第15話 ナイショの計画
遅くなりましたが第15話をお送りします。
近日中とか言っておいて、ここまで遅れるとは・・・
その扉は巨大だった。
何人の侵入をも阻む巨大で分厚い鋼鉄製の扉。
上部はアーチ型をしたその高さは優に10メートルを超える。製造されてからすでに200年の歳月を数え、その間魔獣の脅威から人々の生命と暮らしを守り続けてきた大扉。
錬金術の技術を用いて作られ、魔動術で強化されたその扉は製造当初と変わらぬ様相を誇っている。表面には錆びひとつなく、施された意匠は細かく荘厳。中央には楯を構える勇壮な騎士の姿が描かれていた。
守護の扉。それがこの巨大な扉の銘。
その扉は今現在大きく開かれ、アーチ型の通路を三騎の機甲騎兵が通り抜けた。二騎は鎧を着込んだ優美なシルエットを持つジンカートカスタム。
最後の一機は金属の塊と評するに相応しい無骨な姿をした騎兵--ティエレだ。
三騎が門をくぐり抜けると背後で大扉は重い音をたてて閉じていく。
「なんて言うか、クリスちゃんを誘ってて本当によかったよ」
「まったくだ。下手したら二騎でグレートライオンの群れと戦うはめになっていたからな。もっとも、普通なら三騎でも絶望的な状況なんだが」
ケインズが心底安堵した台詞を述べるとボーマンも同意する。クリスのお陰でグレートライオン撃退の目星がついたからだ。
「8.8センチ砲様々ですね。私もこれが無ければとても依頼を受けられませんでした(シレッと嘘)」
「ベレツさんの商会で扱うんだっけ?」
「はい。製造は冒険者ギルドに委託するようですが」
「戦車砲かぁ。ティエレみたいに背中に装備できるなら欲しいんだけどな」
「背面装備仕様にすると、どうしても価格が跳ね上がってしまうのです。なので騎兵用には手に持って扱える型の設計図を別途で描いて渡しておきました。
おそらく同時に販売開始すると思いますよ」
「おお! 騎兵用もあるんだ!」
「それがあれば今回の討伐も楽が出来たんだろうけどな」
ボーマンは宿屋での出来事を思い出していた。
魔獣の群れ撃退の依頼をあっさりと引き受けたクリスに、その場にいた全員が凍りついた。
誰もが無茶だと理解していたからだ。依頼をしたトラド兵士長でさえも。
機甲騎兵でさえ倒すことの難しい魔獣グレートライオン。
その群れを僅か数騎の騎兵で撃退するには奇跡でも起こらなければ出来ないことと思われた。
だが、奇跡はすでにあったのだ。
その奇跡の名は8.8センチ砲という。
早い話、接近される前に遠距離から攻撃しようという寸法だ。遠距離攻撃で可能な限り数を減らし、生き残りは白兵戦で始末する作戦。作戦とすら呼べない作戦だが、現状として最も成功率の高い策だった。
森の奥を進む魔獣にどうやって中てるかという問題はあるが、クリスにはその算段があるとのこと。
8.8センチ砲の威力とクリスの腕前を知るケインズ・ボーマン両名は納得したが、トラド兵士長は難色を示した。もっとも、トラドとしても他に案などなく、自信に満ち溢れたクリスの「お任せください」の言葉に最後には案を受け入れた。
実は8.8センチ砲を使わずとも簡単に魔獣を撃退する方法はある。
その方法とはクリスが独り出張ってなぎ倒すというものだ。なのだが、それをやると必要以上に悪目立ちしてしまう。自分という存在をなるべく目立たせたくないクリスにとって避けたい方法だ。
いざというときは仕方がないが、出来るなら別の方法をとりたい。
そこで出番となったのが次点の案、8.8センチ砲による遠距離攻撃。
これには別の目的もあったりする。
それは「何事も控えめでいこう。私はただの冒険者です計画」と名付けた計画に基づく第一作戦、「これはスゴイ! 8.8センチ砲販売促進大作戦」だ。
8.8センチ砲をフル活用し、実地でその有効性を実証して量産型戦車砲の宣伝をしようと言うのだ。
実際にグレートライオンを蹴散らして見せれば宣伝効果はバツグンだ!
