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A Drop of Blood  作者: ベルン
第三章 その先は新たな殻の空
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023 親戚と初対面

ブックマーク、評価、感想ありがとうございます。もしよろしければ評価や感想をいただければと思います。よろしくお願いします。では、お楽しみください。

 



 アネットとクレアが食事を終え店を出たのは、それから約一時間後だった。

 話に熱中してしまって豚の丸焼きを熱々のままでいただくことは叶わなかったが、それでも十分美味しかった。

「気に入ったならまた来ればいい」

「本当?」

「来れないこともないだろう」

「うれしい。そうしましょう」

 傍から見れば、二人は疑いようのないほど仲睦まじい恋人だ。

 二人は手を繋ぐことこそなかったが、それを埋めても十分なくらい親密で暖かな空気をまとっていた。


 クレアの提案で、近くの喫茶店に寄って茶菓子を楽しんでから帰ることにした。

「意外ね。そういうの、生きるためには必要ないとか言って嫌っていそうなのに」

「偏見が過ぎるよ。俺だって一つ二つの嗜みくらいする。茶菓子だって普通に楽しめるくらいの余裕はあるつもりだけど?」

 クレアが悪戯っぽくそう言えば、自然と笑いが溢れた。

 段々とこうして溝を埋めていって、互いのことを理解するようになればいいと思う。どうか、二人の前に立ち塞がる壁のような問題は起こりませんように、そう願うしかない。

 気づけば、いつの間にか目的の喫茶店に到着していた。

「ここなの? おしゃれね」

「最近年頃の女性に人気があるというから、まあそうだろうね」

「…………」

 彼がこういう場所を好んで来るとはどうしても思えない。もしかしたら、彼なりに調べてくれたのかもしれない。そう思うとますます彼がかわいらしくて、何とも言えない気持ちになった。

「にやけるなよ。入るぞ」

 そう指摘された後は、とにかく羞恥しか残らなかった。



 席に着くと、早速メニューに目を通す。

 ここの喫茶店は一般的な喫茶店のように開放的な区域と、しっかり私的な空間が確保された個室で分かれており、アネットとクレアは個室の方に通された。

「落ち着いた雰囲気で素敵ね」

 何を頼もうかな。嬉しさと興奮で顔がきっと緩んでいることだろう。

(だって、喫茶店なんて初めてですもの!)

 同じ年頃の少女たちが喫茶店などに遊びに繰り出していたとき、自分はひたすら厨房や畑や屋敷中を埃まみれになって駆け回っていた。そして気がつけば、無邪気に乙女の夢を描き出す年齢を過ぎてしまっていた。だからこうしてクレアと仲良く喫茶店に訪れることが余計うれしかったのだ。

 その反面、アネットと違ってクレアは半ば上の空な気がする。

 どうしたのだろう。彼はやはりこういった場所があまり好きではないのだろうか。

「クレア……?」

「ん? ああ、ごめん」

 不安に思ってそっと声をかけると、彼はそこでやっとメニューに視線を寄越す。

「俺はこれでいい」

「じゃあ、わたしは……」

「値段は気にするなよ。これとかどう?」

クレアはメニューの中で最も値が張る、おしゃれな飲み物を指差した。アネットは彼の厚意を素直に受け取ることにした。

「じゃあ、お言葉に甘えておこうかな。ありがとう。それにする」

 それぞれ飲み物と軽いお菓子を注文した後、アネットは話を切り出した。

「クレア」

彼がこちらを見つめてきた。以前なら彼の遠慮ない視線に萎縮するところだが、今こうしてみるとその目は限りなく澄んでいた。アネットはむしろ、その澄み渡った瞳に勇気を得た。

「わたしだいぶ前から考えていたことだけど……。というか、元々家を出たあと実行するはずだったことなんだけど……」

 クレアは怪訝そうに目を細める。

「わたし、家庭教師をやろうと思うの。住み込みじゃなくて、出退勤ができるような」

「金のことなら気にするな。人一人養えないほどの給料じゃないし」

彼はすぐさまアネットの言葉を遮った。アネットは首を横に振る。

「クレアはそう言ってくれるし、嘘だとは思わないけど、やっぱり……わたしの立場からすれば、家まで住まわせてもらっている上に、生活費まで負担してもらっているのよ。正直申しわけなくて、お金も使いづらいし。せめて自分が使う分は自分で稼ぎたいというか。家はもう住まわせてもらっているから、せめて食費だけでも……」

