醜悪さ
シモン達はしばらく連携について話をした後、外が暗くなって来たので帰ろうと校門まで移動していた。
「連携か。相手は魔導師だから、色々な戦術を用意しとかなきゃな」
ガロアが無邪気に笑いながら、そう言った。
「どうせ、その戦術は他人頼りでしょ」
エミリーが冷たい目でガロアを指さしてそう言った。
「俺は好きだよ。戦術とか考えるの」
シモンがそれを見て笑いながらそう言った。
「嫌な戦術考えそうね」
ロザリンドが落ち着いた口調でシモンに語りかけた。
「まあ、ロザリンドが半泣きするくらいの戦術を考えてくるよ」
にやっと笑ってシモンが言い返す。
「えっ、それ見てみたい」
ボクが目を丸くして、シモンの方を見て言った。
「そんなに俺の戦術に興味あるの、ボク」
笑いながらシモンがそれに応える。
「違う、違う。ロザリンドの半泣きの方」
「俺も見たいな」
ガロアがにやにやしながらロザリンドを見て言った。
「泣かないって、私は」
ロザリンドがそれを冷たくあしらう。
「強がり頂きました」
シモンがそれを茶化す。
「おおおおお」
シモンとガロアは拍手した。
「はいはい」
「なんかロザリンドのスルースキルが上がってる気がする」
5人が校門を出ると一人の男がそこに居た。金髪にちょび髭のその男、アドルフはシモンを見つけると話しかけてきた。
「すいません。シモン・ラプラスさんで間違いないですか」
「え、はい。どちら様ですか」
見覚えの無い男の突然の質問にうろたえながらシモンはそれに応える。
「私、アドルフと言います。政治家をやっていましてね。シモンさんの噂は聞いています。何でも魔導師に勝ったとか」
「失礼ですが、MSPにいる間の祖国の政治家以外との接触は禁止されているので」
MSPは魔法を教える学校である。とはいってもそれは表向きでMSPは各国が軍事的な力を得るために次世代の力を作るための機関だ。現状、ヴェルナ―以上の魔法の指導者が各国にいないために多くの国から人が集められる。その特性上、生徒達の他国との接触はタブーとなる。
「そうですか」
「すいません」
「あなたは自分の人生に不幸を感じたことはありますか」
「は、はい?」
「なぜ、人は不幸になるのか。その答えは簡単です。不幸になるべくして生きている者たちが我々のような強き人間の足を引っ張るからです」
「あ、あの」
「ならば、どうするか。答えは私についてくれば分かります」
「は、はあ」
「ここで私が講演をする事になりました。ぜひ来てください」
そう言ってアドルフはシモンに名刺を渡した。
「気が向いたら」
「では」
アドルフはそう言って、夜の闇に消えた。
「何だったんだ、今の」
「さあ」
「なんかやばそうな人だった」
「確かに」
シモン達は自分の家に向かい帰っていった。
次の日。
シモンがMSPに着くと後ろからガロアが声をかけてきた。
「シモン、お前これの事知ってるか」
「おはよう、ガロア。どうしたの」
「ああ、とりあえずこれを見ろ」
そう言ってガロアは一枚の紙をシモンに渡した。その紙には昨日会ったアドルフの写真を中心にアドルフがシモンに言っていたような「不幸が~」「我々のような強者が~」といった言葉が描かれていた。
「昨日の人だね。こういう人か」
「これだけでもひくが下の方を見てみろ」
そう言ってガロアは紙の下の方を指さした。
「ええと、講演会の会場に連絡先・・・!」
シモンはそれを発見した。
「アドルフを指示する若き魔法使いシモン????」
シモンはそれを声に出して鳥肌が立った。悪意や敵意と言った感情の嵐にあったこともある、愛情や友情と言う人生の讃美歌を受けたこともある、そんなシモンがかつて味わった事のない別のベクトルの人から与えられた何か。その何かは間違いなくシモンを恐怖させた。
「なんだよこれ」
「俺が知るかよ」
「これは何処で配ってた」
「いや、配っていたと言うより地面にばらまかれていた」
「は?」
二人はすぐにばらまかれていたとガロアの言う場所に向かった。
そこは酷かった。魔法をイメージさせる地面に描かれた絵や綺麗な花々の咲く花壇をまるで汚していくかのように恐らくは雨にでも濡れたのだろう大量の紙がその絵や花壇を塗りつぶしていた。
「酷い」
そう言うしかなかった。シモン達はその大量の紙を片づけ始めた。別にそれはボランティア精神と言った気持ちからのものではない。目の前にある悪夢を振り払いたかっただけだ。