ティエレの主兵装である8.8センチ砲で活躍すれば、世間の耳目はおのずと戦車砲に向き、自身への関心度は下がるだろうとの二重の目論見なのだ。
さらに念を入れて第二の作戦も準備する。
名付けて「英雄活躍のお手伝い。私は黒子でバックアップ大作戦」。
ケインズとボーマン両名に砦の兵士の目前で思う存分活躍してもらうのだ。
むろん彼らふたりだけで複数のグレートライオンを相手するのは難しい。そこでふたりには可能な限りの援護魔法をかけ、自分は黒子に徹して影で働く。
両名には八面六臂の活躍をしてもらおうとの作戦だ。
(遠距離攻撃で敵の数を減らして8.8センチ砲の宣伝をし、手ごろな数になったらケインズさん、ボーマンさんに表に立って活躍してもらう。
ふふふ。完璧じゃないですか。これで魔獣討伐の手柄はすべてお二人のもの。私は目立たず万々歳です♪)
すべてが考え通りには行かないだろうが、状況に応じて臨機応変に対応すれば充分可能だろうと一人ほくそ笑むクリス。
冷静に考えれば穴がありまくりの計画なのだが、本人が幸せならそれで良いのだろう。
「私たちで必ず皆を守りましょうね(お二人の活躍に超期待です♪)」
「ああ、その通りだ」
「必ず守って見せるさ」
8.8センチ砲の威力とクリスの腕前があれば、長長距離の攻撃による魔獣撃退も不可能ではない。
すべてはクリス任せという、ケインズ・ボーマン両名にしてみればなんとも情けない話しだが、要は村人さえ守れればいい。ならば自分達の自尊心が傷つくくらい何でもないとふたりは考えていた。
どの道ふたりに村を見捨てて逃げるという選択肢はないし、取ることも出来ない。
村人総出でメンテルヒアに逃げるという手段も、街が飛竜の襲撃を受けているという時点で選択肢から消えていた。
「ではこの辺りで準備しますね」
「了解。こちらは手はず通りに周囲を警戒するよ」
大扉を抜けた三騎の騎兵は連れ立って進み、森の手前の開けた場所で陣を構えた。砦からは約100メートル程の距離だ。ティエレが射撃する間、ジンカート二騎は万一に備えティエレの護衛につく手はずになっている。
砦から離れすぎては援護も出来ないとのトラドの主張を受けてだ。
クリスにしても願ったりなので反対する理由はない。
なにせ砦の兵士たちには、ケインズ・ボーマンの活躍をしっかりと見てもらわなければならないのだから。
(まずは何はともあれ宣伝・宣伝と。うふふ。これが上手くいけば、あっちでもこっちでも8.8センチ砲の砲身がずらーっと並んじゃうかも。ああ、綺麗だろうなぁ・・・」)
戦車砲が売れることで得られる利益などでなく、立ち並ぶ砲身の鈍色の光景を脳裏に描き恍惚となる少女クリス。
頬を叩いて気合を入れると機体に片膝を付かせ、精密射撃モードをとるティエレ。
右の背面に装備された魔動砲の折りたたまれていた砲身が展開する。フルバレルとなった8.8センチ魔動砲の長砲身が太陽の陽をあびて鈍く輝く。
その内に秘めた破壊の力を解き放つその瞬間を待ちわびていた。
「--随分スマートだと思わないか?」
「唐突だな。いったいなんの話だ」
射撃体勢を取るティエレの様子を眺めていたケインズは傍らの相棒に言った。
仲間全員に伝わるオープンチャンネルでなく、特定の相手に(この場合はボーマンのみに)回線をつなげる専用チャンネルだ。無論クリスには聞こえない。
片手槍型の魔動兵装パイドルランサーを準備しているボーマンが訝しげに答える。
「クリスちゃんだよ。随分スマートだよな」
「どこがだ。あれだけ出てたり引っ込んでたりするの普通グラマーって言うだろ。あの歳であれなんだから、あと何年かしたらもっと凄いことになるぞ?」
「・・・お前、なに言ってんの? クリスちゃんの「ぼでぃらいん」じゃなくて、彼女の乗っている騎兵のことだよ。どこ見てんだこのムッツリスケベ」
「おおお前が言い出したんだろう!」
ケインズの呆れ声にボーマンが食ってかかる。
「大体、あの騎兵のどこがスマートなんだ!? あれだけゴツイ重装甲の機体は見たことないぞ!」
「機体の外見じゃなくて動きだよ。う・ご・き! まるで人間みたいな動きだと思わないか?」
「・・・それはひょっとしてスムーズと言いたかったのか?」
「おお! それそれ!」
