第十一話:勘違いから始まった戦闘
クレイは俯き、身体をブルブル震えさせた。
あと一つ言っていい? 何でこういう修羅場って、男の言い分はガン無
視なわけ?
これだけは俺ずっと言いたかった。
言えてスッキリした。
「――ってするわけあるかぁ!」
俺はモモナの腕を振りほどき、木陰に連れ込んだ。
「大丈夫なのです。クロウ君はそんな喧嘩できるほど根性が座って無いで
す」
何気に酷い事言うな……あとモモナ、名前間違ってる。クロウじゃ無く
てクレイな、「クレイジー」のク・レ・イ
解りました。とモモナは木陰から出て、クレイの前まで行き、
「ところでダイヤモンドさん!」
俺は思わず地面に手をついた。何これ、みんなで俺をおちょくってるの
ですか? っていうかモモナのドジ――いやボケは何なんだ。狙ってやっ
てるにしても酷すぎる。
「はわわ……! 違いました。すみませんハンドさん!」
もうやめて! クレイ君のライフはもうゼロよ!
「うがぁぁぁ!」
ああ……とうとうキレた。
「モモナちゃん! どうしてそんなに俺を困らせるの? 俺モモナちゃん
に何かした?」
泣き出した。こりゃもう典型的なダメ人間だ。
「よくもモモナちゃんをぉぉぉ!」
何故か無関係なsadakoの襟首を掴んだ。お前メガネ変えろよ!
モモナが俺のところまで戻り、
「えーと……あの子名前なんでしたっけ?」
もういい。それよりモモナとあいつはどういう関係だ?
モモナは少し考え、
「魔法学校の同級生だったかな……? でもここ数年こっちからは会いに
行ってないんですよ」
嫌な予感がするが聞いていいか? 「こっちから」とはなにゆえに?
「あの人はよくうちに来るんです。いつも居留守使って追い返しますけど」
完璧なストーカーじゃ無いですか……ヤダー!
モモナは溜息をつき、遠くを見るような目で、
「本当……昔からそうなんです。登下校いっつもついてくるし、給食の班
も違うのに泣き喚いて一緒に食べたり、遠足のバスも絶対私の隣に座ろう
とするし――」
もういい、やめてくれ。自分の事じゃ無いはずなのに、身体中がかゆく
てムズムズしてきた。
ただ……何だ。元の世界と似たような学校生活を送るんだな、この世界
でも。
クレイは無言でsadakoに投げ飛ばされた。
何度も何度も。
あいつ見た目秀才っぽいけど実はバカなんじゃねぇの?
「あの子は頭いいですよ。多分私とは比べ物にならないくらい、ちょお凄
い魔術的な何かとかできるんじゃ無いかと」
クレイはとうとう諦めたらしく、傷だらけの身体を魔術的な何かで一瞬
で治し俺の方へ向かってきた。――やっぱダイヤモンド君でもいいかな?
「モモナちゃん! 今から僕とこの人で男と男の勝負をさせてもらう」
「だが断る」
即答に決まってるだろ。何二連続で決闘始めようとしちゃってるんです
か。
クレイはやれやれと肩をすくめ、
「あなたには聞いてません。僕はモモナちゃんに宣言したんです。あなた
が怖気付こうが平和主義な方でも――」
クレイの声色が変わった。
「死んでもらいます」
嘘だろ……マジな決闘かよ。魔王の手下でも無いってのに……
クレイは抱えていた本を魔術的な何かで浮遊させ、パラパラとページを
めくった。どうやらクレイは本を使って戦うらしい。やれやれだ。
「行きますよ!」
来るな! って言っていいかな?
魔術的な何かの働きで、本のページから怪物が現れた。
――モモナいわく、本の中に閉じ込めた怪物や妖怪を蘇らせる能力を極め
た人で、魔術的な何かの能力はかなり強いらしい。
「GGWWWOOO!」
気味が悪い怪物が現れ、地面の上をのたうちまわった。紫色のベトベト
した液体を撒き散らしながら気色の悪い、不気味な声をあげている。
「まだまだ行きますよ!」
もういい。やめろ、お前はお前自身が大切に思っている愛くるしい魔女
っ娘さんが嫌がっているのが解らんのか。
「モモナちゃん――そうだよね。嫌だよね、こんな勇者とかに連れ回され
て……」
モモナはクレイが出した怪物をなるべく視界に入れないように、俺に助
けを求めでもするように潤んだお目目をこちらに向けた。
クレイはドヤ顔をして、
「ほら見なさい。あなたを見てそんな悲しそうな顔をしてるじゃないです
か! いったいあなたはどれだけモモナちゃんを苦しめれば気が済むんで
すか?」
その言葉をそのままそっくり、お前に返してやる。
グチャッ……ベチャッ!
