知性の発露
次でこの話は終わりです。
天才ですか。一般的な世界における天才は単純に情報と情報をつなぎ合わせるのが上手い人のことを言うと思います。ですが、私たちの居る世界ではそれだけでは足りません。単純な話です。やるきを維持するためにも何よりも好きである事です、学問を_せんせい。
空に浮かびガウスを見下ろすアドルフは観客の方に目をやった。
「本当なら、ここでガウスさんの前から逃げればいい。しかし、それでは私が最強の魔導師を倒したと認識しない者が出る。それではなんのためにここに来たか、分からない。面倒だ。早く死んでくださいよ、ガウスさん」
ガウスは一定周期でなんらかの呪文を唱えている。しかし、何も起きない。
「時間もありますし、演説でもしますか。懐かしい、私がどうやって世界を救うのか」
観客からはガウスを応援する声が響くがそれを無視してアドルフは演説を始めた。
「世界はなぜ不幸を生むのか」
「この誰もが思う疑問に私が答えましょう。簡単ですよ。愚か者がこの世界には多く居るからです。多くの人間が罪を犯します。ですが、そうでない者もいる。その違いは何か」
「簡単です。真に賢いかどうかです。ありとあらゆる人間が介在する分野にいる人間が理想的な人間であればいい。道徳的で、社会的で、理的で、愛情にあふれたような人間がやればいい」
「ならば、現体制やまともでない人間はどうするか。これも簡単です。排除すればいい。ありとあらゆる文明の利器を排除した上で離れた離島に放置します。脱出しようとしたら殺します。私が」
「無茶苦茶に聞こえますが魔導師の力を用いれば十分に可能です」
「後は罪を犯したものを例外なく、同じ離島に放置します。後は離島の人間でない我々のみが理想的な人間になるよう教育を続ければ世界は平和になります」
「稚拙な計画だな」
アドルフが否定してきたガウスの顔を睨みつける。
「私の計画が稚拙だと?・・・理由を教えていただきたいですね」
「あんたは社会的でない、道徳的でない人間を排除すればいいと考えてるんだな」
「そうですが、何か問題が」
「人間って奴はな。他人と自分を比較することで初めて『正しい』ってことを認識するんだ」
「はあ」
「一部の例外を除くと人間は自分より劣っている人間を見て『ああ、こうはなりたくはないな』と認識して、劣っている人間以上の人間になろうとする」
「だからなんです」
「じゃあ、考えてみろ。劣っている人間がいなくなると『こうはなりたくない』がなくなるよな」
「なんです。要は劣っている人間が居なくなれば次に劣っている人間が劣っていくことになると」
「物分かりがいいな。その通りだ」
「本当にそうなると思ってるんですか」
「なるさ。そもそも人間の優劣は一定以下はほとんどが変化するからな。ただ落ちるまでに時間がかかるか、かからないかだけだ。そして必要なのは追い込まれることでそれが悪化するということだ」
「その追い込まれることが無くなるのが私の言っている社会でしょう」
「追い込まれるってのはな。一発の理不尽な何かだけじゃなく、小さな小さな妥協の連続の方が多いんだ」
「それが何だというんだ」
「妥協はな。自分のレベルを下げる行為なんだよ。それが積み重なることで追い込まれる状況が生じるんだ。そうやって追い込まれた人間が道徳的でなくなっていくんだよ」
「はっ、何の根拠もない考えで否定をしてほしくないですね。それにあなたの話が確かなら人間の優劣が変わらない人もいるんでしょう。落ちていくことのない人も」
「まあ、そうなる。人はある一定以上の妥協をしなくなることで他の全てに妥協しても、優劣を変えないことができる」
「じゃあ、そのレベルの人たちだけを残して後は排除すればいい」
「それは無理だ。その妥協のレベルが今の社会で言う普通の人間のレベルな・・」
「何が無理だ。はは、普通の人間のレベル?そんなのほとんどがそのレベルに達する」
「誤解があるな。私が言ったのはあくまで社会の言う『普通の人間』だ。多くの人間はそれを求められる。しかし、それに本当の意味で達しているのは全体の1%にも満たない」
「だから、だから、何を言っている。社会が言おうが、何が言おうが普通は普通だ」
「普通でいるっていうのは全ての能力が平均でいることではない。全てが出来る事だ。仕事は前提、人間関係、趣味、文化、などなど。分かるだろ。ありえない、聖人にだって出来るのかどうかだ。そもそも根本的に時間が足りない」
