第20話 決戦(2)
当初の予想を裏切り、戦闘はゴートカート防衛軍有利に進んでいる。
多大な犠牲を覚悟し、それでも護りたいもののために戦うことを決意して戦闘に参加した騎士団や冒険者達は順調すぎる展開に拍子抜けしていた。
最も警戒していた地上船の巨砲は遠距離かつ広範囲かつ高威力の殲滅魔術で破壊された。
あまりのあっけなさに自ら頬をつねる者が続出したくらいだ。次点で懸念事項の都市壊滅用大型自動兵器すらも魔術攻撃に巻き込まれ、ついでのように破壊されている。
それはもうあっさりと。
そのため、互いに頬をつねり合うという微笑ましい光景が各所で見られたりもした。
防衛軍本隊に突撃してきた近接用自動兵器の群れも、剣十字騎士団特別技術顧問ヨアヒム・レッツェンベルガーの開発した新兵器|ロケット推進式半自立自走爆雷の猛攻を受け、着実に数を減らしている。
敵目掛けて自走し、諸共に自爆するというこの新兵器。
実は地球でも実在した兵器だ。
地球では第二次世界大戦中、イギリス軍がノルマンディー上陸作戦のために考案されたものだ。
ノルマンディーの海岸地帯にはドイツ軍がコンクリート製の防護陣地を構築しており、これをいかに突破するかが問題視された。そこで考案されたのが、上陸用舟艇から防護壁まで自走し、腹に抱えた2トン弱の炸薬でこれを破壊する糸巻きのボビンのような形の自走爆雷「パンジャンドラム」だ。
この兵器、アイデアはよかったのだが当時の技術的限界と様々な構造的欠点を克服できず、結局開発は断念されおもしろ兵器のひとつとして歴史から消えるという経緯を持つ。
だがヨアヒムの開発した「パンジャンドラム」は一味違っていた。
入力した方向にのみ直進するという単純なものだがジャイロを搭載し、車輪だけでなく本体にも推進用ロケットモーターを装備している。
地球製のパンジャンドラムにはジャイロは無く、推進力も車輪のリムに装着した固形燃料式ロケットモーターのみという仕様だ。
ジャイロが無いので直進するかも不明であり、地面が砂地の場合には砂に車輪を取られその場で空回りし続けたという愉快な経緯を持つが、ヨアヒム製にはその辺りの不備は無い。技術的な問題点もクリアされ、完成されたパンジャンドラムの群れは時速100キロ以上の猛スピードで敵目掛けて突っ込んでいく。
「半自立自走爆雷の効果は絶大です! 流石の自動兵器も自走する爆雷が数で攻めてくるとは思わなかったでしょう!」
「まさかヤツラも自分達の十八番でやり返されるとは想定外でしょうな!」
自動兵器の物量に押されることの多い傭兵にとって、数で攻められ次々と破壊されていく自動兵器の姿を見るのは爽快なのだろう。銀十字騎士団隊員たちだけでなく、爆雷攻撃を受け次々と撃破されていく自動兵器の様を眺めている者達の声は弾んでいる。
あちこちで沸く歓声が無線機を通して防衛軍全体に伝わる。
自動兵器も高速接近する自走爆雷に遠距離攻撃で対応しているが、それ以上に爆雷の数は多い。次から次へと現われる特攻爆雷を完全に阻むことはできなかった。なにせ敵は自走爆雷だけではない。立ち並ぶ機甲騎兵の背後から戦車隊による支援砲撃が切れ間なく加えられている。
防衛軍戦車部隊の支援砲撃で行動範囲を狭められ、爆雷の特攻を阻めず瞬く間に数を減らし壊滅していく自動兵器群。
防衛軍側の人的被害はゼロ。
自動兵器反乱から80余年。ここまでの戦果をもたらした戦いの例は他に無い。
文字通りの意味で圧勝である。
近接する自動兵器を物量で殲滅していく量産可能な自走爆雷。そして敵の遠距離攻撃を完全に防いだ広範囲防御フィールド。
この闘いの最大の功労者は間違いなくそれらを開発したヨアヒム・レッツェンベルガーだろう。
地上船に大打撃を与え周囲の大型自動兵器を一掃する大規模魔術はヨアヒムの立案した作戦原案には無かったが、作戦の経緯はおおむね予想通りに進んでいる。
だが最大の功労者であるヨアヒムは、複座式大型騎兵の指揮官シートに身を沈めたまま完全勝利目前に沸く周囲の喧噪をよそに、苛立たしげに映像盤に映るとある騎兵をじっと睨みつけていた。
「―――まさか、小娘ごときがあの機体を完成させただと?
