第三十六話:世界一ちっぽけな勇者
創聖剣ウォーター・メロンが使えない。
エジドゥンも暗黒剣を使えはしないが――こっちは生身の人間で相手は悪魔
だ。
普通に戦って勝てる気は全く無い。
当たり前だ。俺に今あるのはグラサンとsadakoの召喚能力。そして触れた物のサイズを変化させるムーンの能力のみ。
それにこの状況では召喚能力を使うことも許されそうに無い。
――もし俺がここで反則でもすれば、直ちにルリが攻撃対象に選択されるだ
ろう。
そうなったら本末転倒だ。
それだけは絶対に阻止しなければならない。
「危ない!」
モモナの叫び声と同時に、俺の真横をつむじ風のような旋風が通った。
多分頬のうぶ毛が少量抜け飛んだと思う。
「……あと数センチか」
エジドゥンは俺の背後の壁の前に立っている。
理解した。
さっきの旋風はエジドゥンが高速で俺の真横を滑空したのか――
普段なら軌道上に創聖剣を立てかけ「はい終了」なのだが、今回はそれが使えない。
グラサンの援護射撃で隙を作ることも、sadakoに守ってもらうことも出来ない。
――今までの勇者はこの状況で戦っていたのか……
俺はこの世界に来てすぐ、最強の無限大召喚能力とあらゆる物を消滅させる能力を手に入れて冒険を始めた。
だからどんなに強い敵が現れても、最終的には勝てた。
モモナやルリ――元勇者などの仲間もいた。
今までの勇者たちは少女を連れての危険な冒険に、しかも妹達以外には誰もいない――そんな孤独な冒険をしていたのか。
だったら怖いことなんか無いぜ。
俺だって勇者だ。反則級なチート技だけで無双してここまで来たわけじゃ無い。
能力が効かない戦士「聖剣のウォーク」、多勢のsadakoとグラサンを犠牲にした――藍色の魔術師こと「アクアン・ブルー」
こいつらにだって俺は勝利してきた。
――勝利したから今ここにいられるんだ。
だったら今回だけ弱気になることは無い。
今回も――全力で戦う!
俺は振り返りエジドゥンと向き合った。
一番簡単なのはエジドゥンの身体に触れ、ムーンの能力であいつを縮めてしまうことなのだが――
実際に行動に起こすとなると話は別だ。
エジドゥンに触れて――俺が正常でいられるかどうかも分からない。
もう一つ――俺には策があった。
だがそれが可能かどうか、可能だったとして成功するか? それすら分からなかった。
――俺が最後にしようとしていること。それは自分自身の身体を大きくする
ことだった。
巨大化した俺がエジドゥンを踏み潰す――想像するとかなりシュールだし、
ここは建物内だからどこまで大きくなれるかも分からない。
これは本当に追い詰められた時の最終手段として考えておくことにする。
エジドゥンの身体が宙に浮く。
同時に俺に向かって飛びかかってきた。
俺はなんとかその攻撃を避け、
床に落ちていた木の破片(ルリとの戦闘中にどこか崩れたらしい)を拾い上げ、
「悪霊退散海苔茶漬美味!」
部屋のドアとして使えそうなくらいのサイズに膨れ上がった木の破片(板)がエジドゥンの背中に向かって吹き飛び――
「ぐ……っはぁ」
エジドゥンの背中に綺麗に刺さった。
背中から赤い液体を垂らし、俺の方へと振り返る。
「ほほぅ……妙な能力を持ってるじゃ無ぇか……」
流石にこれだけでは倒せないか――!
エジドゥンは背中に刺さった板を引き抜き、
「ガクン!」と背中を歪ませ止血した。
木の板では駄目か――だったら!
俺はエジドゥンへと突進する。
エジドゥンも、突進する俺の姿を見てニヤリと笑ったあと――
さっきと同じように宙に浮く。
今だ!
「悪霊退散海苔茶漬美味!」
俺は自分自身の身体を触る。
自分を巨大化させるためでは無く、俺は真逆の事を考えていた。
「死ねぇぃ! 勇者ぁ」
エジドゥンが飛びかかってくると同時に――
俺は自分の能力で豆粒サイズになっていた。
「……消えた?」
エジドゥンが辺りを見渡してキョロキョロしている。
丁度俺の目の前で止まってくれて助かった。
この身体で滑空していったエジドゥンを追いかけるのはかなり骨が折れるからな。
「どこだ! どこにいる!?」
エジドゥンの質問には応えず、
俺はエジドゥンの身体を駆け上る。
――とは言っても別にアリのように足が六本あるわけでも無く、
必死に這いつくばって掴めるところはしっかりと掴み、
俺は全身全霊を込めてエジドゥンの身体を登る。
――あの場所へ。
あの場所へさえ行けさえすれば……
――登る。
単純な事だが過酷な道だった。
エジドゥンだって生きている。
ふとした瞬間に動き、振り落とされそうになる。
それに、ここは登るための場所では無い。
そのため掴まりやすい場所ばかりなわけでも無く、必死に掴めるところを探して登る。
もし無かったら――
そうなったら諦めるしか無い。
だが登れるなら。
今現在これ以上の策は俺には思いつかなかった。
頼む……到達してくれ!
俺は必死に登りつめ、何とか肩の上まで到達した。
ここからは何とかなる。
俺は制服の内ポケットからシャーペンの芯を一本取り出し、
「悪霊退散海苔茶漬美味!」
今回三度目のムーンの能力を使い、シャー芯に捕まったまま元のサイズへと伸ばし――
「届いてくれっ!」
俺はエジドゥンの耳の中へと飛び込んだ。
――これが俺の最後の賭けだ。
もし――エジドゥンの体内構造が人間と同じなら。
いや。
身体をバラバラにされて生存できる生物で無ければ、内側から破壊してしまえば良いだけのことである。
俺はエジドゥンの耳の中で一回深呼吸をして、
そっと自分の身体に触れ、
「悪霊退散海苔茶漬美味!」
俺は――
エジドゥンの耳の中で自身の身体を巨大化させた。




