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第01話 オルテアの街


 荒野を踏みしめて突き進む戦車に揺られ、かつて桐生徹だった少女はぼやいた。

 結論から言えば、どうやらここはゲームの世界らしい。それも徹が熱中していたMMORPG『パンツァー・リート』の舞台、エイリシエルだ。誰かと会って確認をした訳ではないが、徹にはなぜか確信があった。

 しかも、徹はゲームでプレイしていたキャラクターそのものになっていた。そろそろおじさんと呼ばれ始める男から中学生くらいの可憐な少女へ大変身である。


「これって、ゲーム世界に入ってしまったってやつ? なんてお約束な・・・」


 そうとしか言いようが無い。

 驚愕の後いろいろ調べてみたところ(ドキドキ身体検査ポロリもあるよ篇の詳細は秘す)、そうとしか思えない現象に出会ったのだ。

 目の前に浮かぶ自分自身のステータス画面がそれだ。そこには徹がゲームで使用していたキャラクターが映し出されていた。


 腰まである長い銀髪に翠の瞳。天使のように整った顔立ち。はっきり言ってかなりの美少女である。

 年齢設定は17歳だが、童顔のうえに小柄な体格にしたので中学生くらいにしか見えない。しかし出るところはちゃんと出ている。その辺はバッチリだ。

 マイキャラの定番といえる旧ドイツ軍風ジャケットにミニスカート。ミニスカとオーバーニーの間の絶対領域が自慢である。左眼の眼帯は徹なりのチャームポイントだ。

 写っていたのはキャラの立ち姿だけではない。

 各種能力値や所持職業。ヒットポイントにマジックポイント。今も動いているパッシブスキルなどなど。

 そして、自分の名前と種族。


 クリスティナ・グィネヴィア・ロウゼン。種族:吸血鬼 冒険者レベル100EX(転生者)。


「いきなり女の子になっちゃった挙句、吸血鬼かぁ・・・」


 自分で設定したから解ってはいたが。


 『パンツァー・リート』には銃だの戦車だの列車だのが登場するが、いわゆるファンタジー色も含む為、人間以外の種族も多く存在する。有名どころではエルフにドワーフ。他に獣人などなど。そして吸血鬼。

 この世界における吸血鬼はアンデットではない。おまけに吸血するわけでもない。数は少ないものの立派なプレイヤー種族だ。

 種族特性として、他種族より優れた身体能力がある。特に筋力は馬鹿力だ。他にはパッシブで働くHP回復とMP回復。HPもしくはMPのドレイン能力。夜闇をも見通す闇視能力などなど。

 欠点と言えば、陽光の下では全能力値30パーセントダウンくらいだろう。徹のキャラには、眼帯をしていなければ周囲から無差別にHP・MPを吸収してしまう魔眼という独自の欠点(利点?)があるが。

 最低でも五度転生しなければ選択できない特殊種族とはいえ、あまりに有利すぎる。プレイヤーからは息する厨二病種族と評されていた。


 五度目の転生の後、徹は吸血鬼に種族変更してみた。

 理由は至極簡単。吸血姫(姫ね姫)に萌えたからである。

 吸血鬼の能力を使うとき、瞳が赤く光る所などなかなかカッコいい。

 確かに萌えた。

 自キャラが小柄で身長が低いため、妙に似合っていた記憶がある。

 だがしかしである。


「自分がそれになるってのは、想定外だよなぁ・・・」


 美少女とは見て楽しむものである。わざわざ女性キャラを選んだのもそのためだ。

 『パンツァー・リート』だけでなく、徹は他のゲームでも選択できるなら女性キャラを好んで選んだ。ネカマとかロリコンとかでなく、もっともっと切実な問題"男の尻を見ながらゲームしてもツマラナイ"からである。

 桐生徹は男なのだから、男より女の尻を見たいと願うのは健全な証拠だ。たぶん。

 だが、間違っても自分がなるものではない。自分の尻は見えないのだから。


 何度目かの溜息をつき、桐生徹は戦車を走らせた。

 思えばこの戦車を取り出したときもなかなかシュールだった。

 ヴィークルボックスを開らき、ゲームでいつも使ってきたマイ戦車ティーガーⅠを『引っ張り』出す。


(なんと言うかね。ドラ○もんが四次元ポケットから未来道具を取り出すイメージだね)