お爺様でさえ完成を夢見ながらついに完成させられなんだ夢の機体。天才と評されるワシですらいまだ実現できぬ幻の機体であるはずなのに……。
認めぬ、認めぬぞ! お爺様の夢を実現させるのはこのワシだ。ワシ以外であってはならぬのだ!」
右手の親指の爪をがじがじと齧りぶつぶつ呟くヨアヒム。
背後の指揮官シートから呪詛のように聞こえてくる特別顧問の呟きにただならぬ物を感じ、歳若い騎手は背後を窺う。
「顧問? レッツェンベルガー特別顧問。いかがなさいました?」
だが生憎と、指揮官シートの周囲にあるさまざまな情報・記録を記入した用紙を貼る掲示板。そしてひときわ大きな映像盤にじゃまされ老人の姿を窺うことは出来なかった。
「レッツェンベルガー特別顧問?」
「―――突撃じゃ」
「は?」
「僚騎に伝え! ティエレティータ部隊は地上船の破壊に向かう!」
ヨアヒムの突然の宣言に驚きを隠せない騎手。
それもそのはず。事前に決定された作戦にティエレティータ部隊のみでの地上船攻撃計画は無い。他に類を見ない攻撃力を誇る新型騎ティエレティータとは言え、そもそも騎兵の兵装程度では地上船破壊はさすがに手に余る。
若い騎手は慌てて老人を思い止まらせようとした。
「お、お待ちを! 地上船への攻撃は、作戦では小型自動兵器を一掃したあと防衛軍全体で行うはず! いかに新型騎とは言え、僅か11騎の攻撃であの船を落とせるとはとても―――ひいっ!」
若い騎手の制止の声は、映像盤の影から伺うように覗くヨアヒムの凶相をまともに目にして言葉半ばで悲鳴に変わった。
それはまさに凶相であった。
面は激しい忿怒相で老いて白髪となった髪は怒髪天。
指揮官シートから身を乗り出し、映像盤にしがみ付くようによじ登った狂気じみたその有様。映像盤の端っこに噛み付き、老人にしては元気な歯でがじがじと噛み切らんばかりに盤を削っていた。
まぶたは限界まで広げられ、幾重にも血の筋が走った眼はこれぞ血走っていると言う言葉通りの有様だ。
そして怒りのためか、ふらふらと蠢く焦点の合わない瞳に見つめられた若い騎手は蒼白となって少しでも距離をとろうと後ずさる。
だがしかし、今いる場所はせまい操縦席だ。距離をとろうにも限界がある。
ぬずり―――
それはまさに、ぬずりと言う表現が相応しい動きだった。
手足を動かしたとは思えない、蛇のように身をくねらせる動きで若い騎手に迫るヨアヒム。顔つきはもちろん血走った目の忿怒相のままなのだから恐ろしい。騎手はすでに涙目だ。
「突撃じゃ―――突撃せぬかぁ!」
「は、はははははいいいぃぃぃーー! 了解でありますぅーーー! だから近づかないでぇぇぇぇぇーー!」
「往けい! 往けい! 往けーい!!」
「近い近い近い! 顔が近いです特別顧問! ひい、妖怪軟体爺っ!」
「誰が妖怪か! とっとと往けーい!」
「りょ、了解であります!」
恐怖から逃れるため騎手は騎兵を進ませる。操縦席から逃げ出さないだけ騎手は立派だった。
指揮官機がローラーギアを全開にして発進した為、黒い騎兵ティエレティータ部隊が慌てて追随する。
突如走り出した指揮官機に事情をたずねようと通信機のスイッチを入れた隊長であったが、聞こえてくるのは特別顧問の意味不明な呟きと若い騎手の悲鳴だけだった。
「私の魔術攻撃に耐えるとは……中々楽しませてくれるじゃないですか」
ティエレDの操縦席でひとり呟くクリス。
手には大き目の試験管のようなガラス瓶を持ち、ストローをさしてチュウチュウと金色に輝く不思議な液体を吸い上げていた。
ガラス瓶の中身はMPポーション。
流石のクリスと言えど、完全版ティエレに乗りつつ広範囲殲滅呪文を繰り出せばMP残量はがくんと減る。このままでは後の行動に支障が出るため消費したMPを回復すべく飲んでいるのだが、実はこのポーション只物ではない。
【伝説の黄金樹の葉】を用いた最上級のMPポーションである。
そのお値段、どんなに安くても市場価格で約15MG。実に機甲騎兵一騎分だ。
世の冒険者が知れば卒倒しかねない値段なのだが、クリスほどの"プレイヤー"なら充分なストックを確保してある。さらに言えば材料のストックも豊富なためいつでも調合可能だ。
