第18話 AMFの抜け穴
遅くなりましたがようやく投稿です。
まとまって執筆できる時間がほすぃ……
自動兵器の来襲。
その報がもたらされたゴードカートの街は騒然となった。誰もが80年前の悪夢を思い出したからだ。
大陸西部から人が駆逐されかけ、無数の命が消え去った一連の事件。
街が焼かれ国が滅び多くの命が犠牲となった出来事。運よく当時を生き延びた人は今も悪夢にうなされる事があると言う。
それほどまでに人々の心に深く傷を負わせた事件なのだ。冷静にしろというほうが無理だろう。
ゴードカート首脳部がかん口令を引き、なんとか情報の流布を防ごうとするも抑えきれるものではない。なにより情報源はひとつではなかったからだ。
獲物を求め荒野をうろついていた冒険者たち。冒険者の上前をはねようと虎視眈々と狙う野賊。
果敢にも打ち捨てられたスクラップを回収するため荒野を巡回していたスクラップ業者。
近くの森や荒野で猟をしていた猟師。
直接『歩く船』を見たものは少ないが、放たれた砲撃音を耳にした者は多い。初めて耳にするすさまじいその音を。
街の首脳部が手を打つ前に、街では尾ひれが付き誇張された噂がそこかしこで蔓延伝播されていた。首脳部が情報を統制しようと動いたことも裏目に出る。
自治政府は何かを隠している、多くの市民はそう考えた。
自治政府への不信感は更なる不信感を呼び、市庁舎へ押しかける者、情報を得られない苛立ちから騎士団や傭兵組織、はては衛士隊に苛立ちをぶつける者、家族と我が身を守るため別の街へと避難する市民が日をおくごとに増えることになる。
自動兵器の姿を見るまでもなく、ゴートカートの街は内部から瓦解しようとしていた。
「なんだか街の雰囲気が殺伐としてきましたね」
護衛団"鷹の翼"が逗留している定宿。鷹の翼の一行と雇用主であるベレツ、そしてクリスは宿の食堂で今後について相談するため集まっていた。
本来はベレツと鷹の翼の主要メンバー数名で話し合うはずだったのだが、クリスがお茶の準備を始めたために他のメンバーも集まってきてしまった。無論、目的はクリスお手製のケーキだ。
時刻は午後三時をすぎたあたり。
日ごろこの時間を目安にお茶の準備をするクリスに合わせ、ベレツやスミスはその時間に打ち合わせをするようになっていた。むろんクリスが作る菓子類に舌鼓を打つためである。
クリスはケーキが好きだ。愛していると言っていい。地球時代からそうである。
安く美味しいものを食べたいなら行き着くところは自炊であり、それはデザート類であろうと変わらない。お金をかけない代わりに手間隙を惜しまなければ、たいていの物は美味しく出来上がる。
むろん本職の作った物には遠く及ばないが、自分が作った菓子(料理)というだけでその味わいは体感二割り増しだ。
付け加えるならば、クリスは【菓子職人】100レベルであるため、今となっては本職のほうが遠く及ばない。
本日クリスが用意したのはリンゴのケーキとアップルパイ。先日、大量にリンゴを購入したのが役に立った。
とくにリンゴのケーキの出来上がりは秀逸なものだと自画自賛するクリスである。
ケーキから立ち上るリンゴの甘酸っぱい香りと表面に塗られた杏ジャムの香りの見事なコラボレーション。それぞれの素材が勝手に自己主張するでなく、互いを引き立て溶け合ってより華やかな香りへと昇華していた。
リンゴケーキはラム酒を加えることで大人でも楽しめる味に仕上がっている。
アップルパイも負けてはいない。
たっぷりバターが味わいの奥深さを広げ、そこに隠し味の蜂蜜。これが効く。
