第08話 ギルドからの依頼
アクセス数の跳ね上がりに小心者の私の心臓は爆発寸前です。
プレッシャーに負けて今回短め・・・
でも、読んでくださりありがとうございます。
MMORPG『パンツァー・リート』は陸戦を主としたゲームだ。
機甲騎兵や戦車などの装甲戦闘車両、車やバイク、はては騎乗動物を乗りこなし戦闘や狩りを楽しむ。
ゲームデザイナーに拘りがあるのか、陸上手段は充実しているが航空に関しては驚くほど手段が少ない。
プレイヤーからは機甲騎兵で空を飛びたいと言う意見が多数寄せられたが、運営からは断固拒否されていた。
いわく、
「陸戦兵器は陸を往くからこそ陸戦兵器! 土埃と泥にまみれ、地べたを這いずり回るからこそ陸戦兵器! それが空を飛ぶなど、美 学 に 反 す る !」
と、一歩も譲らない。
それでも空を飛ぶことを熱望するプレイヤーは後を絶たないが、運営が首を縦に振ることはなかった。
運営の方針上、『機甲騎兵で空を飛ぶ』のは適わぬ夢だが、空を飛ぶ術がまったく無い訳ではない。
少ないが手段はある。
それはMMORPG『パンツァー・リート』に酷似したこの世界においても同様だった。
魔動機械ならば飛行船。ペガサスやグリフォンなどの空を飛ぶ騎乗動物。魔術による飛行などだ。
一番手軽なのは、空港におもむき旅客飛行船のチケットを購入することだろう。僅かな費用で空の旅が満喫できる。費用はかかるがレンタルすれば行き先は自由だ。
冒険者職業【ライダー】のレベルを上げ、騎乗動物を乗りこなすという手段もある。ドラゴンに跨り天空を駆る竜騎士などまさに浪漫だろう。
古式魔術には個人飛行を可能にする【飛行】の呪文がある。
一風変わった空の旅をご所望ならば、冒険者職業【魔女術】のスキル【魔女の箒】など如何だろうか。まさに字のごとく、箒にまたがって空を飛ぶ遊覧飛行はスリル満点だ。
もっとも、自身が魔女でなければ意味はないが。
その魔女が約一名、箒にまたがり飛行していた。言わずもがなクリスである。
クリスは後方から追ってくる長い四本足のカニのような自動兵器の攻撃を巧みにかわし、飛行を続ける。
カニを髣髴とさせる自動兵器はクラブマンというひねりも何もない名で呼ばれていた。
ギルドではC級にランク付けされ、機甲騎兵があれば互角に戦える。荒野でも目にする機会の多い自動兵器だ。それでも2~3体お持ち帰りできれば、出費を清算しても一月は充分生活できる。
「引き釣りに成功したのはいいんだけど、ちょーっとティエレから離れすぎちゃったか。引っ張っていくのにスリル満点だ」
傍らを通り過ぎていく銃弾に冷や汗が止まらない。守りの護符がなければ衝撃波で大怪我をしていたところだ。直撃すればその心配すら無用になる。
AMFの範囲に入らないよう、かつ離れすぎないよう注意しながら自動兵器を引っ張っていく。
やがて見えてくる切り立った岩山。
大地からぽつんぽつんと脈絡なく突き出ている高さ30メートルはある大きな岩だ。それが三つ連なり、ひとつの大きな山のように感じさせる。
クリスはその真ん中の大岩の中腹にティエレを隠していた。
騎兵を隠すのにちょうどいい窪みがあったからだ。奥の浅い洞窟といっていいかもしれない。窪みの手前は直径4メートルほど平らになっていて足場に充分な広さがある。
高度を2メートルまで落とし、自動兵器のセンサーを地表にひきつけておく。そのまま最初の岩の裾を高速で回りこみ、クラブマンの視界から外れたところで一気に高度を上げた。真ん中の岩の窪みの高さまで飛び上がる。
足場に着くと箒をアイテムボックスにしまい、ティエレの操縦席に駆け込んだ。
手早くアークドライブを起動させる。
低い駆動音とともに、目を覚ましたアークドライブが周囲のマナを取り込み魔力に変換していく。伝導チューブを通し全身に力を伝達していった。
突如として発生した強力な魔力に、追いかけてきたクラブマンのセンサーが反応する。
AMF内においても中和しきれない強力な魔力は、機甲騎兵のアークドライブ特有のものだ。ただちに戦闘モードを対車両用に切り替える。
背中の甲羅の一部が展開し、中から30mm機関砲が姿を現した。両腕の鋏の内側に並ぶ鋸のような突起が高速で振動を始める。
不埒な侵入者に鉄槌を下すべく、猛スピードで岩を回り込むクラブマン。頭上の魔力の発生源に砲口を向け、センサーが敵の動きを逃すまいと探知精度を上昇させた。
ために、足元がおろそかになった。
岩の間に張り巡らされた極細のワイヤーに長い脚をとられ、バランスを崩すクラブマン。脚を伸ばして本体を持ち上げ、重心が上がっていたのも仇になった。
