第16話 女傭兵
久しぶりの更新です。
12月中はろくに更新できないと思っていたけど、まさか一度もできないとは。
今月の更新も危ないかも……
大陸最西端の街ゴードカート。
最西端とは言え、それは人類の生存圏内の話しであり、陸地そのものはまだ西に続いている。つまり、この街が対自動兵器戦の西方面最前線と言うことになる。
ラスカーシャやメンテルヒアと違い、渓谷や森など自然の防壁の少ないこの街は自動兵器の脅威が他の街よりも身近に存在していた。
街の近くまで自動兵器の部隊が押し寄せることもよくある出来事だ。それら自動兵器を撃退するのは冒険者―――ではなく、街に駐屯しているふたつの傭兵団と街直属の騎士団の仕事となっている。
大陸東部や中部の現存する国家であれば脅威に立ち向かうのは騎士団なのだが、ここでは傭兵団が攻撃の主軸を担っている。頼るべき国は消え去り、一から軍組織を立ち上げる時間も余裕も無い自治都市ならではの事情によるものだ。
人を育てるより即戦力となる傭兵を雇うほうが資金も時間も少なくて済む。
良くも悪くも少人数の戦いが主な冒険者ではなく、より組織としての戦闘行為が可能な傭兵が必要とされるのは当然と言えた。
ちなみにゴードカート騎士団は街の守護が主な任務で前線に出ることは少ない。
先日、夕刻を迎えた時刻に街の南側に位置する商業区に入ったベレツ移動商隊は、所定の場所に商隊を駐留させ商品の荷降ろし作業を行った。
今は商隊の長であるベレツの指揮で納め先ごとに細かな荷物分けがなされている。
商隊が扱う品目は騎兵用パーツ・武器弾薬・医療品などが主だが、それ以外にも街の商家に納めるための交易品・日用雑貨や食料品など多岐に渡る。それらを納めた木箱だけでもかなりの数だ。
ベレツは部下である各担当の商人に細かな指示を与え、ひとつひとつ丹念に納め先の確認と商品のチェックを行わせた。
とくに今回の目玉商品である機甲騎兵のチェックは入念に行う。商隊専属の整備士に最後の確認作業をさせているところだ。
駐機状態を取る三騎の機甲騎兵を前に、腰に手を当て機体を眺めるベレツ。
本来ならゴードカートに納入の予定は無かった騎兵だが、思わぬ拾い物のおかげで予定外の収入を得られることになった。街に到着後すぐに伝を頼ってなじみの傭兵団と商談を済ませ、明日には納入が決まっている。
頻繁に押し寄せる自動兵器を相手にするため傭兵団の損傷率は激しい。人員はもちろんのこと、機甲騎兵や装甲車両も不足気味なのが現状だ。
眼前に鎮座する機甲騎兵は盗賊街道で襲ってきた盗賊から(クリスが)手に入れたものだ。
破損した騎兵を(クリスが)修理し、それでも足りない部分は盗賊たちの破壊された騎兵から(クリスが)部品を抜き出してそれに充てた。すでに調整も済ませ(やったのはクリス)、新品同様に稼動することは確認してある(もちろんクリスが)。
「……いやはや。もはやクリス嬢ちゃんには足を向けて寝られんな」
額をぺぱんと掌で打ち、様々な感情を乗せたため息混じりの言葉をつくベレツ。
盗賊街道の戦闘のあと、クリスが鹵獲品してきた騎兵は破壊されたり破損したりで修理可能なのは二騎のみと見たベレツだったが、クリスは三騎の騎兵を指差して「この三騎は比較的損傷が少ないので修理すれば使えますよ」とのたまった。
そんな馬鹿なと思いはしたが、ものは試しと修理を依頼すれば少女は見事にそれを成し遂げる。それもメンテルヒアに到着するまでのわずかな時間で。日中は移動で修理する時間も取れないはずにもかかわらずだ。
もはや呆れるしかない。