片づけている途中でシモン達はその紙が何処かに置かれたものが飛んでしまったものではなく、本当にばら撒かれただけのものだと気づいた。そして、それは一か所でないことも気づいた。そして、シモンの名前が明らかに最悪の形で広まっているだろうことを理解した。
その後、二人はMSPに向かい授業を受けたが明らかにシモンに対して噂をするものが現れ始めた。
「気にしなくてもいいよ。シモンは悪くない」
「そうだぜ。どう考えてもあのアドルフとかいう頭のおかしい奴が原因だ。ほっときゃいい」
授業が終わると心配したガロア、ボク、ロザリンド、エミリーがシモンの席に来た。それと同時に担任の先生がシモンを呼びだした。
「おい、シモン。ちょっと来れるか」
その様子を見た何人かがひそひそと話し始めた。
「はい」
シモンはそういって先生の所に向かった。
「分かっていると思うが、あの紙の事でヴェルナ―学長がお呼びだ」
「はい」
シモンはヴェルナ―の居る学長室に向かった。
学長室に入ったシモンをヴェルナ―が出迎えた。
「疲れた顔をしていますね」
「はい」
シモンはそう言って頷いた。ヴェルナ―は学長室のソフィ―に座るようにシモンに促すとコーヒーを用意した。シモンはソフィ―に座った。ヴェルナ―もゆっくりとソファーに座る。
「話は聞いています」
そう言ってヴェルナ―はしっかりとシモンを見た。
「俺は関わってなんていません。俺は確かに一度アドルフと言う男に会いはしましたが支持などしてないです」
シモンは心から絞り出すようにそう言った。
「分かっています」
ヴェルナーはシモンの心の悲鳴に言葉と目で応える。
「本当に、本当に支持などしてません」
「分かっています」
シモンは少し落ち着くとヴェルナ―に自分の知っている事を全て話した。
「酷い話ですね」
「はい」
「噂が広まってしまっていますね」
「はい」
「聞いておきたいことがあります。君はどうしたいですか」
「どうしたいかですか」
「はい。シモン君、あなたはこの問題の解決としてどういうものがいいと思っていますか」
「・・・・・・・・」
「いくらか考えが浮かぶはずです。このまま、噂だけが流れるまま時の経過を待つのもありです。心配せずとも君には友がいます。最悪の状況にはならないでしょう」
「・・・・・・・・」
「これからそれをゆっくりと考えていきましょう」
シモンは突然立ち上がった。
「あんな奴に自分の人生をめちゃくちゃにされて黙っていられません」
シモンは強く、強くその言葉を吐き出した。今までにない何か恐怖を感じる男を撃ち滅ぼす。それぐらいの勢いを以って言葉にした。
「・・・・いい覚悟です。今回の件に適任を紹介します」
にっこりとほほ笑んでヴェルナ―はそう言った。
「ありがとうございます」
「ジークムント・フランクリン。名前はもう知っているでしょう。彼なら君の戦いの手助けをしてくれるでしょう」
次の日の放課後、シモンはロザリンドと共にジークムントの家の前にいた。
「まさか、こんな形でシモンを家に上げるとはねえ」
「全くだよ」
「パパには前に会ったんだって」
「うん。あの時は勢いで色々と言ったんだけど良く引き受けてくれたよ」
「まあ、私からも頼んだから。それより早く入ろう」
「うん」
二人が家に入ると待っていたかのようにジークムントが現れた。
「来たか。久しぶりだな。望み通りの関係をロザリンドと築けているようだな」
「はい」
「そう、緊張するな。お前が出くわしたと言う男に興味があるだけだ。俺とお前が関係を修復すると言う話じゃない、そうだろ」
「分かってます。でも、あの時は勢いで色々と言ってすみませんでした」
「形だけの謝罪は関係を悪化させるだけだ。お前は間違っていないと思っているのだろ。俺はお前が思っている以上に寛大な男だ。ぶつかってくるぐらいがちょうどいい」
「はい」
「さあて、面白い話が聞けるんだ。色々と用意はしている」
そう言ってジークムントは奥の部屋に二人を連れていった。
その部屋は大きな机を中心にソファーが置かれていた。机の上にいくつかのお菓子が置かれていた。ジークムントは二人をそこに座らせると紅茶とティーセットを持ってきて二人に紅茶を振る舞った。
「さあて、面倒な前振りはいらん。本題を話せ」
シモンはアドルフという男について自分が知っていることの全てをジークムントに話した。
