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第06話 私は冒険者として歩み始めた、とか言ってみる

 レゲン山脈を北から南に抜ける細く入り組んだ渓谷を抜けだしたクリス達一行。

 夜の間に渓谷を抜けるのは危険と山に入る手前で一泊。翌朝から出発しても渓谷を脱するころには夕暮れ間近になっていた。


「ふえー。ようやく渓谷抜けたー」


 展望室のハッチを開いて身を乗り出し、吹く風をあびるクリス。

 渓谷の街道は思っていた以上に大変だった。なにせ街道は細く、安全を考えるなら機甲騎兵を二機並べて歩くことが出来ない。道を踏み外せば谷底にまっさかさまだ。

 魔物や野盗への警戒も必要になる。狩りを終え、ラスカーシャに帰る冒険者を襲う野盗もいるので油断は出来なかった。


「少し先に開けたところがある。今夜はそこで夜営にしよう」


 先頭を行くアーサーの声がヘッドホンを通じて伝わる。

 拡声器越しでは何かと不便なので、アーサーが通信コードを教えていたのだ。

 ラスカーシャまでまだ距離がある。あえて無理をする必要のない一行は夜営することを選んだ。


「ようやく一息つけるよ」

「泊まれる場所に着いたらすぐに夕食の準備しますね」

「嬢ちゃんがいてくれると、うまい飯にありつけるから有難いよ」

「ホントホント。保存食と硬い黒パンじゃ味気ないからな」


 渓谷を抜けて気が抜けたのか、一行の口も軽くなっている。無線機を通じて雑談を交わしていた。


「お世辞を言っても品数は増えませんよ?」

「お世辞でなく、クリスティナ嬢の作った食事は本当に美味いよ」


 それは当然と言える。

 無駄に全職業(クラス)をコンプリートしたクリスは、一般職業(クラス)【料理人】も100レベル。一流レストランの調理長も頭を垂れて教えを請うほどのレベルなのだ。

 野外であり本格的な器具も足りないが、絶妙な火加減と塩梅で一行の舌を大いに満足させていた。クリスは食料アイテムのほかに食料アイテムを作るための食材も買い溜めしてあり、それが活きたかたちだ。

 クリスは昨夜から食事当番を引き受けていて、その腕前は大変好評だった。


 二十分ほど歩くと、側に小川が流れる開けた場所が見えてきた。街道を旅する人のために主だった街道には所々に同様の広場が設けられている。

 そこにはすでに先客がいて夜営の準備をしていた。駐機体勢の機甲騎兵が三機と戦車が一両。統一された外装は無く機体もばらばらだ。おそらく冒険者だろう。


 近づくクリス達に気が付いたか、騎手らしき人影が騎兵に乗り込むのが見えた。警戒の為だ。立ち上がったのは一機だけで、他は駐機体勢のままその場に留まっている。立ち上がった一機も楯は装備しているが武器には手をつけず、両手を広げて敵意の無いことを示した。

 一行の先頭を行くアーサーも同様に手を広げて敵意の無いことを示す。

 クリス達は先客から少し離れたところで互いに背を向け、半円陣で駐機体勢をとる。


「向こうに挨拶に行ってくる。ランバート、一緒に来てくれ」

「了解しました」


 機体から降りたアーサーが告げ、ランバートを伴い先客の一団に向けて歩いていった。


「僕たちは夜営の準備をしておくよ」

「私は食べられそうな野草がないか探してきます」

「俺も一緒に行こうか?」

「奥には行きませんから大丈夫です。それより、ランスロットさんを一人にしておくとアーサーさんに怒られますよ?」


 クリスの身を案じたハリソンが同行を申し出るが、クリスはやんわりと断り一人で森に入った。

 視界の隅に近距離レーダーを表示し、警戒を怠らず野草を探して歩き回る。食料になる獲物でもいればついでに狩って帰ろうとウェポンボックスから弓を取り出した。


(隅っことは言え視界を遮られるから普段は使わないけど・・・便利だよね、コレ)