お蔭で商売用の目玉商品仕入れに当てる時間がぽっかりと空いてしまい、その時間を久方ぶりの女房孝行に当ててしまったほどだ。
クリスほどの腕を持つ魔動技師はそうは居まいと思わず専属契約を持ちかけたのだが、「冒険者をしているほうが性にあっている」とすげなく断られてしまった。
気が変わったら是非ウチにと念押しし、たっぷり+αを上乗せした修理工賃を支払いその場は引いたが、どうにも少女の決意は硬いようである。
「それにしても、あの歳であれだけの技術をどうやって身に着けたんだろうな?」
ベレツの呟きは独り言ではなく、背後からやってきた人物に向けてだ。
護衛団"鷹の翼"団長スミス。
団員を護衛班と休息班に分け、それぞれに指示を与えたスミスは今日の予定確認の為ベレツの元を訪れたのだ。白い紙を挟んだボードを手にし周囲の喧騒を縫うように近づいてくる。
「予定外の商品(騎兵)が手に入って商売も順調だってのに、なにやらお悩みのようで」
「クリス嬢ちゃんに専属契約を持ちかけたんだが断られてしまったよ」
「抜け駆けは困りますな。嬢ちゃんはこっちが欲しいんですが。ま、こちらも断られましたがね」
「先に話しをしていたなら抜け駆けではあるまい」
スミスは肩を竦めると目の前の騎兵を見やる。
「こうして見るとスクラップ同然だったとは思えませんな。あの状態からここまで修理するとはたいしたもんだ」
「まったくたいした腕だよ。ホントに以前は何をやっていたんだろうな」
「冒険者の過去を探るのはマナー違反ですよ。子供とは言え女の過去を検索するのは野暮ってもんです。知りたいのはご同様ですが、しつこいと嫌われますぜ?」
「頼られる余地を残しておいたほうが得策か。ところで当のクリス嬢ちゃんはどこに行ったんだ?」
「休息組みと一緒に街に繰り出しました。嬢ちゃんのことだから昼間から酒場へ、なんてことは無いと思いますがね。まあ、たぶん風呂にでも行ったのでは? ラスカーシャの大浴場には及びませんが、ここの風呂も広いですから」
「またか。小さいとはいえ女の子。矢張りきれい好きなんだな」
メンテルヒアに逗留中も頻繁に銭湯に通う少女の姿を見ていたベレツは思わず苦笑する。つられてスミスの頬も緩む。
「なんでも、広い風呂を見ると血が騒ぐそうですよ」
「ぷはー。極楽ですねぇ……」
ゆったりとした湯船に肩まで浸かり、クリスは湯を堪能していた。
長い銀の髪は湯船につけないようアップにしてタオルで纏めている。さらにその上に二つ折りしたタオルを乗せていた。
ラスカーシャの大浴場に比べれば大分こじんまりとしているが、それでも同時に数十人は湯船に浸かることが出来る広さの公衆浴場だ。ただ午後三時という早い時間なため人影はまばらで閑散としている。
カッポーンという桶が鳴る音でも聞こえてきそうだとクリスは暢気な事を考えていた。
湯船から立ち上る蒸気が視界を白く覆い、神話に基づく英雄の活躍を描いた天井画を幻想的な雰囲気に盛り上げている。
天井を見上げれば西洋風のモダンな浴場なのだが、視界を下に落としていくと何故か日本の銭湯を思い起こす仕様になっていた。壁面に富士山の絵でも欲しいところである。
総タイル張りの洗い場もよくある銭湯や温泉旅館のそれに近い。
「上さえ見なければ、それなりに風情があるよね」
首を左右に動かしてコキコキ鳴らす。
視線を下に移せば湯の波の間から豊かな双丘が揺れて見えた。
クリスはいっぱいの湯の中で左肩から指先にかけて右手を這わせた。白くて小さくて華奢な身体。その内に秘められた力は成人男性を凌駕するが、見かけは小さな女の子の身体だ。
こちらの世界に来てかなりの時間がたっている。当初は慌てたものの、スキルの助けもあって女の子の身体にも随分なれていた。