パイを口にふくむとリンゴの果肉の甘さと蜂蜜の自然な甘さが一体となって舌の上でとろりと蕩けるのだ。
ひとくち口にすれば、それはまさに甘味の桃源郷。
生クリームをたっぷり使ったケーキと比べれば見た目の派手さは劣るものの、代わりにしっとりと落ち着いた大人の雰囲気を醸し出している。
飲み物はコーヒーか紅茶、フレッシュリンゴジュースのどれかをお好みで。
「なんだか街の雰囲気が殺伐としてきましたね?」
返事がなかったため、同じ言葉を繰り返してみたがやはり誰からの返事も得られなかった。
訝しげに周りを見渡してみれば、全員の視線は手元に―――つまりは各自に振舞われたリンゴのケーキとアップルパイに集中している。
ひとくち毎に至上の幸福を感じ、ひとくち毎に失われていくケーキを目にして世の無常を味う。そんな雰囲気だった。
嗚呼、口腹の諸行無常。
彼らはひとつの皿に世の真理を見た。
「……皆さんが戻ってくるまで、まだしばらく掛かりそうですね」
すべてはクリスの【菓子職人】渾身の作が原因なのだが、原因を作った当の本人は小さなため息を付いただけだった。そしてケーキをひとくち頬張り、その出来栄えに満足げな笑みを浮かべた。
「なんだか街の雰囲気が殺伐としてきましたね!」
三度目の正直と人は言う。
ケーキを食べ終え実に満足げな様子の一同が落ちついたのを確認し、頃合いを見てクリスは三度目となる台詞を口にした。その口調には拗ねた感じが混ざっていたのだが、クリス自身渾身のケーキを味わった後なので語尾はやや弱いものになってしまった。
「そうだな。大陸西部には80年前の悪夢を当事者から聞かされて育った者も多い。それでなくてもこの街の住人は日々自動兵器の脅威を肌で感じているんだ。
冷静になれって言うほうが無理があるだろうな」
流石に三度目ともなると反応を返す者も現れる。
舌に残ったケーキの余韻をコーヒーで洗い流し、その後スミスは表情に陰を落とした。自動兵器の反乱に思うところがあるらしい。もっともスミスに限った話ではないのだが。
手元に落としていた視線をベレツに向け述べる。
「―――で、旦那。申し訳ないんだが……」
「ああ。ギルドの招集か」
「街から正式にギルドに要請が来たらしい。通達があったよ。街にいる冒険者は騎士団の指揮下に入り自動兵器群来襲に備える」
冒険者ギルドの招集。
国や街の常備部隊だけで対応できない事態に陥った場合、ギルドが街に滞在する冒険者を一時的に軍隊として編成するシステムだ。ギルドに所属する冒険者は招集に応じる義務があり、拒否すれば一定期間ギルド資格停止などの処分が下される。
招集は自動兵器や魔獣などの『人外の脅威』から街を守るために発令される。必要に応じ即応できる技能を持つがゆえに、冒険者は国法に縛られず武器や兵器の個人所有の自由が認められているのだ。
『義務』を果たさなければ『自由』は与えられない。『自由』が欲しければ『義務』を果たせ。つまりはそういうことだ。
招集されている期間の食事と寝床、拘束時間における報酬は保証されている。武器弾薬の支給もある。生き残ることが出来れば報酬と名声を得られる。選択の自由を得られないことへの不満を述べる者も居るが、ほとんどの冒険者は協力的だ。
何故なら守りたいからだ。
それは冒険者としての矜持だったり誇りだったり街の人々の小さな笑顔だったりと個人により色々だが、それこそが冒険者と盗賊などの無頼の輩とを分けるラインとなる。
80年前の自動兵器の反乱から街と人々を守った名もなき冒険者に憧れるからこそ自分たちも冒険者になったのだから。
その思いを胸に冒険者は武器を取る。
