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A Drop of Blood  作者: ベルン
第二章 殻を破る
16/25

015 国家機密

お待たせしました。評価つけて下さる方々、誠にありがとうございます。

初投稿の作品であり、また更新には時間がかかってしまう上に至らない点が多々あるかと思いますが、これからもどうかよろしくお願いします。

 



「クレア・フェイン」

「…………」

 クレアは沈黙したままだった。否、一言も発することができなかった。

 こんなことは初めてだ。今まで生きてきて誰かに怖気付いたことも、恐縮したこともない。しかし、なぜか今は何もできない。

 しかも、気配が全くなかった先程とは一転、今はこちらが圧倒されるほどの存在感を相手は醸し出していた。

「ご苦労」

 頭が真っ白になった。

 しかし、だからといって今何か行動を起こさなければならない、もしくは起こす行動があるというわけではない。一旦は流れに身を任せることにした。

 しかし、クレアの思考はまたもや止まることになる。

「単刀直入に言う。アネット・フェイン嬢に会いたい」

「…………理由をお聞きしても?」

 やっとそう一言投げると、相手はこちらに一歩近づいた。

 彼が現れた。


 まるで、古代の神の彫刻のように美しい男性がこちらを見据えている。

 真っ直ぐなその目に、クレアは一歩たりとも動けない。

(––––––これは、訓練だ)

 士官候補生の時に行われた、精神訓練。


 ––––––将校は軍の基幹である。


 その肩章は彼の両肩の軍の責任が背負われていると言う印であり、その指輪には軍の芯としての誇りが輝いている。


 例え道に迷っても後進はするな。迂回してでも前進しろ。

 貴官の肉体に軍の士気が、貴官の精神に軍の命運がかかっている。


 そんな大層なことをいわれ、肝試しなどいろいろなことをやらされた。

 雨のそぼ降る真夜中、一人で本物の墓まで巡回して訓練任務をこなしたこともある。骨の山を弄って目的のものを手に入れ、黙々と士官任官のための点数にした。不可思議なものにそっくりに扮した教官らが近寄って来ても驚いたことさえない。

 軍で無念に散っていった命の残骸を映した写真も数多く見てきた。

 同期は口を揃えて「お前は本当に肝が据わっている」だの「普通の人間よりかなり淡々としていて、正直怖い」だのと騒いでいた。


 別にそのことを鼻に掛けていたわけではないが、ここまで予測不可な状況になるとは思わなかった。

 彼は、本当に神的存在かもしれない。自分の頑なな心を動かすだけの威力が彼には備わっていた。

 しかし、アネットのこととなると話は別だ。

 目前の彼は長身のクレアより高身長だった。凡人に混じれば頭どころか肩まで抜け出そうな具合である。その為、クレアは慣れない「見上げる」という行為をしなければならなかった。

「特にこれといった理由ではない。正確には、会いたがっている者がいる」

「それは誰ですか?」

「フェイン嬢の遠戚」

「––––––!!!」

 遠戚というのが父方か母方か判然としない。だがもしかしたら、アネットの実の父のことを解っているのかもしれない。

「どういうことですか」

 驚きと少しばかりの動揺を抑えつつそう問うと、彼はフッと笑った。

「会いたがっている。会わせてやってくれ」

「一度も会ったことがないのですか? 解せませんね。今になってわざわざ会おうとする意味が」

「妙なものだな。人間がそれを言うか」

 彼は苦笑した。その言い方だと、本当に彼は人外の存在のように聞こえる。本当にそうなのだろうか……。そう思い始めるくらいにはクレアは揺らいでいた。

「君は他の人間とは少し違うな。それに、俺を信用していない」

「相手の名を聞いておいて自分は名乗らない人を信用する方がおかしいとは思いますが」

 彼は面白そうに微笑しているだけだ。

「貴方は誰ですか」

「ルテニアの上層の者だよ」

(いい加減な自己紹介だな)

 こちらが地位が低いのは明らかだが、あまりにも酷い待遇である。そもそもこんな胡散臭い相手に本名を要求すること自体が無意味だということだろうか。

「それしか名乗れるものがないのですね」

 クレアの皮肉と冷笑が入り混じった言葉を微笑で受け止めた彼の肚の中が読めない。

「人間に付けられたのは色々あるけど、そんなのでも良ければ」

(人間に付けられた?)

