と考えると自然だろう」
ジンの言う通り、リュートは針を右に5回、左に8回、右に5回、左に6回と回した。すると、時計はドアのように開いて、中に金庫のように物が入るスペースがあった。
その中には、五芒星の形の先端のアンティークの鍵があった。
「エントランスの床の穴だ!」
2人は声を合わせてそう叫んだ。
すぐにエントランスに駆け出していった。
和馬は2階に行くと、何かものを叩く音やパチパチと音がする。しかも、低い唸り声も時々した。
彼にとっては慣れた日常の出来事であった。忌まわしいことであるのだが。
その音の中で、ものを叩く音を探る。
その視線の先には子供部屋があった。迷わず中に入る。
ラップ音がさらに激しくなり、古い額縁が落ちた。唸り声もさらに微かに聞こえた。オーブと呼ばれる光の玉がすっと漂い消えた。
その中で耳を凝らして大きな物音だけを探る。壁を叩く音がした。リュートは隠し部屋はもうないと言っていたはず。でも、壁の向こう側から音が聞こえる。外は外壁であるにも拘らず。
すぐにその場所を思い切り叩き破る。壁紙が破られ、壁の板が割れた。壁の向こうに奥行き60cmの空間があった。そこに水槽があり、下には水槽台と物入れがある。
覚めた目で和馬は足で水槽台の扉を無造作に開けた。全く緊張感も恐怖感もないのだ。すると、そこにかなりの出血を見せる血染めのシーツが丸まっていた。
何故、こんなところにこんなものがあるのか。
そこで、水槽を見る。何か蛇のような異形の生物の干からびた死骸があった。天井で這っているのは、この類のものだと思われた。元住人の中に生物学者がいたかは後で調査するにして、何か生物を作ってしまったのだと思われる。
その創造主は逆にやられてしまったのだろう。その魂が今もここで騒いでいるのだ。棗ほどの霊能力はないので、そこまでしか分からなかった。
すぐに飛び下がると、彼が立っていた場所に空気の澱みが発生した。
「出て来い、化け物」
この水槽で生まれた創造物はかなり素早く和馬の視界に入ることはなかった。そのまま、それの気配は消えた。和馬は天井を見上げるが、諦めて水槽の埋まった壁を全てあらわにした。
残っていた赤い結晶があったので腕を伸ばして拾う。何か分からないが、持っておくことにした。
部屋を出ると、すぐに子供の霊に出くわしている棗達がいた。
その後、彼らと合流してミイラの部屋に入ることになる。
ミイラに襲われている棗達の声を下から聞こえた竜胆は、天井を踏み込んで割って下に下りた。棗達を助けた竜胆は彼らと合流したのだ。
そこで前述のように話をしている間に、リュートは鍵を持ってジンが見守る中、エントランスの穴に鍵を差し込んだ。それをあの時計のように5,8、5、6と回すと、床のタイルが崩壊してリュートが落下しかけたのを、ぎりぎりジンが手を掴んで助かった。
その崩落の音とリュートの悲鳴で棗達が駆けつけたところだった。
彼らは中庭に集まると、バラバラのものからベンチを起こして腰を下ろした。
全員は情報の共有を行うと、ある結論に行き着いた。
「ここで誰かがある生物を作った。そいつは噛み付いた者にあるウイルスを感染させる。それは空気や唾、触れるだけでは人間同士では感染しない。でも、発症すると狂うか病死のように死ぬ。というところか」
棗が結論をそう言った。
「そのイモリか蛇か知らんが、それが屋敷にいてウイルスという呪いをばら撒いている。しかも、今もミッシェルを狂わせて自殺させ、天井裏を徘徊している、か」
ジンが続いてそう言った。
「呪いは呪いではなく、人間が作った生物か。一番恐ろしいのは、上界の者でも霊でも大鬼でも、勿論、呪いでもなく、人間なのかもしれないな」
和馬が皮肉を込めてそう呟いた。
「で、そいつを仮に影鬼と呼ぶことにして、影鬼をどうする?」
アモンが訊く。和馬の話では、あまりの速さで捕まえることは不可能だろう。
「屋敷とともに焼くか」
カインが過激なことを言う。
「それは犯罪だろう。影鬼のウイルス自体、推測なんだし」
アモンがそう言うと、棗はカノンのことが不安になった。
「カノンは大丈夫か?噛まれていなければ、感染していないと思うが」
カノンに携帯電話で電話をすると、彼女は噛まれていないことが分かり棗は安心した。一応、カノンにも事情を話した。取材の最中だったらしく、小声である。
「でも、いつ誰がその生物を作ったのかしら?」
確かに、彼女の疑問は確かである。アメリカでも呪いで死んでいる人がいる。大鬼の影鬼は村を滅亡させただけで、すぐに封印されている。仮初の人形は結局、何もできず浄化されている。
イギリスでは殺人鬼の仕業だとしても、アメリカでの呪いはその生物のせいだと推測できる。アメリカでスチュワート家の手にある時に、誰かにより創造された生物だと考えるのが自然だ。
棗はアメリカでの記憶を思い起こしているが、全然検討がつかなかった。そこで、地下の黒魔術の研究所を調べようと思った。上部の中庭がぼろぼろになっているので、何かあったかもしれないが埒が明かないので、とにかく、何か行動をしたかったのだ。
棗達は念のため、バラバラに行動せずに一緒にいることにした。全員で隠された入り口より地下の研究室に向かう。
そこは仮初の魂を人間や人形に入れるための資料や施設でいっぱいだったが、そのウイルスを持つ創造生物、影鬼の痕跡はなかった。リュートはアモンを連れて近くの部屋に入る。そこは機械室らしく、自家発電の機械があった。アモンはそれを動かすと地下の研究室は明るくなった。
ペンライトをしまうと、周りを見回す。
リュートはある場所に視線をやる。
「あの部分だけおかしいぞ」
そして、壁と柱の間を触っていると、ジンが突然、拳を放った。
壁は簡単に穴が開き、中には隠し部屋があった。その部屋に入ると、さらに奥に部屋があった。その部屋には、特殊なガラスで包まれている。入り口は特殊なカラクリ錠で締められていて、密閉されている。ウイルスの研究がされていたと考えられる。
ということは、スチュワート家が手に入れる前に壁でこの研究室が隠されたと考えられる。彼ら一族が手に入れる前から、サナトリウムだった。
サナトリウムは何かの感染症の為のものだろう。カインも棗も何か嫌な予感がしてならなかった。
そこで、棗はその当時の霊をウイルス研究室の中に降霊した。
現れたのはやせ細った老人であった。彼はガラスの向こうから話を始める。
その内容はこうだった。
謎のウイルス感染者を収容するために、3世紀前にイギリスにサナトリウムが作られた。
そのサナトリウムで感染者からウイルスの研究をする。その原因が新種のウイルスだと分かる。だが、かつての科学では解明は不可能だった。
そのサナトリウムでは、感染を治せずに封印してしまった。その後、感染者は惨殺される。新たなる感染による人間の命のためという名目の元に。
そのウイルスはなくなったと思われた。しかし、研究者の1人がある生物の体内に培養していた。生物兵器として研究しようとして。
研究室をサナトリウムの地下に密かに作り、マッドサイエンティストとして研究を続けた。彼はその助手をしていたそうだ。やがて、蛇にウイルスが変化をもたらせた。おそらく、DNAの変化をもたらしたのだろう。ウイルス耐性を持ち、感染を広める生物兵器と化したのだ。
助手であった彼はその実験台にされた。すぐに命を落とすことになる。まるで、屋敷の呪いのように。
そこまで聞くと、棗達はその研究室を開けることなく地下を後にした。
その生物兵器、影鬼を探し殲滅させるために。
復活する人形
その夜は全員で集まり、応接間で休んだ。
棗は胸騒ぎを覚えたので、すぐにカノンの元に行くことにした。屋敷から出ると、そこには1台のスポーツカーが止まっていた。顔を出したのは蛟朱雀である。朱雀は無言で助手席に首を振る。
頷いて棗は助手席に座るか座らないかというときに、朱雀は急発進させた。
