第07話 初仕事はやっぱりゴブリン退治から
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ドンドン、パフパフー!
読んでくれた皆様、ありがとうございます!
カーテンの隙間から差し込む優しい朝日が、暗い部屋にほのかな明かりを燈す。
目覚めた小鳥が囀る声と、朝の早い労働者と彼らに朝食を振舞う屋台の主の声が微かに遠くから聞こえてきた。朝霧に包まれたラスカーシャの街を朝の陽光が洗い流していく。
差し込む朝日に眠りを破られたクリスは、清潔なシーツに包まったままベッドの上で身じろぎをした
「・・・ん」
少女の甘い声が室内を満たす。
ベッドの上で半身を起こすと眠気を振り払うように大きな伸びをした。
「んーー」
クリスは男物のシャツ一枚と言うあられもない姿だった。下着も身に着けていない。差し込んだ朝日が少女の身体を照らし、シャツの下の艶やかな肢体をくっきりと透かして浮かび挙がらせていた。
いまだ眠気の抜けきらぬ目を擦り小さくあくびをする。
久しぶりのベッドでの睡眠は快適だった。お日様の香りがするシーツも清潔で、よく眠ることができた。
「アーサーさん達と一緒のときはキャンピングカー出せなかったし、久しぶりにベッドで寝れると熟睡できたなぁー」
冒険者ギルドでの登録も終わり、晴れて冒険者となった昨日。
クリスは予てからの懸念事項である「世界は何故このようになってしまったのか」を調べるため、ギルド資料室にこもって本や資料を読みまくった。
八十年前に突如として自動兵器が人間に牙を剥いたこと。そのため多くの国や街が焼かれ、犠牲者がたくさん出たこと。自動兵器に押され、人類の生存圏が海岸から200キロほどの細長い帯状の地域に限定されていること。『蟲』の大侵攻で自動兵器の侵攻が止まったことなどを知ることができた。
時間を忘れるほど熱心に調べていたら、知らぬ間に日が暮れてしまっていた。ティエレはそのまま整備部に預け(有料で預かってくれる)、ギルドの受付で女の子の一人旅でも安心して泊まれる宿屋を紹介してもらったのだ。
ギルドと提携を結んでいるこの宿屋は少々値段は張るが、その分セキュリティが充実している。見かけ十三歳のクリスにも驚いた顔は見せず、ギルドカードの提示を求められたものの部屋を取ることができた。
なによりクリスを喜ばせたのは、宿屋に浴場があったことだろう。元は入浴の習慣のある風呂大好き日本人なのだ。早速湯船に浸かり、旅の疲れを落とした。
入浴には早い時間だったのか、浴場はクリス以外見当たらず、十人は同時に浸かれるお湯たっぷりの浴槽を独占できて上機嫌だ。
夕食も上等で、港町なので魚介類が豊富なのは当然だが養豚業も盛んなのか、シーフード以外に豚肉を使った料理が出てきた。どれも美味しく頂いたクリスである。
その夜は早めにベッドに入り就寝。現在に至るというわけだ。
カーテンを開き、壁に背を預け窓から朝霧の抜け切らぬ街の外観を眺める。
ラスカーシャの街。冒険者の街。そして、今日からクリスがかりそめの宿とする街。
しばらくそうして窓の外を眺め、やおら身を翻して身支度を始める。いつものパンツァージャケットにスカートという衣装に身を包むと、アイテムボックスから洗面器を取り出した。魔術で湯を造り顔を洗う。
洗顔で眠気を完全にはらい、壁にかけてある時計に視線を移した。
まだ朝食にはしばらく時間がある。
ベッドに歩み寄り枕の下に隠してあった銃を取り出す。ゲーム時代から愛用している魔動銃だ。
旧ドイツ軍のモーゼル・シュネルフォイヤーM1932にそっくりの魔動銃をテーブルに置き、ウェポンボックスから予備銃を取り出し傍らに置くと分解清掃を始めた。
ちなみに予備銃を出したのは、不測の事態が発生した場合、即座に対応できるようにするためだ。地球時代の映画で見て、やたらカッコよかったので真似しているのである。
形式美に拘るクリスであった。
戦車といい衣装といい銃といい、旧ドイツ軍風にまとめているクリスはミリタリーオタクでもあった。ジャケットの下がスカートなところは目を瞑って頂きたい。
クリスのモーゼル魔動銃は実包と魔動術併用型だ。