 実際は何も無い空間に突如として現れるのだが、イメージとしてはまさしく四次元ポケットだろう。

 ちなみにクリスティナのヴィークル欄は計10枠あり、バイクやらジープやら装甲車やらキャンピングカーやらトレーラまでがセットされている。

 もちろん第一枠はマイ機甲騎兵だ。

 トレーラーにはさまざまな物資や整備道具機械などもろもろ搭載している。はっきり言って人間移動基地だ。

 ほかにもアイテムボックスにウェポンボックス。それらのボックスから武器や鎧を選択すればとたんに装着できる装備欄。記憶した魔法やスキルの一覧表。魔法やスキルをすばやく使う為のショートカット欄などなど。

 視界のそこかしこに『パンツァー・リート』のゲーム画面でなじみのウィンドウが浮かんでいる。


 何らかの理由でゲーム世界に迷い込んでしまったのだろうか。徹は首を傾げる。アニメや小説ではお馴染みの設定だが、まさか自分に身に降りかかろうとは世の中侮れない。

 問題なのは、万が一ここがゲーム世界だとしても、この身に感じる感覚は現実的なものだということだ。頬をつねればちゃんと痛い。仮に死に至るような傷を受ければ普通に死ぬだろう。リセットやゲーム的な復活があるとは思えないし試してみようとも思わない。

 さらに気になる点がある。

 MMORPG『パンツァー・リート』に絶対にないと断言出来る相違点があるのだ。


「現在位置を表示せよ」


 眼帯下の左眼を閉じ、誰にともなく命令してみる。すると『閉じた左眼の視界内』に大陸全体の地図が浮かび上がった。その一部に赤い光点が点滅している。おそらく現在位置だろう。


 『パンツァー・リート』にも地図表示機能はある。最初は真っ白状態だが。

 NPCから地図を購入して地図を埋めていく仕様になっている。地図作成スキルのレベルを上げていくと、キャラクターが訪れた場所を自動で地図に書き込むオートマッピングをパッシブで働かせることが出来るようになる。


 自分で世界地図を完成するもよし、他プレイヤーやNPCから地図を購入するもよし。

 地図を完成させる楽しみもゲームの内なのだが、今左眼に映っているのはほとんど完成されたゲームのものとは異なる地図だ。

 しかも転生者の国とされていたジャポネス列島のデータが無い。地形は表示されているが白紙状態だ。

 ジャポネスらしき場所を拡大していくと『No Data』と出た。


「ジャポネスの地図データは完成させていたハズなんだけどなー」


 念のため、『パンツァー・リート』のマップ機能を表示してみる。想像通りこちらはほとんど白紙状態。ジャポネスはおろか、大陸地図すら表示されない。

 唯一、荒野から現在地点までの周辺が書き込まれているだけだった。


「こっちは標準の地図。当然のように白紙状態。方や謎の地図。ある程度は書き込まれているが完全ではない。国別の色分けは無いわ、ジャポネスは白紙だわ・・・あ、隣の大陸も白紙か。とりあえず近くの街か村にでも行っていろいろ聞いて回るか」


 徹が呟いた途端、謎の地図上に周囲の街のリストと街までの距離、場所が表示される。


「・・・便利だ」


 徹はティーガーⅠの進路を南に向けていた。

 荒野にウンザリしたので海が見たかった。理由はそれだけだ。

 ティーガーⅠの巡航速度は時速55Km。海岸線までは直線距離にして約500Km。途中の山間の街に立ち寄っても明後日には海が見えるだろう。ちなみに本物のティーガー戦車は最高速度で時速40Km弱ほどだ。

 徹のティーガーⅠが、これほどの速さで走れるのは情熱を込めて魔改造しまくった結果だ。機関を魔動式の高出力な物に換装し、装甲に到ってはなんとミスリル合金製である。ワンマンシステムを搭載しているため、徹一人でも運転・攻撃が可能だ。自ら操縦しなくても音声入力で「指揮」することも出来る。


 「にしても、リアル『パンツァー・フォー!』が出来るとわっ!」


 感動する徹であった。






 荒野の道なき道を突き進み、陽が沈む前に岩場のそばで停車した。

 夜通し走る様な無理はせず、徹はここで一泊すると決めた。

 アイテムボックスから野営用のテント、簡易テーブルとチェア、キャンプセットを取り出しティーガーⅠの横に並べていく。

 今夜の食事はポテト付きハンバーガーとピザ。魔法で暖めた夕食は湯気が立ち昇っていた。小型コンロに火をつけコーヒーを沸かす。ちなみにコーヒーは「ポット入りお徳用三人前コーヒー」。ハンバーガーやピザ同様、食料アイテムだ。


