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第04話 騎士

 太陽は天頂でその輝きを強め、容赦のない陽光を大地に降り注いでいる。

 赤茶けた大地を焦がす熱が陽炎となって立ち昇り、荒野を行く人の目を惑わせる。

 不毛ともいえる大地。一年の降水量を雨季のみに頼る大地に、命の恵みは少ない。その痩せた大地の赤茶けた砂塵を巻き上げ、道なき道を行く一両の戦車があった。

 戦車は後方に荷車のようなものを牽引している。


 朝から荒野を走り通し、ようやくクリスの視界に僅かに茂る緑がちらほらと映りはじめた。周囲に本格的な緑が映えるのは、もう少し南に下った先だろう。


 天には雲ひとつない青々とした空が広がっている。が、クリスの心の中はもやもやとした雲で覆われていた。天使のような整った顔に如実に内面の不機嫌さが表れ、斜を落としている。

 原因は言わずもがな、オルテアの街での戦闘だ。


 アークドライブの原因不明の出力低下。それに伴い加速状態での自動兵器への衝突。

 大事な大事なティエレDを中破させてしまった。綺麗に仕上げた装甲版が凹み気分も凹む。まともにぶつかった左腕など肩の付け根からもげてしまい、泣く泣く新しい腕と交換した。


 敵の攻撃での破損ならばまだ許せた。未熟な自分の腕前に怒りをぶつければいい。

 だがしかし、あの戦闘での最後の有様はいわば事故。

 クライマックス直前、クリスは自動兵器を華麗に仕留め燃え盛る炎をバックに風にたなびく髪を掻き揚げつつニヒルな笑みを浮かべるという自己賛美のシーンを脳裏に思い描いたのだが、現実は操縦席の中で目を回し気絶していたという始末。


 それでも原因が判れば少しはマシだったのだろうが、AMFの存在を知らないクリスには理由が判別つかない。

 ティエレの修理に関しても普段なら楽しいはずの作業だが、当然のごとく少しも楽しめなかった。修理にかけた二日間、ずっと不機嫌オーラ全開で過ごしたのである。

 こんな事ではいけないと、ちょっとした気分転換を試みたのだが効果は薄かった。


 クリスがその一団を発見したのは、オルテアの街を後にして半日後のことだ。

 照りつける陽の光に、不機嫌オーラ七割り増しのクリスはストレス発散先を物色していたのだが、そうそう見当たるはずもない。より一層イライラが募る。

 そろそろ当たりかまわず攻撃魔法でも乱打しようかと考え始めた矢先、視界の彼方で自動兵器に追われている一行が目に写った。

 手前には、その一行を目指してるらしい小山のような巨体の自動兵器もいた。


 クリスの顔に黒い笑みが浮かぶ。

 ひょっとしたら自動兵器しか目に入らなかったのかもしれない。

 牽引するキャリーを切り離し、クリスは高らかに叫ぶ。


 「突貫! Panzer Vor!」






「くそっ! 何故こうもうじゃうじゃと集まってきやがるんだ、こいつらは!」

「隊長、まずいです! このままでは囲まれます!」

「ちいっ! 奥に入り込み過ぎたか!?」


 前方から押し寄せる自動兵器の群れに、無線越しに伝える緊迫した部下の声。

 目下の敵を切り伏せ、自身の判断ミスに思わず舌打ちするアーサー。だが、状況にそぐわぬ落ち着いた声がその言葉を否定する。


「そんな筈はないよ。オルテアまで200Kmは離れている。冒険者達から集めた情報では、奴らの重要警戒ラインまでまだ先のはずだ」

「じゃぁ、なぜ機械どもはこんなに集まっているんです? オルガ導師のご見解は?」

「それは判からないね。残念だが情報不足だ。おそらく彼らにとって異常事態でも起きたんじゃないかな」


 オルガと呼ばれた男の応えは解をなすものではなかったが、実は正鵠を射ている。もっとも彼らに気づく術はないのだが。自動兵器の目的は、連絡を絶った先行試作機の捜索であった。