ゲーム時代の実包は単なる趣味装備だったが、こちら側での現在においては実用品。AMF影響内では魔法は使えず、近年有効視されているのが火薬式の実弾武器なのだ。
「やっぱり銃は実弾じゃなきゃねー。銃で魔法をぴこぴこ撃つって、悪くはないんだけどなんか違うし」
銃の整備でほどよく時間をつぶすと朝食の時間になった。
予備の銃をウェポンボックスにしまい、代わりに白兵戦用の小太刀と20センチほどの棒を取り出し腰に差す。ちなみに棒は右腰だ。整備の終わった銃をホルスターに戻し、士官用野戦帽をかぶると準備完了。
部屋を後にして一階の食堂に向かった。
「あら、おはよう。昨日はよく眠れた?」
「おはようございます。おかげさまで、ゆっくり休むことができました」
ぺこりと行儀よく朝の挨拶をするクリス。
食堂に入ったクリスを迎えたのは、宿の女主人ミリアムだ。
二十代後半の綺麗というよりは可愛いといった印象で、小春日和のようなぽかぽかした雰囲気の女性だ。これで元冒険者というから驚く。夫のジークも元冒険者で、ミリアムとは同じ仲間だった。そのジークは今は厨房を取り仕切っている。
ここ"春の日の草原亭"は、冒険者ギルドでクリスの登録作業をしてくれた事務員シンシアの実家で、女主人ミリアムは姉だという。実家は姉夫婦が継いだが、少しでもその手伝いができればと宿泊先を探している冒険者を斡旋していた。むろん問題を起こしそうにない冒険者を選別して。
その甲斐あってか宿は繁盛していた。宿泊客の半分は冒険者で、しかも長期宿泊が多い。
「朝食を持ってくるから、好きなところに座っててね」
「ありがとうございます」
宿泊費には朝食代も含まれている。昼と夜の食事は別料金だ。夜も食堂は空いていて、宿泊客以外に街の人たちも食事や酒を目当てにやってくる。
食堂は六人がけのテーブルが三卓と四人がけが四卓、カウンターに席が八つある。食堂のスペースの割りにテーブル数が少ないのは、客にゆっくりと食事を楽しんでもらいたいという宿の配慮だろう。
テーブルは冒険者らと旅人や商人らしき人達でほとんど埋まっている。クリスはカウンターの空いている席に腰を下ろした。野戦帽を傍らに置く。
「おまちどうさま。ごゆっくりどうぞ」
ミリアムが朝食を運んできた。カウンター越しにクリスの前におく。
メニューは野菜たっぷりのシチューにスクランブルエッグ、焼きソーセージ二本と付け合せの野菜、トースト二枚と軽いワインだ。
朝食のわりに量が多いが、それは宿泊客の多くが冒険者だからだろう。身体が資本の冒険者は朝からガッツリ食べる。
無論クリスも残さず食べる。だが、その様子はどこか小動物の食事風景を連想させ、見る者の心に暖かな何かを沸きおこさせる。
「おいしい?」
「はいっ。とっても!」
「それはよかった」
ほほを染め、本当に美味しそうに笑顔で食事をするクリスに声をかけるミリアム。クリスの笑顔につられ、ミリアムにも笑顔が浮かんだ。互いに微笑みあう。
そこに一種独特の雰囲気に包まれた空間が出来上がっていた。食事途中の他の客は思わず手を止め、その微笑ましい空間に見入っている。
「そういえば、クリスちゃんは今日からお仕事ですって?」
「はい。昨日登録を終えたので、今日からになりますね」
登録を終えた後の時間は資料漁りに費やしていた。
そういえば仕事内容について調べるのを忘れていたっけと述懐するクリスであった。
「クリスちゃんなら大丈夫だと思うけど、冒険者って危険なお仕事だから充分気をつけてね」
「ありがとうございます。ご忠告、忘れません」
ワインを飲み干し、食事を終えたクリスは席を立つ。
士官用野戦帽をかぶりなおしてミリアムに礼を述べた。
「ごちそうさまでした。それでは行って来ます」
「はい。おそまつさまでした。お仕事がんばってね」
会釈をして去って行くクリスに、ミリアムは手を振って送り出す。
その様子を見ていた冒険者らしきグループが、ミリアムに苦言を呈した。
「いいのかい。あのちっこいの一人で行かせてさ。ミリアムらしくない」
「そうだよ。せめてどっかの冒険者グループに紹介でもしてやんないと。あの娘、すぐ死んじまうよ?」