車は渋谷のスタジオに止まる。
そこではカノンはスチール撮影を行っていた。その傍には、出版社の編集者が待っている。その中に知っている顔があった。月代漣牙である。
棗はすぐに寄っていき、彼に無言で同じくカノンの方を向きながら隣に座った。
「久しぶり。で、いつから雑誌担当になったんだ?」
「作家先生に振り回されるのに疲れてな」
「さしずめ、白凰先生かな」
「言わずもがな、か」
「で、その先生は今どこに?」
「いつものことで、どこかに缶詰でね」
前では、カノンは撮影を終えて、タオルで汗を拭きながら着替えに行った。
「何か呪いの屋敷について聞いてないか?まだ、つながっているんだろう」
「ネットで流している奴だろう?よく分からないが、彼の知り合いが呪いで亡くなってから調査してブログに載せ始めたようだぜ」
「その人の名前は?」
すると、漣牙は少し間を置いて言った。
「北条朗太郎、あの屋敷をアメリカに移築させたのも、日本に移築させたのも裏で操作していた人物だ。まあ、葵の差し金だろうけど」
「情報、サンキューな」
彼は朱雀の待つ駐車場に戻ろうとすると、カノンが追ってきた。
「編集者との取材は?」
息を切らせて言った。
「もう、終わらせているわよ。撮影を後回しにしたの」
「これからの予定は?売れっ子モデルさん」
「茶化さないで。大丈夫、もう仕事は終わり。それより、私も連れて行って」
棗は無言のまま、脳裏で思考をフル回転させて頷いた。彼女は満面の笑顔でついて行った。
朱雀の車はある病院に行く。朗太郎のことを聞くためだった。
受付で朗太郎のことを訊く。しかし、守秘義務のために教えてもらえなかった。
棗はすぐに振り返る。そこにはつばの大きな帽子を被るワンピースの女性がいた。
「手を貸してくれないか?」
「だから、前から貸しているじゃない」
その言葉に、やっと今までの出来事の意味を悟った。
「そうか、お前の手のひらで踊っていたミシェルまでやられたということは、お前達の敵でもあるんだな。影鬼は人間だけでなくお前達の、アランの子孫の敵でもあった。だから、使者を人形に再び下ろして対抗しようとしたんだな」
「今頃分かるなんて、貴方らしくないわね」
「あれは、影鬼は何なんだ?」
彼女は何も言わず、彼らを誘った。
カノンは朱雀に耳打ちする。
「彼女って、屋敷にあった絵画に似てるけど」
朱雀は笑って答えた。
「そりゃそうだよ、本人だから」
「本人って、あの絵画は屋敷がイギリスにあった中世に、アランという昔の人が描いたんでしょ?」
「そうだよ、そして、その時代以前からいる葵が今、ここにいる。それだけ。尤も、あの肖像のように具現化したのはアランだけどな」
彼女には理解できなかった。そこで、彼はこれだけを言った。
「彼女は上界の存在で、運命を司る存在。今は蝋人形に宿っているだけだ」
信じがたいその言葉にカノンは葵をよく見る。微かに見えるその肌は、人間のようであるが蝋で出来ているように見えなくもなかった。よくできた人形である。
「なんで…」
「そう、あの屋敷の人形を召喚させたのもあれの差し金。最初は人間を呪うため、つまり、呪いの正体だと思ったようだけどな、お前達は」
3人は葵に誘われたところは司法解剖後の霊安室であった。
他の人はまるで夢遊病のようにぼうっとして、棗達の行動を許している。
シートをめくると、朗太郎の遺体が寝ていた。
最初は初の解剖後の死体に嘔吐感を感じたが、カノンは驚愕の事実に気付いた。その遺体には噛み跡は一切なかった。ウイルス感染の可能性は皆無だそうだ。
「まさか、影鬼はウイルスではないのか?創造生物ではないのか?」
葵は彼らを嘲笑うように優しく見渡した。
「ヒントはウィンディッヒ。後は貴方に任せるわ」
彼女はそれだけ言って去っていった。
ウイルスではないと分かると、呪いの原因を知るためにあの人形を再び復活させる為に屋敷に戻った。カノンは呪いの不安があったが、仕事の為に残ることになった。
朱雀がついているということで少しは安心するのだが、念のため、棗は屋敷に戻ったらカインをカノンのボディガードにすることにして、屋敷から脱出させることにした。
棗は原因を知っているのはあの人形だと思った。あれを復活させることで、彼が原因を解明して、屋敷の呪いを解いてくれるだろう。
すぐに人形を抱えて棗は地下室に向かった。そこで、魔術書を見つけてミシェルがやったアランの伝えた黒魔術を始めたのだ。
それは成功して、3度目の復活、召喚を得ることができたのだ。
棗はすぐに彼に訊いた。
「ここで起こっていることは何なんだ?」
そこで、少女のアンティークドールは言った。
「僕は誰?」
どうも、三度目の召喚で記憶が混乱しているようであった。これでは、葵の指令も記憶にないだろう。そこで、ある賭けを棗は行うことにした。
荒廃した中庭に上がると、こう言った。
「ウィンディッヒ」
その言葉で人形は走馬灯のように記憶が蘇ったようだった。
「旧ローマ帝国の遺産を探していたんだ」
「それは何なんだ?」
棗が訊くと彼女は言った。
「人間が作り出した生物。でも、後ろ盾はあるけどね」
「DNA操作は当時の技術ではオーバーテクノロジーだろう」
棗がそう言うと、人形は口を噤んでしまった。
「DNA操作じゃないな。すでにあった『もの』で、生物に生体実験をしたのか」
推測を話し出した棗にジンは補足する。ヴィジョンの能力で過去の状況を脳裏で見たのだろう。
「イギリス軍はアランにある物を与えた。ガラスのビンに入った褐色の液体だ。将校はそれらがかつて古代ローマ帝国によって副葬品盗掘した宝で、特殊な性質を持っていると伝えた。それを実験で人体に影響をもたらすと、ドイツの科学者アイン・ウィンディッヒが発見した。脳に作用して筋肉のリミッターを解除する麻薬に生成された。その液体を密かに手に入れたイギリスのスパイは、宮廷に持ち帰ったんだ。
それを研究するように言われた宮廷人形師であり、表では科学研究の博士として活動する、魔術研究していたアランは、その液体はギリス軍の宮廷近衛隊から受け取った。彼はまず、巨大な蛇に移植した。それは何とDNA変化を起こして化け物と化した。人間をターゲットにして、咬んだり特有の毒が含まれる唾液を噴射することで、人間の脳に麻薬に似た作用を起こして自殺や失踪などの狂気を起こさせるのだ」
その蛇が今もこの屋敷にいると考えると、棗達は恐怖を感じた。
「その薬品はウィンディッヒ劇薬という名がつけられ、今もこの屋敷の研究室のどこかにある」
再び、人形はそう囁いた。
「だから、その毒に感染しない人形のお前が召喚されたんだな」
アモンの言葉に彼女は頷いた。
「とりあえず、その大蛇を探すか。影鬼はどこに隠れたか…」
和馬がそう言って、天井を見上げる。そこで、大蛇を影鬼と呼ぶことが暗黙の了解で決まった。
アモン、ジン、リュートは棗と和馬と別れて、影鬼探しをすることになった。アモンの頭脳、ジンの腕力、リュートの空間把握能力があれば、影鬼を捕らえることもできるだろう。
棗と和馬は人形に憑依した使者とともに、屋敷で影鬼の呪いの方法とその解呪の方法を解明する為に裏の墓地に来ていた。
そこには、ここをホラーアトラクションにしようとしていたオーナーが倒れていた。棗はすぐに脈を見ると、首を横に振った。
「ここはこの人間に扱えるほど、たやすいものじゃないさ」
人形はそう呟くと、墓を眺めた。
13基の墓は何か意味があるようだ。
そう、人を葬るだけの存在ではなかったのだ。
人形はゆっくり墓を掘り始める。そこから出てきたのは、人間のようには見えなかった。4本の腕、一つ目に額にある線。それは閉じた瞳であることに気付くのに、数分は掛かった。
「縦に目が並んでいる」
棗がそう呟くと、人形は首を横に振った。