オートバランサーが機体制御を行うが、脚に絡まるワイヤーに邪魔され思うよう機体の状態を制御できずにいた。踏ん張ろうとして踏ん張りきれず、上体を起こそうにも岩を回り込んだ勢いを殺しきれず。結果、もんどり打って地面へと激突した。赤茶けた砂埃が巻き上がり、周囲を赤く染める。
「ちゃーんす!」
仕掛けた罠が図にあたりほくそ笑むクリス。
ティエレを発進させ、倒れた自動兵器目掛けて岩山の中腹から飛び降りた。並みの機甲騎兵の倍はある重量物が重力に引かれ、もがく自動兵器目掛けて落下する。
狙いは高速振動するカニの鋏。
アレは厄介だ。いかに重装甲を誇るティエレとはいえまともに食らえば無事ではすまない。遠慮なく右の鋏の上に着地し踏み潰した。
重装甲騎兵の降下でさらなる砂埃が舞い上がる。
同時に左の鋏をハルバートで叩き割り、銃口を向けてくる30mm機関砲は胸部のアサルトアンカーで破壊する。
対装甲兵装をすべて破壊されようともクラブマンは動きを止めない。だが、ティエレに押さえ込まれてはもはや抗う術はなかった。
「これで終了」
クラブマンの背中の甲羅に左腕を差し出す。
側腕部に装着されたパイルバンカーの鋭い槍先が、陽光を受け鈍く輝いた。
轟音。
まさに轟音が岩肌を打った。びりびりと大気が振るえ振動で零れ落ちる岩くず。
主演算装置を甲羅ごしに撃ち貫かれたクラブマンが沈黙する。もはや動かぬ鉄くずと化した。
「これで二体目。ちょーっとペースが速いかな。ラストの三体目はもう少し間を置いたほうがいいか」
動かぬクラブマンを映像盤ごしに眺め、クリスは独り言ちた。
そもそもクリスが荒野で自動兵器狩りをしているには訳がある。
ラスカーシャの街に落ち着くこと一月あまり。クリスは仕事に精を出していた。
街中での仕事を。
機甲騎兵に乗るのが嫌になったわけではない。整備部には毎日顔を出し、ティエレの整備やワックスがけに余念のないクリスである。
午前は整備部、午後からは冒険者ギルドから仕事を貰い街中での依頼をこなすという毎日を送っていた。お陰で街の住人達の評判は上々だ。
毎日仕事をしているとはいえ、午前中はティエレの手入れに整備部に通っているため、騎兵持ちの主な仕事である自動兵器狩りに出かけることはなかった。
面白くないのはギルド上層部だ。
せっかくの騎兵持ち冒険者。街中の仕事でなく荒野に出て稼いでもらいたいのだ。
「街中の仕事は新人冒険者に任せ、あんたは荒野に出て稼いでこいや、コラ」という本音をオブラートで包み、差しさわりのない言葉で仕事を依頼し荒野へ送り出そうとした。
ちょうどティエレのオーバーホールも終わり、そろそろ荒野へ行こうかと考えていた矢先のことだ。やたら低姿勢の癖に切羽詰った感の中間管理職っぽい職員に懇願され、少し気の毒に思ってしまった部分もある。
何はともあれクリスにも異存はなく、ギルドからの依頼を受けたのだった。
依頼内容はC級以上の自動兵器三体以上の捕獲。期間は二十日間。
破壊でなく捕獲。これはわりと難易度の高い依頼だ。
ギルドでは定期的にこうした捕獲の仕事を登録している冒険者に依頼している。自動兵器に技術的変化がないか調べるためだ。
技術力が後退した現在、敵である自動兵器からであろうと人類は貪欲に技術を吸収しようとしていた。そのためなるべく原形を残した状態での捕獲が望ましい。
本来ならそれが可能な腕利きの騎手に依頼する重要な仕事であり、クリスのような新人の冒険者に回ってくる仕事ではない。
実はこれにはちょっとしたカラクリがある。
クリスのような荒野に出ようとしない者や、有望そうな流れの冒険者に「当ギルドは君に期待しているんだよ? だから重要な仕事を君に依頼するんだ」と含みを持たせ、やる気を出させるのだ。
人間、上から目をかけられていると知れば張り切るものだ。冒険者と言えど例外ではない。
仕事に失敗し自動兵器を確保できなくても、荒野をうろつく兵器の数を減らすことになる。支払う報酬も少なくなって万々歳だ。その際、「今回はついてなかっただけさ。我々は君の実力を高く評価しているのだから」とフォローしておけば波風も立たない。
依頼をこなせる騎手を別に雇っておけば調査のための捕獲用も確保できる。ギルドにとって損なことは何もない。
ギルドの思惑などお見通しのクリスではあったが、特に気を悪くすることなく依頼を受けた。オーバーホール後の仕事としては手ごろだし報酬も悪くなかったからだ。
クリスがベースキャンプに帰還したのは昼前のことだ。
