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第21話 決戦(3)

何度も何度も何度も何度も書き直してようやく21話完成。

あああああ……


 クリスがアヴェンジャーの狂宴を楽しんでいた頃、剣十字騎士団特別技術顧問ヨアヒム・レッツェンベルガー率いる特殊機甲部隊"ティエレティータ部隊"は地上船へ向け最大速力で肉薄しようとしていた。

 驚くべきことに、黒い騎兵の速度は他の機甲騎兵の速度を上回り、時速120キロという驚異的な速度で砂塵を巻き上げ荒野を駆け抜けていた。


 周囲にはすでに地上船以外の自動兵器の姿はなく、黒い騎兵たちが列を成して敵地上船へ向かおうとそれを妨害する者はない。

 ティエレティータ部隊にとっては好都合なのだが、それを成し遂げたのが"あの小娘"の功績であるならば素直に喜べないヨアヒムであった。


 魔動術でAMFの有無を探っていた部下から報告が上がる。

 AMF範囲内では魔力結合が解かれるため、音響探査のように放った魔力が返ってこない場所を探ればフィールドの境界線が容易に判別できる。

 その性質を利用し、AMFの有無を調べ、その範囲内にうかつに入りこまないよう開発された魔動術だ。


「地上船のAMFはいまだ健在! あと400で接触します!」

「よし、まだ生きておったか。天は我に味方した! これぞ重畳! あれに止めを刺すのは小娘の騎兵などではなくワシのティエレティータよ! 全騎、螺旋槍を起動せよ!」


 指揮官機の後方に付き従っていた騎兵が横一列に並び、持っていた長重の槍を両腕で腰溜めに構える。

 槍はティエレティータ最大の攻撃力を秘めた兵装だ。

 槍本体にアークドライブと小型の魔動機関を搭載した魔動兵装の螺旋槍。

 その姿はどことなくおでん―――三角形に切り取ったこんにゃくにがんもどき、そしてちくわぶを横から刺したおでんを連想させるという日本人的には笑みを誘う光景なのだが、幸いなことにこのネタがわかる者はこの場には居ない。


 黒い騎兵の構えた槍の先端のこんにゃく―――ではなく穂先が唸りを上げて回転を始める。更にどのような仕組みがあるのか穂先の回転は周りの大気すら巻き込み、集められた風が暴風となって穂先にまとわり付く。

 更にその状態でアークドライブを暴走させ、投擲した槍をぶつけることで螺旋の突破力と暴走エネルギーの相乗効果で対象を破壊する魔動兵装"螺旋槍"。


 ただでさえ高価なアークドライブを使い捨てにするため大量生産など出来ないが、要塞級の自動兵器程度なら一撃で粉砕可能な破壊力を誇る。

 アークドライブを暴走状態までもっていくのに若干の時間を必要とするものの、敵の主砲は魔法攻撃で沈黙し護衛の自動兵器もいない今であれば問題なかろうとヨアヒムは決断した。


 各騎手はヨアヒムの指示に従い螺旋槍のリミッターを解除する。

 穂先の回転はより速度を増し、さらに巻き込まれた風が全長10メートルを越える風の穂先を形作った。

 横一列に並び疾走する11本の風の槍を掲げた黒い騎兵。

 その姿は荘厳であり華麗であった。


「AMFに突入後、地上船との距離200で螺旋槍を投擲する! アークドライブ副機の作動状態をチェックせよ!」

「2番機異常なし」

「3番機異常なし」

「4番機異常なし―――」


 次々と返される報告に満足げに、そして不敵な笑みを浮かべるヨアヒム。

 ヨアヒム設計の重装甲騎兵ティエレティータには二つのアークドライブが搭載されている。老魔動学者の考案した対AMF対策。ツインドライブシステムだ。

 AMF影響下のアークドライブはマナ変換効率の低下によりその出力が低下する。

 その影響は防御フィールドの喪失とローラーギアの作動不良だけにとどまらず、機体そのものの動作にも悪影響を及ぼす。エネルギー不足で思うような動きが出来なくなるのだ。

 むろん魔動兵装の使用など夢また夢だ。


 大勢の魔動学者がこの問題に取り組み様々な方法が試されてきた。しかし現在においても確固たる有効な解決策は確立されていない。

 もっとも成功している例はエスクリード王国魔動技師ランスロット・オルガ設計によるAAMFアンチ・アンチ・マギリング・フィールドなのだが、その情報は王国により秘匿され知る者は少ないのが現状だ。

 だが【レッド・チャペル】を搭載したティエレがそうであるように、発生する魔力量がAMFの中和量を上回ればAMF範囲内であろうと魔力を用いる魔動機械は作動する。


 老魔動学者は偶然ともいえる幸運のめぐり合わせでその事実に気づいた。

 その事実に基づき、ヨアヒムはひとつの兵器を完成させる。

 新たに開発された兵装"螺旋槍"は、複数のアークドライブによる膨大な魔力で螺旋を超回転させ、同時に臨界を越えたアークドライブの全魔力を穂先より放出、敵の内側から破壊するという超兵器であった。


 ―――螺旋槍11本の同時攻撃で倒せぬものなどこの世に存在せぬわ!