「違う、3つ目の失敗作だよ。影鬼が成功したから、今度は人間にウィンディッヒ劇薬の実験をしたんだ。ただ、生きた人間にはそれができなかったので、遺体にだけど。でも、死後硬直後の生体反応のない人体には顕著な変化を求めることはできなかったんだ」
「じゃあ、生きた人間には実験はしていないのか?」
和馬の質問に彼は首を傾げた。
「そこまでは分からない。軍は結局、何かを理由にこの研究を止めたんだ。だから、アランも封印したんだ。屋敷ごとね」
「それを子孫が呼び覚ました、という訳だね」
棗の言葉に人形は頷く。
「これから、どうする?失敗作を見たところで、影鬼の呪いの秘密も、その解呪の方法も分からないだろう」
和馬の意見も尤もだった。人形はこの遺体を見て言った。
「いいえ、分かりました。三つ目にする理由。人間に超自然的な能力を開花させたかったんだ」
「じゃあ、影鬼はエスパースネークってことか?毒に含まれる麻薬的な成分は超能力なのか」
「どんな性質があるのかまでは、分からないけどね」
棗は黙って考え込んでいた。
相手の脳を混乱させて、自殺、失踪をさせる能力。
欝や心の病にさせる能力であると言える。
和馬があてずっぽうに言うが、何を言っても憶測にしかなかった。その研究中止の理由とウィンディッヒ劇薬についての資料を探すことにした。
納骨堂にそれを見つけようとしたが、見つけることができなかった。
「アランの研究資料を見つけるのは、不可能じゃないか」
和馬がそう言うと、棗は今の見解を説明した。
「それでも、この屋敷に影鬼がいたこと。移築が可能だったことから、どこかに仕舞われていたかもしれないこと。それを考えると、子孫がアランの影鬼の研究を試験体ごとどこかに仕舞っていたんだ。それを移築のときにそれごと移動させたので、今、ここにあるんだ。で、ここで影鬼が解き放たれたんだ。とすると、その試験体の影鬼が解き放たれた場所に資料や劇薬があるかもしれない」
きっと、葵は使者がアランにさせたかったことは人形に仮初の命を召喚させることだったが、研究能力を開花させたせいで、予想外の影鬼の誕生をさせて人の命を多く奪ってしまった。
だから、今棗の隣にいる人形にその収拾をさせるつもりだったのだろう。
「でも、解放されたとすると、影鬼は肝試しした人間が忍び込んで見つけられる場所に仕舞われていたんだろう。入り口の近くじゃないか?」
すると、遠くからアモンの声が聞こえた。
「おーい、変なものを見つけたぞ!」
すぐに棗達は屋敷の玄関に向かって駆け出した。
しかし、人形が玄関のポーチで彼らを止めた。
「危ない、中に入るな。僕が行く」
少女の人形はそう言って、すぐに玄関のドアの中に吸い込まれていった。
第3章 解呪
新たなる犠牲者
人形はエントランスで恐ろしい光景を目の当たりにした。
アモンは階段を駆け上がり、踊り場で震えながら見下ろしている。
エントランスにある穴には巨大な蛇が頭を出していて、ジンを締め付けて今にも噛み付こうとしていた。リュートの姿は見えない。
人形の役目は影鬼を倒すこと。すぐに飛び掛った。
まず、大蛇に掴まったジンに絡んだ尻尾にチョップを繰り出す。尻尾は解けて彼は床に転げ落ちた。幸い、ジンはその怪力のおかげで右腕の骨折だけで済んだ。ただし、毒液が掛かったかどうかは不明であるが。
外にいる棗は、人形もある程度のデータがあるはずだと棗は考えた。
そこで、その対処法も知っていると考え、すぐに玄関のドアを開いた。慌てて和馬も追っていく。そこで人形と影鬼の戦いを目の当たりにする。
人形は宙に浮いて、波動を放った。大蛇は穴から飛び出してリビングの壁に激突する。しかし、ダメージはそれほど受けていないようだった。次に、人形が口を開いて何かを吹きかけた。すると、影鬼は急に弱りだして、逃げ出した。ガラスサッシを破り中庭に出ると、向こう側のガラスを破って北館に逃げ込んだ。
「何を仕込まれている?あの毒の中和剤だな」
和馬は降りてきた人形の襟首を掴んで怒鳴った。
「ウィンディッヒ劇薬のワクチンのアンプルだよ」
すぐに棗は人形を和馬から奪って駆け出すと、ジンに人形の口を向けた。
「早く!」
使者は口から液体を噴射する。ジンの苦しみは和らぐ。そのまま、気を失った。
アモンは応接間でジンの看護に当たることにした。折れた腕に添え木をして、ソファに寝かせた。和馬はアンプルを空き瓶に人形から採取して、朱雀やカインの護るカノンのところに急いだ。
棗は使者とともにリュートを探すことにした。エントランスの穴に下りると、床下に広い空間があることに驚いた。そこは、黒魔術ではなく、明らかに化学実験の施設であった。
「ここだな、ウィンディッヒ劇薬の実験に関するものが封印されていた場所は」
人形は頷く。施設の脇に巨大な箱があった。そこに影鬼が封印されていたのだろう。生物実験で生まれてから、この石の箱に封印されて鎖で封鎖されてから数百年が経つはずだが、あの大蛇は生きていた。薬のせいでそれだけの刻を経ても生きられる能力を得たのだろう。
劇薬とワクチンは近くの木の棚に小さな瓶の中に沢山、納まっていた。
近くにあった皮のボストンバッグにそれらを入れて、リュートを探した。
すると、端の方に人の気配を感じ、要はゆっくり歩み寄った。そこには、腕を掴んでいるリュートがいた。すぐにワクチンを飲ませて(注射で血液に注入する薬品ではない)、寝かせて話を聞いた。
突然、エントランスが割れて大蛇が出て、その衝撃でここに落ちたそうだ。そのまま、ここに隠れていたとのこと。南館の地下は大蛇の巣で、どこにでも行けるようになっているそうだ。
棗はリュートの空間把握能力で、北館への地下通路を聞いて、人形の使徒とともに影鬼を追って駆け出した。
アモンは水をジンに持ってこようとエントランスに出て、穴の中のリュートに気付くとロープを探し出してエントランスに引き出した。ジンとともに応接間のソファに寝かせて、水を用意した。
後は棗に全てを賭けることにした。
駆け出した棗と人形は、中庭の地下にある研究室の棚の後ろの隠しドアから部屋に出た。そこから、リュートに聞いていた通り、北にある冷凍室の中にあると思われる隠しドアを探した。
人形はすぐにある戸棚に目をやった。それを退かすと後ろに凍りついた鉛のドアが存在した。それを両者で力いっぱい押すと、耳障りな音を響かせてドアが開いた。
人1人入れる隙間だけ開けて、先を急いだ。北館の地下に出る。通路は巨大な空間に出た。そこは、人の白骨がぱらぱらと落ちていた。
「どうだ、影鬼の気配は感じるか?」
しかし、人形は首を横に振る。
2人は先に進むことにした。誇りっぽいかび臭いじめじめした空間は、木の箱が積んである。上からは、建物内の禍々しい気配が漂ってくる。
「今は、一時休戦しているだけだからな、馴れ合いはしないぞ」
棗はそう言うと、人形はぽかんとした表情で彼を見上げた。
「僕達は敵なの?」
「当たり前だろう。使者とSNOWCODEの血を受け継ぐ者だぞ」
人形は何も分かっていないようだった。
石垣で壁が作られた基礎下の空間は、いつでも潰されそうな嫌な気分にさせる。
ふと、その空間の先にある穴から大きな首が覗いた。影鬼である。
棗はすぐに戦闘態勢をとって距離を保った。
「お前は右に回れ」
そう叫ぶと、棗は大蛇に駆け寄りながら左に飛んで叫ぶ。
「波動を打て」
人形は両手を大蛇の頭に向けて、波動を放った。
影鬼は人形の方を向き、赤い目を光らせた。その隙を棗は逃さなかった。ワクチンのアンプルを取り出して、持っていたナイフを蛇に投げた。
固い鱗に刺さると、今度は棗に向けて大きな口を開けて牙を剥いた。そこにワクチンを口の中に放り込んで、毒の飛沫から逃れて部屋の中央に転がった。
ワクチンを飲み込んだ影鬼は、数秒で動きを止めて苦しみ始めた。さらに人形は同じ場所から、波動を連発する。堪らず、大蛇は体を全て空間に現す。
そこで、棗は瞳にナイフを投げて、右目を潰してアンプルをさらに口に投げた。さらに大蛇はのた打ち回り、苦しみ出した。人形は波動の連打を続ける。