 二十分ほど森の中を探し回り、一般職業(クラス)【猟師】の技能を存分に発揮して獲物を仕留めるとホクホク顔で広場に戻った。

 偉大なり近距離レーダーである。

 僅かの間で野草・香草を集めただけでなく、野鳥や野兎まで仕留めてきたクリスにアーサーは苦笑するのみだ。ハリソンなどは食事が豪華になったと大喜びしている。


「生活力あるな」


 感心するアーサーに「冒険者ですから」と、すまして答えるクリス。すぐにお互い笑いあった。

 クリスは獲物の処理を手早くすませ食事の支度に取り掛かる。かまどと火はランスロットが用意してくれていた。

 今夜のメニューは兎肉と野草を煮込んだスープ。野鳥の香草焼き、薄く焼いたパンケーキだ。思いのほか豪華になった食事に舌鼓を打ちつつ、クリスは先客の冒険者達のことを尋ねた。


「彼らはラスカーシャを拠点にしている中堅どころの冒険者だ。顔を見たことがあるので間違いない。評判は悪くないし、必要以上に警戒しなくてもよさそうだ」


 パンケーキに鳥肉をはさみ一口齧る。染み出た鳥肉の油がパンケーキの香ばしさとあいまって美味い。一緒に焼いた香草が野鳥独自の臭みを消し、絶妙の塩加減が野趣溢れる味に仕上げていた。

 思わず笑みがこぼれる。


「本当に美味いな」

「こっちのスープも凄いよ! 手軽に作ったとは思えない味だよ」


 ランスロットも大絶賛だ。


「喜んでいただけてなによりです」


 素直な賞賛の声が嬉しくて、はにかんだ笑みを浮かべるクリス。

 大満足の夕食を終え食後のお茶と共に軽い雑談を交わす。すでにこの頃にはアーサーの探りの会話もなくなっていたので、クリスも随分気が楽になっていた。

 後片付けを済ませた後、夜番のクリスを残しアーサー達は早々に寝袋に包まって寝入ってしまった。


 当初、アーサーはクリスを夜番から外そうと提案したのだがクリスはこれを辞退した。どのみち冒険者としてこの世界で生きていかなければならないのだ。

 いくら職業(クラス)があろうとスキルレベルが高かろうと、心がなんちゃって冒険者では仕事に失敗するのは目に見えている。自分の命がかかっているのだから甘えてはいられない。

 爆ぜる火を眺めつつクリスは自分に喝を入れた。






 自由都市ラスカーシャ。

 アリストリア大陸南西部にある、二つの半島にはさまれた湾の最奥部に位置する港湾都市だ。都市前の内海は海洋資源に恵まれ、豊富な海の幸を住民に提供している。

 八十年前の自動兵器反乱前は小さな漁港があるだけの漁師街に過ぎなかったが、内陸部から逃れてきた人々を受け入れているうちに大きな街へと変貌していった。


 ラスカーシャには王も領主もいない。

 元はカデスト王国の一端だったが王国は自動兵器の大軍に攻め落とされ壊滅。領主は領民を捨てて逃げ出した。街を防衛したのは残された領民と逃れてきた人々。そして冒険者達。

 現在は市民代表が行政の長を勤め、陸と海共に大陸の西東を繋ぐ通行の要所、自由都市として発展を続けている。街の発展を促したのが人類に牙を剥いた自動兵器群というのは皮肉だろうか。


 街の住民は冒険者に対して友好的だ。というのも八十年前、街を襲う自動兵器の一団から街を守れたのも居合わせた冒険者達の活躍によるところが大きかったからだ。

 その後も彼らは住民と協力し、防衛隊を組織して街と人々を守りぬいた。二つの半島を結ぶように連なるレゲン山脈が、北からの自動兵器侵攻を阻む天然の城壁となったことも幸運だったと言える。

 いまだ自動兵器の脅威は消えることはないが、自分達で街を守りぬいたという自立自尊の心が住人達の表情を明るくし、活気となって溢れていた。






 翌日、一行は無事に冒険者ギルドに到着した。

 ラスカーシャの冒険者ギルドは街の西の外にある。

 機甲騎兵や車両持ちの冒険者もいるため、ギルドには広い敷地が必要で城壁の内側に納めることは難しい。最初は街の外にあったが、街が広がるにつれいつの間にか城壁の内側に取り込まれてしまった。そこで八年前に思い切って街の外に引っ越したのだった。


 ラスカーシャの冒険者ギルドは広い。

 ラスカーシャの街で、ひとつの施設としては一番の広さだろう。なにせドーム球場七つ分はある。その敷地内には車両の駐機場、簡単な修理が出来る貸しガレージ棟や倉庫棟、本格的な整備のための工場に研究棟。魔法や銃器の試射場まであった。