クリスの幼い容姿に父性愛を刺激されたか、冒険者達の言葉には少々険がこもっている。
ミリアムはクスリと笑うと答えた。
「大丈夫よ。あの娘、私なんかじゃ歯が立たないくらい強いから。むしろ、他の人は足手まといにしかならないわね」
ミリアムのあっけらかんとした言いように息を呑む冒険者達。
ミリアムとその主人ジークは、ふたりが結婚して引退するまではこの街でもトップクラスの冒険者だった。そのミリアムが歯が立たない? あのちっこいのに? 冗談だろ? とでも言わんばかりに、冒険者だけでなくなじみの宿泊客らも驚いていた。
宿を出て大通りを目指すクリス。
春の日の草原亭は、冒険者ギルドから街の中央へ向かう大通りから一本内側に入った通りにある。そのため初見の客は少なく馴染みの客がほとんどだ。
冒険者相手の商売のため宿泊料は他の宿屋より高めだが、値段の割りに美味くて量の多い料理が評判を呼び隠れた名店として繁盛している。
料理と酒を目当てにやって来る街の人や冒険者も多い。
「やー、いいところ紹介してもらったなー。食事も美味しいし、シーツも清潔でいい匂いがしたし。受付のお姉さんにお礼を言っておかないと」
朗らかな笑みで元気よく歩くクリスに道行く人々の微笑ましい視線が集まる。ふつうクリスのような少女が腰に剣やら銃やらを差していれば驚くものだが、まるで見えていないかのように無視されていた。
途中、露店の屋台などを冷やかしながらギルドに着いた。壁の外のギルドではなく、内側の車両を持たない冒険者達用のギルドだ。
突如現れたちみっこい少女に驚きを隠せない冒険者達。彼らを気にすることなくクリスは衝立の依頼書をチェックして回った。
クリスが特定の依頼表のところを熱心に読みふけっているのを見て、ああなるほどと納得する
(護衛依頼に討伐依頼。あ、ゴブリン退治がある。やっぱりファンタジー世界だなー。ゲーム初期の頃が懐かしいや。こっちは失せ物探しに行方不明者捜索? 荷物の配達に工事現場の人夫募集って・・・これって冒険者の仕事なのかな?)
冒険者ギルドは早い話が職業斡旋所だ。
仕事を探している者と仕事をして欲しい者とを結びつける場所だ。したがって、仕事をして欲しい者が、剣や銃を必要とする仕事ばかりを持ってくるとは限らない。
技術者や主計などの専門知識を必要とする業務を除き、簡単な家事手伝いや失せもの探し、人足募集などの日雇い労働者を求める依頼もギルドに舞込んでくる。そういった仕事を求めてギルドに顔を出す街の住人もいる。むろん、誰でも仕事をもらえるという訳にはいかない。
ギルドを通す以上、登録してある者でなければギルドの仕事は請けられない。そのため日雇い労働を探している者を一般登録者として登録し、その手の仕事を斡旋していた。
逆はだめだが冒険者としてギルドに登録してある者も、そういった日雇い仕事を請けることができる。
ほとんどの冒険者は一攫千金を求め危険だが高額の依頼に目が向きがちで、そうした街の依頼を受けようとする冒険者は少ない。溜まっていく街の住人からの依頼の処理に頭を悩ませたギルド上層部が、苦肉の策として始めたのが一般登録者制度だった。
クリスが熱心に目を通しているのが一般依頼書を張り出している衝立で、その場にいた冒険者達は日雇い仕事を探しに来た一般登録者だと思ったのだろう。
幼く愛らしい少女が、機甲騎兵を乗り回す冒険者だとは想像だにしない。
なので、クリスが一般依頼所の衝立を通り過ぎ、冒険者用衝立から依頼書を引き剥がして受付に持っていくのを見た冒険者達は再びぎょっとした。
「この依頼を受けたいのですが」
「はい。依頼の受注ですね。えー・・・えー・・・ゴブリン退治?」
受付の事務員も、まさか目の前の愛くるしい少女が冒険者用依頼書を持ってくるとは思わなかったのだろう。依頼内容が書かれている依頼書とクリスの顔を何度も見返している。
「お嬢ちゃんが冒険者の仕事を?」
「はい。ギルドには昨日冒険者として登録しました。問題ないはずですが」
そう言ってギルドカードを差し出す。
ギルドカードに記入された内容を確認し、息を呑む事務員。