ちなみに招集はほとんどの場合『人外の脅威』に対してのもので、『国家間の戦争』に対して発令されることはない。冒険者は国に所属する訳ではない。
むろん冒険者が義勇兵として個人的に戦争に参加するのは自由だ。
「―――80年前の再来か。自動兵器の規模は判っているのか?」
「ギルドからの報告では400以上。ほとんどC級だがB級やA級の機体も確認されていると聞いた。止めは要塞級の歩く船だと。……笑うしかないな」
「おいおい……支えきれるのか? それ。
せめて量産型8.8センチ砲が間に合えばよかったんだが、生産が始まったばかりだからな……」
「無い物を言ってもしょうがない。あるもので何とかするさ」
自動兵器はその強さでランク付けがなされていた。
C級以上は基本的に騎兵でなければ対応できない。B級に対抗するには騎兵一個小隊、4騎の騎兵が必要とされている。A級ともなると一個中隊、12騎の騎兵が最低でも必要だ。
要塞級は確認例が少ないため詳細は不明だが、30年前にブリンクス王国を襲った要塞級の場合では100騎の機甲騎兵が全滅したと伝わっている。
「それなんだけどね。斥候に出てた連中から妙な情報が回ってきたんだよ」
あまりの敵戦力に呆然とするベレツに横手から声がかけられた。声の主は何故かここにいたレイチェルだ。傍らには弟のロベルトの姿もあった。
一同の視線がレイチェルに集められ、スミスが代表して台詞の先を促す。
「妙な情報とは?」
「例の歩く船を最初に発見した巡回小隊の報告に、自動兵器群に戦いを挑んだ連中がいたってのがあったんだけどさ。偵察部隊がその戦闘跡を調べてみたら騎兵の残骸はひとつもなかったって言うんだ」
「それはつまり、一騎の犠牲も出さず自動兵器群を撃退したってのか? どんな凄腕だ。そんなことが出来る連中の噂なんて聞いたことも―――」
スミスはそこで一旦台詞を止め、なにかに思い至ったかお茶のお代わりを注いで回るクリスの姿を見た。スミスだけでなく周りの連中も何故かクリスに視線を向ける。そこに理由などない。ただなんとなくだ。
自分に集中するなんとも表現できない視線の群れに気づいたクリスは慌ててふるふると首を左右に振った。
左右に首を振り続けるクリスになぜか安堵の息をつき、スミスは台詞を続ける。
「―――聞いたことないぞ?」
「なぜ途中あの娘を見るか。
それはともかく―――そうじゃなくてさ。どこぞの傭兵団や冒険者が戦いを挑んだって様子じゃなくて、二手に分かれた自動兵器が戦いあったって言うのか同士討ちと言うか……」
自分が言っていることに自信がなくなってきたのか、レイチェルの台詞は尻すぼみになる。
驚いたのはスミスたちだ。ベレツも呆然としている。
自動兵器には個というものはない。全体がひとつの意思で制御され動く言わば働きアリだ。大陸の何処かに存在するとされる統合指令機構―――つまりはマザーコンピュータに支配されている機械に過ぎないのだ。
その自動兵器群が二手に分かれて同士討ちするなどありえない話だ。
「んな馬鹿な」
「機械どもが同士討ちなんてありえないだろ」
「あたしに怒んないでよ。偵察部隊からそう報告があったんだって」
「それで、街の首脳部はどう判断したんだ?」
鷹の翼のメンバーに詰め寄られるレイチェルに先を促すべく、スミスは言った。
「いくらなんでも自動兵器の都合が判る訳ないよ。理解不能でお手上げ状態。おまけに剣十字騎士団の連中が妙にやる気を出しちゃっててさ。主戦論振り回して議会が大もめしてる」
街に駐屯しているふたつの傭兵団、槍鋼の人形と剣十字騎士団。これまでは互いに戦果を競い合いよい結果を出してきたのだが、ここに来て意見が分かれていた。