 ギルド建物は敷地の奥のもっとも街に近い場所にある。ギルドで働く事務員や整備士は街に住んでいるので必然的にそうなった。彼らや街に出かける冒険者が出入りする為の専用通路も設けられている。

 城壁を挟んだ向かい側にも冒険者ギルドの施設があり、そちらは車両を持たない冒険者達のための施設だ。


「これってドコの傭兵基地?」


 地球世界のニュースで見た軍事基地のごとき光景に目を奪われるクリス。

 屋根のない駐車場に、様々なタイプの戦車などの装甲車両、機甲騎兵が立ち並んでいる。攻守のバランスの取れた傑作機ロナルディナ。優美な外見ながら突撃速度なら何者にも負けないガレンハルト。大剣を扱わせれば並ぶべき物のないイグベルなどなど、まるで博覧会だ。

 それらの機体や車両に統一性が無く、正規軍ではないことが分かる。

 機体の間を行き交う人々も装備はバラバラだ。パンツァージャケットを着ている者もいれば、昔ながらの鎧を着込んでいる者もいる。


「プレートメイル着て戦車に乗るってどーなのよ・・・」

(そう言えば、ゲームでもプレイヤーはてんでバラバラな装備着て乗ってたっけ)


 ゲーム内ではなじみの光景だったが、「まさかそれをリアルで見るとは」と、少々頭痛のするクリスであった。


「クリスティナ嬢はラスカーシャは初めてだったか?」


 眼前の光景にあきれているクリスの背後から声がかかった。アーサーだ。

 ゲーム内では何度か来たが、そのときはただの漁港だった。


「ええ。不思議と縁が無くて。すごいですね(いろんな意味で)」

「ここまでの規模の冒険者ギルドは大陸でも珍しい。私も始めて見たときは驚いたものだ。さすがは冒険者の街だな」

「なんだかすごく雑多ですけどね」

「それは仕方がない。なにせ彼らは個人の集まりだからな。騎士や軍のような使命感はないし、部隊としての強さもない。が、小数としての突破力や粘り強さといったものは軍以上だ。冒険者の強みだな」


 二人並んで光景を眺めている。

 一行はギルド敷地内の貸し倉庫に入り機体を休めていた。ここはアーサー達が借りている大型の倉庫だ。大型ゆえ予定外のティエレDが入ってもまだ余裕がある。

 ランスロットは到着と同時に「お金を取ってくる」と言って、街中の拠点に向かっていた。護衛としてランバートが同行している。出発の際「そのパーツ、ほかの誰にも売らないでね。あ、できれば見せるのもやめて」と何度も念を押していた。


(そこまで念を押さなくても、買ってくれるならちゃんと売るんだけどなー。というか、見せるなってどういうこと? そんなに珍しい機体なのかな?)


 冒険者ギルドでは自動兵器のパーツ買取を行っている。

 有力な鉱山を幾つも自動兵器に押さえられ、資源が不足気味な人類側はそれを補う為、例えスクラップといえども買い取り再利用していた。

 それに加え、自動兵器を研究解析することで新たな技術を取得し、少しでも反抗の手掛かりにしようとしている。だが各国は、国益を優位し獲得した技術をなかなか自国の外に出そうとしない。こと此処にいたっても、人はわが身を優先するという愚かな行為を捨てきれずにいる。


 そのため冒険者ギルドでは、所属する冒険者に獲得した自動兵器のパーツをギルドに優先的に売るよう要請していた。獲得した技術を広く世界に伝え、一国による技術の独占を防ぐ為だ。

 クリスの行為は冒険者としては規範に反するが、いまだ当人が無所属であることを知るランスロットは平気な顔だ。その辺の事情を知らないクリスも特にどうも思っていなかった。もし知っていたら売らなかったかもしれない。

 もっとも、ギルドとて「自動兵器捕獲の依頼を受けた」と言われれば強くは言えないが。


「ランスロットが戻り次第、我々は帰国の準備にかかるが、クリスティナ嬢はラスカーシャに留まり冒険者を続けるつもりかな?」

「はい。そのつもりです」

「ふむ。出来ればわが国にスカウトしたいくらいなのだが。私もクリスティナ嬢がいてくれれば嬉しい」

「あはは。私に宮仕えは無理ですよ。何より自由な立場で居たいですしねー」


 天真爛漫に笑うクリスに苦笑するアーサー。

 国に迎えたいと言うのは本心だ。これほどの人材を王国に取り込めるなら、どれほどの益が見込めるだろうか。しかし、軽く話を振ってみたもののあっさりと流されてしまった。肩を竦めるアーサー。