 剣十字騎士団特別技術顧問ヨアヒム・レッツェンベルガーは必勝を確信し攻撃命令を出した。











「とうっ!」


 クリスが()える。

 ティエレDの腰と脚部に搭載されたジャンプスラスターが一斉に青白いスラスター炎を噴出し、重力の鎖から解き放たれた鋼鉄の機体が宙を舞った。行きがけの駄賃とばかりに振るわれたハルバートに両断され、カチ割われた装甲の合間から火花を散らして爆発する自動兵器。

 その爆発力さえ利用し、濃緑色の機体はさらに高らかに宙を駆ける。

 高度にしておよそ30メートル。

 宙を舞うとするにはいささか針小棒大な表現ではるが、ゆうに並みの機体の倍を超える重量級騎兵が飛ぶのだ。シディルあたりが目にすれば目を剥いていただろう。


「たあっ!」


 銀色の髪の少女が(たけ)る。

 高さの最高点に達した機体は再び重力の鎖に捕らわれ地表へと落下する。空中でスラスターを吹かし機体を制御すると、落下先を取り囲む自動兵器の一機に定める。ティエレの機体重量と自由落下の運動エネルギーすら加えて押し潰した。

 着地と同時にドゴン!と派手な音が広がり、踏み潰した機体だけでなく、あたりを囲んでいた自動兵器が一斉に押しつぶされる。


 重装甲の鎧を纏った職業(クラス)【戦士】のみが使えるスキル【重撃破】。


 本来ならば鎚などの打撃系武器を打ち下ろすことで周囲の敵をまとめて攻撃する範囲攻撃スキルだ。だが【戦士】と【騎兵乗り】とを組み合わせることで騎兵そのものが打撃武器扱いとなり、機甲騎兵での格闘攻撃であっても使用可能になる。

 一種の裏技だ。

 放たれた【重撃破】の衝撃波は砂塵を巻き上げティエレDの機体を覆い隠す。その砂塵に向けて生き残りの自動兵器が機関砲を叩き込むのと、轟いた噴射音とスキール音とともに砂塵の奥から緑の影が飛び出してきたのはほとんど同時だった。


 飛び出した緑の影―――ティエレDは浴びせられる機関砲弾など露とも気にせず、機体周囲に配置したタワーシールドのような馬鹿デカイ追加楯と自身の装甲で全て弾き飛ばして敵の真っ只中へと突撃する。

 手近な正面の敵にショルダータックルを加えて突き飛ばし、その衝撃を利用して機体に急制動をかける。ついで、振り上げたハルバートを傍らの自動兵器に叩きつけた。

 すぐさま左右脚部のローラーギアを互いに逆方向に稼動させ超信地旋廻。その勢いを利用してハルバートを横なぎに振り回した。

 ティエレDの周囲にいた自動兵器は暴風のような槍斧の刃を受け、装甲を刻まれカチ割られて吹き飛ぶ。装甲はおろか腕や脚を切り落とされ機械たちは地に沈む。

 消失した腕の切断部から火花を散らし、からくも致命傷を逃れた自動兵器が恐るべき敵に機関砲を向けようとするも、目的を達する前に濃緑力の騎兵により鋼鉄の脚で踏み潰され沈黙した。


「倒しても倒しても湧いて出ますねぇ」


 砕いても倒しても次々押し寄せてくる自動兵器。

 機械ゆえに恐れを知らず、仲間の屍を乗り越えてやってくる。今も背後から忍び寄った蜘蛛型自動兵器の一機がその脚を振り上げ、先端の特殊合金で強化された爪を突き立てようとしていた。