「それそれじゃない! ・・・まあ確かに、騎兵とは思えない滑らかな動きだな。そう言えばスミスさんもそんなこと言っていたか」
「スミスさんが?」
鷹の翼の団長ジェフリー・スミス。
洞察力と指揮力、統率力に優れた叩上げの冒険者。
一流の騎兵乗りだが腕前は団一番のシディルに劣る。しかし騎手としての総合面ではシディルより一歩も二歩も勝っている。
クリスとシディルの模擬戦の最中に、ぼそりと呟いた彼の一言をボーマンは思い出していた。
「ああ。滑らか過ぎて機械の動きとは思えないと言っていたな」
「だよなあ。なぜあんな動きが出来るんだ?」
「俺に聞くな。そもそもあの騎兵を作ったのもクリスちゃんだと言うじゃないか。何事も規格外の彼女だからな。
機構的な部分だけでなく、マギスジェムで走らせている動作関連の構築式も特別製なんだろう」
「本当にそれだけかな?」
「なんだよ。やけに奥歯に物が挟まったような言い方をするじゃないか。言いたいことがあるならちゃんと言えよ」
「言いたいことと言うか、ちゃんと言葉にできないんだ。
なんて言うかさ、人の姿を模しているとはいえ、機械にすぎない騎兵はやはり機械の動きをするものなんだよ。所詮機械だからさ。
だけどティエレは、あの騎兵は動きが自然というか人間臭いというか・・・」
ふたりの冒険者は知らない。
ふたりだけでなくほとんどの人は知る由もない。機甲騎兵を動かすには適正レベルがあるということを。
車や戦車などと異なり厳密には機甲騎兵に操縦という概念は存在しない。騎兵は操縦するのではなく操るものだからだ。
ダイレクトリンク・コントロール、あるいはイメージ・コントロールと呼ばれている操縦法。これは騎手の「騎兵を動かそうという意思」で騎兵を動かすというものだ。
操縦桿を操作するのではなく、自分の手足を動かすのと同様に考えただけで騎兵が動く。騎手の意思を直接マギスジェムに入力し、思うがままに機体を操る。それがダイレクトリンクと呼ばれる操縦法だ。
この操縦法の最大の利点は無意識下での機体制御にある。
人が運動をするとき、力加減や配分を無意識に行なっているように、ダイレクトリンク下での機甲騎兵では細かな制御は騎手が無意識に制御している。
様々な制御の並列処理を無意識下で行なうため、まるで人間のような滑らかな動きが可能となるのだ。
ダイレクトリンクを行なうには、騎手が騎兵の(正しくは搭載されているマギスジェムの)適正レベルに達してなければならない。それ以下の「未熟な」騎手は、本来補助に過ぎない操縦桿での操作が必須となる。
機械として操縦するか、身体の一部として操るか。ケインズが感じた違和感はまさにそれだった。
「そろそろ砲撃が始まる。ひとまず疑問は置いとけよ」
通信をオープンにし、クリスに通信を送る。
「準備は出来た? 目標はちゃんと見えてるかい?」
「はい。【探索バード】の視界内にバッチリ捉えてます」
ボーマンの問い掛けにクリスは普段と変わらない落ち着いた声で答える。こんなときでも緊張なしかーと、自分と比べて落ち込んでしまうケインズ。
目標は1742メートル先の森の中。
木々が邪魔をして直視は不可能だ。ゆえに複数の【探索バード】で間接射撃のための三角測量を行ない正確な距離と方向を完璧に算出していた。クリスが有する超演算能力のたまものだ。
なぜそんな謎能力が自分の中にあるか知らないが、あるなら使うのがクリスクオリティ。
目標は群れの先頭を歩く一番の大型魔獣。
立派な鬣と四肢や各所に硬質化した皮膚が頑強な鎧となって張り付いている。一見すると鎧を着込んだ獣だ。ただし10メートルを超える巨体を誇っているが。
背後の一回り小さい雌らしき魔獣四頭と、さらに成体になったばかりらしい体躯の劣る魔獣四頭を率い、ゆっくりとした足取りで近づいて来る。
合計九頭のグレートライオンの群れ。
如何にこれまで多くの魔獣からメンテルヒアを守ってきたルベック砦とはいえ、これほどの数のグレートライオンに襲われてはひとたまりもない。
「特大・一、大・四、中・四の合計九頭のグレートライオンを確認しました」
「き、九頭!?」
「・・・思わず逃げ出したくなるな」
『・・・それは間違いないのか?』
絶句するケインズとボーマン。無線機越しに砦のトラドからも確認が入る。