「味は悪くないどころか美味しいや。ゲームデザイナーに感謝感謝だな」


 ほかほかハンバーガーを齧りつつ、徹は独り言ちた。

 アイテムボックスには大量の食料アイテムが買い溜めしてある。当分の間は食べ物には不自由しないだろう。

 『パンツァー・リート』では、キャラクターに定期的な食料アイテムの使用を強要していた。

 ゲーム時間で十二時間、まったく食事を取らなければ体力ゲージが低下し、ステータスやHP・MPが減少する仕様になっている。一週間無食事なら全ステータスや移動力が一割以下まで下がってしまう。

 アイテムボックス枠を消費する食事システムに、不服を持つプレイヤーは多かった。

 最初はめんどくさい仕様だと文句もあったが、今となってはデザイナーに感謝の念が湧き上がる徹。我ながら身勝手なものだと苦笑した。

 食事アイテムにはステータス微増などの特典付きの物も多く、序盤以降は取り忘れることも無くなったがそれはそれである。


 思えば妙な所でリアルに拘っているゲームだった。

 食事がそうだしキャラクターの睡眠もそうだ。ゲームプレイ中にキャラクターの睡眠まで要求している。

 プレイ中は一日一回、ゲーム時間で最低四時間の睡眠が必要とされだ。二日徹夜すれば、ステータスや体力ゲージの回復力が低下したりする。

 プレイヤーにしてみれば、僅かな間とはいえまったく行動出来なくなる無駄な時間となる。さらに下手な場所で睡眠を取れば、モンスターに襲われるといったデメリット付きである。なんとかしてくれとの改善要求が出されたのも当然だろう。

 多数のプレイヤーからの改善要求に対し、運営からの回答は、キャンプセットや寝巻き、高級布団に快眠枕などのアイテム充実だった。あまりの斜め上っぷりに、徹もギルドメンバーも大笑いしたものだ。

 狩りや戦闘以外の部分も楽しんでほしい、と言うのが運営の方針なのだろう。


 食事を終えたころにはすっかり陽も沈み、夜の帳が降りていた。

 ここが森の中であれば、虫の音や風に揺れる木々の葉音が聞こえるのだろうがあいにくの荒野。ほとんど音はしない。せいぜい風の音くらいだ。

 コンロの火も落してあるので、光源といえば星くらいのものだ。


 徹はティーガーⅠの上に腰掛け、なにをするでなくただ夜空を見上げていた。満天の星空が頭上に広がっている。

 おかしなものだと思う。少しも孤独を感じないからだ。

 ゲームで知っているとはいえ、リアルで見知らぬ世界にわが身ひとつで投げ出された。突如家族や日常と切り離されれば、あまりの孤独感に押し潰されても不思議はないはずだ。ましてや星明りしかない暗闇の中にいるのである。

 常人なら光を求めて火を熾すだろう。この世界には魔法もあるのだから、光の魔法を使うという手もある。

 徹はそれすらもしなかった。視えたからだ。闇の中だというのに。

 夜の暗闇の中にいるということは感覚でわかる。あたりが真っ暗なのも理解している。だがしかし、昼間のように視えるのだ。徹的には「曇りかな?」程度で少しも恐れを感じない。それどころか、母親の胸に抱かれたような奇妙な安心感に包まれていた。


「そう言えば、吸血鬼、特に女吸血鬼は夜の女神イシュペルーデの娘と評されるほど夜に愛されているとかって設定だったな」


 ゲームにおける種族設定の一文を思い出す徹。

 となれば、これは吸血鬼の種族特性【闇視】なのだろうと思い至った。わずかな光が必要な【暗視】と違い、【闇視】は完全な暗闇でも周りを見渡せる種族特性能力だ。吸血鬼やドワーフ以外では魔物しか持っておらず、成長で身につけることも出来ないレア能力なのである。

 やはり自分はクリスティナになってしまったのだと納得してしまった。途端に何かがストンとはまった様な感覚がした。


(今はさよなら、桐生徹。こんにちは、クリスティナ)


 かつての自分に別れを告げ、新たな自分としてこの世界で行きていく決意を固める。

 闇を見通す瞳で夜空に輝く星を見上げる。こんな夜もオツなもんだねと戦車の上で横になりつつ、もはやクリスティナになった少女は睡魔が訪れるまで星空を見上げ続けた。






 翌朝、クリスはサンドイッチとコーヒーで軽い朝食を済ませ、早速戦車を走らせた。

 謎地図で現在位置を確認する。あと100Kmも走れば目的地であるオルテアの街に到着するだろう。


 オルテアの街は、経験値稼ぎにも素材収集にも適しているストーンメイス山脈の麓から港街につながる主要街道のなかばに位置する城塞都市だ。加えて、西には初心者から中盤プレイヤーまで幅広い狩場を提供するコランド高原が広がっている。多くのプレイヤー達にとって、交通の要所であると共に交流の場でもあった。