大蛇は尻尾で人形を鞭のように弾き飛ばした。人形は壁に激突して、動かなくなった。
構わず棗はナイフを投げて左目も塞ぐことに成功した。そして、飛ばされるウィルスの飛沫を避けながら、アンプルを正確に影鬼の口に放り込んだ。
苦しんでいた大蛇は、口から泡を吹いて動きが鈍くなった。最後のナイフを額に投げて刺すと、それは攻撃を止めて、痙攣をし始めた。
倒されたと思われた人形は立ち上がり、大蛇に最後の大きな力で波動を放った。影鬼の巨体は弾き飛んで、石垣の壁にめり込んで石垣を崩しながら地面に伏して動かなくなった。
不安定になったこの空間は、崩れ始めた。
すぐに棗は大蛇の出てきた通路に飛び込む。その空間は石垣が崩れ、天井が落ちて潰された。
棗達は抜け道を駆けていくと、すぐに納骨堂への梯子にたどり着いた。納骨堂から墓地に脱出することができた。
呪いの根源は滅することができた。でも、何故、誰がその呪いの根源を作ったのだろうか。それは今の棗には知る術はなかった。
墓地で2人残って、人形と対峙した棗はこう尋ねた。
「影鬼は何者の手先だ?」
「冥王。動機は分からないし、主は法に属して人間の殲滅を好まない。一方、冥王はカオスに属する者。相反する両者が合間見えるのは当然」
「で、これからどうする?葵は下界の収拾がついた今、上界で冥王と対峙するだろう。お前はもうここには用はなくなった」
人形は不気味にぎこちなく微笑むと、棗に飛び掛った。
使者の記憶がすでに戻っていることは彼も、こうなることは予想がついていた。高く跳んで力強く蹴り飛ばした。それは墓石に思い切り叩きつけられた。
「召喚しておいて、用が済んだらぽい、というのは気が進まんが」
そう呟いて、ポケットからライターを取り出して、倒れた人形に火をつけた。凄まじい勢いで燃えながら、断末魔の声を上げた。
「悪く思うな。これも葵の想定内だ。13番目の墓石で眠れ」
そう言い残して、屋敷の中に戻っていった。
外を回って、玄関から大穴の開いたエントランスを横目に応接間に戻ると、棗はそこで呆然と光景を見詰めた。何と、ジンが腕をソファから床に垂らしている。その横でアモンが鼻を啜っていた。
「まさか、ワクチンが効かなかったのか?」
すると、アモンが言った。
「リュートは飛沫だけだった。でも、ジンは咬まれたんだ。直接、体内にウイルスが注入されたら、ワクチンも効かないみたいだ」
棗は仲間の1人を目の前で助けられなかったことに、ショックを受けて立ち尽くした。
「何が救世主だ、1人助けられないで…」
棗は回復しつつあるリュートを病院に運ぶ為、命を失ったジンを弔う為に救急車と警察を呼んで棗はアモンと屋敷を後にした。
和馬達と合流する為に、車を走らせた。
すぐに舗装道路に合流する辺りで車はエンジンを止めた。棗はアモンに視線を向ける。
「呪いは終わったんだよな」
「だが、霊障は残っている。あれだけの無念の霊は、流石の俺でも浄化は無理だ」
「これもか?」
彼は九字を、印を結びながら切った。すると、エンジンが再び掛かった。車は凄いスピードで今度はブレーキが利かなくなる。だが、アモンのドライブテクニックで何とか進んでいった。
山道を進むと、やがてハンドルが急に左に切られた。ガードレールの切れ目に入り、気付かないくらいの細い獣道を進む。そして、しばらくすると、ある建物が見えてきた。
「月代見館か」
棗の呟きにアモンが唖然とする。月代連牙、その孫、漣牙の親戚の営む旅館。森の中に奇妙に開かれた空き地に建つ、木々に囲まれた陸の孤島であり、その奥に屋敷の焼け跡がある。
あの北条清太郎の屋敷である。
月読館の広すぎる駐車場に車を止めて、何故、何者がここに引き寄せたのかを確かめることにした。
「おそらく、本物の地元の大鬼、影鬼だろうけどな」
棗の言葉に刹那、アモンが反論した。
「封印されたんだろう?」
森の奥からサイレンが響く。警察と救急車があの呪いの館に辿り着いたらしい。これでリュートは助かるだろう。
「きっと、俺達がごちゃごちゃしている内に、封印を解いたようだ」
森の方から邪悪な気配が漂ってきた。
「さて、どうする?」
「俺にはお前のように戦う力はない。だが、指を咥えて眺めている訳にもいかんだろう」
「上等、行くぞ」
彼らは森の中に入っていった。
新たな敵
一方、和馬は車を飛ばしてカノンのいるテレビ局に急いでいた。彼女はテレビ撮影で某撮影スタジオにいた。入り口近くには、朱雀とカインが待っている。
「お前ら何をしているんだ?ウイルスのことは知っているだろう」
すると、困惑した顔の朱雀が言う。
「ジン(竜胆)が何とか潜り込んでいるけど、普通の俺達は許可なく入れないだろう。せめて、ジンみたいにCODEが使えたら別だけどな」
「竜胆がいるのなら、何とかなるか。でも、早くワクチンを接種させないと、いつ発病するか分からんからな」
そう呟き、和馬は建物の近くにいき、地面に手をかざす。すると、波動が放たれて2階の開いている窓に跳んで、手を掛けてすぐに飛び込んだ。
すると、そこは偶然にもカノンの楽屋だった。モニターには、彼女の音楽番組の撮影光景が映し出されている。ここで彼女を待つことにした。
しかし、そうも悠長なことをしてもいられなくなる。彼女は舞台で倒れた。すぐに和馬は駆け出すと、すれ違う人達を押し倒して第5スタジオに飛び込んだ。竜胆の姿はない。上に気配を感じるので、上から竜胆が助けることを祈って、ワクチンのアンプルを舞台に向かって思い切り和馬は投げた。
上の照明がぶら下がるバーから飛び降りた竜胆は、空中でそれを掴むと着地した。カノンに集まる演者やスタッフを蹴散らして、カノンの口のワクチンを注ぐと彼女は30秒で気を取り戻した。
スタッフが集まる中、竜胆は一瞬にして人ごみの中にまぎれて消えた。和馬もそれに従う。廊下で合流すると、カインが駆けてきた。和馬は溜息をついて俯いた。
「このスタジオって、どんだけセキュリティが甘いんだよ」
「どうした?」
竜胆の質問にカインは息を切らせて答える。
「今、ソウから連絡があって、大蛇を退治したけど新たな敵が現れたそうだ」
「本物の影鬼か?」
和馬が訊くが、それに答えなかった。
「ジンが死んだ…」
その言葉に和馬も竜胆もショックを受けることはなかった。まるで、当然のように。
「棗は?」
和馬の問いに今度は答えた。
「アモンと共にあの地に留められているそうだ」
「行こう」
和馬の言葉にカインが付け足す。
「あの屋敷はすでに警官が集まっている。彼らは近くの宿に足止めされているそうだ」
「月読館か。どれだけ縁があるのか」
竜胆がそう呟いた。
「一度、大鬼が暴れたから、同じ種の大鬼の影鬼が暴れても不思議じゃないな」
和馬がそう言う。
かつて、その場に召喚された大鬼が北条清太郎の屋敷を燃やし、宿にいた者達を襲ったのだ。その関係者でもある和馬と竜胆は当時の状況を思い出していた。
横を向きながら視線だけ彼らに向け、竜胆が言った。
「不信に思った人間に見つかったようだ」
通行証をぶらさげていない彼らに近づくスタッフから、彼らは逃げると窓から飛び降りた。駐車場には、エンジンをかけて車で待っている朱雀がいた。
無言で竜胆、和馬、そしてカインは乗り込んだ。助手席のカインは朱雀に訊く。
「本物の影鬼とは?」
「さあね。俺は霊的なもの専門だから」
朱雀はハンドルを切って、駐車場を猛スピードで突破した。
「大鬼だろ」
和馬が後ろで腕を組みながらぶっきら棒にそう言った。
車の中は不穏な雰囲気になっていた。
「右だ」
急に竜胆がそう言った。朱雀はすぐに右折する。
「何があるんだ?」
カインが訊くと、和馬が代わりに答える。
「影鬼が俺達を避けているんだ。妙な力で妨害しているんで、それを避けながら進んでいる」
アストラルコードの使える和馬とCODEを感知して使える竜胆なら分かるのだろう。すると、大鬼は上界と関係のある存在なのだろう。