気恥ずかしさは感じるものの、自分の裸体を見ても特に意識することは無い。
「……最初は着替えることすら大変だったんだよね」
当時を思い出して苦笑するクリス。
魔法や銃、機甲騎兵などあえて意識を向ける先があったがゆえに、女の子になってしまった自分の身体を必要以上に意識する愚を回避できた。その後、職業【貴婦人】の助けもあって平常心を保ち続けれたのは少女にとっても僥倖だろう。
代わりに妙に羞恥心を覚える副作用が出たのは困りものだが。
男としての意識が消えた訳でない。未だに心の奥底でくすぶってはいる。男に戻れるなら今すぐにでも戻りたいし元の世界にも戻りたいと願っているクリスだ。
だがしかし、よくある異世界トリップ物のように男の姿でこちらに来たのならまだしも、如何せんまったくの別人になっている身だ。このまま元の世界に帰っても自身の居場所があるとも思えない。
もっとも、あの両親は息子としての徹より娘としてのクリスティナを喜ぶかもしれないが、などとクリスは引きつった笑みを浮かべた。
帰る方法を探したとて元の男に戻れる保証も無い。
結局のところ、我が身に何が起きたのか突き止めるのが先なのだ。もっともそれを知る方法がわからないのだが。クリスはこの身になってから幾度目かになるため息をついた。
「おや、クリスの嬢ちゃんじゃない」
突如として声をかけられ、振り向いた先には二十代半ばの女性の立ち姿が見える。
赤い髪を肩の辺りで切りそろえ、やや釣りあがった灰色の瞳が勝気な印象を与える女性だった。立ち昇る湯気の間から見え隠れする引き締められた肉体を隠そうとせず、逆に見せ付けるように晒していた。
いかに公衆浴場とはいえ、前くらいは隠してほしいなーとかクリスは考えてしまった。
彼女は湯船の前で屈み桶で湯をすくって軽く身体を流す。
「せっかくだからお隣お邪魔するよ。それにしても風呂に入るときまで眼帯してるのかい? っと、これは聞いちゃいけないことだったならゴメン」
ベテランの冒険者なら身体のどこかにひどい傷跡を持っていても不思議ではない。
一部を除き歴戦の証として傷跡を誇る冒険者は多い。しかし眼前にいるのは幼く愛らしい少女だ。その傷跡は心にも跡を残しているかもしれないと自分の不用意な発言を悔やんだ。
「いいえ、かまいませんよ。別に怪我とかじゃありませんから。あ、お隣どうぞ」
「悪いね。お邪魔するよ」
そう言って湯船に入り、クリスの傍で身を沈める。
クリス同様二つ折りしたタオルを頭に載せている。そのタオルは中に何か入っているのか妙に盛り上がっていた。おそらくは武器を隠しているのだろう。
左手首に装着したままのマギスジェム付きブレスレットからすると銃かも知れない。
ちなみにクリスのタオルはペシャンコだ。武器ならウェポンボックスから何時でも取り出すことが出来る。
湯船に浸かった彼女は身長差ゆえか、同じ場所に腰を下ろしても胸の膨らみの半ばまで湯から覗いていた。クリスの場合は完全に肩まで浸かっている。
女は湯の中で「うーん」と伸びをして身体のコリをほぐす。少し熱めの湯の中で気持ちよさそうに目を細めて息を吐いた。
「いい気持ちだねぇ……」
「ええと。たしかレイチェルさんでしたか」
レイチェル・ロンドバーグ。
ゴードカートを守るふたつの傭兵団のひとつ、槍鋼の人形にて小隊長を任されるほど腕の立つ女傭兵だ。元は鷹の翼の一員だったが、護衛では暴れ足りないと傭兵業に鞍替えした生粋の騎兵乗り。
「レイチェルさんもこんなに早くからお風呂ですか?」