 それはつまり、自分は人ならざる者だと強調したいのか。先程から人間ではないと主張しているこの男、嘘でここまで言っているのなら嘘のつき方が稚拙すぎる。しかし、万が一本物だったら……。

(いや、そんなの俺が知ったことじゃない)

 クレアは苛立った。この先、この会話をどう繋げていけば良いかさえ見当付かない。その意思もなかった。

 そんなクレアの気持ちを知っているのか否か、彼は意外だとても言いたげに片眉を上げていた。

「面白いな。俺はそんなに怪しい奴じゃないって上官から聞いているだろう?」

「さて、名前も堂々に名乗れない方のどこが怪しくないんでしょうね。残念ながら怪しすぎます。それに俺は迷信など信じません」

 クレアの辛辣な物言いにも彼はただ笑みを浮かべるだけだ。気のせいか少し幼子扱いされているような感じもする。益々腹立たしい。

「今はそれで構わない。どうせこれから特殊部隊なんかに入ったら、君の言うその『迷信』に関わる機会が多くなる」

 彼は人の悪そうな笑みを一瞬だけ閃かせた。

「は……?」

 自分は今軍の華と謳われる騎兵将校だが。

「流石に上から命令されれば従わざるを得ないだろう」

「…………」

 それは、自分がいずれ特殊部隊に配属されるということなのだろうか。しかしそれはブリタニア軍内の事情だ。ルテニアの者が知っているわけがない。ならばこの者はなぜそれを知っているのか。そもそも彼は信じるに値するか。天、なんていう馬鹿馬鹿しい存在だというのも実は嘘かもしれないのだ。素性も知れない。今自分は本当に上官に指示された通りの人物に会っているのかさえ怪しい。

(まあ、間違っているわけはないけど)

 仮にこの者が今述べた条件を全て解消したとしても、これからクレアに起こることを今わざわざ教える意図とは何か––––––。

「貴方は国で、どんな地位にいるのですか」

 彼が嘘をついているとは思えなかった。

「国家機密らしいから、言えないね」

「…………別に、私から漏らすつもりはありませんが」

「俺もそう思うよ。君の場合、国に対する忠誠心もなさそうだし」

 クレアは思わず息を呑んだ。瞠目し視線を向ければ、『天』は意地悪げに唇に弧を描いた。

「姉君のことしか頭にないから」

 皮肉られたのは非常に気に食わないが、事実だ。誤魔化すつもりはない。クレアがここでどんな浅知恵を閃かそうと、どうせこの者は全て見透かしている筈だ。

 それはともかく、自分はなぜ特殊部隊に配属されるのだろうか。そういう話に上がった経緯を知りたい。

 この天とやら––––––キャンベル連隊長の言い分が正しければ––––––は何か知っているのだろう。これから何が起こるかを。

「そのうち戦争が起きる。ガリアとヒスパニア、イタリアを相手取って」

 彼は読心術でも心得ているのか、クレアの疑問を的確に射抜いた。

「国は君の能力を高く買って、ルテニアと合同の特殊部隊の人員として選抜した」

「それをなぜ貴方が」

 クレアの問いに彼は苦笑を浮かべた。

「国家機密に付されるような地位にいたら、知りたくないものも知ってしまうからね」

「そういう冗談は要りません。先ほど貴方が言っていた『国家機密』、別に守るつもりがないなら勿体振らずに話せばどうですか」

 クレアが淡々とそう問い詰めると、『天』は面白そうに首を傾げた。

「俺が神的存在だということが一番大きな機密だと思ったけど、君にはそうじゃなかったんだな」

「言うまでもないでしょう。それは私を取り巻く現実とは何の関係もありませんから」

「関係はある。俺は今はルテニアの枢密院所属だ。噂で聞いたことはあるだろう。……構成員が何とかだの」

 枢密院とは、国家の主権者の諮問機関である。所謂『影の皇帝』。その構成員に関してはルテニアのみならず各国において表沙汰にならない場合が大半だ。ルテニアの場合主権者は皇帝であり、その皇帝が執り行う政治に関して助言や指摘をする。

 噂によれば、その枢密院の構成員は全員が人ならざるものである。この『天』はそれを言っているのだろう。

(枢密院に関するあの噂は本当だったんだな)

「今、ルテニアとブリタニアは軍事情報の一部を共有できることになっている。その情報は全て枢密院に持ち込まれる。そして一つが君に関する事だ」

(は?)