 街のメインストリートに立ち並ぶプレイヤー露店からは威勢のいい客引きや勧誘の掛け声が飛び交い、素材やアイテムを求めるプレイヤーが集う。

 普段から人の行き来で賑わう活気の絶えない街。それがオルテアだ。


「今夜はベットで寝れるかねぇ。その前に情報収集か。ここは本当にエイリシエルなのか、夢か幻か、はたまた電脳世界なのか。俺以外のプレイヤーがいるかどうか・・・。とにかく誰かと話が出来れば、その辺のこともハッキリするだろう。おっと、所持金の確認しとかなきゃ」


 街中で何をするにしても資金が必要になる。

 金がなければホテルに泊まることも食事することも出来ない。せっかく街にたどり着いたのに、公園で野宿する羽目になるのは回避したいクリスだった。

 βテストからゲームを遊んでいたため、金はそれこそ売るほど持っている。ゲーム内での金だが。問題はその金を現実に取り出せるかどうか、出せたとして使えるかどうかだ。

 懐に手を入れ、財布から現金を取り出すイメージをするクリス。札束が出てきた。

 100G札が100枚。日本円に換算すればおよそ100万円になる。


「現金はOK。あとはこれが使えるかどうかだけど」


 仮に使えなくても、無用な装備品を売れば当座の生活に困らない資金が手に入るだろう。なんにせよ、野宿ではなく文化的な生活が送れるはずだ。

 ほっと一息つく。

 しかし、それは一時しのぎにしかならない。稼ぐ方法も考えたほうがよさそうだ。

 普通に考えれば、冒険者ギルドに登録し依頼をこなして行くのが一番手っ取り早い。ここが『パンツァー・リート』の世界設定と変わらないのであれば、世界は謎の生命体『蟲』の脅威に晒されているはず。冒険者ギルドに行けば仕事には事欠かないだろう。クリスはそう結論づける。


「なんにせよ、まずは街に着いてからだな。シャワー浴びてメシ食ってやわらかいベッドでぐっすり眠って・・・たしかオルテアの街に大浴場あったよな。日本人なら風呂に入らねば!」


 期待に胸を膨らませ、はやる気持ちを抑えることなくティーガーを爆走させるクリス。

 そして期待は見事に裏切られた。

 街は廃墟となっていたからだ。


 『蟲』の侵攻を食い止めるべく建設された幅10メートルを越える城壁は、あちこち崩され、地面に瓦礫の山を築いている。日の出とともに開放され、普段なら人や物の行き来きで賑わう北の城門だけが冗談のように硬く閉ざされていた。

 崩れた城壁から覗く街の景観は無残としか言いようがない。倒壊した家屋、崩れた建造物。石畳の路面はあちこちはがれ、所々むき出しの地面が覗いている。

 地球世界のテレビで見た、紛争地帯真っ只中の街並みもかくやといった有様だ。


「『蟲』の大侵攻にでも襲われたか? ゲームでも時たまあったよな、そういえば」


 『蟲』の大侵攻は、ストーンメイス山脈近郊にある街や村で時折行われる都市防衛イベントの一種だ。

 どんなフラグを踏めばイベントが始まるかは不明だが、いずこかの街で発生するこのイベントをうまく裁くことで都市の発展度が上昇、新たな上位アイテムを購入できるようになる。

 イベント中に『蟲』が落とすドロップ品も普段より良い物が多く、俄然プレイヤー達も本気で取り組んでいた。中には騎士団を結成し、防衛専門ギルドを立ち上げる猛者達もいたほどだ。


 ヴィークルボックスを開き、ティーガーからバニーに【乗り換え】、クリスは廃墟の街に入った。

 バニーとは、バイクに手足をつけたような魔動機械だ。乗員は一名。小回りが利き、バーニア噴射やワイヤーガンで立体的な機動が可能で、ベテランプレイヤーにも愛用者は多い。

 標準武装は12.5mm魔動機銃一門だけだが、人間用の兵装を手に白兵戦も可能だ。

 クリスのバニーは、魔動機関と足回り、バーニアを強化したスペシャルである。


 バニーを駆って廃墟を突き進むクリス。

 障害物があればかわし、あるいは飛び越えグングン進んでいく。目的地は街の中央にある時計塔だ。領主の居城がある丘をのぞけば街一番の高層建築物で、そこからならオルテアの街全体を見渡すことが出来るとクリスは考えていた。