「機甲騎兵・・・お持ちなんですか? 機甲騎兵持ちの冒険者がなぜにゴブリン退治を? ふつう自動兵器相手の仕事を選ぶのでは?」
目の前の幼い少女が機甲騎兵を持っていると聞いてざわめく冒険者達。それも当然だ。この壁の内側のギルドは、機甲騎兵はおろか戦闘車両すら持ってない冒険者用のギルドなのだから。
「冒険者のスタートはゴブリン退治と相場が決まっています。
基本中の基本です。基本は大事です。
冒険者と言えばゴブリン退治。ゴブリン退治といえば冒険者。ゴブリン退治は冒険者のスタートであると同時にステータスでもあります。ですので、私はこの依頼を受けたいのです」
握り拳で力説するクリス。
なにかが盛大に間違っているような気がするが、やたら自信たっぷりに言い切るクリスに異論を差し挟める者はこの場にいなかった。
本来ならゴブリン退治は駆け出しの冒険者の仕事だ。
ゴブリンは単体ではそれほど脅威ではない。戦いの経験のない街の人ならともかく、武器を扱える冒険者ならよほどの数でも出ない限り負けることはないだろう。
だが、間違っても機甲騎兵持ちの冒険者が選ぶ仕事ではない。なぜなら騎兵持ちの冒険者はほとんどの場合が熟練者だからだ。
熟練者が駆け出し用の仕事を奪うことをギルドは嫌っている。駆け出し冒険者の成長の機会を奪うことになるし、熟練者が高額の依頼をこなす事でギルドには多額の仲介料が入る。熟練者にはそれに相応しい仕事を請けギルドを潤してもらいたいと言うのがギルドの本音だった。
だがしかし。
いかに騎兵持ちとはいえ、クリスは熟練者には見えなかった。だれが十代前半にしか見えない少女を熟練の冒険者だと思おうか。実のところ、大陸一と言っても過言ではない実力の持ち主なのだが、そのことを知るものはこの場にはいない。
したがってギルドが下した判定は、クリスは騎兵を持ってはいるが冒険者としては駆け出し、ということになる。
騎兵があれば、ゴブリンに遅れを取ることもないだろうとも判断された。それに、必要ならたとえゴブリン退治といえど騎兵持ちの冒険者を斡旋するというギルドの宣伝にもなる。
ギルドにとっても悪い話ではない。というかスケベ心である。
一方、冷水を浴びせられた形なのがその場にいた冒険者達だ。
騎兵持ちの冒険者がゴブリン退治を請け負う。自分達が彼女の立場なら同じ行動を取れるだろうか? 騎兵があるなら、より高額な報酬と名声を求めてゴブリン退治など見向きもしないだろう。ただでさえ良い装備や車両を手に入れるために高額の依頼ばかりを探していた。
翻って彼女はどうか。機甲騎兵という最高のステータスを持ちながら、基本は大事と驕ることなくゴブリン退治を進んで請け負う。
心構えの差に慄然とし、多くの者は恥じ入ってしまった。
中には反発を覚える者もいたが、クリスの取った行動はおおむね好意的に受け止められた。その後、たとえ報酬は安く地味であろうと堅実な仕事を選ぶ冒険者が増え、ギルド上層部を驚かせたと言う。
職員から差しだされた依頼書を受け取り、クリスは満面の笑みを浮かべた。
ほほを染め、うれしさでこぼれるような笑顔だ。なにせ初仕事だ。依頼書を胸に抱きしめ事務員に礼を言う。
「お仕事、がんばってくださいね」
事務員も釣られて笑顔でクリスを送り出した。
(ひゃっほう! 初仕事だー。やっぱ最初はゴブリン退治じゃないと、曲がりなりにもファンタジー世界にきた意味ないよね。ほとんどのファンタジーRPGでも最初の相手はゴブリンだし)
あの場にいた冒険者達が聞けば感動を返せと声を荒げていただろうが、あいにく心の声なので誰にも聞こえることはない。
連絡用通路を通り、壁の外のギルドへと向かう。途中、事務所に立ち寄り受付のシンシアにお礼を述べ、ついでにミリアムに三・四日帰れないと伝言を頼んだ。
少しの雑談の後、ティエレを預けてある整備部棟へと進む。
「おはようございます。グラスさん、整備班の皆さん」
「よう、嬢ちゃん。来たかい」
「クリスちゃん、おはよー」
礼儀正しく愛想の良いクリスは、すでに整備班の中でも人気者でマスコットと化している。
騎兵談義に花が咲いたグラスともすでにマブダチだ。
「今日から早速仕事かい?」