「間違いありません。時々地面を嗅いで真っ直ぐ砦を目指していますね。おそらく逃げてきた冒険者の匂いを追っているのでしょう。ここまでしつこく追ってくるって、いったい彼らは何をしたんですか?」
『わからん。聞きだせる精神状態ではないからな。魔獣の情報を聞き出すのがやっとだった・・・どうやら仲間が食われるのを目の当たりにしたらしくてな』
告げるトラドの台詞には沈痛なものが含まれていた。
全幅の信頼を寄せていた機甲騎兵を打ち倒され、悲鳴を上げ逃げ惑う仲間が貪り食われるさまを目の当たりにした生き残りの二人。魔獣への恐怖と見捨てた仲間への悔恨で心が壊れていた。
放置していればなにやら喚きながらいつまでも額を壁に打ちつけ続けている。今は手足を縛りベットに拘束していた。
「連中は魔獣の巣に踏み込んだのか?」
『それは考えにくいな。彼らが森に入ったのは二日前だ。森の中央に行き着くには時間がなさすぎる』
ボーマンの疑問にトラドが答えた。
グレートライオンは森の中央付近にその巣を構えている。いかに機甲騎兵があれど、往復の時間も考えるとそんな短時間では森の中央に達するのは不可能だ。
なんにせよ、自分のすることに変わりはないと準備を終えるクリス。
「砲撃開始します。弾種榴弾。発射!」
鈍い光を燈す鋼の砲身を森の奥へと向け、轟音と共に絶対的な破壊力の塊を解き放つ。衝撃で揺れた空気に押され周囲の木々が啼いた。
弧をひいて虚空をわたる砲弾は目標へと迫り往く。
徹甲弾なら2000メートルの距離を置いても鋼の装甲版を撃ち抜く。しかし今回使用したのは榴弾だ。着弾した砲弾はその威力を誇示するがのごとく大地を深く抉り、大量の土砂を空へと巻き上げた。破砕された弾殻が広範囲に飛び散り周囲に破壊を撒き散らす。
ティエレから遠く離れた着弾点に爆音が轟いた。
「--へぇ」
着弾点の光景を【探索バード】を通し見ていたクリスは思わず感嘆の声を漏らした。
巻き上がる土煙がおさまり、目標地点の視界が開けた。大地に大穴がうがたれ、そして--
「やったのか!?」
傍らにいたジンカートカスタムからボーマンの戦果を期待する声が届いた。
「いえ。倒していません。躱されました」
「か、躱した!? 戦車砲の攻撃を!?」
「ええ。それはもう、見事なくらいに躱してくれました」
目標地点にいたはずの大型魔獣は怪我ひとつなくその姿を誇示している。
飛来する砲弾を躱した。
ありえないことだ。
だが現実に魔獣は傷ひとつない。弾殻の破片は身に纏う風の結界で阻んだのだろう。
抉り取られた大地から離れた場所に立ち、獰猛な視線を向けていた。木々の向こう、クリスのいる方向へ向けて。
「ははん」
ティエレの操縦席の中の少女は、その天使のような容姿に相応しい美しい唇に薄い笑みを浮かべた。
砦の兵士長より魔獣の群れ接近の知らせを受けたとき、周囲が動揺するなか、クリスだけは平然としていた。
魔獣グレートライオン。凶悪の魔獣。機甲騎兵を以ってしても倍の数で当たらなければ倒し得ない強敵。
だがしかし、少女にとっては「所詮グレートライオン」にすぎない。
クリスから見ればはっきり言って格下の相手。
ゲームでは機甲騎兵を手にしたプレイヤーが出会う初期の難敵ではあるが、モンスターレベルは50レベルにすぎず、クリスの100レベルには遠く及ばない。
転生分の補正を含めるなら120レベル相当となるクリスの半分以下しかない格下。群れでこようとクリスの敵ではない。
その格下の相手が必殺の砲弾を躱した。その事実にクリスは驚愕するのではなく「なるほど」とあることに気づいた。
【探索バード】を通し、グレートライオンを【魔物判定】して見れは大型魔獣のモンスターレベルは70レベル。通常のものよりかなり高い。おそらく、プレイヤーの間で「スペシャル」と呼ばれるモンスターだろう。
ゲーム『パンツァー・リート』では、大別すればモンスターは二種類に分けられる。フィールドに点在する「フィールドモンスター」とクエストにのみ出現する「クエストモンスター」だ。
前者と違い、後者はクエストを受けたときのみ出現する特殊モンスターで、フィールドモンスターと違い様々な特殊能力を有している。当然フィールドモンスターに比べレベルも高い。
「(てことは、砲弾を躱したのは回避スキル【高速回避】か【緊急回避】かな? スペシャルのグレートライオンの雷撃は騎兵の防御フィールドも無意味だし、油断すると大怪我しそうね)」
