第十八話:薙刀さんと二人きり(死にそうです。助けてください)
「その首。頂戴いたす」
これはあれだ。出る出るって思うから見えちゃうだけ、別に本当にいる
んじゃあ無いのさ。
――気にせずに隣をそっと通り抜ければ――
「てぁ!」
喉元に刃が煌めいた。分かりましたふざけません。だから殺さないで!
「勝負を挑んだ者を無視して通り過ぎようなど、言語道断! 打ち首だ」
さっきから首首って……そんなに好きならろくろ首でも探してきてあげ
ましょうか?
ハチマキのような物を巻き、長いポニーテールのような髪をした薙刀さ
んは俺を睨みつけ、
「勇者メロンよ、そなたに剣を拾わせたりなどはせん! ゾンビ兵を指揮
する銀色の騎士殿は、お前の剣により殺害されたとの情報だ。そんな危険
な剣士をみすみす放っておくわけにもいかない」
薙刀の刃を俺の首に当てたまま、薙刀さんは俺にゆっくりと近づいてき
た。
「私は一対一の戦は好むが、大勢で一人をリンチする戦いは好まない――
だから今回はお前らをこの戦闘空間に侵入させん!」
薙刀を俺の喉元から離すと、一瞬で俺と薙刀さんの周りに弧を描くよう
な円を描いた。
「私は特殊な訓練の結果。空間を切り裂く事ができる。私とお前だけの戦
闘空間を作った。ここで二人きりで完全なる勝負を願いたい」
断れない。断った瞬間、俺の首がその辺の地面にゴロンと転がることに
なるだろう。
しかも妙なつむじ風のような壁が作られており、俺とこの薙刀さんの存
在する場所(例えるなら土俵くらいの広さ)には外から入ることも、中から
出ることも出来ないようだった。
「お前の名前は?」
薙刀さんは薙刀を戦闘姿勢からニュートラルの状態に戻し、
「神浄火煉だ。空間を切断する程度なら余裕で可能だ」
聞いてもいないのに恐ろしい能力の解説をどうもありがとう。
「と、いうわけで……今から勇者メロンの身体を真っ二つに切り裂きます。
心配はいりません、切れ味には自信があるので血は出ませんので」
そんな薙刀使いに丸腰の俺がどうやって戦えと言うんですかー!
「しかし……流石の私にも良心というものはあります。流石に武器を何も
持っていない人間を薙刀で切断――断裁しようとは思いません。武器も持
たぬ無抵抗な者を攻撃する――それはクズが行うことですからね」
良かった……じゃあ俺も創聖剣ウォーター・メロンを……
「ですからあなたにはこれを差し上げましょう」
神浄さんは俺にボロっちい竹槍を貸してくれた。
「いざっ!」
俺は精一杯息を吸い込み――
「マジかぁぁぁぁぁぁぁ!」
盛大に叫んだ。
身体に溜まった空気を全て出し、綺麗で新鮮な空気を吸い込み体内に取り
入れる。
そして身体内の汚れを浄化する――
したからといって別に俺が覚醒するわけでも、神浄さんがいなくなるわけ
でも無いが、心を落ち着かせるというのはいつだって大切な事だ。
お見合いでも結婚の話を切り出すにしても(俺どっちも経験無いけど)落ち
着く事が大切。
――茶道や弓道などの心を落ち着かせる日本の情緒を大切にすれば、情緒不安定になる事も無く焦らず慎重に物事を終了させられる。
――人生の終了は緊張感無く終わらせたいですからね。
「……嫌だ! 死にたくない」
俺は必死に薙刀攻撃を避けた。
勇者だけど避けるしか出来ない、こんなボロっちい竹槍なんかで戦えとか、あなたドSなんですか! あ、折れた。
「これで鬼ごっこはおしまいよ!」
ちょこっと息を荒げながら神浄さんは俺のことを見つめた。
――その息の荒げかたが疲れによるものなのか、それともドSの精神がう
ずいて必死に逃げ回る俺に妙な感情を抱いているのか――
どうやら俺の頭に酸素がまわらなくなってきたみたいだな……変な事ばか
り考えてしまうぜ。
「死ん――」
頭を下げうずくまり、飛びかかってきた神浄さんの攻撃を避けた瞬間――
神浄さんの声が聞こえなくなった。
ああ……耳でも切り落とされたかな、もしくはもう死んだのかな……
しばらくうずくまったまま静止していたが、声どころか自分への攻撃も止
まっているので、俺は気になって辺りを見渡してみた。
「きゅぅぅぅ……」
神浄さんが胸元を全開にさせるという、あられもない姿で倒れていた。
――いったい何が……と思い後ろに下がると、何やら妙な感覚が頭皮を襲
った。
「痛っ!」
振り返り、後頭部をさすると――毛が数十本抜けていた。何が起きてるん
だよここで!
分かった。結果は簡単だ。
神浄さんが薙刀で作った空間のフィールド。この空間の壁は凄まじい速度
で渦巻くつむじ風のような物でできている。
「なるほど……俺の後ろの髪の毛が風圧で持って行かれたのか」
なら話は簡単だ。神浄さんは飛びかかった反動で自分で作った壁に激突し
て吹き飛ばされたんだ。
――胸元が全開なのは上に着てた襟元を持ってかれて切り刻まれているか
らだな。
――残念ながらさらしのような物を巻いているので、特に色っぽさは感じなかった。
ここで創聖剣ウォーター・メロンがあれば俺の勝ちなんだが――
とりあえずこの風の壁がおさまるのを待つか……
――それから俺は指に生えた産毛の数を全て数え終わるまで、この変な空
間内に閉じ込められていた。
「う~ん……?」
外の壁がようやく消え去ったところで、神浄さんは前頭部を支えながら起
き上がった。
「おはよう」
おはようじゃねーよ。
何がおはようだ。
人のこと殺しかけておいて、しかも――
「こんにちは、だろ」
神浄さんはきょとんとした表情で俺を眺めながら大きなあくびをして、
「私何しに来たんでしたっけ?」
風の壁が消え去り、俺は創聖剣ウォーター・メロンを拾い上げた。
――勝ったな。
「神浄火煉! 今から一対一の剣術勝負を願う!」
創聖剣ウォーター・メロンを振りかざし、
「うぉぉぉぉぉ!」
無我夢中で突進した。
――ここで精神を揺るがすと、神浄さんのさらし越しに膨らむ弾力に目を奪われそうになるからな。
仕方ないんだ。
「待て、私も薙刀を――」
神浄火煉が光速を凌駕する程の速さで自身の薙刀を拾い上げ、すかさず俺
の剣先の軌道上に刃を向けて応戦した――が。
「サシュン!」
聞きなれた。
これを聞くと「終わったー」という気分になって素晴らしくホッとする。 創聖剣ウォーター・メロンは神浄火煉の薙刀を一瞬で水と酸素へと変化させ、そのままの勢いで神浄火煉の顔面に斬りかかった。