「ああ。なにせ昨日は巡回から戻ってきた所をベレツとスミスの両旦那にとっ捕まって、団との橋渡しをさせられたからね。今まで書類やらなにやら事務仕事させられてろくに休めなかったんだよ。
ま、団としても新しい騎兵は喉から手が出るほど欲しいし、丁度よかったんだけどさ」
「それはご苦労様でした」
ゴードカート到着後、ベレツはスミスを伴いすぐさま槍鋼の人形傭兵団の詰め所に商売に向かった。もともと物資調達契約を結んでいたため団関係者が商業区に来ていたのだが、売り物の騎兵があるからと本部に交渉に出向いたのだ。
一時間後、ふたりはレイチェルと傭兵団関係者数人を引き連れ戻ってきた。鹵獲した騎兵を見せるためだ。
レイチェルが騎兵に試乗し問題がないことを確認して契約が決まった。その折り騎兵の説明をしたのがクリスだ。
「あの騎兵、整備したのは嬢ちゃんだって? うちの整備班がみごとな整備だって感心してたよ。その歳で大したもんだ。もっともあたしとしては大人しめのセッティングなんで少々物足りなかったけどね」
「最初からピーキー仕様にしては売り物になりませんから」
「言うねぇ。そういや騎手としての腕もかなりのものなんだって? スミスの旦那がべた褒めしてたよ。どうだい、風呂から出たら手合わせ願えないかい?」
開いた眼から覗く青い瞳に好戦的な光が灯る。並の人間ならその瞳を見ただけで震えてしまいそうな意思の力が込められた眼だった。
しかし小さな少女は少しも動じた様を見せず、面倒くさいとでも言いたげに首を横に振る。
「やめておきます。せっかくお風呂で汗を流したのに、またすぐ汗をかくなんて真っ平です」
「ありゃま残念。けど二・三日はこの街にいるんだろ? ならその間に時間作っておくれよ」
「確約は出来ませんが、それでよければ」
レイチェルは所謂バトル脳だ。
基本的な判断基準が強いか弱いか勝てるか負けるか強い奴と戦いたいという思考形態の女であった。
古巣である鷹の翼のスミスやバジルがべた褒めし、ホープだった(当時はまだまだ新米にすぎなかったが)シディルを赤子の手を捻るように下したと言う騎兵乗りで期待の新人(正確には臨時雇い)のクリスと是非とも手合わせしたいのである。
「戦ろう戦ろう、今すぐ戦ろう」と眼で語るレイチェルに辟易しながらも、下手に断ったら地の果てまで追いかけてきそうだと諦めの境地で了承する。
「(適当に手を抜いたら「ワンスモア!」とか言ってやり直しを要求されそうですね。かと言って全力でやる訳にもいかないし、加減が難しーなー)」
後でスミスに相談してみようと思い、そこで意識を切り替える。
せっかく広い風呂をほぼ独占状態なのだ。いまは思い切り湯を堪能することにして考えるのは後回し。
戦う約束を取り付けたレイチェルは湯の中でくつろぎながら鼻歌など歌っている。模擬戦が楽しみでしかたない模様だ。
しばし言葉を交わした後、「準備が出来たら連絡をおくれ」と言い残し、レイチェルは用事があるからと先に風呂から上がった。
風呂上りにコーヒー牛乳というお約束をすませた後、暇つぶしを兼ねクリスは市場をぶらついていた。
街の南側、商業区の一区画にある長さ200メートルほどの通りの大市場には多数の露天、小売店が店先を並べ街の人間の食事事情を支えている。
夕食用の買出しに訪れた人々の喧騒でにぎわう通りには、今が稼ぎ時と客を呼び込む商売人の掛け声が乱れ飛び更なる喧騒に一役買っている。
そこかしこの店先で売り手と買い手の折衝、早い話が値切り交渉が盛んに行われていた。
クリスが市場を訪れたのは食材購入のためだ。
いろいろな場所でこまめに調理するため、新鮮な食材のチェックは欠かせない。旅の間を味気ない保存食で済ませられる胃袋ではないのだ。どこに行こうとおいしい物を食べたい。