このポーション、並の人間なら一口飲んだ時点で鼻血を噴いて卒倒するほどの効き目なのだが、それほどのMPポーションを使用しても消費したMPの完全回復には至らない。
収支計算で言えば完全な赤字なのだがクリスは気にした様子はない。というより、この作戦に参加したのは利益のためではない。
クリスの目的は別なところにある。
「決着をつけるためには費用がどうのと言ってられませんからね……ふふふふふ」
再び黒いオーラを撒き散らしつつ操縦席でひとり笑うクリス。
はっきり言って不気味である。
「―――嬢ちゃん。大丈夫なのか?」
地上船の巨砲と周囲の大型自動兵器が一掃され、ついで自走爆雷も充分な戦果を上げているなか、戦意急上昇で湧きに湧く周囲の喧騒。
その喧騒をよそに、騎兵の操縦席でひとり無言を貫くクリスを心配したのかスミスが声をかけてきた。
「大丈夫です。さすがにちょっと疲れたので、ポーション飲んで回復してますが大したことはありません」
「ならいいが無理はするなよ? 嬢ちゃんにはまだ頑張ってもらう必要があるかも知れんからな。冒険者としては嬢ちゃんに任せっ放しってのは情けない限りなんだが……」
「私が無理しなければならない状況と言うのは、かなりとんでもない状況ってことですよ?」
「俺もそう思うよ」
心配かけまいとして軽口で返してきたクリスにスミスは心底うなずく。
「なんにせよ嬢ちゃんはしばらく休んでてくれ。数の減ったC級自動兵器くらいなら傭兵と俺たちで何とかなる。沈黙している地上船が不気味だが、アレが動き出せば嬢ちゃん以外だとキツイだろうからな。
俺達で道を開くから後は頼む」
「御老人はそうは思っていないようですよ? 左翼から飛び出した機体があります。数は11騎。おそらくは銀十字の黒い機体かと」
「なんだと!? ったく、あの巨大な船を騎兵の兵装でどうしようってんだ」
「私も出ます。御老人には負けてられませんから」
「おいおい!」
言うなりティエレDが動き出す。
持ち場を離れ地上船に向かって文字通りかっ飛んで行く。
慌てたのはスミスだ。ただでさえ負担がありそうな完全版ティエレ(自称)を動かしている上に先の大規模魔術の行使。いかにポーションで回復したとは言え大量の魔力消費はそれだけで身体への負担となる。
クリスが人並みはずれた魔力の持ち主であることは理解しているし、功名に逸るタイプではないことも知っている。
基本、騎兵や戦車が絡んでネジが外れでもしなければ普段は目立とうとしない少女なのだ。
だが剣十字騎士団特別顧問の老人に対してなにか思うことがあるらしく、普段とは異なるブラックな様子のクリスに一抹の不安を感るスミスだった。
騎兵や戦車が絡めば簡単にネジが外れる少女なのだ。
「嬢ちゃん! 無茶するんじゃないぞ!」
「はーい」
過ぎ去るティエレDの姿に思わず声をかけるスミス。返って来たのはあまりにも軽い口調なため、そこはかとない不安に襲われるスミスだった。
「大丈夫かね……」
「まあ、クリスちゃんですし」
まるで娘を心配する父親のようなスミスに、シディルは慰めなのか諦めなのか本人にも良くわからない言葉を口にする。
クリスの実力を良く知る二人だが(とくにシディルは身をもって体験済み)、相手が相手だけに不安感をぬぐえなかった。
「クリスの嬢ちゃん、急いで出撃してったみたいだけどまさか地上船に向かったの?」
去っていったクリスの代わりに現われたのは機甲騎兵ガルストを駆るレイチェルだ。
ガルストは重厚感溢れる重量級に分類される機体だが、優れた魔動機関と他に比べ3割り増しの出力を誇る筋肉筒を全身に装備しているため重量級特有の鈍重さは見受けられない。
ベテランが愛用することの多い名騎ガルストは攻守共に優れ、強固な装甲と戦闘継続力に定評がある機体だ。生半可な攻撃はその装甲に通じず、さらに主兵装の大剣を振るえば自動兵器をも一撃で両断できるほどのパワーを誇る。
その存在感は他の機甲騎兵と比べるならまさに圧倒的といえよう。
