第三十七話:魔王登場
それは一瞬のことだった。
部屋を壊さない程度の最大限まで全身を巨大化させる。
最初は耳の壁――
エジドゥンの悲痛の断末魔とともに、
俺は内側からエジドゥンの身体を破裂させた。
部屋中に飛び散る肉片、体表。
床や壁が一瞬にして地獄絵図のようになる。
真っ赤な血肉と漆黒の翼が飛び散り、
生臭い臭いが部屋中を包み込む。
俺の身体も赤黒く汚れていた。
――恐怖はあった。
失敗に対する恐怖と残虐な方法でエジドゥンを殺すという罪悪感。
でもこれも全て終わったことだ。
今更くよくよしたって仕方が無い。
もうこの先には――
魔王しかいないんだからな。
◇
「にゃぁ?」
メロに身体中についた血肉を削り取ってもらい、
全身から漂っていた生臭さは取れ、
やっと落ち着いて深呼吸できるようになった。
「これが最後か……」
「メロン」
「お兄さん……」
「奴隷」
部屋の奥に扉がある。
多分これが最後の扉であり、魔王の部屋へとつながる扉なのだろう。
俺はドアノブをしっかりと握り、
後ろからモモナとルリ、元勇者がついていることを確認し――
重い扉を開けた。
扉を開けた途端。
邪悪なオーラがにじみ出てくる。
いわゆる「吐き気を催す邪悪」というやつである。
胃の中に岩石を詰め込まれたような――
身体は重く足がガクガクと震え、
胃の中からこみ上げるような圧迫感を感じる。
それほどまでに魔王が発する邪悪は凄まじかった。
ルリも口を押さえ、
モモナのステッキを握る手からは汗が滲んでいる。
俺は決死の覚悟で力を込め、
魔王の部屋に飛び込んだ。
どこだっ!
なんて言うまでも無く魔王はそこにいた。
逃げも隠れもせず、
ただただその部屋の奥の立派な椅子の上に真っ黒な球体が居座っていた。
黒い球体は表面をグニグニとさせながら、
ゆっくりと椅子から浮き上がる。
そのまま身体の中からボトボトと人のような物を生み出した。
「ユウ……シャ?」
「お前が魔王か!」
人のような物は床に這いつくばってこっちに向かって歩いてくる。
表情は必死であり、
今にも死にそうな顔で俺の方を見ながら助けを求めている。
「た……助けて……!」
「もしかして他の勇者さんなのですか!?」
モモナが救助しようと片足を一歩踏み出そうとしたところで、
元勇者が止めに入った。
「違う! モモナ。そいつは魔王の能力で生み出された戦闘用生物だ」
「ああ~ん?」
さっきまで床を這いつくばっていた人間が突然起き上がってこっちを見た。
視線はグラグラと揺れ、誰を見ているのかは分からなかったが、
そいつが指差したのは俺の足下の高さであり――
ルームランナーに姿を変えた元勇者に対してのものだった。
「アリーヴェデル……か?」
魔王の声が若干聞き取れるようになってきた……が。
アリーヴェデルとは誰のことだ?
「憶えていたのかぁ! 魔王」
そう言いながら元勇者は俺よりも前に出る。
表情は分からないが声色からして怒っているのは確かであろう。
「お前アリーヴェデルって名前なの?」
「ちげぇよ! 俺について来ていた妹が勝手に名づけたんだ」
どっかの誰かと一緒だなぁ……
俺はメロンだったけど。
「ああぁぁ!」
さっき生まれた戦闘用生物がこっちに向かって走ってくる。
まるでゾンビのような青白い顔。
目線も定まらずに突進してくる――
ここは俺の創聖剣ウォーター・メロンで……
俺が創聖剣を取り出したところで、元勇者が振り返り止めた。
「やめろ! 魔王はお前の能力が何なのか調べようとして戦闘用生物を出現させたんだ。手の内は見せるな」
そう言うと元勇者は華麗に飛び上がり、
戦闘用生物の後頭部に向かって飛び降りた。
「あんぎゃぁぁ!?」
グシャリと顔が潰れ、気色の悪い断末魔を浴びせながらそいつは動かなくなった。
「オマエラは……ユウシャたちなのか?」
聞き取りにくい喋り方で魔王の声が聞こえる。
――口が大量にあるから仕方無いのかもしれんが、
この立体音響みたいな響く声はやめてほしい。
どこから聞こえているのか分かりにくくて頭が少しクラクラする。
「あんたが魔王ね!」
威勢良く叫んだのはルリだった。
月詠ノ刀をしっかりと握りしめ、
凛とした表情で魔王を睨みつけている。
「あなたを倒しにきた! なのですっ」
後ろからステッキを振りかざしたモモナが続く。
俺は空気を思いっきり吸い込み大声で叫ぶ。
「魔王! 今お前を倒してやる」
「ヨカロウ……」
魔王のその声と同時に部屋が揺れた。
地震か……?
いや違う。
もっとこう城の内部から揺らしているような……
次に魔王が発した言葉は俺の今までの自身と誇りを完璧にぶち壊すものだった。
「究極完全製造能力!」
いつか出るんじゃ無いかとは心のどこかで思ってはいた。
だがそれと同時にその現実から逃避もした。
究極不完全製造能力を上回る完全な能力。
やはり魔王はそれを持っていたのか……
魔王の背後から無数の男女が登場する。
完璧な容姿を持った美しい女性、
剣を持ったホスト顔な男性。
なるほど。
確かに完全製造だ。
どこも欠落していない。
だがな……
俺だって同じタイプの能力くらい持ってるんだよ!
「究極不完全製造能力!」
俺の背後から無数のグラサンとsadakoが登場する。
魔王は俺を見たあと、
全身に大量に張り付いている口で一斉にニヤリと笑った。
「ほほう……お前はそんな能力を持っているのか。大したもんだ」
魔王はこれまた全身に大量にある目を一斉に細め、
「これまでワタシのところまで来た勇者は……アリーヴェデルを除いて全員この能力の前で倒れていった」
言い終えるが早いか否か。
魔王が生み出したそいつらは一斉に俺に向かって飛びかかってきた。
「オラァ!」
「サバァ!」
それをグラサンとsadakoが食い止める。
今までの戦闘で最大規模の闘いだった。




