イベント発生
――キーンコーンカーンコーン
六時限終了の鐘が鳴り響く。
「はーやっと帰れる」
長い長い授業も終わり、ようやく放課後だ。
これから帰る家は一人暮らしの小さなアパートだ。
元々、俺は一軒家に父、母、兄と俺の四人で住んでいたのに、どうやらこっちの世界では違うらしい。
家族の設定を作るのがめんどくさいのか、はたまた女の子といずれ一人暮らしの家でイベントを起こさせる気なのか、それは俺にはわからない。
どちらにしろ、こちらの世界の姉や妹にフラグが立つのは勘弁だし、一人暮らしでよかったのかもしれないが。
荷物をかばんにしまって、それを手に取り廊下へと向かう。
今日の夕飯は……卵が残っていたからオムライスだな
教室と廊下を隔てる扉をにやけながら開け、下校する生徒であふれた廊下を一人歩いて行く。
飲食のバイトで腕を磨き得意料理になった、あのふわとろのオムライスを想像するだけで、イライラする気持ちが落ち着……
「来んな! お前、キラキラしすぎて怖いんだよっ!!」
幸せな気持ちは、怒鳴り声のせいですぐさま消えて無くなっていく。
廊下にわんわんと聞き覚えのある声が響き渡り、後ろの方からだんだんと足音と声がこちらに向かって近づいてくる。
なんだか、半べそでもかいているかのような、情けない声。
「ねぇ君、なんで逃げるんだい? おっかしいなぁー。このボクに夢中にならなかった子はいないんだけど」
続いて、やたら甘ったるい男の声が聞こえてくる。
なんだこのタラシっぽい甘い声は。
全身の毛が逆立ち、両腕にはぞわぞわと鳥肌が立っていく。
気持ちの悪い甘い声に呆れながら、ぽつりと呟いて振り返るとそこにいたのは、予想外のヤツで。
「ったく、この甘い声なんなんだよ――げっ!!」
遠くの方から、昼間屋上で出会った『一ノ瀬悠』が体育のジャージをまとい、必死の形相で駆けてきていたのだ。
しかもその後ろには、颯爽と歩く、青髪でやたら前髪の長い、謎のイケメンが……
おい、まじかよ……これ絶対、一ノ瀬ルートのイベントだろ!
これまでの女子たちとは違い、ここまでの経過もこの先も展開も、全く読めないのが怖すぎる。
きっとこういうイベントは、フラグ回避も難易度が高いに違いない。
こういう時は……
――逃げるに限る!
急いで教室内に逃げようとしたところ、案外足の速い一ノ瀬に捕まってしまった。
「ごめん、あいつ苦手なんだ! ちょっとだけかくまってくれ!」
一ノ瀬はさっとすばやく俺の背後に回って、青髪から見えないように隠れていく。
「あれ~? 子猫ちゃん、どこへ行ったんだい? おっかしいなぁ、見失っちゃったよ」
青髪は階段近くで一ノ瀬を見失ったことに気づき、困り顔で下の階へと去っていった。
俺はといえば、無言のままその青髪イケメンが走り去っていく様子を、ただただ呆然と見つめていた。
「はぁー助かったぁ」
もそもそと俺の後ろから、今度は黒髪のイケメン野郎、一ノ瀬が現れる。
安心しきったその顔が、とにかくむかつく。
だって、今ので明らかに好感度急上昇したろ?
フラグを立てないように、イベントが発生しても避けられるように、日々細心の注意を払ってきたのにもかかわらず、今回のこれは何だ?
謎のイケメン×2がいきなり廊下に現れるなんて、予想外にも程がある。
悲しいことに頭が付いていけず、イベントを回避することも強制終了させることもできなかった。
あぁ、今の俺の有力な恋人候補はキャラの位置づけすらあやふやなアホっぽいただのイケメンだなんて……
徐々に怒りのボルテージが増していく。
回避できない意味不明なイベントにも、先が読める展開に飽きた俺への対策として作られたのであろう『一ノ瀬悠』というわけのわからないキャラクターにも。
そんな俺に構わず、ほっとした様子で話しかけてくる一ノ瀬。
「星倉、かくまってくれてありが……『てめェ、無理矢理イベントに巻き込むんじゃねぇよ!』……おふッ!!」
そんなヤツに俺は、ここ最近のうっぷんもこめて……盛大にラリアットをかましてやったのだった。