 これには流石のクレアも驚愕するしかない。

「なぜですか。一介の騎兵中尉の情報など、他国の機密機関が管理することでもないでしょう」

「君はある面では重要人物になり得る。理由はフェイン嬢だ」

 アネットが? 一体なぜ。

 しかし、目前の彼はその疑問に対する答えはくれなかった。代わりに聞き捨てて置けないことを話す。

「フェイン嬢は近い将来一人になってしまうかもしれない。そうなる前に本物の血縁に会ってこれからのことに備えなければならないと思わないか?」

 彼は知っている。アネットと自分が一滴の血も混じっていないことを。

 しかし、それよりも引っかかることがあった。

「姉が一人になるというのは……」

「君はこれから死ぬ可能性が高くなる」

 彼には言葉を包み隠す技術は無いのだろうか。勿論クレアにとっては都合が良いが、彼はこういった真実を隠した方が話を有利に持っていける筈なのに。

 しかし、敢えて正直に言う面は気に入った。もしこれが彼の計算のうちなら、クレアはまんまと引っかかっていることになる。

「私が特殊部隊に行かないと言ったらそういうこともないでしょうね」

「それはない。そうすれば君が軍人になった当初の理由を背くことになるから」

「!」

「姉の為に行かないのは尚更成り立たないな」

 彼は皮肉っていた。クレアは何も言い返せないまま下唇を噛んだ。

 クレアがそもそも軍人になった理由。他でもない単純なことかもしれないが、それしかない。

 アネットを守ること。

 そのためにはどんなに辛くても、長くても、苦しくても、回りくどくても、どんなことでもきっとやりのけてみせた。

 ガリア、ヒスパニア、イタリアの連合は手強いだろう。それこそオクシデント全体を、酷かったらオリエントまで戦火が及ぶほど大きな戦争になる筈だ。クレアの身は軍人になったその瞬間から国の命令通りに動く駒でしか無い。だからといって、姉が一人取り残されることを恐れて真の軍人たることを放棄することは本意ではないのだ。

 それがクレアを酷く葛藤させる。そして、この男は見事にそれを言い当てた。

 特殊部隊に身を置くということはこれから先、任務でも何でも国家の表立った保護は受けられないということだ。任務中に散ってしまう可能性が極めて高く、家族にもそれを吐露できない。最期は名前を知られることもない。遺体が無事に回収されたら運が良い方だ。大抵の場合、特殊部隊本部の中にある忠誠の殿堂の壁に星形の飾りが一つ足されるだけだ。

 それをやれ、お前はどうせやることになる……彼はそう言っているのだ。

 否定したい上に断固としてばっさり切りたかったが、できない。それは今までの自分の考えを、アネットに対する覚悟を否定されるのと同じだった。


 クレアは目の前の男を睨み据えた。

「俺が関係するものが迷信めいている事を抜きにしても、お前はだいぶ反抗的な奴だな」

「……貴方を信じきれませんから」

「さっきのは撤回しよう。お前は特殊部隊向きではない」

 苦笑を交えてこちらを見据える『天』に、クレアは怪訝な顔をした。

「そもそも軍人自体向いていない」

「は……?」

 自分は聞き間違えたのだろうか。この男は一体何を抜かしているのだ。

 しかし、クレアのことはお構い無しに彼は続ける。

「軍人よりは、スパイ向きだ」

 そういうことか。しかし生憎、自分はスパイになんてなるつもりは無かった。

 それに、クレアはスパイになりたくてもなれない理由がある。

「私は顔を知られています。それも派手に。これはスパイとしては致命的でしょう」

 士官学校を飛び級で入学し、飛び級で卒業。加えてその時の成績は次席。その後は最年少で少尉任官、中尉に昇級。兵科は誉れ高き騎兵科である。しかも社交界でも何だかんだ言って有名人である。

 別に自分に酔っているわけでもないし、クレアはどちらかといえば自分のことがそこまで好きではない。

 だが、先に述べたようなことがあってスパイになれないというのは事実だった。正直、派手な存在であっても何の業績もない若造が果たして他国にどれだけ中止されているかは疑問だが、スパイとなれば目立たない事に越したことはない。

「そんなことはどうとでもなる。幻術を使えばね」

「幻術?」

「『迷信』の一つだよ」

 皮肉交じりな答えが、やけに耳に響く。


 クレアはもうこの状況から逃れることはできないのだろう。漠然とそう感じた。

「……今貴方の話を信用したとして、一つ条件があります。これは上からの命令だから私はただ従うしかなくて、私の要望など貴方が聞く筋合いなどないと言うなら、それまでですが」

 彼は首を横に振った。

「突然無理を言っているのはこっちだから、聞くよ」

 意外と話が通じるというか、理解があるというか、変わった天である。

 彼が本当に天かどうかはこれから見極めることだが。


 クレアは彼に気づかれないように呼吸を整え、口を開いた。

「––––––––––––」

 訥々とその条件を示す。それを聞き進めるうちに、彼の表情が段々と変化する。

「できますか?」

 クレアは挑戦的に問いかけるが、相手は微笑して流す。

「いいよ。だが最後に選択するのはお前の姉だ」

 面白くない。彼はとことんクレアの一枚上手だった。

「では、よろしくお願いします」


「またいずれ会うことになる」

 彼はゆっくりと口唇に弧を描き、背を向けて離れていった。



 

ありがとうございました。感想心よりお待ちしております。

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