 クリスは背後を振り返ることすらせず、背面の追加楯を操作して振り下ろされた爪を受け流す。周囲に金属をこする嫌な音が響いた。

 追撃を加えようとする敵に向け腰部のアサルトアンカーを発射。狙いを違えずアンカー先端の鏃が敵の重要基部を撃ち抜き沈黙させる。


 二つ目のドラムマガジンを空にして以降、アヴェンジャーは沈黙していた。

 弾薬が尽きたわけではなく、クリスのウェポンボックスにはまだまだ予備のドラムマガジンが潤沢に用意(ストック)されている。

 ではなぜ射撃戦を止め格闘戦を行っているのか。

 なんのことはない。盛大にアヴェンジャーを撃ちまくり弾をばら撒いて充実感を満足させたクリスは、はた、と気づいたのだ。


 アヴェンジャーの弾薬、対装甲用焼夷徹甲弾PGU-14/B弾の弾頭はオリハルコンの他複数の希少な魔法金属を潤沢に使用した合金で形成されている。炸薬も通常のものと違い特別製だ。

 はっきり言ってしまえば非常にお高い弾薬なのである。

 ヨアヒムへの対抗心からアヴェンジャーを引っ張り出し、老人の目前でその力を見せ付けてやるつもりだったのだが、アヴェンジャーを撃ってみればその魅力(反動)に心を奪われ、気がつけば盛大に弾をばら撒いてしまっていた。


 はっきり言って大赤字だ。

 今回の出撃は最初から採算度外視の心づもりとは言えちょっと反省したクリスである。


「敵を倒せば自治政府から報奨金が出るとはいえ、ここまでスクラップにしちゃったら額も知れてるでしょうし今回は完全な赤字だなぁ……ま、()っか。アヴェンジャー沢山撃てたし♪ 

 あとは白兵戦でも楽勝、らくしょー」


 オリハルコン合金製対装甲用焼夷徹甲弾PGU-14/B弾1174発が詰まったドラムマガジンはひとつでも新品の機甲騎兵をフル装備で購入できるほど高額だったりするのだが、口では浪費を気にするそぶりを見せながらも自らの愉悦を最優先できたことであっさりとご満悦になるクリスであった。


 そして今は白兵戦闘を楽しむターンである。

 槍斧を構えなおし、ティエレDは生き残りの自動兵器に向け突撃を敢行する。

 生き残り15機程度などティエレDの敵ではなく、ものの3分とかからずすべて骸を曝すことになった。


 援軍として現われた自動兵器部隊を壊滅させるとAMFによる通信機の機能不全も無くなり、後方で待ち受けるスミスからの通信が届く。

 マギスジェムの直接通信エリア外のため、魔動機械を用いた通信は雑音も多く聞き取りにくい。それでもなんとか内容は聞き取れる。


「―――嬢ちゃん、た……終わったのか?」

「あ、はい。援軍部隊の掃討終了しました」


 レイチェルにはああ言ったものの、さすがに200機に及ぶ自動兵器に単身で向かったクリスを心配していたスミスである。

 結果としてはその心配も杞憂に終わったわけだが、「ああ、やっぱりか」となぜか納得し、ついでため息をつくと肩を落とした。先ほどの通信も「終わったか」でなく「楽しめたか」と言いそうになり慌てて言い換えたくらいだ。

 クリスからの返信も激闘を感じさせないあっさりとしたもので、スミスとしては「俺の心配を返せ」と愚痴のひとつも口にしたい気分だった。

 そんなスミスの内心も知らず、クリスは呑気に尋ねる。


「ところで西側に現われた増援部隊はどうなりました? 手が必要なら救援に向かいますが」


 まだ足りないのか。

 思わず口にしそうになったところをぐっと堪えて言葉を飲み込む。クリスと出会ってから抜け毛が気になり始めたスミスであった。


「それは必要ない。左翼の銀十字騎士団からの連絡によ「ところで嬢ちゃん、ものは相談だがその武「うるさいよ!」―――ぐあぁ!」「だ、旦那! バジルの旦那ぁー!」」


 通信機から聞こえてきたレイチェルの慌てた様子にきょとんとなるクリス。


「なんだか混線しているようですが……何かあったんですか? バジルさんとレイチェルさんの声が聞こえてきましたが」

「……なんでもない。ちょっと病気のやつを黙らせただけだ。気にしないでくれ」

「はぁ」

「それで話の続きだが、左翼の銀十字騎士団からの連絡によると、やつらは防衛軍を無視して地上船に向かったそうだ」

「地上船にですか? 地上船と言えばお爺さんの部隊はどうなりました? なんだかすごい武器を持ってたみたいですし、地上船を撃破したとしても北と西からの増援に挟まれては大変でしょう。その前に救援に向かったほうが良いかと思いますが」

