第12話 泥の中 中編
「ここからは泥試合だぜ‼」
背中を丸め両腕で顔を守るように構える。
ノエインから目をさらすな…びびったら負けだ。
タイミングをつかめ‼
耀が一歩前に踏み出した瞬間、爆竹が弾けたような爆音が響く。
バン‼
「ぐっ」
踏ん張れ‼
倒れるな‼
息づかいが荒い。
音は一回しか聞こえなかったが実際今の攻撃で12発ほど当てられた。
本気になったノエインの拳は正に雷神のごとく速さと威力を兼ね備えていた。
強すぎるだろ!勇者なんかよりこいつの方がよっぽどチートだ。
ノエインが追い討ちをかけるようラッシュする。
くそ‼目の前が霞む。体力を使いすぎた。
ノエインの表情にはもう余裕が見られない。
「アァァガァァァァ‼倒れろ倒れろ倒れろ倒れろ倒れろ倒れろ倒れろ倒れろ倒れろ倒れろ倒れろ倒れろぉ!」
集中しろ!
奴の目には俺はどんな風に写っている?
考えろ…ノエインは俺のどこを狙う?
意識を極限にまで研ぎ澄ませる。
これは賭けみたいな物だ。
覚悟を決めて一歩踏み出す。
ノエインが動く。
ここだぁ‼
ノエインの動きにタイミングを合わせる。
ノエインの攻撃後におこる独特の音が聞こえない。
奴の右腕は俺の両手にガッチリとつかまれていた。
「賭けは俺の勝ちだ!」
ノエインは攻撃を見切られた驚きで一瞬隙を見せる。
チャンスは今だ!
奴の腕を引き体勢を崩す。そしてその無防備になった奴の足に全力のトーキックを打ち下ろすように放つ。
狙いは膝の関節軟骨だ。
足の親指に全体重をのせる。
これが外れてしまえばもう俺に勝ち目はない。
「当たれぇぇぇ!」
パキ
小枝が折れたような音がする。
ノエインが悶えながら床に転がる。
回りが静まりかえる。
俺は初めてノエインからダウンをとった。
むちゃくちゃな作戦だったが何とか成功した。
本当にギリギリだった。
奴のデトロイトスタイルから繰り出されるフリッカージャブを俺が知っていたことが勝利の鍵となった。
フリッカージャブとはマシンガンと呼ばれるほど鋭く早い、だが威力が弱いのだ。
そうすると相手を倒す為に狙える箇所は限られてくる。ノエインほど実力があれば威力も申し分なく相手を気絶させることが出来るのだが、相手は無敵の防御力をもつ男だ。
狙いは自然と顎になる。
さらに確率をあげるため顔を両腕でガードし顎をあえて狙いやすくする。
あとはタイミングをつかむだけだ。しかし俺とノエインには絶望的なまでに実力差がある。
タイミングなどつかめるはずがなかった。
そこでおれはノエインの速すぎる攻撃に直感で合わせることを選択する…って言うか今の俺に出来る選択はこれしかなかった。
俺は自分の運にすべてを賭けたのだ。
本当に運が良かった。
しかし、いくら攻撃しようが俺の攻撃はノエインにきかないだろう。
だがいくら鍛えようが鍛えることの出来ない箇所がある。1つはゴールデンボール。これは騎士道と言うか…うん人の道から外れてしまう気がしたのでこの選択肢はない。と言うかここを攻撃してはいけないことは男同士の暗黙の了解である。
そこで2つめだ。
関節。
そのなかでも特に脆い関節軟骨を狙った。
その関節を正確に破壊するために足の親指を使ったトーキックを蹴りを放つ。
全力でトーキックを打てばその衝撃に耐えきれず足の指が折れてしまうのだが。この身体は恐ろしく頑丈なのだ。なので力をセーブすることなく全力で蹴ることが俺には出来た。
しかし全力の蹴りを関節軟骨に当てることはめちゃめちゃ難しい。
これは賭けなのだ。実力が乏しい俺は正面から勝負しても絶対に勝てない。
そして俺は賭けに勝った。
何もかもが綱渡りのような危険な作戦であった。はじめて無駄に高い運と器用が役に立った。
ワーーー!
静まりかえっていた闘技場に歓声が雨のように降りしきる。
≪ここでまさかの大どんでん返し‼≫
「はぁー‼はぁー‼もう立つなよ…」
精神力をごそっそりと持っていかれ身体中から嫌な汗が出る。
しかし
「おいおい勘弁してくれよ…」
奴は立ち上がった。
普通ならあまりの痛みに戦意喪失するはずだ。
何が奴をそこまで支える?
「ァアアアアア‼とうさん!かあさん‼たすけて!僕が俺が私がギキヮガゴ!家に帰ろ‼声をだすなよねぇねぇ!たすけてたすけてパパパパマママママおにいちゃんがまもってあげるますまけたら終わりおわりりりりりぃ痛いよはなして僕達が俺達が私達があれられれこここかこどこなにぬ?かあさんきょうもおいしいよねぇねぇ!ねぇねぇ!いつ終わるのさ‼えへへまたまたたちつホメラレタおやすみまたあした」
イカれてやがる。
「何がお前をそこまで壊した?」
奴はその問に対して答えることは出来ない。もはや目の焦点があっていのだ。奴の目には一体何が見えているのだろうか。
「ねぇねぇぼくはいつかえれれれるの?もうこわしたくないよお父さんお父さんお父さんお父さんお父さんお父さん狩りにいきましょう。ねぇねぇ……………………………………勝ち続けなきゃ帰れない負けたら負けたら負けたら負けたら負けたら負けたら負けたら負けたら負けたら負けたら帰られレラレレレレレりるりるり‼わからないわからない僕には妹がいるの?誰誰誰誰誰誰………………もうイヤだ誰か助けて。」
「そうか…お前も帰りたいのか。」
何を言いたいのかはよく分からないだが1つだけわかることがある。
ノエインは結して強くない。彼は年相応の子供なのだ。あそこまで人間が壊れるとは気が遠くなるほど闘わされたのだろう。
思わず涙が出そうになる。
汗を袖で拭き取り俺は奴と向き合う。
「最後まで付き合ってやるよ。」
誰かを救うなんておこがましいが、今ノエインを救うことが出来るのは俺だけだ。
俺は目の前の少年を救う為に最後の力を振り絞る。