朱雀はそんな2人を信頼しているので、理由を聞かずに従うのだろう。
だいぶ大回りしたが、午前2時には目的地に何とか辿り着いた。こんな真夜中でチェックインできる訳ないと思ったが、主人は竜胆と和馬を見ると部屋を用意してくれた。大鬼にかつて助けてもらった恩なのだろう。
翌日、棗とアモンは和馬、竜胆、そして朱雀と合流して食堂で沈黙を保っていた。食事はあまり進んでいない。
竜胆は視線だけ棗に向けて囁いた。
「屋敷の売買に関係した者は皆死んだ」
全員は予感が的中したかのように驚きを見せなかった。
「冥王か?」
「ラフェルが何故、ここまでして人間の殲滅に力を?」
竜胆と和馬が相互に疑問を漏らす。しかし、答えられる者はいなかった。
「今は余計なことを考えず、あの森に隠れている影鬼を倒すだけだ」
アモンがそう呟いた。
森の中に棗と竜胆、和馬は入っていった。
影鬼の気配は静まっていて、どこにいるのかは不明だ。朱雀はカインとアモンを護って宿に残っている。朱雀は結界を張ってはいるが、大鬼と戦う術はない。ここは、棗達で何とかするしかなかった。
アストラルコードを使える棗に和馬。CODEを使える竜胆。この2人しか、上界の者と対等に争える者はここにはいない。
そこで、竜胆はヴィジョンを見た。
テニスコートにあるフェンスのポールの上に立つ不気味な異形の者。
竜胆は視線をテニスコートに向ける。その様子を棗は見逃さなかった。
すぐに棗は特殊な形のナイフを5本取り出して、和馬に2本放ると言った。
「テニスコートの手前の角に刺せ」
棗は駐車場の2箇所にナイフを刺す。和馬が戸惑っている隙に、棗はテニスコートの一番奥に駆けてナイフを刺した。
2人で刺した5本のナイフは正五角形を形取っている。そこで、宿にいた朱雀は棗の意図を察して、鉄線をカバンから取り出すと、それを棗に投げる。
竜胆はCODEの波動でポールの上の異形の者、影鬼の動きを止めている。それも長くはもたないだろう。
棗はナイフの柄に鉄線を巻きつけながら駆け出し、五芒星を引いて朱雀に投げる。朱雀はそれを小さな電圧機を納屋から持ってきていて、それにつなげて電気を流した。ダイヤルを回して、徐々に電圧を上げていく。
実は、これは電子結界であり、霊を封じることに用いられるのだが、大鬼にも有効だと棗達は踏んでいた。
実際、竜胆が波動を止めると影鬼は鉄線の上を通れず、そのまま囚われの身になってしまった。
「影鬼の弱点は、銀のナイフだ」
宿の主がそう叫んだ。
きっと、小さい頃の影鬼遊びでそういう言い伝えが遊びの中にあったのだろう。
朱雀は銀のペーパーナイフを取り出して、要に投げる。
それを人差し指と中指で挟んで受け取って叫んだ。
「俺を殺す気か」
「だったら、それを渡さないさ。鬼が殺してくれる」
「朱雀の奴」
棗はナイフを構えて、ポールの上の影に向かって跳んだ。しかし、すぐに影鬼は逃げてテニスコートの先に行こうとするが、結界の電流に阻まれた。
そこに和馬は拳を放つ。それは一瞬にして消えて、気付くと竜胆の後ろにいた。
竜胆は波動を放つが、すぐに消えて3人から離れた場所に現れる。
「早すぎる、これじゃあ、埒が明かない」
そんな時、カインが結界の中に飛び込んできた。
「カイン!何で来たんだ」
「カノンはもう大丈夫。それに俺の隠された能力が今、必要だろう」
彼は高周波、低周波も感知できるのだ。目で影鬼の動きを終えない現状、彼の能力はかなり有効である。 しかも、記憶能力で影鬼が動いた軌跡を把握して、行動の先読みも可能なのだ。
棗から銀のナイフを受け取り、すぐに和馬と棗、そして、竜胆は影鬼を追い、その軌跡をカインが記憶していった。大鬼は特殊な低周波を放ちながら動いている。
一瞬の動きでもカインには感知でき、その軌跡を記憶していく。ある程度、動きの予測ができるようになった。
竜胆がうまく回り込む。そこで、回り込まれ、前方に2人並ばれると右のポールの上に跳ぶことを予測したカインは、同時に飛んでナイフを影鬼に刺した。
影鬼の背中の真ん中に刺さったナイフは、黒い煙を出しながら溶け始める。そのまま、影鬼を取り込んで溶けて地面に落ちた。
棗が近づくと、銀のクロスが落ちていた。溶けたナイフの成れの果てである。
「終わったな」
竜胆がそれを拾うと棗の手に入れた。彼は不思議そうに竜胆の顔を見ると、彼はサングラスを人差し指で上げて言う。
「いずれ、役に立つ」
ヴィジョンでも見たのだろう。
すべてが終わったので、彼らは宿に戻ることにした。
謎の映像
「結局、誰が影鬼を召喚したんだ?」
竜胆が宿のラウンジで棗に視線を向ける。彼は頬杖を突きながら明後日の方向を向きながら答えた。
「上界の者の使者だろう。大いなる戦いはないはずだから、何者かが俺達の誰かを狙ってだろう」
和馬は棗を見る。
「まさか、化印や紫燕じゃないだろう」
「灰色の存在はありえないだろうな。あるとしたら、混沌だろう」
そこで、竜胆がボソッと言った。
「少なくとも、お前らだな」
そう、ターゲットは不確定要素であるSNOWCODEの血を受け継ぐ者だろう。
だが、運命を司る者である、上界の葵が手伝ってくれたということで、法の上界の者が敵だとは考えられなかった。
「まあ、影鬼の召還者は誰だろうが、今のままでは俺達は駄目だ」
棗が和馬に言った。
「俺達、新たな敵に備えて旅立たないといけないかもしれない」
それは、彼らがあの地へ行くという意味であった。
最もSNOWCODEの血を引く者である、棗達が彼らのその血の原点である奇跡の街に行くということであった。
中国の北西の山奥にある隠れ里。どこの国にも属しない、どこの文化でもない街。
ある人は言う。人類とは違うDNAの流れを持った存在だと。
棗、和馬は知っている最もSNOWCODEの血を引く者、俗称救世主を引き連れて中国へと旅立った。
日本に残った竜胆とカイン達はジンの葬式に参加していた。そこに、サングラスにキャスケットで変装したカノンがいた。どうやって、ジンの実家を見つけたのか疑問だったが、気にしないことにした。
「カイン、久しぶり」
そして、遺影を見て囁く。
「辛いわね、いつも一緒に遊んでいたんでしょ」
カインは無言のまま、涙を潜めてカノンに寄り添う。竜胆は離れて柱に寄りかかり腕を組んで空を仰いだ。
アモンと松葉杖のリュートも合流する。
アモンはすぐにカインに駆け寄って言った。
「大変なことが分かった。ミシェルの腹からカセットテープが見つかったんだ」
そこで、カインが唖然とする。
「あの場所は、東北の山奥だぞ。何があっても司法解剖はないはずだ」
「司法解剖はされなかった。でも、大蛇が暴れた時にミシェルの遺体が刻まれていたんだ」
「それで、そのカセットには何が?」
カノンが訊くとアモンが厳かに答えた。
「俺の同級生に刑事になった奴がいて、そいつの話だとどこかの映像だって」
「8㎜か。どこの映像なんだ?」
カインが割って入る。
「証拠品だから持ってこられなかったが、話によると廃ビルらしい。廃病院らしいけど、定かじゃないし、どこかも分からない。ただ、窓の外から緑が見えたそうだ」
俯いてカノンは沈黙を保った。
「でも、どうやってお腹の中にカセットを?」
カノンの質問にアモンが後頭部を掻いた。
「何しろ、アランの子孫で一癖ある奴だからな」
「でも、影鬼を倒すために葵がミシェルに人形に使者を召還させたんだろう。いわば、味方なんだから、アランの子孫などは関係ないだろう」
カインがそう言うと、アモンは首を横に振る。
「だからって、怪しいという状況は変わらないだろう」
そこに、カノンが割って入る。
「そんなこと、どうでもいいじゃない。もう、関わるのは止めましょう」
葬式が厳かに始まる。
霊柩車が彼を運んでいくと、竜胆はカイン達にある1枚の写真を右手の人差し指と中指で挟んで差し出した。
よく見ると、ある写真であった。それはあの呪いの屋敷が写っている。