地球時代から料理はクリスの趣味の一つだ。正確には美味しい物を食べるのがだ。
偶に外食ならともかく毎回となると懐に厳しい。食費を節約しつつそれでも美味しいものを食べたいと願う中の人が自炊を始めたのは自然な流れだろう。
書物やネットで調理法を調べ、自分の作った料理に舌鼓を打つ。更により美味しいものが作れるよう料理の腕を磨く。
ここで『彼女に美味しい料理を作ってもらう』ことが出来なかったのが、桐生徹として悲しい所だったとクリスの瞳からほろりと一滴の汗が流れ落ちた。
途中ふと空腹を覚え、良い匂いを漂わせる串肉を一本購入した。
軽く塩胡椒しただけのシンプルな味付けだが、肉自体がよいのか中々美味だ。やや固めの肉を噛み締めるたび肉汁と香辛料の味が口中に広がり思わずにんまりしてしまう。
肉を扱う店で塩漬け肉と精肉を仕入れる。他の店ではハーブや新鮮野菜など、よさげな物をまとめて購入して回った。
購入した食材はアイテムボックスに収納しておけば腐ることは無くいつまでも鮮度を保つことが出来る。大人買いしても無駄にする事はなく安心して大量購入が可能だ。
「性能の良い冷蔵庫を持ち歩いているようなものですよね」
ホクホク顔で食材の購入を続ける。串肉を平らげ腹心地付いたか足取りも軽く、人ごみをすり抜けながら散策を続ける。
果物を売る露天商を見つけ、アップルパイでも作ろうと露天のリンゴを買い占めたのはさすがにやり過ぎたかなとちょっと反省した。
あまりの量に商店主の顔が引きつっていたのが印象的だった。
リンゴの詰まった買い物袋一つを残し、残りはすべてアイテムボックスに収納する。
袋からリンゴをひとつ取り出し、熟した果実に豪快に齧りついた。とたんに甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。
「んー。美味しい!」
リンゴを咀嚼しつつ行き交う人々の波に乗って歩いていると、前方に垣根のように人だかりが出来ているのに気が付いた。なにやら騒がしい喧騒が人の頭上を越えて聞こえてくる。
近くの露天商に向かい、ぽっかり腹の中年店主に声をかけ、なにがあったのか尋ねてみた。
「なにやら騒がしいようですが、何かあったんですか?」
「小さな女の子がチンピラのズボンを汚しちゃって殴られたんだ。それを見ていた冒険者風の女がチンピラを殴り倒して乱闘おっぱじめたんだよ」
クリスの脳裏にレイチェルの顔が浮かんだのは果たしてなにかの予感なのか。
人垣を強引に掻き分け人だかりの前列に向かう。押すな割り込むな痛いな何すんだ的な声が聞こえた気がしたがすべて無視し、小さな身体をフル活用して前へ前へと向かった。
果たしてそこには予想通りの光景が広がっていた。
3人のチンピラ風の男たちを相手にレイチェルが大立ち回りを繰り広げている。石畳には2人の男たちが倒れており、一人は頬が真っ赤に腫れ白目をむいた状態で転がっている。もう一人はなんとか立ち上がろうとしているが足が覚束無いのか立ち上がることが出来ずにいた。
レイチェルの背後、人垣の最前列に左頬が赤く腫上がった8歳くらいの少女がはらはらと心配そうにレイチェルと男たちを見ていた。露天商が言っていた少女だろう。
「ハッ! 小さな子に威張り散らすことは出来てもあたし相手には手も脚も出ないってかい! 根性あるならかかって来な!」
「巫山戯んなこのアマ!」
「女だからっていつまでも手加減しねぇぜ!」
男たちはそれぞれ短剣を抜いてレイチェルに踊りかかる。
ヒカリモノを見た人垣から悲鳴が上がり、人だかりの輪が数歩分後退する。