重量級でありながらその鋭角的なフォルムは見る者に切れ味鋭い刃物のような印象を感じさせる。戦場にガルストの姿が現われれば、それだけで味方の士気を上げるとすら言われている名騎だ。
「銀十字の爺さんが出撃したとかでかっ飛んで行ったよ……」
「ふーん。なら私もご一緒しようかね」
「またんか。ガルストに乗ってるやつがふらふら動くんじゃない。俺たちが船に向かうのは、作戦通り攻めてきた自動兵器を一掃してからだ」
「ちょっ! あの船の相手をクリス嬢ちゃんひとりに押し付ける気かい!?」
レイチェルの声に非難の色がこもる。
「下手に手助けなんかしたらクリス嬢ちゃん機嫌悪くなるぞ。見たろ、あの機体。いつもの大砲のほかに、右肩にとんでもない大砲しょってたのを」
「いつものって言っても、私はハンガーに駐機してたのを一回見ただけだし。右肩のって……あれってガトリング砲だよね? やたらデカかったけど」
「アヴェンジャーとか言うらしい。嬢ちゃんの"とっておき"なんだとよ。あれを載せてから撃ちたそうに撃ちたそうにうずうずしてたよ。
俺はピンときたね。あれの射撃目標を横取りしたら嬢ちゃん間違いなくキレると」
「いや、いくらとっておきったって限度があるでしょ。単騎の騎兵用兵装であの船の装甲抜けるとは思えないけど」
「嬢ちゃんには魔術があるからな。以前、放射型の魔術で船の装甲を抜くと言ってたから、いくらなんでも騎兵の兵装だけで攻撃しないだろ……たぶん」
「たぶんなんだ……」
自分が言ったことに自信が持てないスミスを見るなど初めてのことではないだろうか―――そんなことを考えるレイチェルであった。そして、ティエレDの随所に取り付けられたロケットランチャーを思い出し、「あの娘ならやるかもしれない」とレイチェルも乾いた笑みを漏らす。
そこに、ティエレの行動を見ていたシディルが驚いたような声を出した。
「あれ? クリスちゃん、突然東に進路変えましたよ?」
「「なに!?」」
慌てたスミスは展望塔から身を乗り出し、取り出した双眼鏡を覗き込む。側ではレイチェルも同様に双眼鏡を覗きクリスの様子を窺っていた。
先ほどまで地上船に向かっていたクリスだが、たしかに途中で進路を3時方向に変え東に向かっている。濃緑色の機体背面にある大型スラスターから推進炎を長く伸ばし加速していた。
まさか逃亡―――。
自身の脳裏に浮かんだ二文字を頭を振って慌てて追い出すスミス。
クリスはとても義理堅い少女だ。自分ひとりで逃げ出すなど考えられない。例え部隊が敗走することになろうと、自ら殿を引き受け味方の撤退を援護するだろう。
なぜならその方が長く射撃できるから―――あれ? これって義理堅いとは言わないんじゃね? などと妙な思考が頭を廻るスミスであった。
妙な思考にとらわれ動きの止まったスミス。が、そのクリスから通信が入ったことで再起動した。
「……東側から接近中の敵部隊を確認しました。数は約200。防衛軍陣地の西側と北にも同様の"影"が接近中です。注意してください。繰り返します……」
「増援か!」
すでにマギスジェムの通信可能エリアを出ているため、雑音の多い通常無線ではあったが幸いなことに距離も近くなんとか聞き取ることが出来た。
通信内容を理解したスミスの行動は早い。
直ちに防衛軍本隊にクリスからの通信内容を伝達すべく人を走らせた。
「このタイミングで増援かよ!」
「側面からの攻撃に備えろ!」
防衛軍の右翼を預かる槍鋼の人形と義勇軍として参加した冒険者達は側面からの奇襲に警戒し、機甲騎兵の配置を一時的に変更する。遠距離攻撃は広範囲防御フィールドで防げるが、例え一機でも自動兵器に接近されるとAMFが中和されてしまう。そうなればたちまち砲撃の餌食だ。
支援砲撃を続ける戦車部隊の楯となるべく騎兵が動く。
「……妙だな」
操縦席の上に立ち、土煙を上げながら近づいてくる敵部隊を双眼鏡で確認していたスミスが呟く。
その呟きを耳にしたレイチェルが問いかけた。
「妙って、なにがさ」
「このタイミングで増援が来ることがだ。増援が来るなら到着前に戦闘を開始した理由はなんだ? 増援到着後に一気に攻めたほうがはるかに有利なのにな」