「救援にって嬢ちゃんがか? 言っちゃなんだが、銀十字の爺さんを良く思ってなかったんじゃないのか?」

「すでに私の心は明鏡止水。澄んだ湖の湖面のごとく穏やかですよ?」

「いや、意味わかんねぇから」

「ご老人のやんちゃにいつまでも拘っているほど子供ではないということです」


 クリスの意識からはすでに老人への遺恨は綺麗さっぱり抜け落ちていた。アヴェンジャーの射撃と共に。

 大の大人であろうと表情を歪ませる反動の凄まじさも、少女にとっては心地よさを与えるゆりかごのような物かもしれない。

 ―――多少の悪感情など大人な態度で水に流そう。

 そう思えるほど余裕を取り戻していたクリスであった。その実、お気に入りのおもちゃを手にした子供の思考なのであるが。

 だがしかし、大人で子供なクリスの提案はスミスにより却下された。


「救援のほうは……まあ、必要ないさ」


 言い難そうに述べるスミスの言葉に違和感を覚えるクリス。

 増援の数は二つの部隊をあわせれば500を超える。銀十時の特殊部隊がいかに最新鋭機とはいえ、わずか11騎ではさすがに手に負えないのではないかと思えたからだ。


「西から現われた増援は引き上げる爺さんの部隊を無視して地上船に向かったそうだ」

「どういうことです?」

「どうもこうも、理由が知りたいのはこっちだぜ。一番解らないのは、北と西から現われた敵の部隊が地上船に向け攻撃を開始したことだな」

「―――は? なぜ自動兵器が地上船を攻撃するんですか? というより、地上船はお爺さんの攻撃で撃破されたのでは?」


 クリスの位置からでは岩山が邪魔をして地上船周囲を覗けない。

 自信満々で出撃したはずのヨアヒム率いる特殊部隊だ。他部隊にない特殊な兵装を持っていたことから11騎の騎兵で撃破可能と出撃したはず。

 そして出撃した以上、なんらかの成果をもたらしただろうとクリスは考えていた。

 だがスミスから返ってきた返事は意外とも言え内容だ。


「地上船は健在だ」

「健在って……お爺さんたちの持っていた武器では地上船を倒しきれなかったと?」

「と言うより、爺さんたちの攻撃は中らなかったんだよ。なんていうか……あの光景は今でも我が目を疑うな」











 クリスが東に現われた自動兵器の増援部隊とじゃれあっていた頃、ヨアヒム率いる銀十字ティエレティータ部隊が地上船に攻撃を開始した。

 横一文字に整列した黒騎士たちは携えた風纏う螺旋槍を高らかに掲げ、一斉に投擲したのだ。

 要塞級の大型自動兵器ですら一撃で破壊可能な螺旋槍。要塞級よりはるかに巨大な地上船ではあるが、命中さえすれば一撃で撃破とまではいかないがかなりのダメージを与えたであろう。


 満を持して放たれた螺旋槍。

 臨海に達したアークドライブの暴走する強大な魔力は、AMF内にあっても大気を集めて風巻く刃となって槍を覆い、並みの自動兵器であれば触れるだけでその装甲を切り裂く。

 目標は天空よりの雷の嵐を受けぼろぼろになった地上船。雷に焼かれて砲塔のほとんどは焼け落ち、船体の装甲も所々剥げ落ちている。

 中りさえすれば槍の纏う風は簡単に装甲を切り裂いて螺旋槍は容易く船体内部に達するだろう。そして荒れ狂うアークドライブの魔力が一気に開放され内部から船体を破壊する。

 祖父が果たせなかった夢を孫である自分が完成させたことをヨアヒムは確信した。


 祖父が果たせなかった夢。

 それは、いかなる状況下であっても騎手を帰還させる機甲騎兵を作り上げるという夢だ。ティエレシリーズの主任設計士であったヨアヒムの祖父は、その夢の実現のために生涯を費やしたといっても過言ではない。

 その夢はまともに考えなくとも夢物語だと解る。

 実際、ヨアヒムの祖父も孫を前に「ただの夢だよ」と笑っていた。

 だが、ただの夢と笑っていながら、その真意は少しでも騎手の生存確率を上げることにあるのだと後にヨアヒムは悟った。


 当時、無骨なフォルムのティエレは華美な装飾と芸術的な外装を好む貴族騎手から失笑を買っていた。

 しかし、ティエレの重装甲は騎手を護るためにある―――そう語った祖父の誇らしい横顔は、今でもヨアヒムの胸中に強く刻まれている。

 悲しいことに祖父の存命中にその夢の実現は叶わなかったが、その思いを受け継いだヨアヒムは祖父の夢を体現したといえるティエレティータを完成させた。

 それは攻撃力よりも防御力を優先させたティエレシリーズの最終形態だ。


 敵の攻撃を阻む強固な装甲。重装甲の鎧に負けぬ強力なパワーを秘めた四肢。AMF内でも出力を損なわないツインドライブシステム。ツインドライブの出力を十二分に活用できる魔動機関。重量級機体であっても自在に地を駆ける特殊ローラーギア。