剣十字騎士団は主戦論を唱え打って出ることを主張し、ゴードカート騎士団は守りを固めることを主張。槍鋼の人形は意見を保留していた。
「奴らは馬鹿なのか? 打って出れば被害出すだけだろ」
「そうとも言えないぜ? 相手に要塞級がいるなら街の防衛戦力は役に立たない。大きい砲撃を喰らえば城壁ごと消し飛んじまう。第一、街への被害も馬鹿にならないぜ」
鷹の翼のメンバーの間でも意見は別れ、喧々諤々と主張をぶつけ合った。
これが自動兵器の群れか要塞級どちらかであれば意見の統一も容易かっただろう。400を越える自動兵器群の物量と大火力を有する要塞級の同時侵攻。それが一番の問題だった。
ゴードカートにある戦力はふたつの傭兵団と守備隊の騎士団、それに街にいる冒険者をかき集めても機甲騎兵の数は百を越える程度が精々だ。そこに200両あまりの戦車を加えてもふたつ同時に相手するのは戦力が足りない。あまりに足りない。
街の首脳部が頭を抱えるのも判ろうと言うものだ。
首脳部の苦悩に思いをはせるスミスだったが、ふと視界の隅に優雅にティーカップを傾ける幼い少女の姿が映っていることに気がついた。
その少女、クリスは主戦論と防衛論をぶつけ合う一同に関心を寄せず、一人静かにお茶を楽しんでいる。
まるで―――そう、まるで街に押し寄せんとする脅威など物の数ではないと言ったふうに。
「クリスの嬢ちゃんよ」
「はい。なんでしょう?」
気がつけばスミスはクリスに声をかけていた。
「試みに問うが、クリス嬢ちゃんならどうするよ」
「私なら打って出ますね」
クリスは即答する。
何一つ迷うことなくすっぱっと帰って来た答えにむしろ戸惑うスミスだった。
「400もの自動兵器の群れにか?」
「広範囲無節操殲滅呪文を2・3叩きこんでやればそれで終わると思います」
「……AMFがあるだろう」
「AMFの効果範囲外で発動する広範囲魔術のストックがあります。AMFの外で発生した物理現象―――たとえば落雷とか氷槍とかにはAMFは何の役にも立ちません」
事も無げに述べる少女に、もはや開いた口が塞がらないスミス。
だがクリスが述べたことは事実だ。AMFは効果範囲内の魔術を中和する。しかし効果範囲外で生じた魔術による物理現象には干渉するすべはなく、AMFでは押し寄せるそれらを防ぐことは出来ない。
かつてクリスが広範囲魔術でヘカトンケイルとその子機を殲滅したのがいい例だ。
「歩く船に対しては?」
「流石に戦艦クラスともなると装甲はかなりのものと推察できます。なら貫通力の高い放射型収束魔術の砲撃で対応可能かと。
ビームでばびゅんと打ち抜いてやりましょう」
「ビーム? ばびゅんて……射撃型の魔法ならそれこそAMFに消されるんじゃないのか?」
「よく勘違いされる事ですが、AMFは魔力結合を解いて魔術を中和するのであって、魔力を消しさる訳でも魔力が存在しない空間を作る訳でもありません。
装備されたAMFの出力によって中和率に差異はありますが、極端な話、中和されるより発生させ続ける魔力のほうが多ければ魔術は通ります。騎兵や戦車のアークドライブがいい例ですね。
AMF範囲内に入れば出力は落ちますが、それでも騎兵は動けますから」
クリスがその事実に気づいたのはティエレに搭載した「レッド・チャペル」のおかげだ。
AMF範囲内に入った「レッド・チャペル」は出力不足を補うため騎手であるクリスから魔力を吸い取り出力を安定させた。だから気づいたのだ。中和量を上回る出力であればAMF内でも魔術は使えるのだと。
人類はAMFの詳しいメカニズムをいまだ解明できていない。