「増援じゃなくて奇襲ってこと?」
「それもおかしい。前方の敵が壊滅状態になってから奇襲したところで効果は少ない。やるならもっと早くのタイミングで仕掛けないとな。
だいたい、あれだけ派手に土煙上げてりゃ奇襲もなにも無い」
「なら一体なんだってのよ」
「それが判れば世話はないな」
「―――確かに妙だな」
横手からいつの間にか来ていたバジルが会話に加わる。
補給のために一旦下がらせたクルセイダー改を操縦手のクライスに任せ、ここまで歩いてやってきたのだ。
バジルがレイチェルに手を挙げるとレイチェルは機体を操作し、掌にバジルを載せ操縦席の高さにまで持ち上げる。ロックベルの操縦室に足場を移したバジルはスミスから双眼鏡を受け取り眼に当てた。
「クリス嬢ちゃん、ずいぶん派手にやってるな」
遠目の上に土埃が激しくはっきりとは視認できないが、ティエレDの大型ガトリング砲が唸るたびに自動兵器が四散していく様が見えた。
接近中の敵部隊は二手に分かれ、一部がクリスに接近するも瞬く間に破壊された。奇妙なことに残りは防衛軍を無視し地上船へと向かっていた。今は追いかけてきた濃緑色の騎兵に哀れなくらい蹂躙されている。
クリスはともかく自動兵器の不自然な行動に首を捻るバジル。双眼鏡を覗いたままのバジルにスミスが意見を求めた。
「気づいたか。どう思う?」
「ああ、素晴らしい武器だ。俺もほしい」
「じゃなくて!」
悪癖が再発したバジルに鋭い裏手突込みを入れるスミス。
「分かってる。冗談だ。3割は」
「……そこは半分って言うところじゃないの?」
思わず突っ込んでしまったレイチェルだった。
時系列は少しさかのぼる。
右翼陣地を飛び出し地上船に向かっていたクリスだが、途中自身の広域レーダーに映る影に気がついた。邪魔にならないよう視界の隅に配置していたレーダーが大規模部隊の接近を捕らえていた。
念のためレーダーのレンジ幅を変えてみれば、防衛軍の西側と地上船の北側からさらに2つ、計3つの部隊が接近してきている。
その数、計700以上。
最初の敵部隊を上回る数だ。
「―――増援? 今頃?」
すぐさまティエレの進路を変え、接近中の自動兵器部隊迎撃に向かう。
通信機のスイッチを入れ防衛軍への注意喚起も忘れない。
進路を変え接近するティエレに気づいたか、敵部隊の一部が別れ10機ほどがクリスに向かってくる。残りはそのまま地上船へ向かう進路を取っていた。
「防衛軍に側面攻撃を仕掛けるのではなく地上船に合流? 今更なんともちぐはぐな行動ですね」
増援なら戦端が開かれ地上船部隊が壊滅状態になったあとで来ることはおかしい。そもそも戦闘のイニシアチブは自動兵器側にある。増援到着前に戦端を開く必要など無いのだ。合流後に一気に攻めればいい。
「地上船部隊を囮か使い捨てにするなら、増援部隊は真っ直ぐ防衛軍に仕掛けてくるはず。
……なんだか、地上船部隊と増援部隊は別々の意思で動いているみたいですね」
ありえない話だ。
そもそも自動兵器に個というものはない。全体が統合指令機構の意思で制御されたひとつの機械なのだ。増援合流のタイミングがずれることも、合流前に攻撃を開始する必要も無い。
何かがおかしい。
普段ではありえない自動兵器の行動に、クリスの警戒レベルが上昇する。
「―――けど今は」
うずうず。
「アヴェンジャーの的になってもらいましょうか♪」
うずうずうず。
迫りくる自動兵器を前にして、クリスの胸中は期待感で一杯であった。恐怖などかけらも感じていない。それよりも何よりもアヴェンジャーを撃てることへの喜びが勝っている。10機の敵では物足りない。出来れば全機向かって欲しかったクリスだ。
大陸西部に壊滅的な打撃を与えた自動兵器は、今のクリスにとって縁日の射的場に並べられた景品に等しい。恐怖と怨嗟の代名詞がただの的に成り下げられた自動兵器こそ哀れだろう。
「……うふ……うふふ。うふふふふふふふ……」
クリスの口元が笑みを形作る。
頬を染め期待感で胸いっぱいの少女の表情はとても愛らしく、まさしく天使の微笑だった。