「やれやれ。フラれてしまったか。だが、もし考えが変わったら連絡をくれ。喜んで迎えよう。冒険者として近くに来たときも連絡を貰えれば嬉しい。その時は我が家自慢のサングリアをご馳走しよう」

「楽しみにしておきます」


 うれしそうな笑みを浮かべるクリス。つられてアーサーにも笑みが浮かぶ。


「ふたりだけの時間を邪魔して悪いけど、やほー。戻ってきたよー」


 突如、能天気な声が響いた。手には紙袋を提げている。

 顔にはなにかを楽しむような、意地の悪い笑みが浮かんでいた。


「・・・なにを言っているんだ、お前は」

「お邪魔虫ごめんねってことで。はいこれ、クリスちゃん」

「これは?」


 受け取った紙袋を不思議そうに見るクリス。


「あれの御代」

「ああ、なるほど。確かに受け取りました」


 受け取った紙袋の中身を確認することなく懐にしまいこんだクリスを見て、ちょっとした悪戯心が芽生えたランスロットはにやりと笑って言ってみた。


「そんなに簡単に信用しちゃっていいの? ひょっとしたら騙しているかもしれないよ? ケチって全額入ってないかもしれない」

「大丈夫ですよ。もし騙していたら全力で呪いますから。たぶん後悔も出来なくなります」


 帰ってきたのは想像以上に恐ろしい答えだった。しかも無邪気な微笑み付きでの。


「そそそそそうなんだ。大丈夫。ボクハ騙シタリシナイヨ?」

「そう願います。お互いの為に」


 その無邪気な微笑みの向こう側に空恐ろしいものを感じ、言葉遣いがおかしくなるランスロット。冷や汗が止まらない。

 助け舟を出してくれたのは友人だった。


「クリスティナ嬢はラスカーシャのギルドに登録するのだろう? よければハリソンに案内させようか? 彼は元冒険者なんだ。私がスカウトする前はこの街を拠点に活動していてね。ギルドにも詳しい」

「んー。大丈夫です。もうギルドの敷地内ですから。それでは、みなさん。短い間でしたが大変お世話になりました」


 アーサー達を見渡し、スカートの裾をつまんでぺこりと頭を垂れるクリス。歳相応の可愛らしさ満点だ。


「いや。世話になったのはこちらのほうだ。君のお陰で大事な友と部下の命を救うことができたのだから。改めて礼を言おう。ありがとう」

「あれー、クリスちゃん。やっぱり行っちゃうの? 僕達と来ればいいのに」

「嬢ちゃん、世話になった」

「また会おうぜ」

「縁があれば、また」


 それぞれに別れの言葉を交わし、クリスはティエレに乗り込みその場を後にした。といってもギルドから出るのではなく、受付のある建物近くの駐機場に移動するだけだが。

 結局、アーサー達から自動兵器反乱についての情報は得られなかった。しかし、それほど心配はしていない。ギルドか街に行けば図書館ぐらいあるだろう。そこで調べればいいやとクリスは考えていた。


 ギルド敷地内ではローラーギア禁止のため、ティエレを歩かせて駐機場に向かう。

 死角の多いギルド倉庫街を出て人の多い事務所建物に近づいていくと、ティエレDに気付いた冒険者や作業員が驚いたように作業の手を止め視線を向けてくる。

 見たことのない重装甲の機体。おまけに背中に大砲を背負っていれば嫌でも視線を集めるので無理もない。


「あまり目立ちたくないんだけどなー」


 クリスは狭い操縦席内で独り言ちた。

 自分はこの世界ではよそ者だとクリスは考えている。何の因果かこの世界で生きていくことにはなったが、あまり派手なことはせず、ひっそりと世界の片隅を間借りできるだけでいいと思っていた。ならこんな重装甲騎兵に乗るなよという話なのだが、それだけはそれだけは許してほしいクリスであった。


 スペースの開いている駐機場で駐機体勢をとり機体から降りる。

 ごつい機甲騎兵から降りてきた小柄で愛らしい少女を見て、周囲のギャラリーがどよめいた。さもありなん。見慣れぬ機体に注目していたギャラリーにとって、あまりに予想外の騎手だからだ。