 そしてなにより、強大な敵をほふる強力な武器。

 攻撃力は目標までの道を切り開くために。防御力は生還する希望を騎手に与えるために。ティエレシリーズはそのために開発された機体だ。


 ハンガーでぽっと出の小娘が持ち込んだ"ティエレ"を見たヨアヒムは「先を越された」感に激しく動揺した。かつて少女に暴言を吐いたのも、自分以外が祖父の夢を実現させたと感じた嫉妬からだ。

 結局は杞憂だった。

 防御力はさておき、背に背負う魔動砲やごてごてと機体に貼り付けた武装では地上船をしとめ切れない。だからこそ少女は魔法を使ったのだろうとヨアヒムは考えている。


 投擲された螺旋槍はあと僅かで地上船を撃破するだろう。

 地上船破壊という目的を達成した後で退却しても、北や西から現われたと言う増援部隊の攻撃にさらされようとティエレティータの装甲ならば防衛軍陣地にたどり着くまで充分にもつだろう。

 その前に、最大の攻撃目標を撃破し士気の上がった防衛軍が援軍に駆けつけてくるかもしれない。

 ヨアヒムは己の勝利を疑わなかった。


 この戦い最大の功労者は間違いなくヨアヒムだ。

 防衛軍に自走爆雷(パンジャンドラム)という量産の容易な新兵器を提供して物量差を補い、防御には改良型広域防御フィールド発生装置も提供した。

 最新鋭機のティエレティータ量産こそ間に合わなかったが、量産体制が整い数が揃えば格好だけ(ヨアヒム視点)の機甲騎兵で戦場に出るより騎手の生存確率は格段に上昇するだろう。


(この戦いの後、ティエレティータの設計図を各国に公表しよう。これだけの戦果を挙げれば各国の首脳と言えど無下にはできまい。これで少しでも騎手の生存率を上げることができれば、お爺様の夢の実現に近づけるじゃろう)


 祖父の思いと自らの研究の結晶であるティエレティータ。

 戦場から騎手を無事生還させることにその生涯をかけた祖父の夢実現のためならば、研究の成果を公表することに何の躊躇いもないヨアヒムであった。


 投擲された槍が真っ直ぐ地上船へ向けて飛来する。

 目標を撃破し、数多の自動兵器の攻撃を掻い潜って生還して見せればティエレシリーズの優位性が証明されると信じて疑わないヨアヒムの目の前でそれは起きた。


 螺旋槍が放たれた瞬間、屈むように腰を落とした地上船が直後に足を伸ばし空中に跳躍したのだ。


「なんじゃと!?」


 地上船が空を飛ぶ。地上船はこともあろうに垂直ジャンプで槍を躱した。

 そんなありえない光景に呆然となるヨアヒム。

 そして更にありえないことに、飛来する螺旋槍を打ち抜くいくつもの光条を見た。

 螺旋槍はその光に撃ち抜かれて爆発する。


「な、なんじゃ今のは!」

「北から現われた増援部隊からの攻撃です!」


 前部座席の騎手の報告に言葉をなくすヨアヒム。

 これまでに見たことも無い攻撃手段にも驚いたが、それ以上に驚愕する事実に気づいていた。


「そ、そんな訳があるか! あのタイミング、あの角度! あれはどう見ても我らを狙った攻撃とは思えんぞ! あるではまるで―――」

「し、しかし事実であります! 増援部隊の先頭に立つ未確認の自動兵器からの攻撃です!」

「未確認じゃと!? まさか新型か!」

「と、特別顧問!?」


 騎手の制止を振り切り展望塔から身を乗り出したヨアヒムは、双眼鏡を手に北から現われたと言う未確認機に視線を向ける。

 そこに見えたものは、見たことも無い六脚式の大型自動兵器の姿だった。

 巨大な胴体から伸びる一対の太い腕。胴体を支える三対の鋼の脚。胴体後部に設置された巨大な砲門らしき物がサソリの尾のように反り返っている。

 ヨアヒムは知らないことだが、それはオルテアの街でクリスが撃破した先行試作機の改良型量産機だ。瓦礫と化したオルテアの街で発見された先行試作機の残骸の一部により、統合指令機構は試作機が何者かに破壊されたものと断定。設計を見直し、より強力な新型機として再開発を行った。

