000 はじめまして
わたしが十一歳の頃、継母とその子どもである双子の兄妹がやって来た。
わたしの家は国でも代々名高い侯爵家である。幼い頃から衣食住に恵まれた環境で育ったわたしは、家族の愛にも包まれて成長した。わたしを産んでくれた母はありったけの愛を注いでくれた。しかし一方で、両親の仲は特別に良いとは言えなかった。表では何事もない、仲の良好な夫婦を演じていた。だがそれはぎこちなく、父と母は各々複雑な表情を浮かべていたのだった。しかし、特に大きな騒ぎになることもなかった。わたしも当時は幼かったので、両親の感情の機微を察することはなかった。
ところが、母はわたしが七歳の頃に忽然と失踪してしまう。それから父はずっと一人ぼっちだった。母の失踪から四年経ったある日、父はわたしを呼んだ。ぎこちない雰囲気を押しのけるように、父はわたしにあることを問うた。わたしたちは会話の数に乏しかった。父はテラスで一緒に茶でも飲まないかと言い、断るはずもなくわたしは父が手ずから淹れてくれた紅茶を飲んだ。卓上の菓子にそおっと手を伸ばすと、彼は突如口を開いた。
––––––新しいお母様を迎えようと思うが、お前はどう思う?
最初は呆然とした。驚いた上に、不安も感じた。母を忘れたのかと一瞬だけ悲しみを覚えた。父とわたしの二人だけでは家族として充分でなかったのかと寂しさもよぎった。しかし同時に、時々わたしの顔を窺いながら不器用に言葉を紡ぐ父に憐憫と慈しみも抱いていた。
わたしは二言なく答えた。
––––––勿論、賛成です。お父さまはずっと一人ぼっちでしたもの。わたし、早く新しいお母さまに会いたいです。
母への愛情はあったが、父と母は既に他人なのだ。わたしは母と血を媒介にした繋がりを持つが、父は母との間に愛と意志を持たなければ、あっという間に赤の他人だ。わたしが母を思うことと彼が妻を思うこととではわけが違う。父の新たな出発にわたしの存在が邪魔にならないよう、なんとか自分でも新しい家族になる人に歩み寄ろうと思った。
––––––どんなお方なのですか? いつからお知り合いに?
まず彼女について純粋に知りたいと思ったわたしは、暫くして歯切れの悪そうに返ってきた父の言葉に衝撃を受けた。
––––––実は、新しいお母様は前からお父様と親しくしていてだな。その……私たちには、子どももいるのだよ。
––––––子ども?
なぜ、二人が長いこと知り合ったという話の直後に子どもの話が出るのだろう。しかし、それを把握するのに時間はかからなかった。父は「私たちには子どももいる」と言ったのだ。疑う余地はない。継母の連れ子ではなく、父と彼女の間の実子だったのだ。
お父さまの子どもさんなのね。心中で呟いた。「お父さまの子どもさん」という言い方がなんともやるせなく滑稽で苦く感じられたが、それよりも確認したいことがあった。
––––––いくつなのですか?
––––––双子の兄妹で、今は九歳だ。
––––––…………
それはつまり、わたしが生まれて二年になる前後に彼らが生まれていて、それ以前には彼らの母親と既に親密だったということになる。
視界が真っ黒になった気がした。
––––––大丈夫か。
父は本当に萎縮していたように見えた。だからわたしは自分の中に沸き起こった哀しさなどの諸々の感情を抑えて、笑顔でこう取り繕った。
––––––はい。ただ九歳だったら、何して遊んであげればいいかしら、って思っていたんです。わたし嬉しいわ。遊んであげる相手もできたことだし、お母さまと双子が来るの、とても楽しみです。
うまく笑えていたかは判らない。
数日後、彼らはやって来た。
緊張の中、邸前で迎えた大きな馬車からは目を見張るほどの麗しい三人が現れた。継母と、双子の兄妹だった。
父への失望と彼らへの警戒心を抱いていたわたしは、いざ彼らと対面した時、自分の中に渦巻いていた負の感情が、嘘のごとく消えていったように感じた。そして、その代わりにせり上がってきたものは、彼らはわたしを見てどう思ったのだろうか、うまくやっていけるだろうかという緊張とちょっぴりの気恥ずかしさに満ちた思いだった。
継母は輝く金色の豊かな髪をしており、華やかな顔立ちに反し淡い紫の質素なドレスを着ていた。慎ましやかで優しそうな表情をしている。ほっとした。お伽話には良く継母が継子を虐めるものがあって恐れていたが、要らない心配だった。彼女は何と天使のように綺麗なのだろう。しかし、ただ一つだけ、潤んだように赤いふっくらとした唇が子供心にも必要以上に蠱惑的に思えて奇妙だった。
次に目に留まったのは、彼女に付き添うように立っていた兄妹。どちらも目を見張る美しい子どもたちだった。継弟は濃い紺色のベルベットのコートで身を包んでおり、少しだけ緊張しているように見えた。彼は父から譲り受けた見事な白金色の髪と、これまた父と同じような氷海の淡い青色の目を持つ子どもだった。継妹の方も同様な外見だったが目だけは母譲りの菫色で、それでもわたしなんかより遥かによく父に似ていた。こちらと目が合うとさっと母の陰に隠れて、暫くすると首だけ出してそうっとこちらを見つめてくる。当たり前といえば当たり前だが、二人とも背はわたしより低かった。
わたしは今まで兄弟がいなかったから、本当に嬉しかった。かわいいわ。いっぱい遊んであげよう。妹とは人形で遊ぼう。お気に入りの人形があったらあげるわ。弟とは何して遊べばいいのかな。子馬があるから、お父様に頼んで乗らせてみるとか。でもそれだと危ないかもしれないし、もうちょっと安全な遊びはないかしら。ボール遊びとか?
そうこう悩んでいるうちに彼らはこちらに向かって来る。
隣の父をそっと窺い見ると、普段は近寄りがたく気まずい雰囲気を纏っていた父の目は彼らを歓迎するように、見たこともないくらい嬉しそうに細められた。
良かった、と思うと同時に、心のどこかで一片の寂しさを感じた。