「要は、原因不明というわけか」

「その通りだよ、アーサー。もっとも原因が分かったところで目の前の敵が消えてくれるわけじゃない。今は原因究明より生き延びる方が先決だね」

「ああ、分かっている。ハリソン、ランバート! 囲みの薄いところを突破する、ついて来い! ランスも遅れるなよ!」

「「了解!」」「はいよ」


 アーサーが主君から密命を帯び、自治港湾都市ラスカーシャを訪れたのは七日前。

 街での準備と情報収集に二日をかけ、二人の部下と護衛対象であり友人でもあるランスロットと共に自動兵器狩りを続けていた。

 ランスロットの開発したAMFの対抗装置。その実証実験のためだ。

 実験は大成功と言っていい。


 展開されたAMF内では機甲騎兵はその行動に大きな影響を受ける。アークドライブの出力低下。魔動機関の不調。魔術の使用阻害。機甲騎兵や戦車、その他の魔動機械は本来の力の半分も発揮できない。

  AMFの存在は長年推察されてきたが、その対抗策を探るには世界はあまりに混乱していた。

 自動兵器に滅ぼされた国。焼き払われた街。生まれた土地を捨て、安全を求めて流入する難民。失った多くの人命。多くの知識と技術が失われた。

 魔法を用いない実弾兵器の開発に成功しなければ、人類は自動兵器に抗う術さえなかっただろう。それでも大陸の半ば以上の土地を奪われてしまったのだが。


 『蟲』の大侵攻で自動兵器の戦力の大半が北に向けられている現在。その機会を生かしきれなければ人類は滅んでしまうのかもしれない。例えそれが、人類の宿敵たる『蟲』により得られた機会だったとしても。


 ランスロット・オルガが苦心のすえ完成させたAMF対抗装置は完全に機能した。

 騎兵は魔動兵装こそ使えないものの、AMFの影響を受けずよく動いた。なによりローラーギアが機能し、高速機動が出来るのがありがたかった。倒すにしても逃げるにしても。

 人類がようやく掴んだ反撃の芽だ。失う訳には行かない。アーサーは己の心に喝を入れる。

 一団となって駆る機甲騎兵。

 進路を塞ごうと前に出てきた蜘蛛型の自動兵器を一撃で切り伏せ、そのまま駆け抜ける。一行は囲みを突破するとローラーギアを全開にして自動兵器を引き剥がしにかかる。


「それにしても、オルガ導師の開発した魔動機械はたいしたものですな。AMF範囲内でも普段通りに騎兵を動かせるとは」

「いやまったく。こいつがあれば戦況は変わりますよ。機械どもを駆逐できるかもしれない」


 逼迫した状況であるにもかかわらず、どこか気楽な様子の部下達に苦笑するアーサー。

 しかし隊長としてはクギを刺さなければならない。


「お前たち、安全圏に逃れきるまで気を抜くなよ?」

「了解です、隊長」

「ほめてくれるのは嬉しいんだけど、まだまだ未完成なんだよね、アレ」

「げ。マジスか」


 いきなり動揺するハリソン。

 だが続くランスロットの説明にほっと息を吐いた。


「うん。まだ出力が弱くてせいぜい騎兵を覆うくらいでイッパイなんだ。もっと広範囲に広げることが出来れば魔法を併用する戦いが出来るんだけどねぇ。

 連続使用も八時間が限界。出来れば一日は持つようにしたいね。ああ、念のために言っておくけど、今朝方新品と交換しておいたから今日はまだ持つよ」

「よかった。一時はどうなるかと」

「騎兵の動きが阻害されないだけでも助かる。私は騎士だからな。魔法より剣を振るうほうが性に合っている」

「魔動士官がそんなこと言うかね。ってか君、魔動術師としても一流だろう? たしか古式魔術の心得もあったよね」

「だから"性に合っている"と言っている。必要なら魔法でもなんでも使うさ」


 背後から追いすがる蜘蛛を振り向きざまに大口径銃で撃ち抜く。急所に命中したか機能を停止し脱落したあおりで衝突した数機の蜘蛛を巻き込み爆発する。

 アーサーは硝煙が立ち昇る銃を捨てた。弾切れだ。


「たとえ実弾の射撃武器だとしてもな」

「実弾武器は嫌いかい?」

「性に合わなくてね。弾が尽きれば使えなくなるなど不合理極まりない。弾薬も荷物になるしな」

「君ほどの騎士なら武法を使ったほうが早いのだろうけど、自重してくれよ? ラスカーシャには冒険者という触れ込みで来ているんだ。自治都市政府や周辺国と余計な波風はごめんだよ」