 その改良型大型自動兵器5機を先頭に、砂煙を上げ無数の自動兵器が押し寄せて来ている。

 だがヨアヒムの目を引いたのは、そのサソリの尾の動きだ。それは何かを追尾するように砲口の向きを変えている。まるで空に浮かぶ何かを追いかけているかのように。


「あれは、あの尾の動きは……まさか地上船を狙っておるのか!?」











「お爺さんたちの攻撃をジャンプして躱したんですか、あの船は。そして、その地上船をこともあろうに増援で現われた自動兵器が攻撃していると。

 自動兵器が仲間割れなんてありえるのでしょうか?」

「そんなこと、これまで一度だって聞いたこと無いな」


 すべての自動兵器はマザーコンピュータである統合指令機構の指令により操作される意思を持たない機械だ。個々の兵器は統合指令機構の手足でしかない。

 誤射ならともかく、明確な意図を持って見方を攻撃するなどありえない話しなのである。


「それで、件の地上船はどうなったんです?」

「どうもこうも。敵の増援部隊と絶賛交戦中だ」

「交戦中て。あの船はまだ武装残ってたんですか」


 クリスの魔術攻撃は甲板上のすべての砲門を破壊したはずだ。それでもまだ攻撃手段が残っていると言うのなら、比較的軽傷な船体下部に銃座でも内蔵されていたのだろうか。

 疑問に思うクリスに返されたスミスの回答は、それ以前の問題だった。内臓火器云々のレベルでなく、地上船の取った行動はより原始的な手法だ。


「図体だけでもかなりのものだからなあの船。飛び回りながら器用に相手を自動兵器を踏み潰してるよ。地上船の脚ってずいぶん健脚なのな」


 呆れているのか感心しているのか、よくわからないスミスの感想が通信機ごしに聞こえてくる。


「はぁ……ところでお爺さんはどうしたんですか? まさか敵に向かって突貫とか」

「さすがにそれほど無謀ではないようだ。武器もなくなったみたいだし、大人しく退却してきたと連絡があったよ。そんな訳だから嬢ちゃんもこっちに合流してくれ。くれぐれも一人で突撃しないようにな」

「了解です。今から戻りますね」


 通勤機のスイッチを切り、クリスはペダルを踏んで部隊に合流すべく機体を反転させた。

 途中、稜線の影から出て視界が通る場所に出た。ティエレを走らせながら自動兵器の様子を窺うと、八艘跳びのごとくぴょんぴょん飛び回る地上船の姿が見えた。

 スミスの報告はタチの悪い冗談でなかったようだ。


「……うわー。ホントに飛んでる。なんて器用な……。あ、なにか落っこちた」


 全長100メートルを越える船体が飛び回る姿はなんともシュールな光景だ。

 器用なことに、ジャンプした地上船は空中で足を動かしてバランスを取り地上からの攻撃を躱していた。

 とくに電磁投射砲の砲撃を5本に3本は躱している。とはいえ、クリスの魔術攻撃でダメージが蓄積していたのか、飛び跳ねるごとに船体から何かが剥がれ落ち地表へと落下していた。

 恐らく衝撃ではがれた破片だろう。地上船が飛ぶごとにその数を増してる。

 たとえ砲火を躱せたとしても船はすでに死に体だ。完全に詰んだ状態といえる。それでも跳躍を諦めない地上船に、クリスは憐憫のような物を感じながらも部隊の元に急いだ。


 地上の自動兵器は落下する破片を回避しつつ地上船に向けた攻撃をやめない。だがしかし、並みの砲撃では船の装甲を貫くことは難しいようだ。砲弾は空しく船体の装甲に弾かれている。

 唯一船にダメージを与えているのはサソリ型の自動兵器が放つ光条の砲撃だ。サソリの尾、すなわち電磁投射砲から放たれた光条のみが船の装甲を貫きダメージを与えていた。

 光条が船を捉えるたび爆発が起き装甲がはじけ飛ぶ。


「……なんかこのままほっといても勝手に共倒れしてくれるんじゃないかな。―――ん? 今落ちた破片になにか白い物が付着してたような?」

「嬢ちゃん、戻ったか?」


 落下する一際大きな破片を目撃したとき、クリスは【直感】に引っかかるなにかを感じた。

 【直感】の囁きに従い破片を良く見ようと目を凝らす。しかし、突如聞こえたスミスの鮮明な声に注意をそらされてしまった。

 すでにジェム通信の通話可能エリアまで近づいていたようだ。雑音の多い通信機と違い非常にクリアな音声が伝わってくる。思わず視線を手の甲のマギスジェムに向けてしまい、「あ」っと思い直して視線を戻せば件の破片はすでに地表に落下済みだ。