「そうすればお前は家を出るんだろう」

「違うわ! えっと、こんな風に言い出しておいてなんだけど、あなたと二人で暮らしているのは、その、すごく居心地いいの。…………あなたのおかげでね」

「…………………………」

 クレアはフイっと視線を逸らした。心なしか、その耳と頰が若干赤みを伴っているように見受けられる。

 アネットはくすりと笑った。

「それでね、家賃や住居関連のことは依然申し訳ないけど、あなたに頼るわ。けれど、せめて生活費の一部だけでも稼ぎたいのよ。まあ、あなたのお給金に比べたら微々たるものかもしれないけど……」

「いいよ」

 意外にもあっさりと答えが返ってきた。やはり、彼のプライドをくすぐるような言葉で機嫌を良くしたのか、褒められる照れ臭さでそれ以上反対できなかったのか。いずれにせよ、話をうまく運ぶことができて安堵した。

「ありがとう! じゃあ早速来週から働くわ」

「早いな。そんなすぐ職が手につくわけが」

「それなんだけどね、もう手はずは整えてあるのよ。あなたなら何だかんだ言ってちゃんと話を聞いてくれるって思っていたから、つい、もうお仕事は採用されていて。それにわたし、言い出しっぺは嫌だもの。ちゃんと準備整えてあなたに言いたかったから。……半分事後報告のようにはなったけどね」

「お前が満足して納得しているなら構わないよ」

 クレアはアネットを眩しそうに見つめる。アネットは面映ゆい気分になった。

 彼の言葉が最近、心が伴ってこちらに届いていると実感している。

 それがとてもうれしかった。


 その時だった。

「フェイン様。いらっしゃいますか」

 店員がこちらにやってきた。カウンターから呼び出しがかかったらしい。

(呼び出し? 何で?)

 クレアの後に続いてついて行ったアネットはびっくりしてカウンターのほうを見遣る。クレアの視線の先を辿れば、そこには黒いフードを被った小柄な人物と、それより低い身長の少女が二人立っていた。

「ちょっと待ってて」

「う、うん」

 クレアはツカツカとカウンターの方まで早足で歩いていった。

 店の人とフードの人と一言二言交わしているようだ。やがて、クレアはフードの人と少女たちを率いてこちらに向かって来る。

(誰だろう)

 中でも、あのフードの人はひときわ怪しい。

 個室では十分な空間が確保されていたので、五人共に座ることになった。

 アネットとクレアが隣同士で、その向かい側に見知らぬ客人三人が並んで座る。フードの人物は真ん中に腰を下ろした。

 だが、この状況になっても依然彼らの素性がわからないアネットとしてはモヤモヤが募るばかりである。

「あの……」

 耐えきれず、勇気をかき集めて口を開いた。が、それはクレアによって呆気なく遮られた。

「アネット。今日ここに来たのは、この人をお前に会わせる為なんだ」

 クレアはいつにも増して真剣な眼差しをこちらに向ける。

「えっ?」

 そこでようやく、目の前でフードが外された。アネットは目を瞠った。

 フードの中から現れたのは漆黒の艶やかで豊かな髪の持ち主だった。その黒髪は真っ直ぐで胸元までの長さである。その大きな両目は黒褐色であり、つり目でもたれ目でもなく、ちょうど形良く半円を描いている。眼光は生気に溢れ、力が漲っていた。形の良い鼻と口は各々あるべき所に位置している。そして綺麗な肌。整っていてはっきりとした顔立ちを持つ東洋の少女だった。

 アネットよりも小柄で華奢な彼女は、こちらを見てぎこちなく微笑む。何となく、彼女は彼女で緊張しているような気がした。

「こんばんは。アネット・フェインさんでしょうか?」

 声は綺麗で落ち着いた女性のものだった。

「はい、えっと……」

「はじめまして。朝日さきと申します。あなたのお母さまの遠戚です」

 ということは、彼女がアネットより一つ上の代ということになるが、年齢はどう見てもアネットより下だ。

「サキさん……。わたしの母の親戚、ですか?」

「はい。ずっとお会いしたかったんです。会えてよかった」

 サキはにっこりと微笑んだ。アネットはそれにつられて和やかな気持ちになった。

(素敵な人ね……)