生理的嫌悪感を感じる音と、今にも吐き出しそうな悪臭を放ちながらグ
ロテスクな見た目の怪物は次々と本の中から飛び出してきた。
三姉妹は遠くに避難させたが、モモナを避難させるのはクレイが断固拒
否したため、モモナはさっきからうずくまって泣いている。
クレイは下を向いているモモナに向かって、
「モモナちゃん! ちゃんと見ててよね、この俺が勇者とか言うやつをこ
の手で倒してやるところを!」
俺はこいつに対して怒りよりも同情心を強く感じた。
可哀想に……多分この子は生まれてから一度も、モモナ以外の女の子に
恋をした事が無いんだろう。
そのせいで妙な方向に愛が吹っ飛んでいって、こうなってしまったんだ
ろう……
「やれやれだ」
「あーっ! 今俺の事を見下したな、許さん」
クレイはさっきから本から怪物を出すのをやめない。
――モモナが吐きそうだ。
可哀想だがこいつには消滅してもらうしか無ぇな。
俺はこみ上げる吐き気を堪えながら、創聖剣ウォーター・メロンで発現
した怪物をスパスパ切っていった。
異能力的な何かのおかげで切れ味が落ちたり、攻撃力が下がるなんて事
も無く――
「まてバカ! 全部揃わないと強くならないんだよ!」
ド○ゴン○ールか。揃えんの待ってるわけ無いだろ、七つならともかく
いったいお前は何体出すつもりだったんだ。
クレイは両手の指を何度も折り始めた。かるく三十は超えてそうだが、
目が疲れるだけなのでそれ以上は数えない事にする。
空間に漂っていた悪臭も無くなり、モモナは口を押さえていた手を離し、
深く深呼吸をした。
クレイは本を閉じ、モモナの傍に駆け寄ったが――
「私の傍に近寄るなーっ! なのです」
珍しくモモナは自分の意思を強く示した。クレイはちょっと驚いてから
――背後にまわりモモナの目を両手で塞ぎ、
「大丈夫。僕だよクレイ、あの変な勇者じゃなくて……モモナちゃんを世
界で一番大切に思って――」
パリン。
モモナが振り返りざまにクレイの顔面にグーパンチした。
今のはクレイのメガネが割れた音。
破片とか刺さって痛そうだなぁ……お互いに。
クレイは視線が定まらないまま、辺りをキョロキョロしてから、自分の
顔を撫でた。
「モモナちゃん、僕だってば――」
ぎゅぅぅぅぅ……
俺は思わず目をそらした。痛そう。痛いじゃ済まねぇ! 親指を目の中
に突っ込むとか――十九世紀のイギリスか!
「モモナ! やめろ、流石にそれは後遺症が残っちまう」
クレイの右目から血が垂れてきたが、魔術的な何かですぐに血は止まっ
たらしい。何となくその能力だけは羨ましく感じた、俺も欲しい。
モモナは精一杯怒った顔を作り、
「あなたが私の事を困らせているっていうのが分からないのですかっ!
勇者様は何も悪く無いのです。悪いのは全部あんたなのですっ!」
両手を腰に当て、座り込んだクレイを見下ろすような格好。それでこの
言い方とくれば――ああ……悪い予感しかしない。
クレイはモモナを眺め、少々顔を赤らめた。
「モモナちゃん……可愛い……♡」
やっぱ駄目だこいつ。反省とか以前にモモナの気持ちを理解できて無ぇ
……
「はふぅ!」
クレイはモモナに顔を蹴られた。凄く温厚で優しいモモナがここまで怒
りをあらわにするとは、よほど嫌っていたんだろう。
多分溜め込んでいた感情が爆発したんだろうな……
「見え……カクッ」
気絶する寸前にモモナのマントの中身だけはバッチリ見ていったらしい。
この変態め、二度と俺らを追ってこないようにそこにあるツタで縛り付け
ておくとしよう。
俺はそばに立っていたグラサンの一人に、三姉妹を呼んでくるように頼
み、気絶したクレイを縛り付ける作業をsadakoに任せ、俺はここ二連続の
戦闘による疲れを少しでも癒そうと木陰に寄りかかり転がった。
「やれやれだ」