最凶の脅し文句
「君さ、私に恨みでもあんの? いきなりラリアットするわ、頭をはたくわ……」
一ノ瀬は自分の頭を撫でながら俺のことを睨んでくるが、そんなコイツが立ててくるフラグやイベントに、こっちだってうんざりしている。
「むしろそれ、こっちのセリフなんだけど。何でそんなに俺にかまってくるわけ?」
俺の問いに「う……」と小さく唸り、拗ねたように斜め下を見つめる一ノ瀬。
「だって……私が頼れるのって、君くらいしかいないんだもの」
「は? それどういう……」
「星倉! 来週土曜、夜六時に学校前に集合よ! 仕方ないからタキシードは私が貸すわ」
風鳥院レイカは空気も読まずに話に割り込んで、俺に向かって指を突き立ててきて。
しん、と渡り廊下は静まり返り、風の通る音だけが響いていった。
沈黙を破ったのは息を吹き出し、愉快に笑う声。
「ぷーっ、くくく。暴力的な星倉がタキシードだって! 紳士のしの字もないのにタキシード!」
肩を震わせ一ノ瀬は笑う。
「風鳥院……さっきから行かねぇって言ってんだろ。そんで、一ノ瀬。もう一回、はたかれたいのか?」
「わ、それはごめんだよっ! あのさ星倉……今日の昼休み、昨日の場所に来て。君なら私の悩み、わかってくれそうだから」
くそっ、またコイツ懲りずにフラグ立ててきやがった。
「もう俺にかまわないでくれよ。これ以上……」
好感度を上げられて、コイツとくっつくしかなくなるのは嫌だ。
「大丈夫だよ」
自信たっぷりな笑顔で一ノ瀬はそう言ってきて。
「は?」
「私も君も大丈夫。だから、絶対に来て」
「嫌だね、なんで俺が……」
「090-××○○-△□▽□、さてこれなーんだ?」
……この数字の並び、どこかで聞き覚えがある。
「もしかして……!!」
にこりと笑う一ノ瀬。
「来なかったら、君の電話番号、女の子たちにばらまくから。それじゃ、また昼休みにね!」
手を振りながらスカートを軽やかに翻し、一ノ瀬は走り去っていった。
ダンスパーティーにこだわる風鳥院レイカの横で、茫然と俺は立ちつくす。
女子に電話番号ばらまく、だと。
そんなことしたら、フラグ回避がより困難に……
それって、最凶最悪の脅し文句じゃねぇか!
☆゜*・。.。・*゜*・。.。・*゜*・。.。・*゜*・。.。・*☆
それから俺は、一ノ瀬のことで頭がいっぱいで。
授業に集中することなど出来なかった。
もちろん恋愛的な意味……ではない。
――アイツ、一体何者なんだ。
女子にしては短く、男子にしては長いショートの黒髪と、定まらないキャラの位置づけ。
オヤジみたいな趣味を持ち、俺の知る女子という生き物とはまるで正反対。
男みたいな低い声で話したかと思えば、さっきみたいに普通の女の声でも話すし。
――今日の昼休み、昨日の場所に来て。
――来なかったら……君の電話番号、女の子たちにばらまくから
頭の中でアイツの声がこだましていく
屋上に来い……か。
だけど、行くのは危険すぎる。アイツにばかり関わりすぎているし、これ以上恋愛フラグを立てるのも……
いや。
こんなの俺らしくない。
逃げてばかりじゃ、東雲高校バスケ部新人エースの名が廃る。
――行ってやろうじゃねえの。正々堂々戦ってやる!