「了解だ、雇用主。報酬は弾んでくれ」


 一行の役どころはランスロットが金持ちの若旦那、アーサーとハリソン、ランバートが護衛に雇われた冒険者というものだ。

 装甲騎兵にもそれっぽい偽装を施している。


「精神的なものでよければ幾らでも。実収入は上と直接掛け合ってくれよ」

「あまり期待できそうに無いな。--包囲は突破した。全力で逃げるぞ!」

「了解」

「にしても何故実験を秘密にするんです? AMF対抗装置の開発にしたって他国も開発中でしょう? よそと協力してやればもっと早く完成にこぎつけるでしょうに」


 ローラーギアの全速力で走破しつつ、ハリソンがぼやいた。

 当然だ。自動兵器との戦いは、人類の存亡をかけた戦いなのだから。だが、政治というやつは様々な思惑が入り乱れる複雑怪奇な世界だ。

 アーサーがぼやく。


「自動兵器駆逐後を見越した政治的駆け引きというやつだ。他国を出し抜いて主導権を握りたいのだろう、宰相殿はな。ランスが我々と同行しているのもそれが理由だ。本来なら、安全な場所で研究に従事してもらいたいのだが。国元に残したままだと、宰相殿や他国の間者に狙われる可能性があるからと陛下も危惧しておられた」

「ったく、あのクソジジイが!」


 ランバートが吐き捨てるように言った。


「そう言ってやるな。宰相殿も、私心はあれど国の為に動いているのだ。あれでもな。それに陛下とてその思惑はある。聖人君子では勤まらないのが為政者というものだろう。信念に従い、剣を振るえば良い我々とは違うさ」

「隊長! 八時の方向に新たな敵影! 数四! 四時の方向にも敵です!」


 突如、ハリソンが警戒の声を上げた。それはやがて悲鳴に変わっていく。

 全員の視線がハリソンのさす方向に向けられる。


「そちらの数は一機ですが・・・あ、あれは・・・あれは、ヘカトンケイルです!」

「なんだと!」

「おいおい、ヘカトンケイルってまさか!?」


 部隊に衝撃が走った。さすがのアーサーも背に冷や汗が流れる。これまでのランスロットの余裕ある雰囲気も吹き飛ぶ。


 ヘカトンケイルは全長20メートル、高さ8メートルにも及ぶ大型の自動兵器だ。

 巨大な無限軌道の上にのせられた巨体。その本体の左右側面に巨大なコンテナを前後に二列装着している。そこに無数の子機を格納している。

 直径五十センチほどの小型自動兵器は強力な爆弾をその腹に抱え、高速で目標に接近、体当たりして自爆する。その破壊力は機甲騎兵など一撃で大破せしめるほどだ。

 親機であるヘカトンケイルはコンテナに数百の子機を格納している。嘘か本当か不明だが、本体内部で小型自動兵器を生産できるという話まである。親機本体の戦闘力も桁違いに高く、本来は都市殲滅戦用の大型自動兵器なのだ。

 間違ってもこのような場所にいていい相手ではない。

 最悪の相手だった。

 一番まずいのは、ヘカトンケイル子機の移動速度は機甲騎兵を軽く上回ることだろう。つまり、確実に追いつかれる。

 いかにAMF対抗装置を搭載した騎兵とはいえ、僅か四機では太刀打ちできない絶望的な相手だった。


(わが身を楯にして如何ほどの時間が稼げるか・・・だが、なんとしてでもランスは守らなくては!)


 機体を反転させたアーサーはヘカトンケイルへとその機体を向けた。


「これは命令だ! 私が囮となって奴を引きつける。その間になんとしてでも逃げ延びろ! お前たちはその身を楯にしてでもランスを守れ!」

「た、隊長!?」

「アーサー、無茶だ! あれの相手は君一人では--」

「オルガ道師、お早く! ここで立ち止まっては隊長の死が無意味になってしまいます! ハリソン、お前も早く--って、おい!」


 アーサーに続き、ハリソンまできびすを返しヘカトンケイルに向かう様子を見て驚愕するランバート。


「ハリソン!」

「導師のことは頼む! いくら隊長でも無数の子機まで居たんじゃ一人じゃ無理だ。せめて子機だけでも俺が引き受ければあるいはっ!」

「そりゃ俺の役目だろう! お前にはエミリーが--」

「貧乏くじ引かせてすまん。エミリーにはお前から謝っといてくれ」

「ば、馬鹿野郎がっ!!」


 ヘカトンケイルは機体左右のコンテナを開き、子機を無数に吐き出した。その数は優に百を超えている。

 地面に転げ落ちた悪魔の実はやがて静止し、球体中央の単眼を怪しく光らせると空中に浮かび上がった。本体からの指令を受け、その単眼で愚かにも向かってくる敵機を見据える。