「あの屋敷は相続されて、今は志田祢音という女子高生が所有しているらしい」
全員は唖然として竜胆に視線を集めた。
「そいつはあの地を放置しているそうだ」
「何者?相続って…」
カノンが言いかけて、竜胆はそれを止めた。
「あの事件の後、ある老人がすぐに買い取ったんだ。そして、すぐに亡くなり彼女の物になった」
「その子は何者?」
リュートがやっと声を出した。
「紫燕。上界の灰色の存在であり、かなりの曲者だ」
竜胆がそう言うだけで、カインは小さく溜息をついた。
「少なくとも、もうあの屋敷には手が出せないし、霊達も野放しだな」
カインの意見に全員が無言で同意した。
「とにかく、その映像の場所を探そう」
竜胆がそう言って、ふと、人差し指を額に当てて目を閉じた。
「廃病院だ」
「ヴィジョンか」
カインが亡くなったジンを思い出しながら、その同じ能力に思いを馳せていた。
竜胆に連れられて、東北の田んぼ沿いの道を車で走っていた。カインはふと左を見た。かつて、屋敷が建っていた空き地で、今は荒れている。エドワード・スチュワートが移住した場所である。
初めて使者を人形に召還して、仮初の命を目覚めさせた場所である。
トンネルを通ると田舎町が広がった。その中に丘の上にあるコンクリートの打ちっぱなしの建物の駐車場に車を止めた。
「ここか?」
カインが訊く。
「ああ」
竜胆はそう呟くようにただそう言った。
しばらく、誰も動かなかった。
沈黙の中、真夜中の星明りだけが不気味な建物を照らしている。
「おかしい、この建物。窓と全体の形が変だよ」
それを破ったのはリュートだった。
「隠し部屋か。探検の時間だ」
カインはLEDの懐中電灯を照らして車を出た。全員も後に続く。
「その前に」
カノンだけは恐怖を持ちつつも冷静にいようと努めていた。
「何故、ここの映像があったの?何故、彼女の体に?」
竜胆は視線だけをカノンに向ける。まるで、殺す前のような視線に彼女はぞくっとした。
「ヴィジョンでは、ここに『奴』がいる。俺達は、否、棗達の餌としてな」
そこで、アモンが苦笑して皮肉を言った。
「生憎、ターゲットではない者ばかり集まったけどな」
彼らは装備を万全に禍々しい建物のドアを開けようとした。
しかし、閉鎖した病院のドアは開かなかった。病院は閉鎖されたときに、何があったのか鋼鉄の板で溶接されて侵入できないようになっていた。
そこで、竜胆は風除室の屋根に飛び上がり、そこから2階の窓を蹴破って中に入った。背負っていたカバンからロープを取り出して、中の柱に結び付けると外に垂らした。
カイン達もロープを辿り、病院内に侵入することができた。
廃病院は昼間でも気味のいいものではないのに、真夜中では不気味な雰囲気がカイン達の心を包み込んだ。竜胆は感情がないように、恐怖さえ感じずに先に進む。
階段近くの廊下の向こうに淡く光る人の形が浮いていた。カインとアモンは息を飲んで後ずさりをする。気づくとリュートの姿はなかった。
「ここも霊の溜まり場か。もっとも、何かがあったのだろうから、ここを囮に使ったんだろうがな」
竜胆はそう独り言を呟き、光の人影を睨み付ける。
「棗ならこう言うだろう。例え、同情すべき状況で死んだとしても、生きている者に危害を加えることは許さない」
さらに進む。光の人影は消えた。怯えながら、リュートはその後に続く。カインはカノンを護るように進む。最後にアモンが続く。
「朱雀を連れてくれば良かったな」
アモンがそう言うと、カインが首を横に振った。
「彼はこんな心霊スポットには来ない。本物の霊能者はここには来ないんだ」
1階に下りると、待っていたのはアンティークドールだった。
竜胆は声をかける。
「お前がここに?」
すると、無表情なはずの彼女は笑った。
「私はSNOWの命で助太刀に来たの」
その向こうには、給排気口がある。彼女の体なら簡単に通り抜けられる。
「葵がまた、使者を人間のためにな」
竜胆が皮肉を言う。
「知っていると思うけど、運命を司る者の中でも彼女は全ての人間を憎んではいない。邪悪な人間だけが彼女の敵。だから、味方をしても不思議はない。それに、今は上の次元の力が作用しているため、CODEだけではどうしようもないから、こうやって直接、手を貸しているの。今は素直に好意に甘えなさい」
彼らは人形とともに影鬼を召還してここに彼らを導いた敵を探した。
ナースステーションの成れの果てに来た。そこには、血液の後が沢山、こびり付いていた。
「ここに何があった?」
カインの質問に人形は首だけを彼に向ける。
「大量虐殺。デスにより、死すべきものが集められて殺人鬼により殺された」
「馬鹿な。死すべき者はその殺人鬼だろう」
アモンの言葉に竜胆が冷たく言う。
「上界では、善悪などという概念はない。それは人間が作り出した倫理という不確かなものの物差しだ。寿命は善悪に関わらず、全員に決められている」
「皮肉で嫌な話ね」
カノンが吐き捨てるように言った。
「じゃあ、あの影鬼も死すべき者を殺しているの?」
カノンの言葉に人形が足を止めた。
「影鬼?冥王の手下が手引きしていたのね」
「デスも冥王の手下?」
リュートが訊く。人形は答えた。
「デスは死すべき者の命を奪うのが目的。死を司る者。冥王はその死後の人間を導くのが目的。全く別の存在よ」
「訳分からない」
カノンがそう言い放った。
「それが普通だ。次元が上の概念外のものは理解不可能だ。感じるしかない」
まるで、すべてが分かっているかのように、竜胆が言った。
しばらくすると、あのビデオの映像にあった廊下にたどり着く。竜胆と人形は動きを止めて息を潜めた。カインはすぐにカノンを背中の後ろに隠す。アモンはリュートと後方に警戒する。
「何だ?」
竜胆が人形に訊く。
「使者だ。影鬼の分身と思えばいい。こいつらを片付ければ、お前達の力を認めてラフェルはしばらく手出ししないだろう」
人形の言葉が終わると、リュートが言った。
「この先の柱はフェイクだ。空間的にあの辺は隠し部屋がある」
そこで、彼らは足をゆっくりと進めた。そこで、アモンはすぐに竜胆と人形の裾を掴んで止めた。
「罠だ。隠し部屋に俺達が気づくことも敵の手の内なんだ」
すると、人形は眼球だけを動かして言う。
「それはお前の能力か?それとも、ただの勘か?」
「推測という能力だ」
人形は廊下に落ちていたストレッチャーを思い切り投げた。すると、ストレッチャーは偽の柱の隣に来ると、廊下の壁に激突して粉々になった。
そして、向こう側の丁字路からナースの霊が現れて彼らを見た。その顔は右半分が腐っていて、口から吐血している。
カノンは気絶してしまい、カインが担いだ。
「どうする?アモン」
竜胆がわざと訊いた。先ほどの『判断』の能力が本物なのかを試したのだ。
「あれは本物だ。でも、敵とは関係ないここの自縛霊だろう」
「であれば、先に進むのに問題はないな」
人形がそう言って、右手を前に出して波動を放った。ナースの霊にはその攻撃は効かず、早足で向かってきた。
「お前、実体のない霊に物理攻撃はないだろう」
呆れ顔でリュートが囁いた。
アモンがすかさずアドバイスをする。
「あれは弱い執着でここにいる弱小霊だから、無視しても大丈夫。下手したら、興味さえ出さなければ、こっちに干渉しないだろう」
アモンの能力が開花したようだった。
しかし、そんなアモンの言葉を完全に無視して竜胆は、思い切り早く駆け出してガラスのクロスを突きつけた。ナースの霊はさらに醜い表情を見せて、断末魔のように心の底に響くような叫び声とともに浄化された。
「お前には、血も涙もないな」
カインがそう言うが、人形が竜胆に顔を向けた。
「らしくなく、情けをかけたわね」
彼は無言のまま、先を進んだ。柱のダミーからのトラップは1回きりらしく、竜胆に何も起こらなかった。先を進むとリュートは後ろから声をかける。