だがしかし。
うずうずうずうずうずうずうずうず。
すでに充分射撃圏内だ。アヴェンジャーの束ねられた砲身が回転を始める。
映像盤のなかで徐々に大きくなる蜘蛛の形にも似た自動兵器10機を愛おしそうに見つめ、少女は満面の笑顔が浮かべた。だが天使のように愛らしいそれは死を撒き散らす死神の微笑であり悪魔の笑みだ。
自動兵器が攻撃を開始する。機体からせり出した30mm機関銃から怒涛のような銃弾が吐き出された。
「【高速機動】!」
自動兵器の演算速度ですら間に合わない高速で機体が駆ける。
敵の攻撃の弾道を瞬時に演算したクリスはティエレを巧みに操りすべての銃弾を躱した。
そしていよいよそのときが訪れる。
期待いっぱい夢いっぱい。
クリスはトリガーに掛けた指を引きしぼった。
GAU-8アヴェンジャーの発射速度は毎分3900発。
できるだけ本物に近づけたこのアヴェンジャーも同様の発射性能を誇る。ただ本物と違い、空薬莢は弾倉に回収されず外部に放出するシステムになっている。何故ならばそのほうが美しいから。クリスと共にアヴェンジャー作製に関わった数名の有志共通の見解だった。
吐き出された無数の空薬莢が陽光を受け輝きながら宙を舞い踊る。
「発射の反動で機体が失速墜落する」などと言う都市伝説まであるGAU-8アヴェンジャー。
反動もでかいが破壊力も桁違いだった。
砲撃を受けた自動兵器が爆発四散するのではなく引き千切られていく。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
激しい反動に軋み暴れようとする機体を必死に制御する。
10秒にも満たない僅かな時間で10機の自動兵器はスクラップと化した。
破壊された残骸に目もくれずクリスはフルスロットル。4器の大型スラスターとローラーギアを全開にし先行する自動兵器部隊を猛追する。
背後から追いすがるティエレDに対し、自動兵器の一部が隊を分離、迎撃に向かうも両翼下の直方体型ロケットランチャー、機体腹部の2連装対戦車ロケットランチャー、両脚の5連装戦車ロケットランチャーの一斉発射を受け爆炎の海に沈んだ。
その爆炎のカーテンを高サイクルで吐き出されたアヴェンジャーの砲弾が切り裂いた。
「あ゛あ゛あ゛!」
対装甲用焼夷徹甲弾と焼夷榴弾が4:1の割合でミックスされた銃弾は自動兵器の装甲などまるで紙のように容易に引き裂き、ぼろきれのように破壊していく。
本物の対装甲用焼夷徹甲弾PGU-14/B弾の弾頭は劣化ウラン合金が使用されている。だがさすがにこの世界に劣化ウラン弾は存在しない。代わりに弾頭はオリハルコンと複数の金属を混ぜた合金で形成されていた。
この弾頭、劣化ウランに劣らぬ重さに仕上げられ、破壊力はけして本物に劣らない。
着弾の衝撃で装甲はひしゃげ、着弾痕は大穴が開くが弾が抜けた反対側にはそれ以上の大穴が空く。穴からはぐちゃぐちゃにつぶされた部品が飛び出し周囲にばら撒かれた。
自動兵器は瞬く間に鉄くずへと姿を変えていく。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
ようやくティエレDを容易ならざる敵と認識した自動兵器は反転迎撃に移る。たった1騎の敵を包囲せんと両翼を伸ばして雪崩を打つように襲い掛かった。
もしこれがティエレDでなかったら、あるいは騎手がクリスで無かったらこの時点で詰んでいただろう。そもそも普通の騎手なら単騎で100機以上の敵に戦いを挑んだりしないが。
展開されるAMFに魔力を中和され、防御フィールドを失い大幅に機能低下した騎兵はなすすべなく自動兵器の爪に刺し貫かれて終わる。
だがティエレDは、特殊アークドライブ【レッド・チャペル】が全力稼動する現在のティエレDはAMFなどものともせずに突き進む。
防御フィールドやローラーギア、機体性能のなにひとつ低下せず|破壊を振りまいて《アヴェンジャーを撃ちまくって》いた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