「アドルフ、その男はそう言う名前なんだな」
「え、はい」
「パパ、そう伝えたじゃない」
ロザリンドがジークムントにそう言うとジークムントは俯いた。
「え、そんなショック受けなくても」
「はははははは」
心配するロザリンドをよそにジークムントは笑い始めた。
「え、何」
「アドルフ。俺の知っている男と特徴が似すぎているんだよ。奴は魔法を習っていた。だが余りにも問題が多すぎて封印されたと聞いてる」
「封印?」
「ああ、奴自身相当な魔導師だったらしく。当時の魔導師の頂点に立つ者の手によって封印されたらしい。なぜ封印なのかは分からない。殺さなかったのか。殺せなかったのかもな」
「そんなやばい奴なの」
「やばい・・か。そうだな。シモン、お前は悪と言うものについてどう考える」
「悪ですか。やっぱり、法を破る者ですかね」
「そうだな。それが最も分かりやすい定義だ。だが、俺はそうは思わない。それどころか俺がかつていたマフィアという組織についても俺は完全な悪だとは思わない」
「聞く人が聞いたら、叱られそうな内容ね」
「まあ、聞け。マフィアという組織に居るのは悪を手段とした者たちだ。奴らのする行為そのものは悪でしかないが奴らそのものが悪であるわけではない」
「無茶苦茶ね」
「そうだな。無茶苦茶だ。だがそうした定義をすれば多くの人間は悪でなくなる。残るのは本質的にどう救いようのないような悪だ」
「それがアドルフと言う事ですか」
「ああ、そう言う事だ」
「そんなにとんでもない人物って事?」
「ある意味ではな。悪って奴は本来、誰でもなりえる者だ。人生には多くの選択肢があるもんだがその中で多くの人間はたまに大変そうな、たまに楽そうな、たまに普通の選択肢を選んで生きている。仮に人より多くの選択肢を持った男が居たとする。そして、そいつが数ある選択肢から何も考えてないかのように最も楽そうな選択肢だけを選び続けたとする。それで完成したのがアドルフと言う男だ」
「それだけだと無気力なだけの人間になりそうですけど」
「そうだな。だがな人にとって最も辛い選択は自分を変える事だ。傍から見たら真似できないような大変な行動を起こす奴らがいるが、それは本人にとっては自己を肯定してるだけの楽な選択肢を選んでいるに過ぎない。そして自分を変えることなく、周りを他人を変えようとし続けた、それだけならあそこまでにはならない。そこに魔法と幸か不幸か知りえた多くの情報が合わさって、醜悪な男が完成した」
「なんか納得できる」
「まあ、俺の知るアドルフとお前らの知るアドルフが同一人物とは言えないがそうだとしたら厄介だな。ただでさえ相当にやばい奴だ。そんな奴が最強レベルの力を以って生きている。非常事態だな」
「そんな」
「心配するな。アドルフ自体には興味がある。戦闘になったら俺が引き受けてもいい。だがな、いくら醜悪な男が相手だとしてもな。敵対の意志を伝える事も出来ないとは言わせんぞ」
「でも、あんな考え方をしている人と関わりたくないのは」
「それは普通はそうだろうな。だがあの手の奴は最低限、敵対している事を伝える必要がある。もちろん、被害者本人がな。そうしなければ奴は何処までも今回のような行動を起こし続ける」
「分かりました。やってみます」
「それでいい。危険を少しでも感じたら俺を呼べ。楽しみにしている」
そう言ってジークムントはにやにやと笑った。
「ありがとうございます」
「あと、今回の件で受けた誤解は自分できっちりと自分は被害者だと伝えておけ。そうしなければ、お前はいつまでも加害者だ」
「もう少し、落ち着いてからでも」
「気持ちは分かるが、こういった事態はきちんと素早く対応しなければならない。ガキがやるような行為ではないがお前は俺たちと同じはずだ。すべきことをすれば、得られる最善があるのなら躊躇うな」
「はい」
「多少の妥協の積み重ねこそが緩やかな崩壊と思え」
「はい」
ジークムントはシモンの顔をしっかりと見ると言う。
「そろそろ、帰れ」
「は、はい」
シモンはロザリンドの家を出た。ロザリンドが心配するようについてきた。
「なんか、ごめん。パパは言いすぎね」
「いや、ジークムントさんは正しい。色々と今回の事でショック受けてたけどこれは俺の問題だからね。明日から色々やるけど、手伝ってくれる」
「・・もちろん」
ロザリンドはシモンの決意の表情に驚きながらそう言った。