「クリスちゃん?」
「(おっといけない。スペシャル・グレートライオン、略してスグライオンは私が相手しないとマズそうだし、ノーマル・グレートライオン、略してノグライオンの数を減らさないと)
群れの中に強敵がいますね。遠距離からの砲撃はすべて躱されるかもしれません。攻撃目標を変更して、予定通り数を減らすことを優先します」
次々と榴弾を放つティエレ。
着弾し爆炎をあげる榴弾。大型魔獣は見事に躱すが、標準仕様の雌ライオンは爆風を食らい次々と倒れ伏す。
榴弾の直撃を受けた一頭など、肉片という表現すら生易しい有様となってあたりに散らばっている。
「(うへー。グログロ・・・)」
声には出さないが【探索バード】を通して寄せられる映像に、口の中にすっぱいものが広がる。
魔獣とはいえその身体は生身。
雌ライオンは大型魔獣に比べ風の結界も弱く、飛び散る砲弾の破片を防ぎきれない。手足や胴体を吹き飛ばされ、なかなかスプラッターな光景が広がっていた。
【探索バード】越しとはいえ、その様子が見えているクリスにはいささかクルものがあった。
「こ、これはしばらくお肉は食べられそうにありませんね・・・」
「どうしたんだ?」
「なにが見えているんだ、クリスちゃん。グレートライオンはどうなった?」
「特大のグレートライオンは無傷ですが、大型の雌ライオン四頭はすべて倒しました。倒したのですが・・・」
「が?」
「飛び散った肉片や弾けた臓物なんかで現場はすごいことに・・・見ます?」
光景を想像し、引きつるケインズは後ずさった。
「いや、遠慮しとく!」
「私だけお肉が食べられなくなるというのは業腹です。是非お二人もお仲間に・・・おや?」
クリスの脳裏に【探索バード】からの映像が届く。
スペシャル・グレートライオン、略してスグライオンが森を駆け抜け猛スピードで接近してくる。やや離れて四頭の体格の劣る雄ライオンが続いていた。
体格が劣るゆえに遅いのではなく、明らかに動揺し気後れしている。
無理もない。
瞬く間に雌ライオンが正体不明の術により倒されたのだ。時折り振り返り、ついて来いとばかりに恫喝するスグライオンがいなければ逃げ出していたかもしれない。
無残に仲間を殺されたスグライオンは怒り心頭だ。鬣は帯電し周囲の空気がイオン化している。
「今度はいったいどうした!?」
「スグライオンが急速に接近中。遅れて中型ノグライオン四頭が続いています」
「スグ? ノグ?」
「・・・失礼。特大グレートライオンと中型グレートライオンが接近中です。特大のものは私が相手しますので、お二人は中型の四頭の相手をお願いします」
「「おおい!!」」
厳しいことをさらりと告げられ全力で突っ込むケインズとボーマン。
二人の突込みを無視し、精密射撃モードを解くとクリスはティエレを立たせて準備にかかる。左の手袋に付けているマギスジェムに軽くキスし、騎兵用補助魔動術を立て続けに起動する。
三騎の機甲騎兵の周囲に幾筋もの光の粒子が煌き、機体に浸透するように消えた。
「(さあ、おふたりとも活躍する時間ですよ。グレートライオンなんか蹴散らしちゃってくださいね)」
「な、なんだ!?」
「落ち着いてください。騎兵用の補助魔動術を使いました。
攻撃力と防御力、移動力の増加。反応速度二割り増しに耐久力アップ。命中率アップに敵の攻撃を十回まで無効化する防護壁です」
慌てるボーマンに補助魔動術の解説をするクリス。
続けて古式魔術の補助魔術、【守りの剣】と【攻撃の楯】を二人にかける。
【守りの剣】は敵の攻撃を自動で受け流し、【攻撃の楯】は楯で停めた敵の攻撃力をそのまま魔法ダメージとして打ち返す凶悪な魔術だ。
これだけ補助魔術をかければ、ノグライオン四頭が相手とはいえ充分に戦えるだろう。
「そんな魔動術まで使えるのか・・・」
「てか、そんなの初めて聞いたよ」
クリスの多彩な技能に驚く二人。
機械を動かすだけが魔動術ではない。攻撃や守り、所謂便利魔法などの魔法としての術も存在している。炎や雷を飛ばすなど、直接相手を攻撃する魔動術は媒体としての銃や剣を必要とするが。
今回クリスが使ったのは魔動術でも上位の魔術。一般には広まっていない術のため、二人には聞き覚えが無かった。
