これも……フラグ?
「冬馬! 特別に私の執事にしてあげてもよろしくってよ」
「冬馬先輩! 調理実習でクッキー焼いたんです。お一ついかがですか?」
「冬馬君、人手が足りなくて……生徒会の仕事手伝ってくれたりしない?」
「星倉君、あなた数学の点数下がったわね。先生と一緒に勉強しましょう」
廊下を歩けば美少女+熟女教師が無駄に話しかけてくるもんだから、購買にパンを買いに行くにもずいぶんと時間がかかってしまう。
怒りのあまり、大股かつ速足で廊下を歩いていった。
――あぁもう話しかけんな、うぜぇ!!
全ての誘いを断り、イライラしながら昼食の調達のために購買へと向かう。
ちなみに先ほど話しかけてきた四人は……
金持ちの令嬢、二年C組、風鳥院 レイカ。
ウェーブがかった金髪ツリ目、上から目線のお嬢様。登下校はもちろん高級車。
一年何組かの後輩、犬飼 りん。
黒髪サイドテールで、たれ目のちびっこ。子犬みたいになついてくる。ラクロス部所属。
三年D組の先輩、栗栖南
髪は栗色ストレートのボブ。才色兼備、学校のアイドル的存在。生徒会所属。
数学教師、白鳥 まゆ子。
推定五十歳独身、以上。
皆それぞれ、キャラ設定を忠実に守って話しかけてくるし、想像できるセリフに正直飽きが来ている。
未だにどう仕掛けてくるのか読めないのは白鳥先生くらいか。
もちろん先生とくっつくつもりは毛頭ない。
あぁもう、イライラするのはよそう。
これから、学校での一番の楽しみ、昼メシの時間じゃないか。
購買にしか売っていないあの絶品クリームパンは、きっと荒んだ俺の心を癒してくれるはずだ。
そう思いながら、購買へと続く階段を足早に下っていく。
「ん、何だあれ?」
階段を下りていく途中、広い踊り場に何かが落ちているのを見つけた。
それは、茶色のカバーがついた生徒手帳。
「生徒手帳落とすなんて、間抜けな奴もいたもんだ。ドジっ子の『大浦かのん』が落としたのか」
周囲に誰もいないことを確認して、それに手を伸ばす。
とにかく確認は大事。もしもフラグだったらめんどくさいからな。
丁寧に使われているのか、まだ綺麗な生徒手帳をパラパラとめくってみる。目当てはもちろん、名前の欄。
「おっ、あったあった」
最後のページになって、ついに持ち主の名前を見つけた。
「二年D組 一ノ瀬 悠……か、なかなかイケメンそうな名前だな……。はは、まさか今度は俺にイケメンでも派遣するつもりなのか?」
わりと綺麗な字で書かれた名前を読み上げ、一人で笑う。
「しかし一ノ瀬なんて名字、はじめて聞いた。どんなヤツなんだろう……うぅっ何だ!?」
ぐにゃりと視界がゆがみ、ごうごうと海鳴りのような耳鳴りが俺を襲ってきて。
「やべぇ! これも何かのフラグか!!」
立っているのも困難になり、かがみこんで床に手をつける。
その途端、激しいめまいは嘘のようにピタリとやみ、うるさいほど響いていた耳鳴りも静まっていった。
再び遠くの方で生徒たちの話し声や笑い声が聞こえ始めていく。
「何だったんだ、今の」
首をかしげ、周りを見回してみるけれど、イベント的な何かが起こる気配はないし、ただのめまいだったのかもしれない。
何せ、最近ストレス多いからな。
いちいち考えるのも面倒になった俺は、立ちあがって購買へと続く階段を駆け下りていく。
踊り場から、先ほどの生徒手帳が泡のように消え去っていったことにも気付かずに……