「はい。先ほど仕事を受注してきました。ラルカ村でゴブリン退治です」
「ゴブリン退治とはこりゃまた。嬢ちゃんなら自動兵器相手でもすぐトップに立てるだろうに」
「なにをおっしゃいます。ゴブリン退治は冒険者として避けて通ることはできない登竜門です。私、がんばりますよ?」
両手で握り拳をして、やる気を見せる少女を見て笑う。
高額報酬の仕事を探してばかりの若い冒険者達に、思うところのあるグラスであった。
「そりゃぁ、いい。嬢ちゃんの意気込み、若ぇ冒険者連中に聞かせてやりてえな。がんばりな、嬢ちゃん」
「はい。がんばります」
整備員一同に見送られ、クリスは冒険者ギルドを後にした。
目的地のラルク村は、ラスカーシャから西に徒歩で一日ほどの山間にある小さな村だ。
場所は謎地図で確認してあるので迷うことはない。途中の山道には傾斜のきつい場所もあったが、機甲騎兵での道程には問題にすらならなかった。
山道を行くこと数時間。午後三時を回った頃、山間にぽつぽつと建つ家々が見えてきた。戸数は約三十軒ほどの本当に小さな村だ。段々畑の合間合間に家が建っている。なんとなく日本の山奥にある山村を思いおこすクリスである。
近づく騎兵の姿に驚いた農作業中の村人数人が、あわてて村に駆け戻っていった。機甲騎兵の姿などめったに見たことのない村人だ。野盗か何かと勘違いされたのかもしれない。
仰々しくなる前に誤解を解いていたほうがいいかと村の手前で止まり、クリスは騎兵から降りた。
しばらくティエレの足元で待っていると、村の方向から七人ほどの村人がやってきた。先頭を歩くのは年のころ六十過ぎの年配の男性だ。
クリスの姿を視界に納めた村人たち間に、戸惑いの表情が浮かぶ。先頭の男性が口を開いた。
「・・・お嬢さん、この村になんの用だね?」
「失礼ですが、貴方は?」
「わしはこの村の村長でダルクという者だ」
「ああ、これは失礼しました。私は冒険者のクリスティナ。こちらの村がギルドに依頼したゴブリン退治を請け負った者です」
礼儀正しくお辞儀をするクリス。
村長のダリスは無言で見ているだけだが、周りの村人の反応は端的だった。失望の色を隠すどころか怒りだす者もいる。
当然といえば当然の反応だ。村の死活問題の解決に、けっして安くはない金を出して依頼したのだ。なのに、やって来たのが幼い少女一人とあっては憤るのも仕方がない。
「冒険者? こんなお嬢ちゃんが?」
「おいおい。冒険者ギルドはなに考えてこんな嬢ちゃんよこしたんだ?」
「(当然の反応だなー。でも、ここで引く訳にはいかないのよね)たしかに私の見かけはこんなのです。しかし私はこの機甲騎兵を操ることができます。それでもまだご不満ですか?」
傍らのティエレの鋼鉄の脚をぺぱんぺぱんと叩きながら、クリスは昂然と村人たちを見渡した。
さすがに重装甲機甲騎兵の威光はすさまじい。村人達は互いに視線を交し合った。ちまっこいクリスはともかく、鋼の巨人はいかにも頼もしく見える。だいいちゴブリン退治に機甲騎兵を持ち出す冒険者などいない。
ダルクはクリスをじっと見つめ、口を開いた。
「・・・いいだろう。たしかに強そうだ。こちらに来なさい。わしの家に案内しよう」
身を翻したダルクに案内され村に入る。すれ違う村人たちの視線は困惑していた。
村の集会場を兼ねる村長ダルクの家は、ほかの村人の家よりも大きく部屋数も多い。通された部屋は二十畳ほどの広さだった。
テーブルを挟んでダルクと向き合って座った。
「大まかな話はギルドから聞いていると思うが、またこの村の付近でゴブリンどもの姿が目撃されている。村人に被害はないが、村はずれの畑が荒らされたこともあった。このままではいつ襲われるかわからんと、村の連中も心配しておるんだ」
「さきほど、またとおっしゃいましたけど?」
「実は十年ほど前にも同じようなことがあった。そのときもギルドに依頼して退治してもらっておる」
「なるほど。あとでゴブリンの姿を目撃した村人を集めてもらえます? ゴブリンの数や巣を作っているなら大まかな場所を特定したいので」
「それなら、もう用意してある」