 破片は立ち昇る煙に隠れ、もはやその姿を窺うことは出来なかった。


「あっ! ……あ~」

「どうした嬢ちゃん。なにか気になることでもあるのか」

「あ、いえ……。ちょっと落ちている船の破片が気になったものですから」

「破片? ああ、飛び跳ねてるから派手に落ちてるな」


 剥離する船体の破片はスミスの位置からでも確認できるのか、その声に緊張感は無い。おそらく先ほどのクリスのように遠からず自滅すると考えているのだろう。


「なぜ仲間割れしているかわからんがこれはチャンスだ。防衛軍は陣を進め、ヤツラの数が減ったところで一斉攻撃を行うことが決まったよ。戦車隊による遠距離攻撃で蜘蛛野郎を蹴散らし、それでも残った機械どもと船を一気に叩くそうだ」


 作戦を説明するスミス。

 作戦開始前とは違ってその声は明るいものだった。

 それはそうだろう。押し寄せる自動兵器の大群を前に、絶望的としか思えなかった戦いは蓋を開けてみれば圧倒的と言っていよい展開。いまだ地上船は健在で、三方から現われた援軍に驚きはしたがその内のひとつはクリスの活躍ですでに壊滅している。

 残りの二つと地上船はなぜか同士討ちの真っ最中。

 これは運命のいたずらかあるいは神の奇跡か。なにせ防衛軍には戦死者どころか負傷者すら出ていないのだ。


(クリスの嬢ちゃんと銀十字の爺さんにはいくら感謝してもしきれないな)


 そもそも超遠距離での広範囲攻撃呪文、それもAMF範囲外からの物理(・・)魔法攻撃なるとんでも手段があることなど想像外のことだ。

 しかもそれが見た目幼い、それも天使のような美しい少女がその身一つでやってのけるなどと言うことは。

 さらに銀十字騎士団のもたらした自走爆雷(パンジャンドラム)。さんざん物量で苦渋を飲まされてきた相手に対し物量で押し込むという痛快な快挙を成し遂げた。


 ひとりは地上船の巨砲と地上船の周囲に展開していた大型自動兵器をまとめて破壊し、もうひとりは突進してきた自動兵器を新兵器の自走爆雷(パンジャンドラム)の物量でもって蹴散らしてしまった。

 まさに圧勝。

 まさに快勝。

 これまでの苦難の80余年をひっくり返す戦果だ。

 決死の覚悟で戦場に立っておきながらろくに役に立ってない自分たちが情けなく思えるくらいだ。だがその情けない思いは生きているからこそ実感できるうれしい情けなさだった。


「あと少しでこの戦いも終わる。街に帰ったら、嬢ちゃんにはたっぷり奢らせてもらうよ。っと、嬢ちゃんに酒奢るのは拙いか」

「ならレストランで飯を奢るってのはどうですか?」


 横から身を乗り出したシディルが思うことを提案した。

 シディルに続き鷹の翼のメンバーやレイチェルもこぞって会話に参加する。


「飯か。だがそんじょそこらのレストランより嬢ちゃんの作るメシのほうが美味いからなぁ」

「ここは奮発して金獅子亭のフルコースとかどう? 噂じゃ中部や東部の王侯貴族もお忍びでやってくるそうだよ」

「金獅子亭か。あそこは要予約だろう。おまけにドレスコードに添った服を着なきゃならないから俺には敷居が高いよ」

「やべぇ、礼服なんて持ってないっすよ」


 タナボタではあるが勝利が見えたスミス達の明るい声が聞こえてくるも、クリスの意識と視線は今も落下する地上船の破片に釘付けになっていた。

 【直感】が盛んに警鐘を鳴らしている。

 心臓の鼓動が早まり背に嫌な汗が流れ落ちた。

 戦いはゴートカート防衛軍の勝利でほぼ確定だ。というより自動兵器の同士討ちという予想外の出来事で勝手に自滅してくれている。しかし、破片と共に地上に訪れた"何か"が取り返しの付かない災いを呼ぶのではないか―――クリスはそんな気がしてならなかった。

