第三十八話:魔王の能力
「やはりお前にはこの能力は効かないか」
魔王の声が部屋に響き、黒い球体がみるみるうちに小さくなっていく。
元勇者が伸縮自在だと言っていたが、
分かっていても物体が目の前で縮む情景はあまり見ていて気持ちの良いも
のでは無い。
しかし目を離すとどこに行ったか視覚で判断できなくなるので、俺はひと時も小さくなった魔王から視線をそらすことが出来ない。
「このオレを人間ごときの視覚なんかで捉えることは出来ない」
ハエよりも小さな粒が空中を凄いスピードで飛んでいる。
もう俺の目では確認できず。
もしこのまま体内に入られたら俺がエジドゥンを倒したのと同じように魔王にやられてしまう。
それだけは避けなければ……
「勇者様! これを」
モモナに投げられたメガネのような物をかける。
「見える……」
「そのメガネは私が魔術的な何かを与えたメガネです! それを使ってください」
モモナのメガネを通すと特殊な光りのおかげか小さな虫のような粒が飛んでいるのが確認できる。
前方数メートル先に魔王はいる。
向かって来た。
二メートル……イチメートル……
「そこだぁ!」
これほど小さな対象に創聖剣を当てるのは不可能だ。
だが手で触ることなら出来る。
全身男○器で覆われているやつの身体なんざ触りたく無いが、
ここで躊躇しているヒマは無い。
俺は魔王の向かってくる軌道上に右手をかざし、
「悪霊退散海苔茶漬美味!」
ムーンの能力により魔王を元のサイズまで巨大化させる。
「むぅぅ……」
姿を現して唸る魔王。
「これもお前には効かぬのか……ならば!」
魔王は物凄い速度で上空まで吹っ飛び、
天井に張り付いたところで魔王の身体がパクッと開いた。
「お前はオレを本気で怒らせた! 我が最大の能力……吸引力無料変化無清掃!」
パックリ開いた魔王の背中から掃除機のような吸引が始まる。
部屋の家具やチリを飲み込みながら、なおもまだ吸引する力をやめない。
「勇者様!」
モモナの魔術的な何か。
100tと書かれた岩石が俺の身体に縛り付けられ、身動きがとれなくなる。
「きゃぁぁぁぁあ!」
「モモナ!」
魔王の切り傷のような裂け目へとモモナが吸い込まれていく。
どうやら徐々に吸い込むパワーが強くなっているらしい。
「緑○様!」
ルリの叫び声とともに月詠ノ刀からツタ植物が伸び、危うく魔王の体内に吸収されかけていたモモナを縛り付け、何とか部屋へと連れ戻す。
ルリは俺と同じく岩石を身体に縛り付けていた。
魔術的な何かによる防御なのかは分からないが、
とりあえずこの岩のような塊に全員でしがみついていれば何とか平気らしい。
「おのれぇ……魔女っ娘めがぁ!」
魔王は天井に張り付くのをやめ、身体の端っこをウネウネと変化させ――
ハンマーのような形となった腕のような部分で(球体なのでどの部分か分からない)モモナに向かって横殴りの態勢をとる。
だがモモナは落ち着いた様子で両手を掲げ――
「魔法陣なのです」
これまでのドジっ娘キャラは演技だったのかと思えるほどの冷静な声色で、
薄く――しかしとてつもなく強固な魔法陣を張り、魔王の一撃をいともたやすく受け止めた。
「ヌゥぅ!」
魔王の他の部分が伸びて、今度は無防備なルリを狙う。
ルリは自身に縛り付けていたヒモ(岩に縛っていたやつ)を月詠ノ刀で切り裂き、そのまま刀を振りかざし、刃の先を魔王に向かって突き立てる。
「赤×緑!」
赤く光った月詠ノ刀が魔王が向けた身体に刺さり、同時にツタ植物が魔王に絡みつく。
そしてそのツタ植物を伝って魔王に炎が燃え移った。
ツタ自体も燃えているが、
緑○様はちょっとやそっとでは果てないとか何とか言っていた。
「があぁぁぁああ!」
魔王は炎上した自身の身体の一部を切り離し、
ちぎった部分を粘土のようにグニグニとこねて元通りにする。
三つの特殊能力を持っているうえに伸縮自在で不死身とか――
「チートだろ!」
思わず叫んだ。
勇者の俺より反則級の能力持ってんじゃん。
触れた生物を電化製品にするわ、MPとかいう概念無しにイケメンと美女を召喚したり、突然ダ○ソンの真似して吸引するし。
しかも小さくなって回避しては巨大化して襲いかかる。
さらには身体が粘土状!?
魔王。弱点は無い。
この言葉がここまで当てはまるラスボスもそうそういないだろう。
吉良○影だって三つだぞ。
あれでも反則キャラなのに……
「チート……か」
魔王はゆっくりと上空に上り、
「勇者だから最強の力を持っている。魔王だからチート。それは違うな、勝ったものが勇者と呼ばれる。そして――」
魔王が突然隕石のように急降下してくる。
「自分を勇者だと思い込んだ単なるモブ野郎を潰すのが、魔王であり我の仕事だ!」
そのまま魔王の部屋の床に穴を開け、尚も言葉を続ける。
「魔王を倒した者が始めて勇者であり、物語の主人公なのだ」
「メロンさん、危ない!」
ルリに飛びつかれて俺は床に押し倒され――たと同時に俺がさっきまで突っ立っていた場所へと魔王が現れた。
――もしルリに助けられなかったら、今頃魔王に触れられて元勇者のように電化製品にされているところだった。
凄く生死を駆けた戦いなのに何故か電化製品の辺りが決死さに欠けると感じるが、気のせいだと思うことにしよう。
――それとルリ。
「メロンさん……」
ルリの柔らかい身体に抱きしめられ、死闘を演じている最中だと言うのに俺の身体はドキドキと鼓動を速めていた。
体温が直に伝わってくるような温かさが全身を襲い、キュッと抱きしめる細くてなめらかな腕に心を奪われる。
「良かった……助かって」
ルリの温かな涙が服に染み込んでくる。
Yシャツに薄手のシャツという部活帰りそのままの格好をしているので、湿った感覚が徐々に生身の身体に触れわたっていく。
「ルリ! メロン、危ない!」
元勇者の叫び声に反応して上を見ると、恐ろしい勢いで天井から急降下してくる魔王が目に入った。
「UUUURRRRYYYYY!」
「ドイツもコイツも……」
俺は普段通りに創聖剣で応戦しようとしたのだが――
「ル……ルリ?」
「メロンさん……」
トロ~んとした顔で見つめるルリ。
両腕をガッシリと抱きしめられているので身動きがとれない。
顔を赤らめ状況を把握していない女勇者ルリ。
――あれ? もしかして俺死ぬんじゃね。