ダルクは立ち上がると、壁際の戸棚から紙の束を引っ張り出しクリスの前に広げた。この村周辺の地図だ。地図には所々バツ印が記入されている。印の横には数字が記入してあった。その時目撃したゴブリンの数だ。
バツ印は村の北西方向の森に集中していた。
「ずいぶん手回しがいいですね」
「前にもあったと言ったじゃろ? 前の冒険者にも同じことを聞かれたからの。今回は予めわしが聞いて地図に印をしておいたのじゃよ」
「なるほど」
クリスはやおら立ち上がり、窓辺へと向かう。
なにをするのかといぶかしむ村人の視線をよそに、開けた窓の外に両手を差し出し魔術【探索バード】を使用した。
手の中に光が生まれ、その光の玉の中から十数羽の鳩が飛び出し森の方角へ飛び去っていく。突然のことに驚く村人たちの中で、村長だけが目を細め、「ほう」と小さく呟いた。
飛び去る鳩たちの姿をしばらく眺め、クリスは再び着席して村長に向きなおった。
「では、この辺の森に詳しい人を紹介して頂けますか? あとゴブリンの姿を見た人から直接話を伺いたいのですが」
「それならそこのケインに聞くがいい。ケインは猟師をしておって森に詳しい。ゴブリンを最初に見つけたのもケインじゃ」
部屋の隅のざわめく村人たちに視線を向けると、輪の中から体格のいい若い男が進み出る。
早速、話を聞くクリス。
「最初に見たのは十日ほど前。森で猟をしていたとき偶然見かけたんだ。とっさに隠れたから連中には見つからなかったと思う。それで急いで村に知らせに戻った」
「ケインから話を聞いたあと、わしらはやれることをしたよ。と、いっても小さな村じゃ。出来ることはたかがしれておるがの。森との境に柵を作ったり、夜中に村の見回りをしたりじゃ」
「ひょっとして戦わせたんですか?」
「まさか。村の者は戦いなどできやせん。見回り組みには、銅鑼や太鼓を持たせて見つけたら騒いて知らせろと言い含めてある。けして戦おうとするなとな」
「賢明な判断ですね」
ゴブリンは魔物の中では最弱の部類に入るが、それでも戦闘経験のない村人が相手をするには難しい。まして相手は群れで行動し、勝てるとみた相手には容赦なく襲いかかる。残虐にもなる。
村人に被害がなかったのは村長の賢明な判断の賜物だろう。
地図を見ながらケインに話を聞き、村長とも話をつめていく。
といっても大したことを話す訳ではない。今晩中に片をつけるので、クリスが森に入っているあいだ、村の守りを厚くしてほしいと話しただけだった。
「今晩中に片をつけるじゃと!? おぬし正気か?」
さすがにダルクは驚いた。
当然だ。夜は魔物の活動が盛んになる時間帯。ゴブリンも夜行性でおまけに夜目も効く。普通の冒険者なら昼のあいだに倒しに行くのがセオリーなのだから。
だがここに、魔物以上に夜との相性がよい者がいた。クリスはにっこりと笑い告げる。
「私は吸血鬼族ですから、昼間より夜のほうが動きやすいんです」
「吸血鬼族じゃと!?」
「・・・念のため言っておきますが、吸血鬼族は別に血を吸ったりしませんよ? アンデットでもありませんからね。
そこっ! 露骨に怖がらない!」
あからさまに怯える村人Aを指差してクリスが言った。
人の多い大都会でもめったに見かけることのない引きこもりが吸血鬼族だ。
夜の女神イシュベルーデの祝福を受け、変化した者が吸血鬼の始まりとされるれっきとした知的種族なのだ。
であるのに関わらず、なぜか吸血鬼などと言うモンスターチックな種族名で呼ばれていた。理由はクリスも知らない。
その理由は初代吸血鬼、真祖クリストファーに原因がある。
この男、無類の女好きにしてうなじ愛好家だった。
気に入った女性のうなじにキスマークを付けるのが趣味の変態であった。それはもうえらい勢いでキスマークをつけて回っていた。
うなじにキスをする仕草が首筋から血を吸う鬼のように見え、ついたあだ名が吸血鬼である。やがて吸血鬼という名前のみが残り種族の名として定着してしまった。
世の吸血鬼族が聞けば全力で真祖を呪い殺しそうな事実だが、幸か不幸かいまとなっては真相を知る者は女神だけである。
ラスカーシャほどの大都会であれば話は別だが、ラスク村の様な田舎では魔物の一種として偏見の目で見られたりする。
