第十話:誇り高き戦士
違うだろ……今のは天罰でも神罰でも何でも無ぇ……
「ウォーク! お前が剣の背で殴ったからだろうが!」
許せねぇ……さっきまで負けても仕方無いとかひ弱な事考えていたが、
またしても前言撤回だ! ウォーク! 貴様を絶対この世から消し去っ
てやる。
幸いモモナはsadakoに抱え込まれ、魔術的な何かで自身の怪我は治す
事ができたらしい。
sadakoに囲まれながら、ぐったりと木に寄りかかっている。
どうやら気を失ってしまったらしい。
「自業自得だな」
さっきまでの漢らしさは――もう微塵ほども無かった。その目には俺
を殺すという信念だけが映っている。
「許さねぇ!」
俺はがむしゃらに創聖剣ウォーター・メロンを振りかざした。だが流
石剣の使い手、ウォークは俺の攻撃を華麗に聖剣ゴッド・ハートで受け
止める。
「キュゥゥィィィン」
剣同士が当たる度に鳴るこの音にイライラしてくる。――別に音にイ
ラついていると言うよりは、俺の必死の攻撃を軽く押さえ込まれている
という自分自身へのどうにもならない怒りから起こるものだった。
「キュゥゥィィン」
俺の渾身の一撃も聖剣ゴッド・ハートに軽く跳ね返される。
当たらない……どうしてもウォークの身体に当てることが出来ない。
しかもウォークは手を抜いていた。
これだけ俺に隙があるのだから、
いつでも俺に渾身の一撃を打ち込めるというのに――さっきから俺の
攻撃を防いでばかりで、ちっとも反撃の意を示さない。
悔しい。心の中では涙が止まらなかった。
漢同士の決闘とか言っておきながら、心の中では俺の事を軽く見て
――まるで横綱が初めて土俵にあがった力士と稽古気分で取組をして
いるような……
「うあぁぁぁ!」
死に物狂いで必死に戦っている俺を、ウォークは侮辱している。頑張
って頑張って……勝てない相手にも必死になって向かって行っていると
いうのに、それをウォークは……
虫けらでも払うように、俺を一人の戦士としては見ていない。
創聖剣が打ち付けられる音。さっきからそれしか聞こえなかった。
ウォークの表情を見るほどの余裕は無いが、きっとダラ~んと気の抜
けた表情をしているに違いない、もしくは必死になっている俺を笑って
いるのかもしれないが――
どっちにしたって俺の悔しさが増幅するのには違わなかった。
「キュゥゥィィン」
さっきからこればかり――人間努力して努力して、努力しきっても追
い越せない物というのは存在するものなんだ。
「あぁぁぁ!」
俺はもう振りかざすのはやめた。どうせ当たらないのなら――
「グサ……」
俺は剣を剣道で言うところの「突き」の向きにして、ウォークの身体
に突き立てた。
「ぐぅぅぁあ!」
当たった。
俺は必死に堅い筋肉の壁をどうにかして切り開こうとしていた。
刺さっただけでは能力は発動しないらしい、もたもたしていると今度
こそウォークに聖剣ゴッド・ハートを振り下ろされてしまう。
「切り裂けぇ!」
サシュッ……という懐かしい感覚を腕に覚えた。
いつも創聖剣ウォーター・メロンの能力で水と酸素にした時に感じる、
抵抗と摩擦が綺麗に無くなった感覚――
もう目の前にウォークという名の漢は存在しなかった。
――彼は俺の剣により、この世から消え去ったのだ。水と酸素という
生物に必要な大切な物質となり、永遠に世界中をめぐるのだろう――
「ありがとう……ウォーク」
切り裂く寸前、俺はウォークの表情を一瞬だけ見ることができていた。
彼は敗北を悟った瞬間、満足げな顔で俺を見つめていた。
その表情は優しく――まるで師匠が弟子に追い抜かれ、寂しさと嬉し
さを同時に感じたような表情であった。
足元に聖剣ゴッド・ハートが落ちていた。切り裂いた人間が持ってい
た物は一緒に水と酸素になるはずなので、これはウォークが死に間際に
捨てた物だろう……
魔王を倒すため必死に向かってきた。メロンという名の誇り高き勇者
のために。
――未来の戦士のために。
格好よくモノローグを思い描いてみたが、せっかく良いシーンだって
のに俺の名前が凄く邪魔をしているような気がする。
俺は聖剣ゴッド・ハートを背中に背負い、先を急ごうと思ったが――
「重い……」
能力で持ち上げている創聖剣ウォーター・メロンと違って重量が半端
無いので、数人のsadakoに運んでもらう事にした。
何か情けねぇ……
「そんな事ありません! 勇者様は立派な戦士さんです」
魔術的な何かで完全に復活したモモナが、真剣な眼差しで俺を見た。
「それよりさっきから胸騒ぎがするです。ほら、ゾクゾクっとしている
でしょう?」
モモナは胸を張って俺の方へ向けてきた。――モモナはモモナで心配
してくれてるんだな……
「モモナちゃん!?」
どこかから男の子の声がした。まさかまた敵じゃ無いだろうな、流石
に俺はもう疲れたぞ。
前方には前髪を真っ直ぐに揃え、メガネをかけたいかにも秀才です。
という見た目の男の子が分厚い本を抱えて立っていた。
誰? モモナとどういう関係?
モモナはしばらくボーっと見つめ、ハッとした表情をして、
「クレイ君?」
クレイとか呼ばれた男の子はこれまた演技臭い、どこかのお屋敷の執
事さんか誰かが「ようこそいらっっしゃいました」とか言いながらする
ような、片手を前に出して凄く深々としたお辞儀をした。
「そのとおりでございます。モモナちゃんが覚えててくれて僕は凄く嬉
しいでございます」
いや……モモナ絶対忘れてたよね?
モモナは困った顔で俺に助けを求めた。
「どうしましょう勇者様。あの子私にいっつもつきまとってきて、うん
ざりしてるんです」
なんだ、ストーカーか。
「モモナちゃんのためなら、たとえ火の中水の中へでも行く覚悟ができ
ております」
ほほう……そうかい。んじゃ、覚悟とは! 暗闇の荒野を照らすため
の火を炊くから、火の中で盛大に燃えてくれ。
俺は突然金髪にはならんが、一応主人公だし真似しても良いだろ?
クレイは俺をじろりと見て、
「さっきから思ってたんですが、あなた誰ですか? モモナちゃんを悪
い道に誘おうとしてるんだったら、この僕が許しませんよ」
大勘違い大会、第一回開幕で~す!
「やれやれ……」
言いかけたところでモモナに腕を抱きしめられた。待て、何の冗談だ?
「この方は私の世界で一番愛するお方です」
待なさーい! 何言ってくれちゃってるんですか、修羅場とか勘弁です
よ? 俺疲れてるんだよ、どうせ嘘つくならそこのグラサン一人使って嘘
ついてよ、何で俺なんだよぉぉぉぉ!