「???、それなら普通の人間などいない事になるだろ」
「いや、あくまで社会の言う普通は理想に過ぎない。本当の意味で求められる能力は妥協するものをきちんと選ぶことに妥協しないことだ」
「妥協するものを選ぶことを妥協しない?」
「そうだ。一般的に優秀であると言う事は優秀である何か以外を妥協することに他ならない。これは傍から見れば素晴らしい人だが、優秀であるために妥協した何かが後で必要になることが人生では往々にしてある。そう言う時に優秀であったものが落ちる」
「勘違いしてはならない。選択は捨てることではなく、どれをどれだけ妥協するかを選ぶことだ」
「真の意味で優れているのは何をどれだけ妥協するかを決めれる人間だ。だがそれが出来る人間は本当に少ない」
「ん、待てよ、待てよ。そうだ。そうだ。そうだよ。・・・はは。確かに思わず納得できる部分もありますね。しかし、そうだと言うなら、なぜに今の世の中は安定しているんですか。劣っている人間がいるから、下に落ちずにいるということでしょう。最低位にいるのは犯罪者でしょ。犯罪者は社会から排除されています。ガウスさんが正しいなら、犯罪者の次のレベルの人間が犯罪を行って、排除が繰り返され、あなたのいうレベル以下の人間はいなくなるはず」
「確かにそういう事になるな」
「はっ、だったら」
「だが、それは無い。言ったろ。妥協が人のレベルを下げる。しかし、犯罪をするという妥協をするかは分からない。追い詰められて、追い詰められて、する妥協が『犯罪をする』なのか『生きる事』なのかなのは分からない」
「・・・おい、おい、おい。それなら、私の考えにも言えるだろ。そうだ、言える。追い詰められて行う妥協が『反道徳的』か『そうでないか』は分からないだろ」
「やっと、ここまで来たな。そうだ、それが致命的にまずいんだ。今の社会は究極の妥協のラインが『犯罪をする』か『生きる事』だがあんたの考えだと、それが『反道徳的』になる。そうなれば、人は道徳的でなければいけなくなる」
「??何が悪い。人はそうあるべきだ」
「いいか。さっき、人が追い詰められる事の原因は妥協が多いと言ったが、もちろん理不尽な何かも当然ある。それに出会ってしまった人間が犯罪に走ることが無いとは言えないが少なくとも道徳的で居続けるのは難しくなるだろう。つまりはな。あんたは理不尽に会った人間に模範生でいろと言っているんだ。そんなのは無理だ。社会がそれを受け入れているからこそ、時に目をつぶるからこそ、社会は安定なんだ」
「つまり、つまりは悪を許せとそう言うのか」
「そうではない。悪は憎まねばならない。そうしないと落ちるからな。悪は社会構造が作るものではなく、人の構造がつくるものなんだ。必要なのは悪を憎み、悪に一切関わらずに生きることはできないという事実を認識することだよ」
「・・・・・ははははは。悪と、我が祖国を汚した悪と共にいろと。あはははっは。無理だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だああああああああああああああああああああ。ははは、あなたのいう考えは憶測だ。そうだ、そうなんだ。それにあなたはもう直に」
「死ぬんだあああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「いや、負けるのはあんただ」
さっきから会話の合間にアドルフの呪文の効果でガウスは呪文を唱えさせられていた。しかし、不思議なことに唱えた魔法はどれも発動していない。なぜか。それはガウスが会話に集中するために同じ呪文しか唱えていないからだ。
「忘却」
「ん、あれ。さっきからその呪文しか聞いてません。おかしい。いくらなんでもそろそろ当ってもいいはずだ」
「あんたが設定したはずれは『サリダ・デル・ソル』だろ。あいにく、その呪文はもう忘れているんだ」
「忘れている?どういうことだ。今の時間の間に呪文を覚えたとでも言うのか」
魔法は七つしか覚えられない。それ以上を覚えようとすると最初に覚えた呪文を忘れる。これを使えば確かにガウスはアドルフの呪文を防ぐことが出来るが呪文を覚えるには魔法、物理、科学、生物、地学などの理学的な知識だけでなく、神話、文学、美術、演劇などのイメージを強めるその魔法に関する知識を理解ではなく覚えていることが必要になる。
