第五話~オヒマイタダケテマジデヒマデス~
本日も徒然平和な当店。
むしろいつも以上に暇だといってもかまわない。
何かやろうかとチーフ二人に掛け合ってみたところ、まさかのオーナーと店長から、
真野「今日はゆっくりしていていいよ。夜のシフトまではやることもないからね。」
真坂「まぁ予約の時間までには色々準備しなくちゃいけないけどそこら辺は現場慣れしている先輩方に任せてたらいいよ。」
……などと普段の様子からはあり得ない気づかいだった。
背筋が寒くなって裏山さんたちに聞いてみると、
裏山「ああ、まぁタカ君はここ最近働き始めてからずうっと頑張っていたからね。オーナーたちなりの気遣いじゃないかな?」
紅狐「なんだかんだいって二人でこの店立ち上げているんですし、そういう管理はあの人たちはちゃんとできてますよ。」
万次郎「まぁ予約系って大体貸し切りとかが多いから準備で粗相をしてほしくないのもあるんだろうけどな。」
たしぎ「そういうことだからタカは休んでろ。あ、あいつにも今日は夜まで休みだって言っておけよ?」
…と口々に言われてしまいなんとなくやりきれない思いで暇をつぶしている。
ツキトハクヤ「なにしけた顔してるんだよ。しょうがないだろ、俺たちはまだ新人なんだぞ?」
隣から声をかけてきた同僚に顔をしかめて言葉を返す。
タカ「そうだけどさぁ。でもいやじゃん。なんというか…暇なのって。」
ツキトハクヤ「おまえも結構仕事に染まったな。」
ツキトハクヤ…
みんなからはハクヤと呼ばれている。
俺の同僚で、キッチンを主に担当している。
無気力そうな顔でぶっきらぼうな感じだからよく間違われるけど実はすごくいい奴だ。
俺のことを本気で同性愛者だと思うのだけは迷惑だが…
それでもいいやつだ。
タカ「るせぇよ。楽しくなってるんだから仕方がないだろ?」
ツキトハクヤ「そうだな。仕事は楽しくなればなるほどいい…!」
どことなく頬を染めて言うハクヤ。
あらかじめくぎを刺しておくが俺にホの字なわけではない。
こいつは現在意中の人がいるのだ。
その人は同じキッチンスタッフのためにどことなくうれしいのだろう。
タカ「そういえばお前も暇だったんだよな。キッチンって人手が足りないのにそれでいいのか?」
キッチンは常に人手が足りなく、いつもの仕事はフロア担当も駆り出して必死に動いてはいるが…
ハクヤ「ああ、姐さんは『お前もここ毎日すごい頑張っていたからな、あたしからの些細な休暇だ。』って言ってくれて。」
タカ「ああ…姐御ならオーナーたちも黙らせそうだからなぁ…」
姐御が無類なき力で蹂躙している様子が思い浮かぶ。
あの人は何を食べて育ったのだろうか。
ハクヤ「で、これから夜まで暇だろ?どうする?」
タカ「このまま此処でボーっとしているのも暇だしなぁ…」
そう言って目のまえに広がる海を眺めていると…
???「もっとだ…もっと俺を満足させろぉぉぉ!!!」
男「ウワァァァァァァァァァァ!!!!!」
自転車で爆走する変わった男性が通り過ぎて行った。
???「夕陽の先の…満足をぉ!」
ハクヤ「あれは何だ…?」
タカ「…わからない…!」
とりあえずなかったことにして街に出かけることにした。
ハクヤ「そういえばこの街をあんまりゆっくり眺めて行ったことはなかったな…」
タカ「え?お前ずっとここに住んでたんじゃないの?」
ハクヤ「バカか。」
あまりにも簡潔でそれでいて辛辣な一言を浴びせられる。
ハクヤ「俺は転校生だよ。親の都合でこっちきたんだ。」
ハクヤは、こっちだ。といいながらゲームセンターに入っていく。
タカ「おお~…此処たくさんゲームあるなぁ。」
ハクヤ「確かにすごいな。東京並みにそろっているんじゃないか?」
そう話しながらセンター内をぶらぶらしていると、
???「ヒューッ!コンプリーッ!」
女性「アーッ負けたーっ!」
男「小僧やるなぁ!」
青年「あ!次は俺!俺とやって!」
対戦型ゲームのあたりで人だかりができていた。
タカ「あれなんだ?」
ハクヤ「さあな?なんか盛り上がっているのは確かだが…」
野次馬になるのもなんかあれだったので俺たちは少し楽しんだ後ゲームセンターを出た。
すると…
???「あれ?タカ君?どうしたのこんなところで?」
誰かに声をかけられバッとそっちを振り向くと…
詩歌「あれ?今日ってシフト入っていたよね?どうしたの?」
詩歌…
通称『姫』。
ほんわかゆったりなお姉さん気質で店のアイドル的存在。
大学生のためにいつもシフトは夜から入っているのだが…
タカ「詩歌さんこそどうしてこちらに?」
詩歌「え?私も夜の予約団体様の準備に行こうかなって。で、」
詩歌さんは少しムッとした顔になり…
詩歌「なんでタカ君はサボっているのかな?普段は真面目なハクヤ君まで連れ出して。お姉さんに説明してもらうからね?」
なんでだとは思ったが、午前のシフトに詩歌さんが参加していない以上事情は知っているはずがない。
身の潔白を証明するためにすべて説明をした。
タカ「……と、いうわけで俺たちは夜まで休みなんですよ。」
ハクヤ「まぁ入って日も浅い新人ですから迷惑はかけたくないですしね。」
詩歌さんは、うーん。と口元に手を当て少し考える。
詩歌「タカ君、一つだけいいかな?」
タカ「なんでしょう!姫様!?」
詩歌さんは急に真剣な顔つきになったので、思わずきれいに気をつけをすると、
詩歌「駅前のケーキ屋さんで16;00から販売する限定ケーキお金立て替えるから買っておいてね!」
思わずずっこけた俺は悪くない。
ハクヤ「任せてください。ついでにいつものショートケーキもですね?」
詩歌「ハクヤ君ありがとう!……あ、そろそろ行かなくちゃ!じゃあよろしくね!」
そう言って詩歌さんは走って行った。
危なっかしい走り方の割に速い…!?
ハクヤ「いつまでボーっとしている。さっさと買いに行くぞ。」
タカ「え…あ、ああ。」
なんというか疲れてしまった。
余談だがケーキを買うことができ、詩歌さんに献上したところなんだかよくわからないシールをいただいたので聞いてみると、
詩歌「これはね、ツキノワグマの『ヤーさん』だよ!」
タカ「どう見てもクマじゃなくてオーガじゃない!?」
ハクヤ「いや、よく見てみろ。首あたりにちゃんと三日月があるし、ポーズもクマだろ?」
タカ「絵全体を見てみろよっ!?」
絵はうまいのだがどこかずれている姫様だった。