「魔動術も奥が深いのですよ。とにかくお二人は中型を砦から外に出さないようお願いします」
「わ、わかった」
「なんとかやってみる」
クリスも自身の装備を整える。
肩部の大型シールドの内側に格納してあるPMG-34・30ミリマシンガンを引き抜き、50連ドラムマガジンをセットする。コッキングレバーを操作し初弾を薬室内に送り込んだ。その後、左手に小太刀を装備する。
「--では、そろそろ始めましょうか。貴方の相手は私です」
振り向きざまに森へと向けて8.8センチ砲ショートバレルを放つ。
突然の出来事にケインズとボーマンは慌てた。間近で発した衝撃波は騎兵の防御フィールドが阻む。
ティエレはローラーギアとスラスターを全開にし、機体を横滑りさせると右方向へと抜ける。さらに機体を反転させ、全力で後退しながらPMG-34と8.8センチ砲を撃ち続けた。
「なっ!? クリスちゃん、いきなり何をっ!?」
「ジェイク! グレートライオンだ!」
ケインズに言われ、森を見れば木々の間から特大のグレートライオンが飛び出したところだった。
砲撃は外れたか風の結界に阻まれたか、ダメージを受けた様子はない。
金色に輝く鬣はバチバチと音をたてて帯電し逆立っていた。
騎兵を手に入れて間もない頃、ふたりとキースの三人組冒険者はグレートライオンと遭遇したことがあった。一頭だけだったことも幸いし、なんとか撃退に成功した。そのときの魔獣と比べ、森から現れた特大グレートライオンは二回りも大きな巨体を有していた。
身体の各所を覆う硬質化した皮膚の鎧も以前戦った魔獣より面積的に広く、より凶悪に見えた。
四肢の先端から伸びる爪は巨大で、騎兵の装甲すら容易く切り裂けそうだ。
「で、でかい・・・」
「あんな巨大なグレートライオン、始めて見たぜ」
スグライオンは二騎の騎兵に一瞥だけくれると、躊躇することなくティエレを追った。
「やば! 奴はクリスちゃんを追いかけて行ったぞ! 援護に向かわないと!」
「待て! 俺たちの仕事は四頭の相手だ! クリスちゃんがなんの為に特大ライオンを自分に引き寄せたと思っているんだ」
追いかけようとするケインズをボーマンは停めた。
スグライオンの目的は仲間の復讐だ。それを読んだクリスは、躱されるとわかっている砲撃を行った。仲間の雌ライオンを殺したのは自分だと見せ付けるために。
ティエレはスグライオンを誘うように遠く離れていく。やがて両者は木々の陰に入り二人からは見えなくなった。
「だけどよ!」
「悔しいが、俺たちが行っても足手まといにしかならん。
それより四頭のグレートライオンを村に行かせないよう、俺たちはここで踏ん張るんだ!」
「わ、わかったよ」
ボーマンに阻まれ、ケインズは自分のやるべきことを思い出した。
グレートライオンを倒す。
二度と村に被害が及ばないように。村人が悲しまないように。村人の暮らしを守れる力が欲しくて、自分は冒険者になったのではないか。
操縦桿を握り締め、決意を新たに投影盤の向こう側、森の奥へと視線を向けた。ケインズとボーマンの「意思」を受けたアークドライブが唸りを増し、機甲騎兵の出力が上昇する。
ダイレクトコントロール。
ほんの僅かではあるが、確かに二人の騎手とそれぞれの騎兵との間に繋がりが生まれた。
「来るぞ!」
ボーマンの台詞と共に森が揺れ巨大な獣が姿を現した。その数3。
「一頭少なくないか?」
「伏兵かもしれん。気を付けろ」
「ああ、まずはこいつらから片付ける!」
二騎の機甲騎兵は楯と片手槍型の魔動兵装を構えた。槍の先端に炎が灯る。
戦闘態勢を整える機甲騎兵の姿を捉えた魔獣が唸り、ゆっくりと森から姿を現した。その鬣は帯電し傘のように大きく開いていた。
「爆炎槍!」
「ゴガガアアアアアアー!」
騎兵からは炎の槍が、魔獣からは雷が放たれた。
ここに騎兵と魔獣の戦いの火蓋が切って落とされた。
解き放たれた炎が魔獣を舐める。
炎は風の結界に阻まれ碌にダメージを与えることは出来なかった。多少体毛を焦がした程度だ。それでも焦がされた炎に不快感を覚えた魔獣は盛んに威嚇の唸り声を上げる。
「お、おい・・・俺たち、魔獣の雷の直撃を受けたよな」
「ああ。だけど無傷だぜ?」
グレートライオンの雷は騎兵の防御フィールドでは完全に防ぎきれない。