クリスを役に立つか分からない小娘と侮り、敵意を向けていた村人達も今は恐怖で引きつっていた。村長だけは驚きはしたものの落ち着いている。そこに偏見の目はない。
「わしは若い頃、街で暮らしておったからの。吸血鬼族も人族やエルフ族同様、人類であることを知っておるよ。若い者達の無礼な態度は許してやって欲しい」
「いきなり吸血鬼族といわれて驚くのは解りますから、別に怒ってはいません。そんな訳でして、全力を出せる夜のうちに片付けてしまおうと思うのです」
「夜の闇が不利にならない吸血鬼族らしい理由じゃの。夜動く理由はわかったが、ゴブリンどもの居場所は解っておるのかの。--ああ、さっきの鳩か。あれはお前さんの「目」じゃな?」
「その通りです。あれは私が魔術で作った【探索バード】。あらかじめゴブリンのいそうな場所をチェックして頂けたので探し出すのは楽でした。この村から北西2キロにある洞窟が連中の巣のようですね。数は確認できただけで七匹でした。洞窟の中にはまだいそうですが」
「思っていたよりも多そうじゃの・・・」
「一度にすべて相手するつもりはないので大丈夫です。ちょうどこちらに五匹ほど向かって来ていますので、そちらを叩いたあと巣のほうを殲滅します」
椅子を立つと野戦帽をかぶり告げるクリス。
もうすぐ夕暮れだ。先行するゴブリン一行と邂逅するころには日は沈み、奇襲をかけるにはちょうどいい。
その顔には恐れはなく自信だけが浮かんでいた。
「万が一にもないとは思いますが、撃ち洩らしがあるといけませんので、今夜だけは村の守りは厳重にお願いします。【探索バード】は残しておきますので、なにかあったら呼んでください。文字通り飛んできますから」
「わかった。改めてよろしくお願いする」
ダルクが手を差し伸べてきた。
その手を取り握手する。思ったよりもがっしりとした手だ。農作業にあけくれる村人にしては少々違和感があるとクリスは感じた。
鬱蒼とした森に入り四時間あまり。
途中すれ違ったゴブリン五匹をさくっと片付けたクリスは、ゴブリンの巣らしき洞窟の近くまで来ていた。
日はすでに落ち、夜空はほとんど雲に覆われ星の光のない森は真の闇に沈んでいる。吸血鬼族のクリスにはまったく意味はないが。
ティエレは村に置いてきた。夜は思ったより音が伝わる。機甲騎兵で近づけば、気づいたゴブリンが逃げてしまう恐れがあった。ゴブリンは元来臆病な魔物だ。逃げるのは早い。
今夜中に仕事を終わらせたいクリスは禍根を断つためにも一匹も逃さない構えだ。
「さてさて。どうしましょう」
樹木の陰に身を隠し洞窟を監視を続けるクリス。
【探索バード】で見張っていたためゴブリンたちの動向は把握している。森をうろついていたゴブリンと最初の五匹をあわせ、すでに八匹のゴブリンを倒していた。
残りは二・三匹だろうと当たりをつけている。
「群れごと移動して来たにしては数が少ないし、巣分けで追い出された連中が南下してきたって所かなー。面倒だし、こっちから出ますか」
パッシブスキル【危険感知】が働いていることを確認し、クリスは樹木の陰から洞窟へと音も立てず移動した。入り口の真正面は避け、岩肌に沿って移動する。
適度な岩陰に隠れて銃を抜き、撃鉄を起こしてから途中拾っておいた木の棒を洞窟へと投げ込んだ。木の棒が岩壁にぶつかり大きな音を立てる。
待つことしばし。
中からのっそりと姿を現したものがあった。ゴブリンと似ているが一回り大きな体躯をしている。ホブゴブリンだ。
(用心棒の先生かな? まあ、いいや)
洞窟の入り口近くで周囲を警戒しているホブゴブリンめがけ、モーゼルを三連射。頭と胸を撃ちぬかれたホブゴブリンはドウッと地面に倒れた。完全に絶命している。
突如起こった轟音と倒れた仲間に慌てたか、中からホブゴブリンがもう一匹現れる。手には程度のよさげな剣を握っている。
慌てることなく照準を合わせ、再び三連射。先のホブゴブリンと同様の運命をたどった。
油断なくモーゼルを構え岩陰から身を乗り出し、じりじりと洞窟の入り口に近づいてく。懐から取り出した鏡を使って洞窟内を確認。呆然と突っ立ったままのゴブリンを二匹発見した。
(思ったより多かったけど、これでお終い!)
