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Prince of 貯水タンク

 今日は、誰にも邪魔されねぇといいな……


 そう願いながら、パンと牛乳が入った袋を片手に、屋上へ向かう階段を一人上っていく。


 昨日はヤンデレ、森影もりかげ 小夜さよが飛び降りようとしたからな。

 ヤンデレへの対応なんてさっぱりわからないし、あれはフラグをへし折るのが大変だった……


 昨日の一件を思い出してしまい、どっと疲れを感じて足取りが重くなる。



 音がしないようにドアノブをひねり、ゆっくりと扉を開けながら様子をうかがっていった。


 視界に広がるのは、すっきりとした屋上とフェンスと、貯水タンクだけ。 

 よし、誰もいない。



「はぁーようやく解放されたぁぁぁぁぁ!」

 屋上へ出ながら大きく息を吐いて、まばゆい太陽と広がる青空に向かって大きく背伸びをしていく。

 この世界での一人って、なんて気楽なんだろう。



 ふと耳を済ますと、涼しい風にのって楽しげな声が聞こえてくる。

 フェンスに近づき、下を覗き込んでいくと校庭でサッカーをして遊ぶ生徒たちの姿が目に入った。


 この感じ……懐かしい。

 俺も、ここに来る前まではクラスメイトや部活の皆と、昼休みにバスケをして遊んだもんだ。

 ディフェンスが来る前に打つ、プルアップジャンパー……

 あれ、たくさん練習しただけあって、決まるとホント最高なんだよな。



 あぁ、やっぱり……


 前言撤回。



 本当は一人なんて大嫌いだ。

 バスケ部の皆に会いたい。本当の家族やクラスメイト達に会いたい。

 普通の会話をして、普通にケンカして、普通に遊びたい。

 こんな世界、早く脱出して帰りてぇよ。



 これが、噂のホームシックってやつか。



 一人の寂しさを噛みしめながら振り返り、何気なく巨大な貯水タンクの上を見ると……何故かそこには人がいた。



 こちらをうかがうように、上から覗き込んでいるその人は、俺と目が合った瞬間、怯えたように体をびくつかせていて。


 爽やかな風が吹きつけ、艶のある美しいショートの黒髪を揺らしていく。

 猫のような印象的な目。すっと通った鼻筋。

 

 この世界に来てから美少女や美人は飽きるほどたくさん見てきたが、こんな人は見たことがない。



 こんなに整った、中性的な顔の『美男子』なんて。


 

 そんな美男子が俺を見つめ、ゆっくりと口を開いていく。


 一体こいつから、どんな言葉が出てくるのか……。

 キャラ的には「風が気持ちいいね」か「君は誰だい?」あたりか。


 キャラ設定を忠実に守っているせいか、ここに来てから相手の話す言葉は大体予測できるし、外れたことはほとんどない。


 今回もそうだと思っていたのに、目の前の美男子は俺の予想を大幅に裏切る言葉をかけてきた。



「おい、テメェ。何見てんだよ」



 嘘……だろ?


 信じられないセリフに、思わず頭の中が真っ白になってしまった。


 中性的な美男子が、ドスのきかせた声を出してこちらをギロリと睨みつけてくる。

 こんなにも王子風な見た目の男なのに、まさか中身はヤンキーなのか?



「屋上は俺のモンだ。二度と来んな!」

 美男子は俺のことを睨みつけ、犬でも追っ払うかのようにシッシッと手を払う動作をする。



 何だこいつ! こっちが黙っていりゃ、つけ上がりやがって!


「お前、何年何組の誰だ!? さっきから好き勝手なこと言ってんじゃねぇよ」

 俺も負けずに美男子を睨みつけた。


 俺がすぐさま応戦すると、美男子は不思議そうな顔で、あごに手を当ててしばし考えるような仕草をしていて。


 なぜそこで考える。こいつ、まったくわけがわからない。


 考えた末、美男子はこんな返答をしてきた。

「人に名前を聞く前に、まずは自分が名乗るもんだろ?」

 


 うぐっ、それはもっともだ……。

 悔しいが、先に名乗ってやることとする。


「俺は、二年A組の星倉ほしくら冬馬とうまだ。お前の名は?」



「ふーん、星倉ね……。おい星倉、おめーを試してやるよ。こんなのに答えられないようじゃ、話す価値すらないからな」

 見下すような視線で俺を見つめる美男子。


 まぁ、アイツの方が高いところにいるから、見下しているように見えるだけかもしれないが、とにかく全てが気にくわない。



「試す? さっきからお前やけに上から目線じゃねぇの。いいだろう、受けて立ってやる!」


 どんな質問が飛んでこようと、完璧に答えてお前をのしてやるからな!



 そして、身構えた俺に飛んできた、ヤツの質問は………


「お前、麻雀マージャンできるか?」



 予想外の質問に思わず固まって、言葉が何も出てこなくなった。


 美男子は俺の無言を別の意味で取ったのか、俺をバカにしはじめていく。


「ふっ……できねぇだろ? できるわけねぇよな! 麻雀が出来るやつにしか俺様は、興味ねぇ。おとといきやがれってんだ!」

 自信に満ちた顔で美男子は俺を嘲笑(あざわら)っていて。



 ……は? ドヤ顔で何言ってやがる。

 全く意味がわからない。


 麻雀なんて、高校生でもやってるやつはわりといる。俺だって普通に麻雀は、やっていた。

 さすがに金を賭けたりはしないけど、一番点数の低いやつが好きな女子の名前を言うだとか、荷物持ちとか、そんなのを賭けたりして。



 それに……『おとといきやがれ』なんて言葉をリアルで使うやつを、俺は今はじめて見たぞ。

 お前は江戸っ子でも気取っているのか?



 いろいろとツッコミたいことはあったが、いちいち言うのも面倒になった俺は、聞かれたことにだけ答えていった。


「普通に出来るけど……麻雀が出来るから一体どうしたって言うんだよ」


 『出来る』と俺が言うと、途端に美男子の表情が険しくなっていき、動揺の色が見え始めていく。



「へ……へぇ、出来るんですか。じゃあ役の名前なんて簡単に言えますよねぇ?」


「タンヤオ、ホンイツ、国士無双……これでいいか?」

 麻雀はクラスメイトとよく一緒にやったから、役の名前は結構覚えてる。



「う、嘘だ……嘘だと言ってくれ」

 美男子は目を見開き、握ったこぶしをブルブルと震わせていく。



 麻雀の役が言えたくらいで何驚いてんだこいつ。

 まぁ、そんなこと今はどうでもいい、俺は一刻も早く、この無礼な奴の名前を言わせる必要がある。


 やられっぱなしはしょうに合わないからな。



「約束通り、名を名乗れ。後輩だったら覚悟しとけよ。一週間はパシってやる」


 高みの見物を決め込んでいる美男子に向かって、びしっと人差し指を突きつけていく。



 俺の言葉に、美男子ははっとして顔を元に戻し、観念したようにその名を名乗っていった。


「僕の敗けのようですね。いいでしょう。名前を教えます。僕は一ノいちのせ。クラスはD組、君と同じ二年生です」


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