 黒い悪魔の群れが哀れな獲物に向けて解き放たれようとした矢先、ヘカトンケイルとその子機たちのはるか上空に巨大な魔法陣が出現した。


「魔法陣!?」


 突如として上空に出現した巨大な魔法陣。

 脳裏に危険なものを感じ、とっさに操縦桿を倒して進路を変える。後から続いたハリソンもアーサーに倣って進路変更し、機体を側に寄せて停止する。


「隊長!?」

「ハリソン!? お前何故ついてきた! ランスを守れと命令しただろう!」

「すんません、隊長。楯は二枚あったほうがいいかと思いまして。それにしても、ありゃなんです? 自動兵器のそばでは魔法は使えないんじゃ?」

「魔法陣はAMF領域外にあるんだろう。それよりここを離れてランバートと合流するぞ。ここは危険だ!」


 魔法陣の輝きが増していくことに身の危険を感じ、急いで退避を始める二機。

 ヘカトンケイルの周囲に散らばっていた子機達は、突如として発生した魔法陣に戸惑っているのか身体を左右に振って空中に停止したままでいる。

 魔法陣はさらに輝きを増すとゆっくりと時計回りに回転を始めた。するとすぐ下に小さな魔法陣が展開される。小さな魔法陣は上とは逆に反時計回りに回転を始め、やがて小さな雷を伴い魔法陣全体が雷を帯びていった。


 突如、世界を光が覆った。続く轟音に大気が震え、周囲を打ちのめす。

 魔法陣より解き放たれた無数の雷槍が豪雨のごとく直下の自動兵器に降り注ぐ。逃れようとするヘカトンケイルの子機らが雷の槍に貫かれ、腹の爆弾を誘爆させられひとつ残らず爆散した。

 轟音を轟かせ降り注ぐ雷の雨はいつまでもやまず、ヘカトンケイル本体にも容赦なく襲い掛かった。雷にさらされ装甲板がえぐり取られ弾け飛ぶ。

 雷の槍はやがて一本の極大の剣に収束されヘカトンケイルに突き立てられる。潜り込んだ雷が内部で荒れ狂いずたずたに引き裂き焼き尽し大爆発を起こした。

 雷の被害は自動兵器のみに収まらない。周囲の大地をもえぐり、自動兵器を含めてすべての物を吹き飛ばした。


 それはまさに天の断罪。

 矮小なものなど意にも介さず、抗うことさえ許さず、神成りとなって撃ち滅ぼす破壊の力。






 突然の出来事に、呆然となってヘカトンケイルがいた場所を眺めるだけのアーサーとハリソン。

 そこにはもはや何もない。大きくえぐられた大地の跡が、目の前で起きた出来事が夢ではなかったことを告げているだけだ。


「な、なんだったんです、今の」

「・・・判らん」

『ランバート!!』


 無線機から聞こえてきたランスロットの動揺した声に、二人は現実に引き戻された。

 慌てて振り返ると、ランスロットを庇ったランバートの機甲騎兵が蜘蛛型自動兵器の爪に貫かれていた。下段から切り上げた剣で自らを貫く爪を腕ごと切り落とし、返す刀で本体を叩き斬る。