底なしの出力を誇る「レッド・チャペル」と、ある意味魔力の塊と言えるクリスの組み合わせがあって漸く解き明かされた事実だった。
AMFを中和しようとか効果を受けないシステムを開発しようと発想する者は多いが、力でねじ伏せようと考える者は少ない。
「……普通では信じられない話だが、嬢ちゃんだしな……それならやり様によっては―――」
スミスは小声でぶつぶつと呟き、一人熟考にふけっていた。
AMFを搭載した自動兵器の群を魔術で倒す。普通では考えられない話だ。別の相手から聞いたならスミスも一笑に伏すだろう。だがあのクリスが言葉にした事だ。
通常なら1・2羽しか呼び出せない【探索バード】を何十羽も同時召喚し、機甲騎兵と戦車を好きなように入れ替える【書き換え】なる秘術を使いこなす卓越した古式魔術の使い手。
さらに騎兵用の各種補助魔動術。ケインズとボーマンから聞きだした、騎兵の攻撃力や防御力を上昇させ、さらには回数制限があるものの敵の攻撃を完璧に防ぐという完全防御障壁。
呆れることに騎兵用の古式魔術の補助魔法まであったと言う。
(【守りの剣】に【攻撃の楯】? なんだそりゃ。そもそも生身の人間用ならともかく、古式であれ魔動術であれ、騎兵用の補助魔法なんざ聞いたこともない)
強力な攻撃魔法を使う者ならスミスも知っている。
確かに強力な攻撃魔法は戦況を変える力がある。だが、いかに強力であろうと攻撃魔法が使えるだけでは一流の術者とは言えないとスミスは考えていた。
一流の術者とは、目に見えない部分を強化・補助でき、不利な状況下であっても冷静な判断力で状況をひっくり返せる知恵と術を持つもの。
例えば魔術・魔動術の天敵と言えるAMF効果範囲内であろうとその裏をかき、術を行使できる術者。
「ありがとよ嬢ちゃん! 参考になった。―――レイチェル、顔かせ!」
「―――ちょっ! スミスの旦那! いったいなにを―――」
スミスは立ち上がるとクリスにニカッと笑みを見せ、レイチェルの襟を引っ張って食堂を後にした。引きずられる形のレイチェルを気にもしていない。いつの間にか席を立っていたバジルも後に続く。
食堂に残るのはいまだ激論を交わしている鷹の翼のメンバーと取り残された形になったベレツ。その向かいには優雅にティーカップを傾けるクリス。そして鷹の翼メンバーの激論に取り込まれたロベルトだけだ。
クリスの元の向かおうとするロベルトを、シディルや他のメンバーが肩やら首やらがっしりと組みついて行かせまいとしている。子供が多少暴れたところで現役の冒険者にはかなわず、輪から抜け出せずにいた。
「まいらばークリスさーん。へるぷみー。むぎゅっ!」
「「「「「誰がマイラバーかっ!」」」」」
組み付ける力がより増し、ロベルトは人壁の中に埋没していった。
クリスはといえば、そんな攻防を何処吹く風とあくまでマイペースにお茶を飲んでいる。少なくとも表面上はそう見える。
だが内心は頭を抱えて悩んでいた。悩みまくっていた。
原因は先ほどのスミスとのやり取り。
(言っちゃった……とうとう言っちゃった)
自動兵器の群れは自分が所持する魔術で撃破可能。
そんな途方も無い話を疑いなく聞き入れる人物がいるとは思わなかったクリスだ。だがそうなってしまった以上やるしかない。
それはクリスの平穏な日常が終わることを意味する。
力を求め、力ある者を自陣に引き込もうとする者たちが現れる。
そればかりか、自動兵器の群れを魔術でなぎ倒す「術者」を求めて「あの面倒くさい連中」が必ずやって来る。
「……ハァ」
なるべく目立たずにすごしたかった。
