ユウちゃんが来た
北カリフォルニアに住む私の元へ、親戚のピチピチ女子大生ユウちゃんが遊びに来てくれた。
我が家にはwiiというTVゲームがある。三年前にユウちゃんとその妹のモエちゃん・スッちゃんが遊びに来てくれた時に子供達の暇潰し用に買ったのだ。家に着くなり、早速マリオカートで遊び始めるユウちゃんと我が相方ジェイちゃん。私はwiiスポーツは好きだが、マリオカートは観ているだけで気持ちが悪くなる。デリケートだから車酔いしやすいのだ。
ジェイちゃんとユウちゃんはマリオカートが上手い。飽きもせず、大騒ぎで毎晩二時近くまでマリオカートでバトる二人。ユウちゃん曰く、ジェイちゃんの方がホンの少し腕が上らしい。気を良くしたジェイちゃんが、「お金を賭けてやろう」とか言い出す。しかしその途端に何故かボロ負けするジェイちゃん。
「……ユウカは弱いフリをして僕を油断させて、僕からお金を巻き上げたんだ。ヒドイ。これは詐欺だ。ユウカはまるでサメのようだ。マリオカート・シャークだ」
カリフォルニアは自然が豊かだ。
ヨセミテにキャンプに行って熊を観よう!という私の提案は即刻却下され、代わりにロサンゼルスのディズニーランドとユニバーサル・スタジオに行くことになった。北カリフォルニアからLAまで700キロを6時間弱で走破する。運転は全てジェイちゃんにやらせたが、乗っているだけで疲れた。
国立公園のブラック・ベアの代わりにクマのプーさんのライドに乗る。可愛らしい小舟で薄暗い洞窟の中をプカプカと流されていると、何やらやけに顔色の悪いプーさんを発見。ベッドで横になっているようだが、病気だろうか。獣医としては非常に気になりますな。と、CGでユラユラとプーさんの影が揺れたかと思うと、ゆらりと半透明のプーさんが飛び出してきた。洞窟の天井を飛び回るプーさんの影に驚く私。
「おおっ! プーさんまさかの幽体離脱!」
「幽体離脱ちゃうわ! プーさんが夢みてるんやわ!」とユウちゃんに突っ込まれる。ユウちゃんの説明によると、我らの小舟はプーさんの夢の世界を旅しているそうな。
ライドから降りた途端に、「子供もいないのにこーゆーライドとかに乗ってる大人のうち、何人くらいがヤクでトンデルと思う?」などと真面目な顔で言い出すジェイちゃん。「だってイイ歳した大人がこんなのに乗る正当な理由なんてないじゃん。でもヤクでトンデル最中なら、プーさんの夢の世界とか物凄く面白く見えるんじゃない?」
私には彼の思考回路の方がトンデル気がする。そもそも我々だってイイ歳した大人なのだが。
夢の国の楽しみ方はイマイチよく分からなかったが、しかし最後のパレードは中々面白かった。まずミッキー君が凄腕のドラマーで、超カッコ良かった。そしてアラジン役のお兄さんがめっちゃイケメンだった。大人になるとこう言ったモノの楽しみ方も微妙に変わるのだ。ヤクは関係無い。
ちなみにディズニーランドは丁度ハロウィンの飾り付け真っ最中だった。単に可愛いだけでなく、中々センスを感じるディスプレイが多かった。
ガイコツトナカイ君もかなりアレだが、後ろのサンタさんに注目して欲しい。これって日本でも似たような飾り付けをするのだろうか。
翌日行ったユニバーサル・スタジオでは、Water World のショーが楽しかった。狭いステージのプールでジェットスキーをブッ飛ばすお兄さん達。
これを観るのは三度目だが、スタントマン達の動き(とガタイの良さ)に惚れ惚れとしてしまう。ショーの後、ユウちゃんはお兄さん達と写真を撮るために走っていく。一緒に写ろうと思ったのに、「ツーショットがいい!」と言ってすげ無く私にケータイを押し付けるユウちゃん。「イズちゃんもひとりでツーショット撮ってもらい!」
そんな、十代の可愛い頃なら良いけど、この歳になってきゃぴきゃぴと半裸のお兄さんとツーショットとか流石に恥ずかしいじゃん。お兄さんと写真を撮るのを諦め、大人しくユウちゃんの為にカメラのシャッターを押す私。
遊園地の興奮が冷めやらぬのか、夜中に枕でバトリ始めるユウちゃんとジェイちゃん。戦うバカ共を冷静に撮影するオトナな私。
私は間違ってもバカ共の戦いに加わったりしていない。そう、勢い良く枕を振り回した拍子にバランスを崩して仰向けにひっくり返ったりしたのは、アレは私ではない。
それにしても南カリフォルニアは暑い。熱射地獄日本から来たユウちゃんはケロリとしていたが、私はのぼせて頭がクラクラしてきた。決して歳のせいではない。私は北カリフォルニア生活が長いのだ。北カリフォルニアは真夏でも早朝は13度前後まで気温が落ちる。18度を超えると乗馬もしない、23度を超えると家を出ない生活をしている私にとって、38度とか本気で死ぬわ!