 破壊された蜘蛛と同時に地面に崩れ落ちるランバートの機体。


「ランバート!」


 ローラーギアを全開にして二人の元に急ぎ戻ろうとするアーサー。

 自らを楯にするべくヘカトンケイルへと向かっていたのが仇になった。倒れたランバートとランスロットを取り囲む自動兵器の群れが輪を狭め間近に迫っていた。

 ランスロットは機甲騎兵に乗ってはいるが、本来は学者であり戦う人間ではない。周囲を取り囲む自動兵器に抗う術は持ち合わせていなかった。

 迫り来る自動兵器の群れに押されるように後ずさるランスロット。しかし、背後に回りこんだ別の自動兵器が退路を断つ。もはやどこにも逃げ場は無かった。


「ランス! どうにか逃げてくれ!」

『僕には無理だよアーサー。どこにも逃げ場はないみだいだ』


 どこか達観したランスロットの声が無線機から聞こえる。

 ゆっくりと近づいた蜘蛛型自動兵器が、ランスロットの機体を貫かんと鋭い爪を持つ前足を振り上げる。


『--ごめん、アーサー』

「ランスロット!」


 アーサーの悲鳴に似た声が親友の名を叫ぶ。

 いままさに振り下ろされんとしたその時、大気を引き裂く音と共にランスロットを貫こうとした自動兵器の前半分が吹き飛んだ。


『--あれ?』

「な、なんだ!?」


 立て続く理解不能な出来事に、さすがのアーサーも思考が停止する。


「隊長! 後方から見慣れない騎兵が信じられない速さで向かって来ます!」

「なに!?」


 見ると、確かに見慣れない濃緑色の機甲騎兵が猛スピードで近づいてくる。それも尋常ではない速さで。

 ローラーギアとか高速機動とかいったレベルを遥かに超えていた。

 しかも、その機甲騎兵は、馬鹿げたことに自身の身長と同じくらいの砲身長の戦車砲を背負っていた。両手には巨大なハルバートを抱えている。


 背中の戦車砲が火を吹いた。

 思わず身を強張らせたアーサーとハリソンだったが、もちろん戦車砲の狙いは二人ではない。ランスロットの背後から忍び寄る自動兵器に穴が開き、ついで爆発が起きる。


『もげらーーー!?』


 間近で起きた爆風の煽りを受け、もんどりうって倒れるランスロットの機体。

 アーサーは、ようやく事態を把握した。


「さっきのあれは、アイツの仕業か!」


 アクセルペダルをべた踏みしえローラーギアを全開。二人の元に戻るべく大地を駆ける。


「ハリソン、今のうちに二人の元に戻るぞ! 急げ!」

「り、了解!」

「間に合え!」


 急ぐアーサーの視界の中で、ランスロットの周りに詰め寄った自動機械が一機二機と爆散していく。

 後方の機甲騎兵の砲撃だろう。高速で移動しながら確実に敵を仕留めていく腕前に舌を巻くアーサー。

 瞬く間に敵の数が半減する。一発のミスもない。恐ろしいほどの腕前だった。


「た、隊長!?」


 背後からハリソンの驚く声が聞こえた。「どうした」と声をかけようとした時に、傍らを緑の影が追い抜いて行った。あっという間に距離を離される。

 件の機甲騎兵だった。


「速い!」


 背後から見れば速さの正体がわかる。騎兵背面に取り付けたジャンプ用の大型スラスターだ。それも四器もある。

 ジャンプ用のスラスターは、本来は段差や障害物を飛び越える為に一時的に使用するものだ。そのため脚部や腰に設置するのが常識となっている。件の機甲騎兵は、あきれたことにそれを推進力として利用するために背中に配置していた。それも加速を得るために常時噴射という常識外れの方法で。


 だが、その常識外れのお陰で瞬く間に距離をつめ、ランスロット達の元に到達する。そしてさらに常識外れの行動に出た。

 驚くべきことに、濃緑色の機甲騎兵は減速どころかさらに加速して自動兵器の群れに突撃した。騎兵の体当たりを受けた敵機はその場で粉砕され、また別の敵機は衝撃で跳ね飛ばされる。かなりの距離を飛んだあと大地に叩きつけられ爆発した。

 普通の機甲騎兵なら粉砕された自動兵器と同様の運命を辿るのだろう。しかし、件の騎兵はとてつもない重装甲でろくに損傷は見当たらない。驚くべき頑強さだった。


「なんて奴だ・・・」


 もはや驚きを通り越して呆れるしかないアーサー。

 自動兵器を跳ね飛ばし通り過ぎた機甲騎兵は、すぐさま機体の向きを変え、それまで推進力としていたスラスターを減速用として使う。機体を左に横滑りさせつつ戦車砲を発砲。残った自動兵器の内の一機を鉄くずに変えた。