普段のクリスの言動からはとても想像できないが、それでも当人はそう行動してきたつもりだ。それが出来ているかどうかはともかく、本人あくまでそのつもりであった。
(出来れば直接介入は避けたかったけど、そうするとどれだけ被害が広がったかわからないし……)
迫り来る自動兵器の群れを前に、傭兵団やフリーの冒険者を数に加えたとしても街の防衛力では圧倒的に戦力が不足している。まともに当たれば全滅は必死だろう。
被害はそれだけにとどまらず、最悪の結果ゴードカートの街そのものが消滅する可能性も低くはない。
そうなればどれだけ多くの命が失われるか。
望んで得た力ではないが、クリスにはそれを防げるだけの力がある。ならば自分に不利益がこようとも、多くの命を救うために力を振るうべきではないのか。
力を振るうそのこと自体に異論はないが、後のことを考えるとため息しか出てこないクリスであった。その後の自分を見る周りの目が気にならないかと言えば嘘になる。
(なぜ根は小市民の私がこんなことを悩まねばならないのでしょう……)
いっそ誰にも知られないようこっそり出かけ、さくっと倒してからそ知らぬ顔で帰ってくるか。それとも幻術かなにかで身代わりを立てそちらが全部やったように見せかけるか―――
なにやら姑息なことを考えていると、
カツン
「おりょ?」
考えにふけっていた思考を、足先で何か蹴り飛ばした気配とそれに続く軽い金属音がさえぎる。
金属音の正体は使い込まれた一本の工具。
どうやら誰かがしまい忘れていたらしい。道具箱に戻しておこうと落ちているスパナを拾い上る。
いつの間にかクリスは格納庫へ訪れていた。考えに耽っている間に移動したらしい。
周囲に人気のない格納庫の片隅。見上げればそこには愛機ティエレDの姿がある。物言わぬ鋼鉄の巨人が、格納庫の片隅で主たる少女を前に無言で佇んでいた。
鋼の巨人はなにも語らない。
ただ己の力を振るうその刻をただ待ちわびているかのように。
愁いを帯びた表情で(いささか芝居がかっていたが)、クリスは佇む騎兵に手を差し伸べ語りかけようと―――
「小娘。そこで何をしておる」
―――ようしたところで、突如背後から声をかけられ思わずびくんと身体を震わす。
突然のことで驚き、背後に振り向くと格納庫の入り口近くにふたつの人影があった。
ひとつは高くひとつは低い。声をかけたのは低いほうだ。高いほうは低いほうより一歩下がって無言で控えている。
「ええと、どちらさまですか?」
「ほう? わしの顔を知らんとはの。小娘、おぬしよそ者じゃな?」
「ええ、私は鷹の翼の―――」
「鷹の翼? 確か槍鋼の連中と懇意にしておる商人の護衛じゃな。その護衛団の小間使いがこんなところでなにをしておる」
「ええと、私は小間使いではなく、このティエレの―――」
「ときに小娘。おぬしが鷹の翼の小間使いなら、この騎兵の騎手を知っておるのじゃろ」
クリスの話を幾度となく途中で遮り、近づいてきた二人のうちの小柄な人物―――黒いコートを着た鷲鼻の老人は、傍らの騎兵つまりはティエレを見上げた。すでに人生の盛りを過ぎてはいるが、矍鑠としていて歩く姿に年齢を感じさせない。
ティエレを見上げる老人の目に、どこか子供のような憧憬の眼差しを感じたのはクリスの気のせいだろうか。
「私です」
「―――は?」
「ですから、このティエレの騎手は私です。これでも冒険者です」
また遮られてはたまらない。
クリスは端的に事実をのべた。どこか誇らしげに胸を張る。
ティエレを見る老人の眼にこのシリーズの真価を知る理知の光を見たクリス。
(この老人も装甲が好きに違いない!)
