第三十四話:壁を喰らう悪魔
元勇者まで捕まり、俺にはもう打つ手が無かった。
待て俺よ……考えるんだ。きっとあいつの戦闘方法には穴が……穴?
そういえば何で俺とグラサンは捕まらないんだ?
――俺とグラサンはドアに一番近いところにいる。さっきからムチに捕まっ
ているのはもっと前に出たやつらだ。
もし。あのムチがここまでしか伸びないのだとしたら……?
「グラサン!」
「オラオラオラァ!」
グラサンは叫びながら部屋に飛び込み――それをキリノ女王のムチが捕まえ
――
「今だぁ!」
俺は伸びてきたムチに向かって創聖剣ウォーター・メロンを叩き込む。
ムチが「シュッ」と姿を消し、捕まっていた仲間たちがゴロゴロと床に落下
した。
「やった! やった! 成功だ」
キリノ女王は突然失ったムチのありかを探してキョロキョロしている。
殺るなら今だ。
「同じように縛り付けてやるわ! 緑○様!」
ルリの月詠ノ刀からツタ植物が飛び出し、キリノ女王の身体をグルグル巻にする。
「メロンさん! 今よ」
「分かっている!」
俺は部屋の中へと飛び出し――キリノ女王の脳天に創聖剣ウォーター・メロ
ンをぶちかました。
キリノ女王は消え去り、代わりに大きな水たまりができた。
そんな一部始終を見ていたメイドさんは真っ青な顔をして部屋から飛び出していく。
良かった。あの人とも戦うことにはならなくて。
余計な手間を食ってしまったが、表情には出さないようにする。
ルリとモモナはフラフラしながら、お互いを支えあって歩いている。
よっぽど怖かったのか――あるいは何故か疲れちゃったのか……
「しかしsadakoよ。お前喋れるんだったら最初から喋れよ」
髪を後ろに分けたsadakoは「フン!」とそっぽを向く。
「そうしたら恐怖感が減るじゃ無いですか! 良く分からない生物が襲ってくるってシュチュエーションの方がよっぽど怖いと思うんです」
そりゃまあごもっともだ。
――しかし元の姿からは想像できない程の美少女だったなぁ……
これには俺もかなりびっくりした。
「おい。マコはsadakoの素顔を知っていたのか?」
「知らなかった。もっと怖い顔してると思ってたし」
マコはさっきからsadakoにひっついている。
強くて頼りになってそして可愛い。
マコが望むお姉さんなのかもしれないな。
元勇者が身体をカクカクと動かしながら、
「どうでも良いが、そこに階段があるぞ」
魔王城最後の階段――最上階へと繋ぐ、最後の通り道だ。
「ここから先はマジにゆっくり行ったほうがいい。慎重に進め……『石橋を叩きすぎる』なんてことはありえないからな? 魔王は本当に危ない。ここから先もどんな刺客を送り込んでくるか……」
「分かった。モモナとsadakoは三姉妹を護衛しながら後からついてきてくれ。俺とルリと元勇者とグラサンは――先に行く」
「にゃぁ?」
あっと……メロを忘れていた。メロは――
「私が預かるわ」
両手を伸ばして期待の眼差しを向けるマコに預けることにする。
よし……ここで決着がつく!
――魔王城3F
階段を登る途中も上った直後も、敵が突然現れ不意打ちを食らわす。なんて事は無かった。
逆に嫌に静かで――シーンとした廊下が何とも言えない恐怖感を醸し出して
いる。
この階の一番奥に魔王がいる。
そこにたどり着くまでに……あと何人の敵がいるのだろうか。
まあ。集団で攻め込んできたらきたで、こっちにはグラサンとsadakoがいる。
それは最終手段になるだろうが、万が一敵が大量でもこっちだって戦国時代の戦争ぐらいの規模の軍は作れるぞ。
俺は少し大船に乗った気分でいたのだが、元勇者が少し怯えたような声で全員に聞こえるように言った。
「おい。――どうやら俺らはもう完全に包囲されていたみたいだぞ」
「そんなに大群か!?」
俺が辺りを見渡すと――何てこと無い。ただの黒い壁だ。
ただ蠢いているだけの黒い壁――蠢いている?