「あなたは和国からいらしたのですか?」

 アネットが疑問に勝てずにそう問うと、サキの顔がぱあっと明るくなった。

「はい! どうしてそれを……」

 アネットが知る限り母パールは和国の者ではなかったはずだ。どういうことだろうか。

「あなたの名前が和国の人のものっぽくて。あの、でもわたしの母は和国の人ではなくて……」

 アネットが言いにくそうにそう呟くと、サキは想定していたかのようにうんうんと頷く。

「はい、存じております。わたしは今でこそ和国の者ですが、元はあなたの母君と同じ国の者です」

 そうなのか。では、彼女は途中で和国の国籍を取得したとか、そういうことだろうか。しかし、初対面でそう根掘り葉掘り聞けたものではない。アネットはただ適度に相槌を打つしかなかった。

「そうですか……」

「はい」

 そうして二人はしばらくの間、いろいろな話を交わしていた。

「わたし、アネットさんと同い年ですし。できれば友だちのように親しくしてくれるとうれしいです」

 サキはにこにこと微笑み、そう言った。

「え……」

 アネットの顔がみるみる驚愕に染まっていく。加えて、それまで大人しく無言を貫き黙々と茶を飲んでいたクレアは噎せていた。

「ゲホッ、ゴホッ」

 アネットは彼の背中を叩いたりさすったりした。

「アネットと同い年……?」

(二十二歳……俺より年上じゃないか。この見た目で?)

 どう見ても十代半ばだろう!

 サキはサキで、クレアの突然の反応にびっくりしたようだった。なぜか知らないが、彼女はクレアの方をあまりしっかり見てはいないようだった。もしかすると、男性あるいはクレアのような人物が苦手なのかもしれない。もしその推測通りだとしたら、アネットには何となくそれが理解できた。

「え、は、はい! えっと、どちらの方向で驚かれているのかわかりかねますが……一応同い年だと伺っております」

 しかしそんな最中でも、アネットはかなりの衝撃を受けている。

自分と同い年なのに、この外見。

「もし差し支えなければ、お誕生日はいつか聞いても?」

「八月です!」

 しかもアネットのほうが生まれは遅いときた。

「そ、そうなんですね。すみません……その、てっきり十六か十七かと」

「えっ、うそ! そんな若く見えているなんてうれしいです〜。褒め言葉ですよね?」

 のほほんと頰をうっすら染めて喜んでいるサキに対し、アネットは身体中から力が抜けていくのを痛感した。

「あ、はい、もちろんです……」

 初めて会った実の親戚は、偏見かもしれないが、遠い東の出身だということもあってか童顔。

 さらに、整っている目鼻立ちと大きな目から発される強い眼力に反し、性格はぽやんとしており、にこにこと微笑みがかわいらしい。


 先ほどからは一転、雰囲気は一気に変わった。

「それで、真面目な話なんですが」

「はい」

「アネットさん。お母さまのほうの籍に入ることについて、どう思いますか?」

「母のほうにですか?」

「はい。フェイン家とは血縁上のつながりがないとのことで、クレアさんからもフェイン家から抜けるのはどうかというお話があったと伺いましたが」

 アネットはそこでようやく合点がいった。


 ––––––俺たちはもう姉弟じゃなくなる。俺が二十歳になると同時に、俺は父上から爵位を譲り受ける。その時、お前はこの家から除外される。

 ––––––お前はこの家の娘なんかじゃないから。

 ––––––でも心配しないで。アネットの居場所はちゃんとこの家にあるから。

 ––––––お前は、赤の他人といえばそうかもしれないけど、そうでないといえばそうでもない立場にいるようになる。


(……そういうことなのね)

 フェイン家から出された自分は母の実家のほうに一旦所属し、その上でクレアとの婚姻を通してフェイン家に入り直すということ。アネット本人の知らないうちに、クレアは既に水面下で話を進め、外堀を埋めていったということだ。

「それが最善策なら異論はありません。悩む理由は特にありませんので。ただ……」

 アネットの頭の中に、一人思い浮かんだ人がいる。

「その前に、父に相談をしてからでもいいでしょうか。相談といっても、もうほぼ決定事項のようなものでしょうが……結局、わたしがそうしたいって言えば、父は許してくれると思うんです。でも……いいえ。だからこそ、父には一度しっかりと話を通してから動きたいんです。どうか」