特殊アークドライブ【レッド・チャペル】といえどAMFの影響を受ける。
AMF範囲内では通常のアークドライブと同様に周囲から魔力を収集することがしづらくなり出力が低下する。だが【レッド・チャペル】が特殊とされる所以は、魔力を収集できないならその不足分を補うため騎手の魔力(ゲーム的にはMP)を際限なく流用する点にあった。
むしろ周囲の希薄で雑多な魔力を集めるより、純度の高いクリスの魔力を直接利用したほうが変換ロスも少なくより高い出力を得られる。
更に始めから全力出力を続けているため、オルテアの街での出来事のようにAMFの影響下に入ることで通常運転から特殊運転に切り替わる際のゼロの時間―――魔力喪失による動力炉停止状態。当然ながら防御フィールドも消失する―――もない。
ほんの僅かの時間ではあるが、完全無防備状態に陥ることも無く、動力を失うことで起きる機体各部への異常な負担も無い。
騎手の魔力を底なしに利用する特殊アークドライブ【レッド・チャペル】と、高位呪文を何十と放つとも枯れることの無い膨大な魔力を有するクリス。
このふたつのチートが合わさって初めてティエレDは本来の性能を発揮できる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
繰り返すがGAU-8アヴェンジャーの発射速度は毎分3900発。
トリガーを引き続ければ、わずか1174発のドラムマガジン(最大1350発の機関砲弾を搭載できるが通常は1174発が一般的な搭載量)など30秒とかからず撃ち尽くしてしまう。
敵の砲撃や爪の攻撃を掻い潜り、自動兵器の間を右へ左へ高速で駆け抜けるティエレ。
乱戦のさなか、敵の目前で突如としてクイックターン。同時に空になったドラムマガジンをパージする。
切り離されたドラムマガジンはそれまでの運動エネルギーを有したまま宙を飛び、襲い掛かろうと迫る自動兵器に激突し共に粉砕された。更に周囲の数機を巻き込んで爆発する。
怒涛のようなアヴェンジャーの攻撃が止もうとティエレDの破壊の嵐は止まらない。
左の背面武装8.8センチ魔動砲。両手にそれぞれ持つラインメタル/マウザー・ヴェルケPMG-34機関銃。そして機体各部にマウントされた各ロケットランチャー。スタブ翼化した大型シールド下の20ミリ機関砲。
周りはすべて敵だらけのこの状況で、それらを撃つことをためらう理由はなにも無い。すべてが一斉に火を噴いた。
その激しい噴出煙で機体が霞んだほどだ。
一瞬沈黙したティエレDを見て好機と判断した自動兵器は一斉に襲い掛かるべく距離をつめていた。ゆえに一斉射撃を躱す術などなくまともに受ける。
激しい爆発が巻き起こり炎が天を焦がした。その炎を突き破り姿を現す物がある。濃緑色の機甲騎兵―――ティエレだった。
集まった自動兵器の合間を縫うように駆ける騎兵。その操縦室の下には新たなドラムマガジンが装着されていた。
職業【銃士】のスキル【手早く交換】にて新たに装填されたドラムマガジンには焼夷徹甲弾と焼夷榴弾がたっぷり1000発以上詰まっている。
クリスは躊躇無くトリガーを引いた。
再び怒涛のように吐き出された砲弾の雨が自動兵器を屠っていく。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
縦横無尽に戦場を駆け破壊を振りまくティエレD。
鬼神と表するに相応しい暴れぶりを示す騎兵の操縦席で、小さな少女はひとり声を挙げ続けていた。
大の大人ですら根を上げる【高速機動】の横Gに耐え、アヴェンジャーの射撃の反動にも耐え続けている。
いや、言葉は正確に使わなければならない。
少女はアヴェンジャーの反動に歓喜の声を挙げていた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!
こここここ、この反動―――ステキィィィィ!!」
心の底から楽しんでいた。
あれ? まだ船倒せない……
H24/06/24 本文一部修正。
H24/06/25 誤字および本文一部修正