 その騎手は、「とてとてとて」と擬音でも付いていそうな足取りで事務所建屋に入っていく。

 目が合えば愛らしい笑顔を振りまき通り過ぎていく少女に周囲は騒然となった。


「おいおい、あの娘だれだ?」

「見かけない顔だが・・・」

「誰かの子供なのか? やたら可愛い娘だな」


 新人が来れば、世間の厳しさを教えてやるぜ的なお節介をしてくる意地の悪い冒険者達でさえクリスには声を掛けられずにいた。というか、あの年頃の少女に声をかければたちまち名誉ある変態の称号を冠してしまう。近づくことさえできない。ただ遠巻きに見ているだけだった。


 使い込まれた両開きの扉を開き、ギルド建物の中に入る。

 フロアの間取りだけを見れば、どこかのフランチャイズのファストフード店のようだ。。入ってすぐのところに受付カウンターが並び、その脇を抜けて左奥には衝立が並べられている。衝立には依頼書らしき用紙が貼り付けられていて、仕事を探している冒険者達が熱心に依頼内容を吟味していた。

 右手にはテーブルとソファーが並べられ、何組もの屈強そうな冒険者が雑談に花を咲かせている。テーブルの上にはビールやワインの入ったグラスが置いてある。ギルドでは冒険者相手に軽食なども提供しているのだろう。

 強めの酒類が見当たらないのは酔っ払い対策だろうか。


 クリスは受付カウンターに真っ直ぐ歩いていった。カウンターには二十代半ばの女性が手元に視線を落とし、何かの書き物をしている。

 足音で誰か近づいてきたことに気づいたか、作業を中断し営業スマイルを浮かべた。


「ようそこ。ラスカーシャ冒険者ギルドへ。今日はどのようなご用件でしょうか? お仕事の・・・依頼・・・この用紙・・・?」


 営業スマイルを浮かべるマニュアル通りの対応が、徐々に尻すぼみになる。

 当然だ。冒険者ギルドに用がある者は、仕事をしてもらいたい依頼人か仕事を探している冒険者。間違っても十代前半の愛らしい少女ではない。

 奇妙な闖入者に気づいたギルド事務員や冒険者達の視線が集まり始めた。


「えーと、お嬢ちゃん。パパを探しているのかな?」

「いえ。冒険者の登録に来ました」

「「「「「「え゛!?」」」」」」


 きっぱりと宣言したクリスの言葉に、今この場にいる全員が凍りついた。


「冒険者として登録したいのです。お願いできますか?」

「えーと、お嬢ちゃん。ここは冒険者ギルドなの。お嬢ちゃんのように可愛い娘が入ってきちゃいろいろと危ない所なのよ?」

「しかし、冒険者として登録するには冒険者ギルドに赴かなければなりませんし」

「冒険者って・・・お嬢ちゃんが? お嬢ちゃん、おいくつ?」

「十七歳です」

「「「「「「え゛!?」」」」」」


 再び周囲が凍りついた。

 ラスカーシャの街がいかに冒険者に理解があるとはいえ、仕事が仕事だけに登録には年齢制限がある。ほとんどの冒険者ギルドでは、登録可能な年齢は成人年齢である十五歳以上となっていた。

 童顔のせいもあり、クリスはどう見ても12~13歳くらいにしか見えない。

 クリスは心の中で泣いた。


(くう。疑われているっ! こんなことならキャラメイクの時もっと大人びた外見にするんだった!)

「お嬢ちゃん。ホントに十七歳?」

「証明しろと言われても困りますが、ホントに十七歳です」


 疑いマナコの受付嬢はカウンターの下からなにかごぞごぞと取り出し、クリスの前に差し出した。それは縦横30×20Cm、厚み5Cmほどの箱で、表面に人の手形のような絵が書かれている。


「ちょっとコレの上に手を置いてくれる?」

「こうですか?」


 言われたとおりクリスは箱の表面に右手を置いた。箱の表面に何かを読み取るような線が手前から奥にと走り、受付嬢側の小さな画面に文字が表示される。その文字を読み、受付嬢は納得したように小さく頷いた。