チンピラが振り回す短剣を軽いステップで左に躱し、レイチェルは瞬く間に三発の左ジャブを男に喰らわせ気勢を殺ぐ。次いで放った右ストレートを男の顔面に叩き込んだ。腰の入った右拳が男の鼻頭を押し潰した。
鼻血を流して上体が崩れた男の右わき腹に左の回し蹴りを決めて沈める。
遠慮も手加減も無い本気の攻撃だ。
「ヒカリモノ出せばあたしがビビると思ったかい! 甘いんだよ!」
「クソアマがっ!」
「ぶっ殺してやる!」
闇雲に切りつける男の短剣を右に左に舞うようにして躱す女傭兵。攻撃の隙間を縫って拳を振るい、相手に確実にダメージを積み重ねていく。
突き出された短剣を掻い潜り、内懐に潜り込むとがら空きの腹に右の膝を叩き込む。ぐえっと言う蛙が潰れたような呻き声を上げ、動きの止まったチンピラを殴り飛ばす。男はみごとに吹っ飛んでいった。
クリスはレイチェルの立ち回りをリンゴを咀嚼しつつ見学する。
「さすが名うての女傭兵。街のチンピラさんでは相手にならないようですね。
―――でも背中が疎かになるのは不味いかと」
レイチェルの背後にチンピラの一人が回り込もうとしていた。
最初に殴られ、地面に倒れていた男だ。
ようやく立ち上がれるまでに回復した男は、いい様にあしらわれる不甲斐ない仲間に舌打ちする。石畳につばを吐き、腰から短剣を引き抜いてケンカに熱中する女傭兵の背中に忍び寄る。
レイチェルは前方のチンピラに気を取られ、背後の男に気が付かない。
これは不味いとクリスは【クイックムーブ】で瞬時に距離をつめ、短剣を握る男の腕を掴んで捻りあげる。男が驚くよりも早く足を払って【投げ飛ばし】を放つ。
突然の出来事に理解が及ばず、驚愕の表情を浮かべたまま宙に綺麗な弧を描く男。
リンゴ袋を抱えた小さな女の子が頭二つ分背の高い男を片手で投げ飛ばすのを目の当たりにし、周囲から驚嘆の声が上がる
「ゲハッ!」
クリスに手を取られたまま背中から石畳に落とされた男はそのまま昏倒した。手から短剣が零れ落ち、石畳の上で乾いた音を立てて転がる。
少女に手を取られたまま気を失った男と、石畳の短剣を視界に納めたレイチェルは頬に一滴の汗が流れ落ちる。背後から忍び寄る男に気づいていなかったのだ。
横合いからの助っ人が誰かを確認し、自分が危なかったことを再確認して彼女は安堵の息を吐いた。
「―――ヒュー! 危ない危ない……助かったよ、クリス嬢ちゃん」
「モガモガモガ……モガ」
「……悪かった。そのまま食べてて頂戴。礼は終わってから改めてするよ」
リンゴを咥えたまま離そうとせず喋るクリスに苦笑するレイチェル。
女が視線を外したのを好機と見たか、チンピラが背後から忍び寄ろうとするもさすがに同じ轍を踏む訳がない。レイチェルは視界の隅に忍び寄る男の姿をしっかりと納めていた。
充分に引き寄せた男に振り向きざまに裏拳を入れる。側頭部に強打をあびた男はたまらず踏鞴を踏み数歩後退する。
距離を置いた女傭兵は男と向い合い、にやりと肉食獣のごとき笑みを浮かべた。
「どうする? 残ったのはあんただけみたいだけど、最後までヤるかい?」
「クソッ!」
仲間を軽々と沈めた女傭兵に一人で適う訳もなく、男は背を向け脱兎のごとく逃げ出す。見物人を押し分け人垣の向こうに消えた。
そしてすぐ戻ってきた。鋼の腕に上体を掴まれ空中でぷらぷら揺れながら。
「レイチェル姉ちゃんに手を出そうって奴はこの俺が許さないぜ!」
誤字脱字ありましたら連絡ください。
H24/01/06 誤字修正。ご指摘ありがとうございます。
H24/03/08 誤字修正。ご指摘ありがとうございます。