多少の被害を覚悟していた二人だったが、予想に反し、機体のいずこにも損傷は無かった。
防御フィールドを貫いた雷撃は、クリスの施した【攻撃の楯】が完全に防いだ。某小説における一方通行な感じではじき返された雷撃は魔獣の風の結界に防がれたが。
「クリスちゃんの援護魔動術のおかげか!」
「・・・いったい彼女は何者なんだろうな」
人並みはずれた知識と技術を持つ少女。
複数の系統にまたがる魔術にすら深く通じ、戦闘技能はもとより騎兵操縦ですら自分たちよりはるかに高い技術を有している。しかも実戦慣れまでしている。
年端のいかぬ少女のどこに、それだけの「経験」を積む機会があると言うのか。
クリスティナと言う少女の存在に果てしない違和感と恐怖を覚えるボーマン。
とたんに天使のような笑みを浮かべる彼女の顔が仮面となって剥がれ落ち、その奥の異質で異様な何かが、自分達には理解すらできないナニかが蠢いた様な気がして彼は恐怖に震えた。
「つまらないこと気にするなよ、ジェイク!」
ケインズは楯を構え、魔動兵装の穂先に炎を灯し魔獣へと突撃した。炎を纏う穂先を敵へと突き入れる。
眼前の魔獣は飛びのき逃れたが、横合いから別の魔獣が飛び掛ってきた。構えた楯で魔獣の爪を受け止める。
パキンと乾いた音がして、魔獣の爪が根元から砕けて散った。
「ギャウン!」
爪だけでなく前脚にもダメージが入ったのか、魔獣はあわてて飛びのいた。距離を置いて対峙する騎兵と魔獣。
一騎の機甲騎兵が複数のグレートライオンを前に善戦していた。その様子を見ていた砦の兵士たちは、援護も忘れて戦闘に見入っていた。
出力を増すアークドライブの発する魔力が機体全体に行き渡り、ギシリと力が籠もる。
「クリスちゃんが何者かなんて考えるまでも無いさ。俺たちに村を守る力を与えてくれた冒険者仲間だ。
冒険者にはそれで充分さ!」
冒険者には国や国境など無く、気の合う仲間と共に冒険を続ける者達だ。
単にリスクを共有する仲ではなく、背中を預けるに相応しい「技能と信頼」を持つかが重要であり、必要なのは過去の詮索ではない。
「俺たちならここを踏ん張れると任せてくれたんだ。なら、それに応えてみせるってのが冒険者の心意気ってもんだろう!」
「・・・ったく。馬鹿は考えなしで困るな。だが時には考えなしが正解と言うこともあるか」
ボーマンは苦笑し、手に持つ魔動兵装を背中に格納すると、ジンカートの腰にマウントしてある長剣を引き抜いた。操縦桿を握る手に力が入る。
「誰が馬鹿だ、誰が!」
「お前だよ。そして今は俺もかな。さて、信頼に応えるために一丁やろうかね」
「応さ!」
ケインズは笑って応えた。
二騎の機甲騎兵は申し合わせたように連なって魔獣へと躍りかかった。
「いきなり止まっちゃって、如何したんでしょうね。ボーマンさんは」
【探索バード】からは逐次二人の様子が映像として脳裏に送られてくる。万が一の時には援護の砲撃を行うためクリスは二人の様子をモニタリングしていた。
魔獣に向け攻撃魔動術を放った後、急に固まってしまったボーマンに少女は首をかしげる。自分と言う存在に違和感を覚えられたとは夢にも思っていない。
やがてボーマンの騎兵は武器を剣に持ち替え、ケインズと共に魔獣へと攻撃を開始した。
ケインズが注意を引くため真正面から槍を突き入れ、攻撃を躱したため体勢を崩したノグライオンにボーマンはローラーギアの急加速で強襲。剣で切りつける。
致命傷とはならなかったが返す刀で二撃目を加え、止めとばかりにケインズが炎を纏う槍を突き入れる。身体の内側を炎で焼かれたノグライオンは悲鳴を上げて倒れた。
見事な連係でまずは最初の一頭を仕留める。
「お見事です、お二人とも! ギャラリーも湧いていますし、その調子でガンガン行っちゃって下さい!」
砦を見れば、兵士たちは鈴なりとなって二騎の騎兵の活躍する姿に沸いていた。魔獣を仕留めた瞬間など手を上げあるいは振り回し、拍手喝采のお祭り騒ぎだ。
盛り上がる砦の兵士たちの姿を眺め、クリスはうんうんと満足げに頷いていた。
ひとまず計画は順調に推移している。援護魔法も有効に働き二騎の騎兵は危なげなく魔獣と戦っている。
一方、残りのグレートライオンは完全に腰が引けていた。