「お嬢ちゃん、吸血鬼族の方だったのね。疑ってごめんなさい。なにしろこの街では冒険者志望の若い子達が多くて、たまに年齢を偽って登録しに来る子がいるのよ」


 箱は種族や年齢を調べる魔動機械らしい。この街ではこのような魔動機械が必要とされるほど、年齢詐称する冒険者志願が多いのだろう。


「なるほど。吸血鬼族か」

「どうりで」


 クリスの背後からギャラリーの納得する呟きが聞こえてきた。

 吸血鬼族はエルフ族やドワーフ族同様長命の種族だ。その成長速度は人間より遅いことで知られている。実年齢が十七歳であろうと、外見が十三歳程度にしか見えなくても不思議ではない。


「では、こちらの用紙にお名前と種族、年齢と車両をお持ちでしたらそれも記入してください」


 言われたとおり、用紙に必要事項を記入していく。

 一生懸命書き込んでいくクリスに、周囲からは微笑ましい視線が注がれていた。なんとなく「んしょ、んしょ」という擬音でも付いていそうな感じだからだ。

 記入を終えた用紙を受付に差し出す。内容を確認している受付嬢の目がある一点でとまった。


「あら。機甲騎兵をお持ちなんですか」

「はい」


 周囲のギャラリーが再びざわついた。

 装甲騎兵を所有することは、冒険者にとって夢であり憧れであるからだ。なにせ既存の車両とは戦闘力が違う。AMF影響下にあれば機動力と魔法攻撃力は失うものの、唯一自動兵器や『蟲』と互角に戦える兵器であることは間違いない。

 工業力の低下した人類側は生産力に限界があり、各国とも自国内の軍部の需要を満たすのでやっとだ。冒険者に回す余裕は少ない。

 当然価格もうなぎのぼりで、機甲騎兵は一介の冒険者には簡単には手が出せない代物なのだ。


 まれに軍部から冒険者ギルドへ払い下げの機体が出てくるが、中古といえどけっして安くはない。ほとんどの冒険者は戦車ですら賄えず、価格の安い戦闘車両で仕事をすることになる。

 冒険者の街といわれるラスカーシャでさえ、機甲騎兵持ちは百人といないのが現状だ。機甲騎兵は、多くの冒険者にとって、いつかは手に入れたい成功者の証なのだ。

 クリスを見る冒険者達の眼が、やっかみ混じりの嫉妬を含むものに変わっていく。その視線を読み取った受付嬢はクリスにそっと忠告した。


「・・・お嬢ちゃん、気をつけてね。人の騎兵を強奪する不良冒険者はこのギルドにはいないと思うけど、いろいろ嫌がらせをされるかも」

「冒険者も大変なんですね。ありがとうございます。気をつけます」

「登録作業は二時間ほどで終わるから、それまでの間、整備部で機体のチェックを受けてきてくれる? 整備部は建物を出て左側奥の大きな工場よ。この用紙を担当の人に見せてね」

「はい。わかりました」


 用紙を受け取り、クリスはギルド事務所を後にした。

 ティエレに向かうと、そこには人だかりの山ができている。常識はずれの重装甲を持つ見慣れない機体。目立つなというほうが無理だった。


「始めてみる騎兵だな。なんだこれ」

「ごっつい装甲。こんな重装甲で本当に動くのか?」

「誰のなんだ?」

「さっき、やたらちっこいのが出てきて事務所の方に行ったみたいだが」

「え゛!? さっきのあれが騎手なのか?」


 すき放題言っている。

 クリスは肩を竦め、輪の中に入っていった。


「すみません。ちょっと通してください」

「お? なんだい嬢ちゃん。迷子にでもなったのか?」

「いえ。あの騎兵は私のなので」

「「「「「はぁ!?」」」」


 非常識な発言に凍った冒険者達を掻き分け、クリスは片膝を付く騎兵の手足を伝って駆け上がる。やたら手馴れた様子で乗り込んた小柄な少女に、ギャラリー達はあっけに取られていた。

 驚く冒険者をよそにティエレが起動、立ち上がった。


「おいおい、マジかよ」

「あんなガキが騎手だって?」

『動かしますから、ちょっと退いててもらえます?』


 拡声器を通し騎手から注意が飛んだ。人だかりが数メートル後ずさる。

 唖然とする冒険者達をよそに、重装甲機甲騎兵は悠然とその場を後にするのだった。






「班長! 妙な騎兵がこっちに来ますよ!」


 近づいてくる見慣れない重装甲の機甲騎兵を指差し、若い作業員が騒ぎ始めた。休息していた整備班班長ステファン・グラスは飲みかけのコーヒーカップをテーブルに置いて作業帽を被る。