 MAXスピードで塔の間近に接近するとバーニアを最大出力で噴射、上空に飛び上がる。バニーのバーニアはなかなか強力で、ノーマルのものでも三階建ての建物くらいなら飛び越えることが出来る。しかし、バーニアを強化してあるクリスのバニーでも十階建てのビルの高さに相当する時計塔の半ばがやっとだ。

 バーニアを軽く噴かして壁に叩きつけられるのを防ぐ。それでも殺しきれない衝撃はバニーの手足を使い吸収。慣性が効いて壁に張り付いたままの機体が重力に引かれる前に再度バーニア点火。二段ジャンプでさらに上空に飛び上がり時計塔の屋根に着地する。

 時計塔の屋根はかなりの傾斜で足場が悪く、クリスはレッグが滑り落ちないようワイヤーガンを屋根に打ち込み機体を固定した。念のため、バニーのアームで時計塔の天辺にあるポールを掴んでおく。


「ふひー。リアルで初めてのバニー操縦でここまで出来るなんて、やるじゃん俺。・・・まぁ、普通に考えれば【操縦:バニー】スキルが効いてるんだろうけど」


 出てない冷や汗をぬぐい、バニーに跨ったまま街の景観を見渡すクリス。

 完全に倒壊した建物三割。半ば崩れているもの五割。無事な建造物は全体の二割にも満たない。とくに街の北側に被害が集中している。


「あ? 完璧に廃墟だなぁ。オルテア落とされるなんてどんな大物が出たんだ? 一時避難というより完全に街を捨てたって感じがするし、住人達どこに行ったんだろ」


 クリスの記憶にある限り、拠点としてのオルテアには強固な防衛機構があったはずだ。並みの侵攻なら配備された自動兵器で十分街を守りきれる。加えて常駐する軍隊にプレイヤーも相当数いたはず。なのに街の放棄にまで追い詰められたとは。

 それにしても『蟲』が一匹もいないとはどういう訳か。クリスは首を捻った。

 『蟲』は攻略した地点にコロニーを造り、そこを拠点にして数を増やし自分達の領土を拡大していく。街のこの有様が『蟲』の侵攻によるものなら、そこいら中『蟲』だらけになっていてもおかしくない。


 【遠視】の魔法も使ってさらに詳しく調べる。

 さらに【探索バード】を十数羽作って周囲に放った。これは魔法で作る鳩のような姿をした擬似生命体で、内包する魔力を使い切るまで術者の目となり耳となって広範囲を自動で探索してくれる便利魔法だ。


 直接見える範囲は【遠視】で視認。加えて街中に放った【探索バード】からさまざまな情報が送られてくる。

 結果、ますます首を捻るクリス。


 気になるのは街のあちこちに放棄された戦車や機甲騎兵、自動兵器の残骸だ。

 破壊され朽ちかけたこれらを見るに、街中で戦闘が行われたのは間違いない。が、相撃ちや互いを攻撃しあった状態の物があるのはどういうことか。それも一つや二つではない。誤射ではありえない。

 自動兵器は街の防衛機構の一種であり、『蟲』の侵攻から街や住民を護る為に存在する。その自動兵器が軍隊や冒険者達と戦ったというのはかなりの異常事態と言える。


 最大の懸念事項は、オルテアの街が放棄されたのが数十年前であろうと言うことだった。

 建築物の傷み具合。屋内に積もった埃や砂塵。破壊された魔動機械の錆び具合。戦闘に巻き込まれ死亡したらしい白骨化した人骨。どれもこれも、ここ数年での出来事とは思えない。

 クリスの【知識】はそう告げている。


 クリスがこちらに来たのが昨日。

 システムアップデートとそれに伴うサーバーのメンテナンスで、ゲームにログインできなかったのが三日程。それ以前は普通にプレイできていた。

 事実、つい一週間前は酒場でギルメンたちと無駄話に興じていたのだ。ここオルテアの街で。


「・・・時間がずれている?」


 クリスの呟きは風に乗って消えていった。



趣味の赴くまま書いてます。

誤字・脱字ありましたらお知らせください。


H23/09/04 一部修正

H23/11/04 誤字修正。ご指摘、ありがとうございます。

H23/11/28 誤字修正。ご指摘、ありがとうございます。

H24/01/06 誤字修正。

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