 サキは朗らかに笑んだ。彼女は力強く何度も頷く。

「そうですね! それがいいと思います。大切なお父さまですから、きちんとお話をなさってからのほうが断然良いと思います」

「ありがとうございます」

 アネットはほっと安堵の息をついた。


 真面目な話が一通り終われば、そこからは親睦を深めるための楽しい時間だった。

 クレアはたった一人の男というのもあってかなり居づらそうにしているが、特に何か言ってくることもなかった。

 アネットは申し訳なく思いつつも、その配慮に甘えることにした。

 何せ幼い頃に母と別れてから、初めて会った血縁なのだ。ぎこちなさはありつつも、仲良くできるなら仲良くしたかった。

「それで、サキさんは今どんなお仕事をされているのですか?」

「今、医学生です。和国の大学で医学の勉強をしています」

「そうなんですね! では将来はお医者さまなのですね」

「はい」

 ますます驚きだ。彼女は嫋やかで朗らかな雰囲気の女性だが、並大抵の人物ではないということである。

「でも、今年誕生日が過ぎれば二十三歳……あれ? 今まだ学生さんですよね」

 高学は基本三年間だが、医学部などの一部の学部は四年間の課程である。

 通常は中学卒業後すぐに高学に入学すれば、一年生は満十七歳か満十八歳の者である。その計算で考えると、高学四年生は満二十歳か満二十一歳だ。

 しかし、サキは今年の八月で満二十三歳になるはずだ。

「中学卒業後、二年ほど遅れて高学に入ったので。今年卒業です」

 彼女は妙にすっきりした表情でそう言う。アネットは察した。

「そうなんですか。医者になるのは難しいし、長い道のりですものね」

 たかが数年遅れただけでその努力とすごさが否定されるわけがない。何か事情があるのかも、と思った。

「まだ医者になったわけではありませんが……今年末の国家試験に受かれば、晴れて来年は医者です」

 彼女は自分の力で成し得た夢に想いを馳せ、輝いている。アネットにはサキがとても眩しく感じられた。

「応援しています。頑張ってくださいね」

 自分の夢に向かって頑張ることができている彼女が羨ましい。

「ありがとうございます! ……アネットさんは、今何かされていることとかありますか?」

自分が先に聞いたから覚悟はしていたものの、その類の質問には頭を痛くする。

 そう聞かれて、自分は何を答えられるのだろうか。アネットは硬直してしまった。

「そうですね。わたしは今特に何かをやっているわけではないんです。恥ずかしい話ですけれど」

「そうなんですね……」

 サキが少し表情を強張らせた。しかし、彼女のせいではない。むしろこの話題を先に出したのはアネットのほうだ。サキが気に病む必要はないのである。

 それに、彼女は控えめな表現で慎重に質問してくれた。それが好印象だった。

「ですが、これから家庭教師でもやってみようと思います。勉強は元々そんな嫌いではありませんでしたし、子どもの相手をするのも好きなので」

「いいですね、素敵です。経験してみたい、挑戦してみたい、そういう心があれば、覚悟があれば何だってできるはずです。子どもの相手がお好きなんですね。わたしも大好きなんです。子どもはかわいいですよね」

 サキは花が綻ぶように笑い、何かと喋り続けた。アネットもまた微笑み返した。そしてふと、視線を他に移してみる。

「ところで、両脇の彼女たちは……」

 サキの両隣を陣取っている二人の少女。髪の色は茶髪と金髪で、長さも茶髪の少女のほうが短く、金髪の少女のほうは長かったが、二人とも上の方で二つに結んでいるのは同じである。

「ああ! わたしったら、紹介をし忘れて」

 彼女はここでもうっかりを発揮した。

「この子たちはわたしの心強い友人です。こちらの茶髪のほうがあかね、こちらの金髪のほうがすみれです」

「アカネちゃんと、スミレちゃん」

「あかねです! よろしくお願いします!」

「すみれと申します。よろしくお願いします」

 二人は性格面で随分異なるようだ。

「かわいらしいですね」

「はい! とっても」

 サキもかわいらしいと思ったアネットであった。




皆さまがくださったメッセージや評価は執筆の原動力となります。お忙しい中今日も読んでくださり、ありがとうございました。

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