『港町』
1と0の仮想世界
そこにある訳じゃ
ないけれど
そこにはちゃんと
人がいて
生き物がいて
自然がある。
無いのに有る
そんな不自然の中で
自然を描く男の話…。
――ゲル=テナーの呟き
「……うーん、ちょっと違うかなー?」
アジアの木造家屋の並ぶ寂れた港町。
そんな雰囲気の街並みを南側に面する桟橋から眺めてそう呟く、と言うのもこの俺。
キャラクターネーム、Kirieのジョブが芸術家であり、俺が風景画を描くためにこのゲームをしているからだ。
【職人達の絵空事】
そんな変わった名前のこのVRMMOは、発売から2ヶ月経ったにも関わらず総プレイヤー数ですら一万に届かない。
それ程までこのゲームが過疎である理由はその特徴的なシステムにある。
――まず
今までのVRゲームを凌駕するグラフィック。
果ては無いのではないかと思える広大なフィールド。
二千にもおよぶ多種多様なスキルを選べ自分にあった戦闘法を“編み出せる”という自由度。
身体スキャンによる煩わしくないキャラ作成。
現実と全く同じ動きが出来る驚異的な再現度。
――さて、ここまでなら殆どの方が
「あれ、何がいけないのさ?」
と感じている筈だ。
――だがこれならどうだろう。
そのグラフィックを実現するために他社のVR機ではプレイすることが出来ず専用ハードを買わなければならない。
あまりにも広すぎるため移動が大変。
しかしキャラクター作成時に選べるのは五百種類だけでその中から更に五個だけ。
全てのスキルに一切行動アシストがつかない。
身体的な容姿の変更が全く出来ない。
現実の身体能力がそのままステータスになるというトンデモ仕様。
……つまり
他社のVR機に比べて価格は数倍な上移動だけでかなり時間がかかり、欲しいスキルが手に入らない可能性が高く、ステータスやスキル更には容姿においてもリアルでのスペックに左右されるため格差が大きい。
まあ、こんな具合にデメリットをあげればキリがないこのゲームだが、何故か最近徐々に評価されつつある。
確か……リアルを鍛えればゲーム内でも強くなるからモチベーションがあがるとか。
ゲーム内の経験をリアルに生かせるから便利だとかそんな話を聞いた気がする。
「まあ、その辺の考察はプロに任せて、俺はこの町の絶景を探しますかね」
――さて、俺はこれから町を探索しに行くわけだが。
その間に俺が何故こんなゲームを始めたかを説明せねばなるまい。
あれは確か……三日前だったか。
◇
「くらえキリ! 灼熱旋風脚!」
「うぉ!? あぶね!」
その日、俺は家から出てすぐに蹴り技による襲撃を受けた、どこも灼熱ではなかったがブレイクダンスのようで無駄にスタイリッシュだ。
犯人は俺の幼なじみで同じ定時制高校に通う
七峰 健太
こいつは運動が苦手な俺と違って、体育祭でヒーローになるタイプの人間だ。
テンションが高くなると少々無理がある絡みかたをしてくる男で、おおかたさっきの蹴りもその類だろう。
「まったく……、少しは落ちつきを持てよ健太」
七峰はそういう俺の肩に手を置いて今にも笑いそうな顔をする。
「祐太、お前もな」
声が少し震えてるのは笑いをこらえているのだろうか。
「何が可笑しいんだよ」
俺は自分の姿を目視で確認する。
……靴が左右色違いになっているうえに靴下も色違いだ。
俺はその話を適当にごまかすため健太にとあるゲームの話を聞く。
「そ、そういや“絵空事”どうよ」
そう、職人達の絵空事についてである。
俺の周りでは健太しかプレイしていないであろうこのゲームは、当然俺もプレイしていないが俺は、けして興味がない訳ではなかった、何と言っても毎日のように聞かされる自慢話には少しばかり引きつけるものがあったし、そのゲームのリアリティについても気になっていた。
グラフィックや美しい自然などにも惹かれたが、何より全てのスキルに行動アシストが付加されないうえ、身体能力は現実そのものだという話。 もし、その話が本当であるならば俺にはこのゲームをやる価値がある。
ほとんどのVRゲームは、行動にシステムによるアシストが付加される、例えば弓を使う場合、リアルなら素人ではまともに構えることすら叶わず近くの的にすら当てることは難しいだろうが、アシストがあればシステムが正しい構えにしてくれるし、もしかすると数百メートル離れたリンゴに当てることすら可能かもしれない。
つまりアシストとは、経験者と初心者の差を縮めるためにあるシステムなので、VRゲームでは無い方が珍しく、あったとしてもシュミレーションゲームなどであり、MMORPGが主流である今日では見かける場所は少ない。
だが、アシスト無しのVRが少ないわけではない、むしろ多いまでといえるだろう。
そう“VR”ではだ、VRゲームはあくまで“ゲーム”であり、VR本来の使い方ではなかった。
VRは宇宙飛行士の訓練のために開発された技術であり、故に実際に宇宙空間に慣れる程のリアリティこそ必要であれ、アシストなんてものは必要なかったのだ。
この技術が公表された後も、稀にリハビリなどの用途で使われる他には、本来の用途が訓練であるVRでは殆どアシストは使われることが無かった。
しかし、しばらくすると徐々にVRゲームが出始め現在では、ゲームといえばVRとまで言われる時代になり、アシストの出番も急激に増えていったのだ。
さて、それで何故俺が、アシストの無いVRゲームを求めていたかだが。
それにはまず“訓練”に使われる“VR”が、高価だということを伝えなければいけない。
考えてもみてほしい、そもそもVRで訓練をするユーザーというはリアルで訓練するよりVR機で訓練した方が安全だったり、安価だったりするユーザーだ。
しかしその“訓練”という性質上、五感などをお粗末にはできず、結果的にVRゲーム機よりも高コストになってしまう。
それだけでなくVRゲーム業界はいくつかの会社が存在し技術だけでなく価格的にも争いを続けているが、訓練用VR業界はVR技術の開発者が独占しているために価格競争が発生しない。
ゆえに、VRゲームの方が安価であり、それはこのゲームにおいても例外ではなかった。
そのうえ他のゲームと違い、このゲームでは新たな技術を取り入れたおかげでリアリティは損なわれていない。
価格では訓練用VR機より安く、他社のVRゲーム機より高いといった具合だ。
そこで俺はこのゲームで“絵”を練習しようと考えたのだ。
元々働きながら定時制高校に通っていた俺には少しばかり貯金がある、企業用が主の訓練用VRは買えずとも、絵空事を買えるだけの余裕はあった。
俺は未だ隣で、ゲーム自慢を続ける健太に向き直った。
「健太、俺……」
――ガラッ
真横で扉が開く、どうやら考えているうちに教室の前まで来ていたようだ。
「朝霧……君?」
扉を開けたのはクラスメートの女子で、眼鏡と長い前髪のせいで隠れ気味の顔が少し赤い。
「す、すみませんッ!」
彼女はそういって、勢いよく扉を閉めた。
俺は夜だってのに元気な奴だと思いながら、健太に向き直る。
「俺、絵空事やるわ」
その言葉を聞いた健太は、何故か涙を流した。
「その言葉をどれだけ待ったことか」
どうやら、あのしつこいまでの自慢話は勧誘の意味があったようだ。
この俺、朝霧 祐太はその二日後の土曜日、念願のVR機を購入した。
“仮想世界の風景画”を描くために。