今回の仕事でギルドが派遣した部隊はコンテナを二つ牽引する大型トレーラーが五台。護衛用車両四台。派遣された人員に依頼を受けた冒険者を含めて総勢六十人の大所帯となっている。
部隊は荒野に近いレグン山脈の麓にベースキャンプを築いていた。
捕獲するごとにラスカーシャに戻ってはあまりに時間のロスだ。道中の危険もある。
そのためギルドは安全な場所にベースキャンプを築き、この場では捕獲した自動兵器を解体・梱包するにとどめていた。
本格的な調査はラスカーシャに帰ってからだ。
「よう、嬢ちゃん。戻ったかい」
「ただいま戻りました、グラスさん」
クリスを出迎えたのは整備班班長のグラスだ。
今回の仕事はギルドが依頼主のため、派遣部隊の整備主任として部隊に同行しているのだ。
グラスはティエレが牽引してきたクラブマンを眺め笑みをこぼした。集まってきた整備員に指示し、捕獲してきた自動兵器を所定の場所に運ばせる。簡易検査の後、獲物は解体・梱包される。
「十日で二体の自動兵器を仕留めてくるとは、なかなかいいペースじゃないか」
「たまたまですよ。運が良かっただけです」
「謙遜するねぇ。まあいい。後は任せて嬢ちゃんは休んでな。それともすぐに出るかい?」
「さすがにやめておきます。今日はこのまま休みますよ」
依頼された内容は二十日間で三体の自動兵器捕獲だ。ノルマさえ果たせばいつ出撃するかは冒険者の自主的な判断に任されている。
通常、騎兵持ちの冒険者が自動兵器狩りに出る場合、月に三体が目安とされている。それ以上の成果を挙げる騎手もいるが、蓄積する疲労やコストパフォーマンスを考えるとそのくらいがちょうどいい。
ゲームとは違い、現実の世界ではそこにいけば獲物がいるとは限らない。獲物が通りかかるまで何日も待機することはざらだった。移動や待機、機体整備に騎手の休養を含め、月三体が最も費用対効果に優れている。
それを考えると二十日で三体の捕獲というのは一見オーバーワークであるが、山脈を越えた場所にベースキャンプを築くことで移動による時間的ロスが無くなることを考えると妥当といえなくもない。
「それがいい。明日は中日だ。今日明日ゆっくり休んで後半がんばんな。ああ、疲れているところ悪いんだが、嬢ちゃんの騎兵、整備車両んとこ移動させといてくれ。整備と補給しとくからよ」
「お手数かけます」
「いいってことよ。次に出るとき、万全の体制で出させるのが俺たちの仕事だからな」
手をひらひらさせて去っていくグラス。解体中のクラブマンの様子を見に行くのだろう。クリスも再びティエレに乗り込み整備車両へと向かう。
日中の荒野は気温が高く、照りつける太陽は確実に体力を奪っていく。自覚するほどの疲労は感じないが、グラスの勧めどおり今日はゆっくり休もうとクリスは決めた。
間幕 とある地にて
石畳の薄暗い通路を急ぎ往く者がいる。
細かな意匠の施されたローブに身を包む魔術師と、鋼の鎧にビロードのマントを羽織った騎士。いずれも位の高い地位につく者らしい。ふたりは横並びに歩んでいる。
男達は無言だった。
互いに視線を会わせることなく、一言の会話もなく。
男たちの間には重苦しい雰囲気が纏わりついている。
ふいに、騎士風の男が歩みを止めた。
先に出る形となったローブの男が、いぶかしげに振り返る。
鎧の男は考え込むようにじっと目を綴じでいた。
「・・・いかがされた。フェルナンデス殿」
「本当にこれでよかったのであろうか・・・」
フェルナンデスと呼ばれた騎士は、喉の奥から搾り出すように独り言ちた。誰かに答えて欲しいのではなく、自らの胸の内に答えを探すかのように。
魔術師は自身の不安を打ち消すように答える。
「良いに決まっている。それともフェルナンデス殿は・・・姫様をお疑いか?」
「いや、それは・・・」
「この地を結界で覆い、きゃつらめの侵入を阻むこと八十年。いかにかの方々のお力添えがあるとはいえ、限界の日は近い。・・・賭けであることは間違いなかろう。しかも分の悪い賭けだ。しかし、我らにはもうこれしかないのだ」
魔術師は嘆息した。重い、とても重い息だ。
フェルナンデスから視線を外し、通路の先の豪奢な扉を見て言った。
「往こうフェルナンデス殿。姫様の時間は、我らに残された時間はあまりにも少ない」
「・・・そうであったな。我らが取れる手段は限られている」
騎士は心の逡巡を振り払い歩き始める。
しかし、その足取りは重いものだった。
誤字脱字ありましたらご連絡ください。
H23/11/28 誤字修正。ご指摘、ありがとうございます。