 いても立ってもいられず、クリスはアクセルペダルを踏み込みティエレDを発進させた。


「嬢ちゃん?」

「なにかあったのか!?」


 突如発進したティエレDに驚き戸惑う鷹の翼のメンバー達。それらの声を振り切るように濃緑色の機体は地を駆け戦場に向かう。

 ローラーギアだけではもどかしいとばかりに、背面のスラスターも全開にしてひたすらに急いだ。

 置き去りにされ驚いたスミスからジェム通信が入る。


「おい、嬢ちゃん!」

「すいません。どうしても気になることがあるので直接確認してきます! 防衛軍本体にはいつでも出れるよう連絡と準備をお願いします!」

「準備ってなんのだ?」

「すみません! とにかく急いでください!」


 一方的に告げて通信を切る。

 自分でもよくわからないが【直感】の警鐘はますます強くなっている。

 ティエレDはクリスの意思に従い全力で地を走る。並みの人間ならGに押しつぶされそうな加速を体感しているはずだが、胸中で膨らむ不安に焦りを覚えた少女にはそれでも遅く感じられた。


「まだ見えない……まだ解らない……もう少し、あと少し近くに!」


 背面のスラスターを全力で吹かし突進するティエレD。

 操縦席の中、クリスは映像盤に映る地上船と自動兵器の戦いを瞬きもせず見つめていた。


 地上船は足元からの砲火を跳躍を繰りかえすことで避け、その巨大な脚で敵を踏み潰しているが相手は数が多く焼け石に水だ。

 仲間を踏み潰されても構うことなく自動兵器は落下する破片の合間を縫って果敢に発砲を続けていた。

 大分装甲の剥げた地上船にとっては蜘蛛型の砲撃といえど無視できるものではない。ともすれば裂けた装甲の間を潜り抜けた砲撃によりダメージを受けていた。

 3機のサソリ型自動兵器が地上船を追うように周囲を走り回り、電磁投射砲の尾を天に向け光を放つ。光を避けるように宙に逃れた地上船は脚をばたつかせて空中で姿勢を制御しその砲火を逃れる。

 僅かに船体を逸れた光は天の彼方へと消えさって行った。

 必殺の砲火を躱せはしたものの、空中でのバランスを崩したか、地上船は着地時に大きく腰を落とし一瞬動きを止めてしまった。


 チャンスとばかりに距離を置いていた2機のサソリが共に電磁投射砲を放った。

 撃ち出された砲弾はまともに船体半ばに突き刺さる。光は一瞬で装甲版を突き破り内部で大爆発を起こした。破砕口から炎が吹き上がり、爆発は船の一部を抉り取った。

 破片と言うには大きすぎるそれは黒い煙の糸をいく筋も纏いながら地上に落ちていく。丁度落下地点にいたサソリ型自動兵器が慌てて回避した。

 轟音を立てて地表に激突した船体の一部が派手に土煙を沸きたたせる。


「―――あ!」


 クリスは見た。

 船体から剥がれた巨大な破片が地表に激突し、衝撃で立ち昇る土煙が周囲を隠すほんの僅かの間に起きた出来事を。

 だがそれ以上は砂塵の膜に隠れて見えなくなった。


 やがて、宙をまう砂埃が風に流されサソリ型自動兵器が現われる。

 再び姿を見せた鈍色の機械は、雄々しく電磁投射砲の尾を掲げ、次弾装填完了を告知しているかのように砲口に雷光を纏わせていた。

 そして―――発砲。

 狙い済ました強打の一撃が敵のどてっ腹に突き刺さる。

 音速の3倍で撃ち出された砲弾を前に耐えられる装甲などそうそうありはしない。衝撃波で装甲ごと引き裂かれた機体はバラバラに砕け散り、もはや脚だけとなった成れの果てが支えを失って空しく大地に倒れた。


「……本当の戦いは、これから始まると言うわけですか」


 クリスは映像盤に映る"敵"を強い眼差しで睨みつけた。

 瀕死の地上船に向け止めの一撃を加えようとする同型機を破壊した、サソリを模る改良型量産機を。

 地上に落下した破片から飛び出した何かに取り付かれた自動兵器―――"敵"の姿を。




予定では次で決着が付くはず。

その後は再びぶらり旅の予定です。


h24/09/07 誤字修正しました。ご指摘ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 初めて読んだ時には中学生だった私が社会人3年目になりました、死ぬまでに完結したら嬉しいなあくらいの気分で気長に待ってます
[一言] あけおめ!
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