洞窟の入り口に飛び出し、二匹のゴブリン目掛け発砲しようとしたところで突如脳内に警報が鳴り響いた。咄嗟に身をかわし、地面を転げて洞窟の外に飛びのいた。
転がるクリスを追うよう飛来した火線が地面を焦がしていく。
「ゴブゴブーー!」
地面を転がりながら火線の元を視線で追うと、そこには両手で持った棒を構える奇妙なゴブリンの姿があった。身体の各所に鳥の羽であしらったアクセサリーを身に着けている。
知能に優れ、精霊術を使いこなすゴブリン種。ゴブリンシャーマンだ。
何処からか手に入れた魔動銃を持っている。
そのゴブリンシャーマンは呆けているゴブリンを蹴り飛ばし、クリスを追うよう命じる。我に返ったゴブリンは慌ててクリスを追った。
「よっ! はっ! たっ!」
火線は執拗に追ってくる。
地面を転がりながら奇妙なダンスを踊り襲いくる火線から身をかわすという器用なマネをしつつ、転げながら洞窟を離れるクリス。
「ちょっとー! ゴブリンシャーマンなら魔法使いなさいよ、魔法を! 魔動銃なんて自身のアイデンティティを放棄するなー!」
厳密に言えば、魔動銃とて飛び出るのは魔法だ。魔法を撃つ銃が魔動銃なのだ。第一、ゴブリンシャーマンも、術師でありながら剣やら銃やら使うクリスに言われたくなかろう。
「この! いい加減にしなさい!」
火線の援護を受けてクリスを追う二匹のゴブリンと銃を撃つゴブリンシャーマン目掛け、残り全弾叩き込む。ゴブリンの内一匹は仕留めたものの、二匹目は腕を貫いたのみだった。それでも衝撃で地面に倒れる。
一方、ゴブリンシャーマンにはかすりもしていない。
「ミスった!」
洞窟から出てきたゴブリンシャーマンと視線が合う。
クリスは撃ちつくしたモーゼルを投げ捨て、腰の小太刀と20センチほどの棒を引き抜く。ゴブリンシャーマンとの距離は約10メートル。魔物は勝利を確信し、嫌らしい笑みを浮かべた。
「舐めるな!」
剣士スキル【クイックムーブ】を使用。10メートルの距離を瞬時につめるクリス。突如目前に現れた人間の小娘に驚き、ゴブリンシャーマンは引き金を引く。
同時にクリスの右手が一閃。魔力を光の刃に変えるライトサーベルが火線そのものを蒸発させる。
続く逆手に構えた左手の小太刀でとどめを刺そうと一閃--しようとして、クリスの動きはそこで止まった。
「おりょ?」
間の抜けた声が夜のしじまに木霊する。
ゴブリンシャーマンは白目をむいていた。
脱力した手から魔動銃が零れ落ちる。落ちた銃を追うように、ゴブリンシャーマンも地面に倒れた。なにやらぴくぴくと痙攣している。
「おりょ?」
「ゴブ?」
「なにが起きたの?」とでも言いたげなゴブリンが、小首を傾げクリスを見た。
クリスにも分けが解らず小首を傾げて考え込む。やがてピンと閃き、やおらポンと手を打った。
「ああ、魔力切れ!」
「ゴブ?」
魔動銃は魔法を撃つ銃だ。当然ながら銃を撃てば(魔法を使えば)術者の精神力を消費する。
クリスを追ってバカスカ銃を撃ったため、ゴブリンシャーマンは魔力を使い切ってしまったのだった。旧式の魔動銃ではよくある事故である。
最新型ではその欠点を補う為、魔力を封じたカートリッジ式の魔法弾を使用し魔力切れを防止している。
「ゴブゴブ」
「理由がわかったなら説明してよ」とでも言いたげに、クリスの裾を引っ張るゴブリン。
「ん? ああ、だからね。魔動銃とはいえ撃つのは魔法なんだから、ゴブリンシャーマンは魔法を使いすぎて魔力が無くなって気絶しちゃったんだよ」
「ゴブゴブ。ゴブー!」
「馬っ鹿でー」とでも言いたげに、気絶したゴブリンシャーマンを指差して笑うゴブリン。ひょっとしたら嫌われていたのかもしれない。
クリスもつられて笑ってしまった。
「あはは!」
「ゴブブー!」
ひとしきり笑ったあと、突如として我に返るクリスとゴブリン。
「はわわっ!」
「ゴブー!」
思いのほか近距離にいた魔物に驚き、クリスは左手を一閃。ゴブリンの首を切り落とした。
H23/10/04 文章一部修正。誤字修正。
H23/11/28 誤字修正。ご指摘、ありがとうございます。
H24/04/18 誤字修正。ご指摘、ありがとうございます。