「この先は何もないはず」
彼の言うとおり、丁字路の左右には袋小路で病室が左右に3つずつだけで、特に何もなかった。病室は荒廃したベッドや医療機器が散乱しているだけであった。
ふと、裏口の地面に似つかわしくない、一見してもおかしいテラコッタのタイルがあった。それには絵が描かれていたが、すぐに崩れてしまった。
しかし、一瞬にしてカインはその絵画を自然に網膜に焼き付けていた。
カインはすぐさま、元のタイルの絵に一瞬にして戻した。すると、病院の廊下が突然、揺れ始めて彼らの前の壁に足がかりが出っ張った。天井の一部が口を開けて彼らを待った。
罠でも行くしかなかった。彼らは壁の出っ張りを上り天井の入り口の中に入る。そこは2階の隠し部屋の中であった。おそらく、この1階の天井からしか進入できないのだろう。
その部屋は前面真っ赤で中央に人形が安楽椅子に座っていた。
リュートが近づこうとして、味方の方の人形が止めた。
「あれは生けし人形だ。我々のように使者が乗り移った者でもなく、本物の生きる人形なのだ」
「何故、あんなものが?」
カインの質問に人形は答えなかった。
「九十九神や物に魂が宿ることもある。もちろん、それは人間の作り出した概念。本当はこの世界での上界との狭間の世界、上界の最下層にいる魔物が下界に落ちてきたものだ。本来は実体を持たないのだが、人間が念を深く込めたものに融合することができる」
生けし人形は指を指した。その壁には血でびっしりと言葉が書かれていた。
『助けて助けて助けて…』
その気持ち悪い壁には、さびだらけのドアがあった。
アモンは駆けていき、そのドアのノブに手を触れた。すると、あまりの冷たさに手をすぐに離した。竜胆は一瞬にしてアモンの背後に移動すると、ドアを平気に開ける。
ドアは耳障りな軋む音を響かせて開いた。その奥にはコンクリートの打ちっぱなしの窓さえない部屋があった。そして、人骨がばらばらと無造作に落ちていた。
「ここは何なんだ?」
カインが思わず呟いた。
「手術室だな、別名、実験室」
竜胆が平然とそう言い放った。
「人体実験?」
アモンが驚きの声を上げる。無表情で無感情の人形は平然と先を進んだ。血液でべっとりの緋色のベッドに近づく。鎖がそれには巻き付いていた。
「で、敵さんは何でここに俺達を?」
リュートの質問に誰も答えなかった。答えは明らかであったからだ。目的を邪魔するものを排除する、それだけだからだ。
「ここに最後の敵がいる。彼らは全力で阻止してくるはずだからな。直接手を下して」
そこで、人体実験室の奥にある牢屋から人影が見えた。竜胆はLEDライトを向けると、それは影鬼そっくりだった。
「影鬼。何故、ラフェルは人間を殲滅しようと?」
「いいや、ラフェル側の存在だが別の存在の独断だ。勿論、名は伏せるがな。さて、人間の言う冥土の土産は終わりだ」
この両側の対峙は最終戦争の始まりを意味していた。
影鬼
影鬼は襲ってきた。影のような存在に牛と人間を掛け合わせたような存在であり、動きはかなり敏捷であった。しかし、竜胆はその動きを上回る。
すぐに背後に回って蹴りを入れるが、高く跳んでそれを避けた。
それを予測していたカインは持っていたナイフを投げる。影鬼はそれを人差し指と中指で刃を摘んで、カインに投げ返す。アモンはそれを蹴り落とした。
「油断しているぞ。俺が全員をサポートする」
リュートはカインから任されて、隣の部屋でカノンを守っている。
「俺達では、上界の使者を倒すのはかなり困難だ。そこで、お前らと俺の能力を最大限に使うぞ」
竜胆はまるで仇を見るように、カインとアモンに言い放った。
アモンはすぐに叫ぶ。
「俺は西に行く。カインは中央下、竜胆さんは影鬼に向かって」
全員はその通りに動く。カインは中央の下で影鬼の動きを覚える。その仕草、癖、動き。
「カイン、あいつの癖や動きを覚えたな」
アモンの問いにカインは頷く。
竜胆は飛び掛り影鬼を殴りつけた。と同時に西にいたアモンが飛んできた影鬼にナイフを3本投げた。それを背中で受けて壁に激突した。
と同時に全てを見ていたカインが視線を北に向ける。それを瞬時に見た竜胆が着地と同時に、北に跳んだ。影鬼はカインの推測通りに北にアモンのナイフを避けて、彼から距離を取った。
同じ方向に向かう竜胆と影鬼を見て、カインは東に移動しながらアモンに上に視線を送って、次の影鬼の行動を示した。
アモンは北側に影鬼を追い込むチャンスと、カインに向かってワイヤー付のナイフを投げた。カインの顔の横に刺さった。ワイヤーに持っていたスタンガンをオンにしてテープで固定し、ワイヤーに流す。
アモンも自分の背にある壁にナイフを突き立ててワイヤーを巻いた。部屋の北側5mに電流の流れるワイヤーが張られたことで、その隙間に結界を張り追い込むことができた。
竜胆は影鬼の動きには追いつけるが、攻撃が軽くダメージをうまく与えられない。しかも、部屋はアモンと隣の部屋のリュートのLED懐中電灯しかないので、気配でしか動けなかったのだ。
「サングラス取りゃいいじゃないか」
リュートがそう呟いた。しかし、竜胆は無視して狭い結界の中で影鬼と格闘していた。
「呪いは効かん」
竜胆にはCODEを操る能力を持っているので、同じ上界の力の影鬼の命を消化する能力をキャンセルすることができた。
後は影鬼が寄り代としている何かの擬体を破壊すればいいのだが、そう簡単にはいかなかった。ここに1人でもSNOWCODEの血を引く者がいれば、戦力になるのだが。
影鬼は力を落とすことがなく、流石の竜胆もスタミナが切れてくる。一旦、結界の外に出て床に座り込んだ。汗を袖で拭って次の行動を考えた。アモンに視線を向けると、アモンはカインに言った。
「動きを読んで、ナイフを7つ刺すんだ」
カインは逃げる影鬼の行動を先読みして、ナイフを右肩、左足、腹部、頭に刺した。
残る3本はなかなかターゲットを定められない。影鬼が今までとは違う動きに変わったのだ。竜胆は手を前に出す。
影鬼は壁に激突する。と同時に、カインはナイフを3本一辺に投げた。全てが右胸に刺さる。すると、アモンはポケットからライターを取り出して親指で蓋を弾いた。
火をつけるとそのまま、影鬼に投げた。
実はナイフには、ライターのオイルが染みていたのだ。ライターを避ける影鬼を竜胆はまた振動波で壁に激突させ、カインは足で蹴ってライターの軌道を変えた。
影鬼はライターに当たり、勢い良く燃え上がった。
上界の者は魂だけの存在なので、物体に召還されて宿る。その寄り代を失えば、必然的にこの世界に留まることはできず、上界に戻るしかないのだ。
宿っていた人形が燃え尽きて、影鬼は浄化された。
「これで終わったな」
アモンがそう呟いた。
「いや」
竜胆はすぐに周囲を見回す。
「影鬼は浄化されたんだろう」
リュートが隣の部屋から叫ぶ。しかし、何も答えず竜胆は天井に眼をやる。大きな影が雲のように広がっていた。
「お、おい。話が違うだろう」
アモンが警戒しながら、結界のナイフとスタンガン、それにワイヤーを取って手にした。
「撤回する。あれは使者じゃない。上界のテトラレベル以上の存在だ。実体はないがここに存在することができる」
「どうすれば勝てる?」
真剣な表情でカインが尋ねるが、竜胆は答えずに黒い雲を見上げていた。
「せめて、トリレベル以下であれば、何とかなったのだが。ディレベルの葵も手を出せないだろう、その使者なら特にな」
彼は隣の部屋の奥で普通の人形と化している葵の遣いを見て呟いた。
そのとき、大きな音がして天井が崩れた。黒雲は影鬼の姿の影になり、その瓦礫を避けた。竜胆はカインとアモンを抱えて、リュートのいる部屋に飛び込んだ。
埃がおさまると、そこには1人の少女が立っていた。
彼女の周りには、目に見えない空気の塊があって、全てを避けている。憂いた瞳で影鬼を見ると、影鬼は怯えるように小さな黒い煙の糸の塊になって縮まっていった。