ウォーター系のライドを駆使して熱射病を防ぐ私。しかし翌日、真の地獄を見ることになる。
サンフランシスコへ帰る途中に寄ったベーカーズフィールドという田舎町で、なんとジェイちゃんが車の鍵をトランクに入れたままトランクを閉めたのだ。
ベーカーズフィールドとは「大草原の小さな我が家」のロケ地。モハーヴェ砂漠の端っこに位置する。人っ子どころかイヌコロ一匹通らぬカラッカラの大地で呆然とする三人。暑さの余り、ジェイちゃんのドジをなじる気さえ起こらず、鍵屋さんが救助に来てくれるまでの一時間半を唯ひたすら耐え抜いた。
「無人島で遭難した気分やなぁ。アドベンチャーやなぁ」と何処か呑気なユウちゃん。
「無人島なら泳げるけどね。砂漠だからね」と力無く呟く私。ジェイちゃんとの旅ではこんな事もあろうかと、たっぷりと水を持っていた自身の先見の明に感謝する。
ところで私の元へ遊びに来て、ショッピングと遊園地だけなんてあり得ない。勿論ユウちゃんも問答無用で乗馬に連れ出され、馬のシャンプーを手伝わされる。
「乗馬したい? 馬の尻尾洗うの手伝ってくれる?」と一応優しく聞く振りくらいはしているのだが、無論NOという返答は許されないのだ。
そしてプロのインストラクターに付いて貰い、初心者用の大人しい馬に乗せて貰った筈なのだが、馬がイキナリ臍を曲げて暴れ出した。絶対に落馬すると思ったのだが、ユウちゃんはダニのように馬に張り付いて落ちなかった。凄い! 偶然にも撮っていたビデオをジェイちゃんに見せたところ、「まるでスパイダー・モンキーみたいだ!」と感心していた。
落ちはしなかったものの、もう馬に乗るのなんて二度と嫌だと言うだろうな、という私の予想に反して、「面白かった! もっと走らせてみたかった! また乗るわ!」と言うユウちゃん。この一言で彼女に自分との確かな血の繋がりを感じた。
三時間の乗馬なんて尻が痛いと喚くジェイちゃんを黙らせ、モントレー近くの森林公園と海辺の乗馬ツアーにも行ったし、ラケットボールもしたし、野球のバッティングセンターにも行った。アイス・スケートをしたことがないと言うので、夜中の十時頃にブラックライト等を使って楽しむスケートリンクに行った。しかしここで思わぬ事故が。
スピードの出ないユウちゃんの手を私とジェイちゃんで掴んで滑っていた時の事。何もないところで不意にユウちゃんがバランスを崩して転びかけた。私もジェイちゃんも咄嗟にユウちゃんを強く掴み、手を上げてバランスを保った。しかし引っ張られたのはホンの一瞬だったので、ユウちゃんが上手く体勢を立て直したのかと思って隣を見たら、なんと彼女は私とジェイちゃんの間で万歳をしたまま腹で滑っていた。
バランスを崩してからホンの1.5秒程の間に一体何があったのか。顔だけ上げて、「わー」と笑いながら腹で滑る彼女の姿に目を疑い、私もジェイちゃんも理解が追いつかず、状況判断が遅れ、彼女を引き摺ったまま更に10メートル以上滑ってしまった。トータルで30メートル近く腹で滑ったユウちゃんは、全身氷だらけになった。
「なんでや?! なんでこんな事になっとるんや?!」
「知らんわ! 膝もなんも打たんと、気が付いたら自然にふわーっとこんなんなっとった」
「ユウカがペンギンになった……」と呆然と呟くジェイちゃんの隣で、笑い過ぎて氷から立つことも出来ないユウちゃんと私。公衆の面前でペンギン化しても、「あー、ビデオがあったら絶対にオモロかったのになぁ」とか笑いながら言えるユウちゃんって素晴らしい。
「ホンマやなぁ、ビデオがあったら一生の宝になったのになぁ、惜しいことしたなぁ」
「そうそう、結婚式の披露宴とかで流されるヤツやな……ってそんなんイヤやっ」
私は何故か女子力ゼロだと思われがちだが、しかし料理と裁縫はわりと得意だ。最後の晩餐にはベルペッパーを詰めた牛ヒレ肉のスモーク・ベーコン包みを作り、ユウちゃんとケーキを焼いた。
マリオカート・シャーク、スパイダー・モンキー、ペンギン等、様々なアダ名をジェイちゃんに付けて貰ったユウちゃん。よくよく考えると色々と危険な目に遭わせてしまったような気がしないでもないが、しかしこれに懲りず、また是非遊びに来て欲しいものだ。
モントレー湾の夕陽