なぜか心に「同志」という言葉が浮かぶ。
突如現われた同好の志と装甲談議に華を咲かせようとした矢先、
「ケッ! クケッ! クケッ! クケッ!!」
いきなり笑われた。妙な笑い声で。
実に実に楽しそうに笑っていた。妙な笑い声で。
「ティエレを乗りこなす剛の者が居ると聞いて来て見ればまさかおぬしのような小娘とはの。これはとんだ見込み違いであったわ。よいか小娘! 装甲とは「漢」たる戦士が身に纏うべき魂の鎧! 熱き魂を胸に秘めた「漢」こそが真の戦士なのじゃ! 戦士とは鍛えぬいた肉体と鋼の意思で騎兵を御し悪鬼羅刹の機械どもを打ち倒す兵士のことよ! その戦士すなわち漢を護るものが装甲なのだ! おぬしが騎手というのも信じられぬ話しではあるが違いないと言うのであれば小娘騎手はファッションに被れた軟弱なガレンハルトあたりで遊んでおればよいのだ! 重装甲騎兵ティエレシリーズに乗ろうなど笑止千万千年早い! 戦場は真の兵どもが意地と意地を互いにぶつけ技と術を競い昇華する神聖な場ぞ! 小娘が物見遊山で訪れてよい場ではないわ! ティエレを扱う剛の者であれば共に肩を並べ機械どもを蹂躙するも良しかと思ったが―――ハッ!! 時間の無駄であったわ。鷹の翼には腕のよい騎兵乗りがそろっていると聞いたおったが小娘を騎兵に乗せて喜んでいるようでは噂だけの張りぼて集団のようじゃな。噂は噂―――当てにならんの。小娘に扱われてはいかに重装甲騎兵といえど宝の持ち腐れじゃ。せっかくの装甲が活躍できんと泣いておるわ。ケッ! クケッ! クケッ!」
老人は息継ぎすらなく一息でしゃべり倒したかと思えば妙な高笑いと共に去っていった。
突如現われまくし立てられ去っていった謎の老人。
クリスは茫然自失でその場で固まっている。
訳がわからずその場で固まっていたクリスではあったが、彼女の脳内で徐々に老人の言葉の意味が理解されていった。
曰く、
クリス → 小娘。
クリスは騎手 → 鼻で笑われた。
クリスの乗騎はティエレ → 千年早い。
重装甲騎兵を乗りこなす剛の者 → 噂にすぎずせっかくの騎兵が泣いている。持ち腐れ。
結論。
クリスは重装甲騎兵ティエレDを満足に乗りこなせないヘタレに違いない。せっかくの重装甲騎兵を宝の持ち腐れにしている。
「ああ、こんな所にいらっしゃったのですかクリスさん」
なんとか輪の中から抜け出したロベルトはクリスの姿を求めそこらじゅうを探し回り、やがて格納庫で一人佇むクリスを見つけることが出来た。
少女の傍に近づく前に手櫛で乱れた髪を整え、ロベルトは愛らしい美少女の傍に寄った。
鷹の翼のメンバーが絶賛する騎兵乗りにして料理の達人。類を見ない美少女の上に胸も大きいとくれば逃す手はないロベルトである。
クリスとならばさぞ華やかな未来が築けるだろう。
「さあクリスさん。このような所でひとり佇んでいないでボクとあちらでお話でもしませんか?
ぜひボク達の将来についてふたりで話し合いをって―――ヒイィィィィィィィ!」
かつて数多の人妻を篭絡した自慢の斜め四十五度からの微笑みでもってクリスに語りかけようと横顔を覗き込んだ瞬間、ロベルトはまるで少女のような甲高い悲鳴を上げる。
なぜならそこに―――鬼がいたからだ。
悪鬼羅刹。
そう表現するに相応しい恐怖がそこにあった。
なまじ整っているからこそ恐ろしい怒気に包まれたその横顔はすさまじい。
あまりの怒りゆえに、持っていたスパナが捻じ曲がり握りつぶされていたほどだ。
「……ふ、ふふふ……ふふふふふふふふふ……」
地の底に蠢く亡者の声とはかくなるものか。
身の毛もよだつその声が人気の絶えた格納庫内に響きわたる。
「……私がティエレを乗りこなせていない? 宝の持ち腐れ? ……良くぞ言いました。ならば戦争です。……其の腐って潰れた眼でもけして見落とすことなど出来ないよう―――存分に目に物見せてあげましょう……ふふふふふふぅっふっふっふっ……」
一度耳にすれば決して忘れられない偏執的で喉の奥で粘りつくようなその笑い声は、いつまでもいつまでも響き続けた。
気がつけばまだ戦闘になってない……
爺ちゃんの台詞に魂がこもってない……
嗚呼、自分の語彙不足と文才のなさが恨めしい……
H24/03/06 誤字修正。文章一部修正。ご指摘ありがとうございます。
H24/04/05 誤字修正。ご指摘ありがとうございます。
H24/05/24 表現の一部を修正。