「若ぇ連中が騒いでいた奴だな。おおかた機体チェックに来るんだろうよ。おい、空いてる整備架台に案内してやんな。手の空いてる奴は機体チェックにかかるぞ!」

「ういっす!」


 グラスの指示で作業にかかる整備員たち。

 作業員に誘導され、ティエレは整備架台のひとつに背を向けて収まる。


「かー、こりゃまたごっつい騎兵ですな。あきれることに大砲背負ってますぜ」

「あまり見ない型の騎兵だな。しかも相当いじってやがる。こいつを仕上げた奴はかなりのタマだぜ。騎手の腕も悪かねぇ」


 重装甲でありながら、それを感じさせない騎兵の滑らかな動きにグラスは感嘆した。その出来栄えに内心舌を巻く。

 機体チェックは仕事を請けても騎兵に問題がないか調べる為に行う。

 なにせ、荒事が多い冒険者の中でもとくに荒っぽい仕事を請け負うのが騎兵乗りだ。当然危険度も高い。騎兵持ちが請ける仕事はギルドの依頼の中でも重要な案件のものが多く、その成否はギルドの評判だけでなく経営にも直結する。

 半端な状態の騎兵で依頼に失敗でもされれば、ギルドとしても困る訳だ。

 騎手はギルド内で定期的に機体チェックを受けねばならず、支障なしのサインを整備班から貰わなければギルドからの依頼を受けられなくなってしまう。

 ギルドにとっても騎兵持ちの冒険者にとっても、機体チェックの安否は重要だった。


 ざわり・・・


 作業に取り掛かろうとした整備員たちの動きが止まる。本来喧騒が絶えないはずの整備部ハンガー棟が静寂に包まれる。

 操縦席からクリスが現れたせいだ。さすがのグラスも唖然とする。


「・・・おいおい。こいつはなんの冗談だ?」

「班長。なんかやたらちみっこくて可愛い女の子が降りてきた幻が見えるんですけど・・・」

「そりゃ、俺にも見えてるから夢でも幻でもないやな」


 いまだ呆然としている若い整備員の背を叩き、正気に戻すと作業にかからせた。作業にかかる整備員の脇を抜けてクリスがグラスの元にやってきた。行儀良くぺこりとお辞儀して彼女は言った。


「失礼ですが、班長のグラスさんですか? 始めまして。私はクリスティナと申します」


 やたらと丁寧に挨拶され、笑みを浮かべるグラス。ふたりの様子は、並んで立てば祖父と孫といったところだろう。


「整備班班長ステファン・グラスだ。ここの整備班を仕切っている。決まりだから嬢ちゃんの騎兵、ちっと調べさせてもらうぜ」

「はい。お手やわらかに」

「簡単なチェックだけだから一時間もあれば終わる。コーヒーでもどうだい?」

「良いですね。頂きます」


 作業場の隅に設置してあるテーブルと簡易イスだけの休息スペースにクリスを誘うと、自分用も含めてコーヒーを二つ用意した。片方をクリスに渡す。


「ところで嬢ちゃんの騎兵、見ない型だが何処のか聞いてもいいかい?」

「あれはティエレをベースに改造した機体です。趣味の赴くままにいろいろ弄っていたらああなりました」

「ちょっとまて。じゃあ、なにか? あれを組んだのは嬢ちゃんだってのかい!? ティエレと言うと、西方の自動兵器にやられて滅ぼされた国が製造していた機体だと思ったが・・・」

「騎兵弄りは趣味ですので(あらら、あそこ滅んでいたのね。ティエレの予備パーツそろえるの苦労しそうだなぁ)」

「趣味で組めるような機体じゃないような気がするが」

「ならば愛と言い換えましょう!」


 胸を張って答えるクリス。

 小柄な体躯からは想像もできない豊かな胸が押し上げられる。


(若ぇ連中には目の毒だな・・・)


 胸を張るクリスに苦笑し、コーヒーを一口すする。

 いつも飲んでいるコーヒーが、今日に限って複雑な味がしたグラスである。




H23/10/04 誤字・文章一部修正。ついでに騎兵持ち冒険者の数も変更。

H23/11/28 誤字修正。ご指摘、ありがとうございます。

H24/01/06 誤字修正。ご指摘、ありがとうございます。

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