「壁を食いながら追ってきているらしい。このまま進むと天井が落下して俺たち全員埋まってしまう!」
元勇者の言う通り、俺たちが進むのをやめるとピタッと壁を侵食するのもやめる。
また少し進むと――これまたまったく同じ速度で壁を食いながらついてくる。
「ここでやるしか無いようだな」
「ああ。だが今回は敵の規模も分かっていないからな……気をつけなければ」
安易に触れる事もできない。
ここはルリの月詠ノ刀か俺の創聖剣で切り落とすしか方法は無いな。
元勇者とグラサンは後ろに下がらせ、グラサンにはいつでも撃てるよう射撃準備をさせておく。
俺とルリは自身の武器をかざし、壁へと突進する。
「ルリ! とりあえず堅さとスピードを確認してくれ!」
「分かったわ! 黒×黄!」
黒く禍々しい雰囲気を醸し出した月詠ノ刀は長く伸び、壁に食らいつく何かに一足先にたどり着き――
「切り裂けた! 堅くは無いです。でも全然手応えが無い――」
「GGGGWWWWOOOOOOUUU!」
赤黒い血を流しながら。壁に食らいついていた「何か」は真っ黒な身体を外に出した。
真っ黒で細かい部分は見えないが、目が煌き頭から二本牛のような角が生えているのが分かる。
口には牙が生え、ダラダラとよだれのような体液を垂れながしている。
さらにさっきまで食らいついていた壁の破片をボロボロこぼし、ゆっくりとルリに向かって歩き出した。
――速度もほとんど無い。簡単だ。ここは俺の創聖剣ウォーター・メロンで
――
「GGGWWWOOUU」
突然その「何か」の腹が突然開き――ルリが身体内に取り込まれた。
――それは一瞬の出来事だった。
ゆっくり近づいた――と思ったらもうその次の瞬間にはルリを吸い込んでい
た。
止める暇も無かった。
手を伸ばした時にはもうルリは視界から消え去っていた。
「死んだのか……?」
「いや。生きている。飲み込まれた瞬間を記憶したが歯のような物は生えていなかったし消化液のような物も無い、多分飲み込んで閉じ込めただけだろう」
信じるしか無かった。
たとえ元勇者が俺の闘士を削がないために嘘を言っているとしても、俺はその言葉を信じるしかできなかった。
「分かった」
――と俺は創聖剣ウォーター・メロンを振りかざしたが。
元勇者に大声で止められた。
「能力はやめておけ! ルリまで消えたらどうするんだ!」
俺はこの化け物に刃が触れる直前に止めた。
――確かにそうだ。
「ミオ!」
「はーい!」
ミオが創聖剣に軽く触れ、微妙に創聖剣の色が暗く濁った。
消し去る能力が無くなったことを感覚的に認識し、俺はすかさず創聖剣を叩き込む。
「ルリを返せぇー!」
「GGWWWGGGYUU!」
化け物の身体に創聖剣ウォーター・メロンは綺麗に切り込まれた。
自分でもびっくりするくらい刃がどんどん食い込んで行き――
「うわぁぁぁおぉぉぉ!?」
反動で天井まで吹っ飛ばされた。
――どうやらこの化け物。身体がとてつもなく柔らかいらしい。
簡単に言えば粘着力の無いガムだな、しかも噛み終わったやつ。
ブヨンブヨンした身体に思いっきり力を加えたんだから――反動で跳ね飛ば
されても文句は言えない。
――って文句言うよ! 痛いな。背中ぶつけたじゃん!
天井から落下したところをグラサンに抱えられ、なんとか背中に打撲痕が残っただけで済んだが――こいつどうやって倒すんだよ。
「柔らかい物は切れないからなぁ……」
「鋭い剣ってのはたいていそんな物だ」
じゃあ……俺の第三の能力で――
「もしこいつを縮めてから踏みつぶそうって思ってるならやめとけ。ルリまで一緒に潰したらどう責任をとるんだ」
そんな否定ばっかしてんだったらお前がやれ!
――と言いたかったが、ルームランナーに何かできるかと聞かれて咄嗟に思いつくことも無く、俺は無言で目をそらした。
切れない物をどうやって倒すんだよ……しかもこれだけの弾力性なら多分グラサンの拳銃で撃ち抜いても衝撃を吸収しちゃいそうだしなぁ……
「ここは私の出番ではないかと……」
モモナが怪しげなポーズをとりながら、ステッキを振りかざしたが――
待てモモナ。
「モモナにはまだ魔力を残しておいてもらいたい」
「ですけど。ここを切り抜けなくてはこの先にも進めないんですよ」
幸いこの化け物の知能は低いらしく、俺とモモナが無抵抗で言い合っている間もゆっくりと進むだけで攻撃はして来なかった。
――それとも柔らかい物を簡単に消し去る方法でもあるのか?
モモナは真剣な眼差しで俺を見つめた。
「ゴムのように柔らかいのであれば。ゴムである可能性が高いです。ゴムは温めると溶けるのです!」
それは輪ゴムの話だろ……? それにかなりの温度が必要じゃ無いのか?
そんなモモナの火炎弾くらいの熱量でゴム生物が溶けるとは到底思えないのだが。
「で……でも!」
「シッ! 何か聞こえるぞ」
元勇者に言われ、俺たちは静かにする。
――何だ? 「スパスパ」と何かが気持ちよく切れていくような音が、どこ
かから聞こえる。
モモナに服の裾を引っ張られた。
「あのゴムさんの中からでは無いですか?」
――耳を澄ましてみる。確かに何かそこから聞こえてくるような――
「ヤァ!」
突然ゴムの化け物の顔が吹き飛び――中から威勢良くルリが飛び出してきた。
手には黒々とした月詠ノ刀を持っている。
「本当! 大変だったのよ。こいつ全身ゴムでできてるから――黒○様の能力
で切り刻みながらやっと出られたわ」
化け物は床に倒れ、身体の中から千切りになった身体のクズのような物がドサドサと溢れ出てきた。
――ルリって意外と残虐な事できるんですね。