それは難しい。
例え、本を持って知識を補っても難しいはずなのだ。
「そんな難しい話じゃない。さっきから唱えてる魔法の能力が『その魔法以外の自分の魔法を忘れさせる』というものだというだけさ」
「もしかして、あの時『サリダ・デル・ソル』と唱えて発動した呪文がそれか」
「そう言う事だ」
「くっ、なぜだ。なぜ、そんな無意味な呪文を」
繰り返す。呪文を覚えることは難しい。難しいのだ。そして、人は呪文を七つまでしか覚えられない。
「簡単です。また覚えなおすためです。『沈静』(オ―ア)」
ガウスの魔法によってアドルフの呪文『言語の反乱』はかき消され、ガウスの言葉は沈静化した。
だが、もちろんガウスは『沈静』など覚えていなかった。なぜなら、『忘却』によって忘れたからである。ならなぜ、ガウスは『沈静』を覚えている。
答えは至極簡単だ。今の戦いの間にガウスは『沈静』を覚えたのだ。
繰り返す、魔法を覚えることは難しい。ならなぜ、ガウスにはそれが出来たのか。
それこそが科学である。全てを記憶などしなくても体系化された法則を辿り、正しい情報を得る。それが他の誰もを凌駕する範囲で行える、それがガウス。カール・フリードリヒ・ガウスなのだ。
「くっぐぐううううううううううううう。なぜ、なぜ、お前は強い。お前などには分からん。今、世界で悩む哀れなる人々の苦悩が、怒りが、私、私こそが世界を救うのだ」
アドルフの後ろにいた女神が口から大量の糸を吐き出し、アドルフと共にその糸に飲み込まれていった。
「ぜがいをあなたは、お前は救えな、救えないと言ったな。ガウス。お前は大層賢いのだろう。そんなお前が救えない世界を、私が救ってやるううううううう」
糸の中で何かが蠢く。
「勘違いはするな。世界を救う方法はあるさ」
糸が千切れ、大量の虫達があふれ出てきた。そこには男が立っていた。黒い人間サイズの蠅に体の数か所を浸食しながら、その蠅は蠢きながら男の体を食っている。体を食っている。
「魔王か。それもかなり上位の強いゆえに魔導師でも体の全てを召喚できず、蝕まれている」
「せか、せか、セかいいいいい、を、お、ずぐえるううううううと」
「ああ、世界は救える。それもわりと簡単な方法でな」
「ぐっ、ばはばはばは。ううううぞをつくなああああ」
「嘘じゃない、はっきり言って普通の人間が悪に立ち向かうのは難しい。だからこそ、警察があり、公安が存在するように必要なのは悪にもきちんときちんと対応する事だ」
「全ての人間に、きとんとした罰を」
「それこそが本質的に人に居場所を与える。それが本質的に人に余裕を与える」
蠅が地響きのような唸り声を上げる。
「なにいいいいをいってるうううう」
「間違いを犯すことは誰にでもある。そう言う奴を、個人でなくとも何かが教えてやれば間違いに気づくことはできる」
「はははああああああ。それえええにきづうう・・・」
「確かに気付かぬ奴もいる。それでも、お前は間違っているといい続けろ。そうすればそいつは自分の考えに近い者を集め始める。そうすれば、そいつにも居場所が出来る」
「争いは小さなぶつかり合いというコミュニケーションを怠った時に起こるんだ」
「ああああああああああああああああ」
アドルフの腹部が開き、そこから大量の虫が吹き出て、そこから蠅の魔王は六本の手を出し周りのものを吸いこみ始めた。そこには球体のエネルギーが集まり、それはたびたび雷のような奇声を上げる。
「もう無理か。せめて人として終わらせてやろう。『知識の探求者』(サーケルシ・オーディリン)」
ガウスは振り払った。知性と共に世界を統べ、世界と共に知識を欲せし、偉大なる魔神を呼ぶために。
振り払った空間に魔法陣が現れ、そこから長い髭にローブを着て槍を手にした男が現れた。
「久しいな、ガウス」
「ええ、オーディン」
「あの蠅か、我が始末すべきは」
「はい」
「ふふ、今宵は良き知性を肴に過ごしたいものだな」
「分かってる。ちょうど、今日は他にも魔導師たちがいる。存分に語れるさ」
「それは実に良いな」
「うごごっごごっごごごっご」
アドルフだったものは球体上のエネルギー弾をガウスに向けて発射した。
「語らうもの無きものが我が眼前で語らうな」
オーディンは勢い良く持っていた槍をアドルフに投げた。
槍はその場にいた全ての視覚を持つ者の目に留まることなく、ただ、ただ、蠅を形なき者へと変えた。