 残りの自動兵器はすでに二機にまで減っていた。

 距離をつめた濃緑色の騎兵が手にしていた巨大なハルバートを振りかぶり一閃。敵を両断する。

 最後の一機が猛然と攻め寄ってきた。お返しとばかりに頭から騎兵に突っ込む。慌てることなく左肩の巨大な楯で相手を受け止めると、ハルバートを手放した右腕を差し出した。

 戦車砲に匹敵する轟音と共に鋼の杭が打ち出され、最後の自動兵器を撃ち貫く。

 主演算装置を貫かれた自動兵器は一度ビクッと震えると力なく崩れ落ちる。排出されたパイルバンカー用の薬莢が大地に落ちた。






 アーサーとハリソンが二人の元に戻れたのは、結局のところすべてが終わってからだった。情けないことに、まるで出番が無かった。

 件の機甲騎兵は、倒れた騎兵から這い出てきたランスロットとランバートを警護しつつ、撃ち漏らしの敵がいないか周囲を警戒している。


「ランス、ランバート! 無事か!」

「やあ、アーサー。ランバートが庇ってくれたので僕に怪我はないよ。まあ、倒れたときに頭打っちゃったけどね。ランバートも怪我はしてるが無事だ。それと、彼のお陰で二人とも命拾いできたよ」


 傍らで警戒を続ける濃緑色の機甲騎兵を見上げ、ランスロットは笑顔を見せた。ランバートも腕に怪我はしているが、命に別状はなさそうだ。無事なほうの手を上げ、笑顔でアーサーに無事を伝えるランバート。

 アーサーはほっと安堵の息を吐く。

 二人の傍らで駐機状態を取り、騎兵から降りるとハリソンにも降りるよう伝える。敵意が無いことを示す為に両手を広げて二人を、おそらくは自分達をも救ってくれた機甲騎兵に歩み寄る。


「君の助力で大事な友と部下の命を拾う事ができた。感謝の意を送ろう。改めて礼を述べたいのだが、降りて来てはもらえないだろうか?」

「・・・落し物を取りに行ってくる」


 それだけを告げ、背を向けると走り去る機甲騎兵。

 驚くべきことに、騎兵から聞こえてきたのは少女の声だった。それもまだ幼い少女の声だ。走り去る騎兵の背を呆然と見送るアーサー。


「驚いたね。女の子の声だったよ。それもなんだかずいぶん幼い感じがしたな。十代かな?」

「私も驚いた。あれほど正確無比な砲撃をおこなう人物が年若い少女とは」


 アーサーに歩み寄ったランスロットが感想を述べる。アーサーにしても同意だ。


「それにしても見事な騎兵だ。あれだけの重装甲であそこまでバランスよく仕上げるとは」

「そうだね。普通あそこまで装甲を厚くすると、どうしても取り回しのバランスが崩れるものだけど。よほどしっかり重心設計しているんだろうね。それにあの機動、素晴らしいの一言だよ。ジャンプ用のスラスターを推進力として使うとはね。あの発想は無かったよ」

「私のディスタートに同じ物を組み込めないか?」

「正直難しいね。スラスターだけならともかく、あの装甲騎兵のように推進力として使うとなるとアークドライブの出力がまるで足りないよ。あの騎兵はどんなアークドライブを使っているんだろう。

 まさかアークドライブまでオリジナルじゃないだろうね?」

「さすがに其れはなかろう--と、思いたいがな。万が一そうであるなら、その技術、他国に渡したくは無いな」

「--物騒なこと考えないでくれよ? なにせ命の恩人なんだからね」

「友と部下を救ってくれた恩人だ。恩義を仇で返すがごとき無粋なまねはしないさ。第一、ヘカトンケイルを魔術で屠るほどの人物だ。私程度でどうにかできるとは思えないな」

「あの大規模魔術は彼女が?」

「それ以外考えられまい? まったく、どこまでも興味が尽きない少女だ」


 背を向けて遠ざかる騎兵を興味深げに眺め、アーサーは独りごちた。




今後の更新は週一になるかと。


H23/10/04 誤字修正。

H23/11/28 誤字修正。ご指摘、ありがとうございます。

H24/04/18 誤字修正。ご指摘、ありがとうございます。

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