「紫燕か」
竜胆は冷静に呟く。彼女は竜胆達の方に視線を向けて無表情のまま、静かに言った。
「私は志田祢音。勘違いしないで、別に助けに来た訳じゃない。私は味方でも敵でもない」
「じゃあ、何故人間と上界の者の戦いに干渉している」
竜胆の質問に彼女は長い髪を掻き上げた。
「この世界に人間がいなくなるのは、世界の天秤の均衡が崩れる」
彼女はそう言うと、影鬼に向かって睨みつつ右手を向けた。影鬼は萎縮して小さな黒い塊になっている。 そのまま、祢音は見えない力を放つ。影鬼は消えてしまった。
消滅したのか、次元追放か、上界に戻ったのか。とにかく、あっけなく問題は解決した。祢音は静かにその場から姿を消した。
「終わったな」
カインがしばらくして呟いた。
この部屋から出た竜胆達は、廃病院を出ようとエントランスまで戻った。
しかし、正面玄関のドアは開かなかった。
「今度は霊の仕業か」
竜胆はサングラスを人差し指で上げて、右手をコンクリートの柱に打ち付ける。柱は凹みコンクリートの屑がパラパラと落ちた。同時に彼の苛立ちが回りの空気を張り詰めさせた。
この中に霊能者も霊媒師もいない。いつの間にか、葵の遣いの人形も姿を消した。
廊下の奥から、鉄が錆びて擦れる音が近づいてきた。目を凝らすと、古い車椅子に乗った真っ白な肌で真っ青な顔色の初老の男性がやってきた。
「俺には浄霊はできんぞ」
竜胆がそう言って、ガラスのクロスを掴んでエントランスの待合ソファにどかんと腰を下ろした。カインはリュートに聞いた。
「ここで、正面以外で外に出られる場所は?」
「裏口、救急ゲートに3箇所あるけど、どこも無駄だ。閉じられているからな」
彼は空気を通して空間を把握できる。触らずに見ずに状況を肌で感じるのは、容易にできた。アモンがすぐにカノンを守りながら、次の行動を考えた。
「霊に対抗できるのは、竜胆さんだけだ。CODEで何とかできないか?」
彼は頭の後ろに手を組んでサングラスの奥の瞳をアモンに向ける。
「運命で霊を倒すって?」
しかし、それは不可能だった。CODEは物理的な影響しか及ぼさない。竜胆は沈黙を保って動こうとはしなかった。
耳障りな音がかなり近づいたその時、強烈な光が辺りを包んだ。目がくらんで全員はしばらく目を開けることができなかった。
サングラスをしていた竜胆は、足元に落ちている札を見て天井を見上げて言った。
「遅いぞ」
「やっぱり、気づいていたか」
天井の穴から飛び降りてきたのは、朱雀であった。彼は真言を唱えると霊は心の底に響く唸り声とともに消えた。
「さあ、帰るぞ」
竜胆の言葉に気がついたカノンはカイン達から話を聞いて、震えが止まらなかった。
正面の入り口に朱雀は何かを呟くと、入り口が開いた。リュートとカノンは逃げるように駆けて外に出た。カインとアモンは周囲を慎重に注意しながら出る。竜胆はポケットに手を差し入れて、何もなかったかのように出て、最後に朱雀が出て結界の札をドアに貼って侵入禁止の札を元に戻した。
「これで、影鬼の呪いは終わったのね」
カノンがそう確かめるように、カインに言った。しかし、竜胆が言う。
「冥王に属する黒幕が諦めたならな」
車に乗り込んで進んでいると、カノンの携帯電話の着メロがなった。彼女は何気なく確認すると、メールを見て真っ青になっていた。カインはそれを見せられて、首を傾げている。
「どうした?」
リュートが訊くと、カインは言った。
「変なメールが彼女に来たんだ。アドレスのドメインが@Code.comで、添付ファイルの拡張子もCODEなんだ」
「開けるな。CODEとは俺達は運命を司る者の力のことを言っているが、正式には上界の能力全てを言う」
竜胆の言葉にカノンはメールを消そうとしたが、消えなかった。
「転送しろ」
訳も分からず、メールを転送した。
相手を確認する余裕もなかったが、改めて見ると最近知り合ったヴィジュアルロックバンドのボーカルであるZAITであった。彼は、今はCDの収録中なので、メールをすぐに見ないはずと思った。自分がたすかるために、知り合いに転送したことにカノンは急に罪悪感を感じてべそをかき始める。
「そいつにはある人物を送ってメールを見ないようにさせる」
そう言うと、竜胆は携帯電話である人物に連絡を取った。
「誰なんだ?」
アモンが訊くと、竜胆は沈黙を保ってしまった。
とりあえず、影鬼事件はこれで一件落着をしたのだ
エピローグ
カノンは雑誌収録後にカインに電話した。彼はだるそうに出ると、彼女が質問する前に答えた。
「大丈夫、アモンの話だとザイトはメールを見る前に盗まれたそうだ。仕事用だったからなくなっても別に大したことにもならなかったそうだ」
それを聞いてカノンは笑顔が零れて座り込んでしまった。カインは用があるからとすぐに電話を切ってしまった。
あれから、屋敷の呪いの話も神隠しや不自然な
死に方をする人物も出ないので、影鬼の呪いはなくなったようだった。
それでも、気になることがあった。全てはまだ終わっていない。竜胆やカイン達、そして、修行を終えてSNOWCODEの血を引く棗達が帰国すれば、何とかなるだろう。
人任せだけど、彼女には何の能力もなく力もない。なす術がないのだ。
収録を終えて外に出ると、カインが待っていた。
「何かあったの?」
そこで、カインは一言言った。
「何も言わず、付き合ってほしい」
彼女は頬を染めて頷いた。
「これを」
あるゴシップ雑誌に、影鬼の呪いの話が載っていた。屋敷に行った人が呪いで死ぬという話だ。
「これは私達が影鬼の呪いを解呪したじゃない」
「私達?まあいい。ここを良く見ろ」
彼が指差したところには、彼らの影鬼事件2日後に3人の人間があの屋敷に行き、同時刻に心不全で亡くなっているというのだ。
「どうして?もう、影鬼は消えたのに…」
「あのメールとも関係しているのかもな」
今回は別の理由かもしれないが、手がかりはないし自分にはどうすることもできない。
「とにかく、ある場所へ」
カインに連れられるまま、ついていくとある喫茶店についた。そこの奥のボックス席に待っていたのは、1人の少年だった。
彼の前の席にカインと座ったカノンは、すぐに訊いた。
「貴方は?」
しかし、それには答えずにこれだけ言った。
「君は心配性だし、影鬼事件の当事者だから首を突っ込みたがるかもしれないけど、今回は僕に任せて下さい。僕には能力があります。今、上界の者が下界に手を出し始めているんです。それを食い止めるし、影鬼のような敵を排除するから君は安心して音楽活動を続けて下さい。けして、関わろうとしたり、他言は無用にお願いします」
わだかまりを残したまま、カノンはそこを後にした。
詳しいことを話せば、カノンが関わることになる。だから、どんなに知りたくてもどうしようもないのだ。
カインが大丈夫と言うのなら、そうだのだろう。
自分に無理やり言い聞かせて納得させようとしながら、カノンはスタジオに戻った。
カノンがいなくなってから、カインは少年に言った。
「これでいいんだな」
「ああ、それでもあの歌姫は自分の意図に関係なく、関わらないといけなくなるけどね」
そう言って、伝票を置いて少年は席を立った。カインはただ無言で見送った。
すると、背後に座っていた竜胆は後ろ向きのまま、カインに言った。
「あいつ、上界に関係している。何とかできるだろう。今は信じるしかない」
「らしくないな」
カインは皮肉を竜胆に残して、彼も店を出た。
「すでに賽は投げられた。これからは、第二の大いなる戦いとなる」
そう独り言を言ってブラックコーヒーを飲み干した。
上界の下界への手出しは昔からあった。そして、これからも…。
完
最後までお読みくださりありがとうございます。
後半でシリーズの一部だと分かるほど、人物や状況が分かったと思います。
シリーズは進むほど状況が明らかになっていきますので、面白いと思っていただけると幸いです。