雌ライオンを理解不能な方法で、しかも原形すら残さず倒されるさまを見た雄ライオンは当初から怖気づいていた。群れのリーダーであるスグライオンの恫喝が無ければとっくの昔に逃げ出していたところだ。
凶悪の魔獣とは言え、こうなればただの獣にすぎない。
「どうやら上手くいきそうですね」
各種の補助魔法を施したとはいえ相手が相手だ。しかも相手のほうが数で勝っていた。さすがに四頭相手はまずかろうと、スグライオンを引き付ける砲撃の内一発を使って一頭を倒しておいたのも功を奏したようだ。
最後まで気は抜けないが、もう大丈夫だろうとクリスは安堵した。もちろん二人の安全面に関してだ。
ちなみにクリスはと言うと、二人の様子に気を配りながらもスグライオンと戦っていた。クリスにとって|二つの行動を同時に処理する《マルチタスク》などたいした手間ではない。
飛び掛ろうとするスグライオンをPMG-34の連射で牽制し、雷撃は絶対防御壁で阻む。ちなみに8.8センチ砲は使わずにいる。
二人にもしものときがあった場合、いつでも援護射撃が出来るようにだ。
「あちらもいい感じですし、こちらも決着をつけるとしましょうか」
クリスは距離を置いて対峙する眼前のスグライオンを睨みつけた。
小太刀を鞘に納め、弾数の少なくなったPMG-34のドラムマガジンを【手早く交換】する。ワンアクションで弾倉を交換する職業【銃士】のスキルだ。
いかなる手段でか仲間をさらに失ったことを察知し、魔獣は金の鬣を逆立て更なる怒りを募らせる。
盛んに頭部を動かして唸り、人間など一飲みにできそうな大口から鋭利な牙を覗かせていた。体を低くして右の前脚で何度も地面を掻きむしる。
互いに気勢を探り合っていたが攻撃はほぼ同時だった。
帯電する鬣が輝きを増し頭上に巨大な電球を形成した。渾身の雷をティエレに放つと同時に魔獣が滑るように大地を駆ける。
ティエレの手前で跳躍し、憎き敵を引き裂くべく巨大な爪を持つ右前脚を振りかぶる。そして大気よ裂けよとばかりに振り下ろした。
ティエレがローラーギアとスラスターを用い高速で地を駆けた。
腰だめに構えたPMG-34を魔獣の顔めがけて連射する。ほとんどは魔獣の纏う風の結界に阻まれるも抜けたうちの一発が魔獣の右目を貫いた。
貫きはしたが風の結界に威力のほとんどを削られ致命傷には程遠い。
魔獣の放った雷球が避けようともせず直進する鋼の機体に直撃する。
十回まで敵の攻撃を完全に阻む絶対防御壁が最後の役目を終え、金属を叩いたような甲高い音を立て光の粒子となって砕けて散った。
光の粒子が宙に溶け込むまでの一時の間。
クリスの視界は光に覆われ魔獣の姿を見失う。それは致命的とも言える刹那の時間。
光の闇に覆われた視界が開けた向こう側。その時クリスが見たものは間近に迫った魔獣の姿。魔獣の爪が騎兵の装甲に突き立てられる直前だった。
「回避スキルはあなたの専売特許ではありませんよ。【緊急回避】」
一日にレベル回数分しか使えないとはいえ、【緊急回避】は少ない例外を除きほとんどの攻撃を避けてくれる。
魔獣が引き裂いたのは直前までその場にいたはずのティエレの残像。魔獣の攻撃は虚しく空を切る。
大地に降り立つ魔獣よりも早く、機体をすばやく敵の側面に回りこませたクリスは何も持たない騎兵の左腕を魔獣の頭部に添えた。
「これは躱せますか? 【一撃必中】 パイルバンカー発射!」
両者の間で炸裂音が鳴り響く。
【緊急回避】の効果を上回り、必ず白兵攻撃を命中させるうえに攻撃力増強までつく【一撃必中】が載せられたパイルバンカーの鋼の銛が魔獣の頭蓋を刺し貫いた。銛が貫通した頭部の反対側から魔獣の血と脳漿を撒き散らす。
身体をビクンッと震わした魔獣は絶命し、大地に力なく崩れ落ちる。
「ミッション・コンプリート。あちらもクライマックス直前ですか。ふたりとも頑張れー」
クリスの脳裏にはふたりの活躍する映像が次々と送られてくる。
二頭目を倒し終えた騎兵は、逃れようとする最後の一頭をアサルトアンカーで捕らえたところだった。絡まるワイヤーに動きを封じられ、後退りしようにもアンカーを巻き戻そうとする騎兵と魔獣の力とが拮抗しているのか空しく大地を掻き毟るのみだ。
そしてボーマンによる止めの一撃。
魔獣の爪を剣で受け流し、突き入れられた長剣の刃が魔獣の心臓を両断した。
引き抜いた長剣を誇らしげに掲げると、砦の兵士たちから惜しみない拍手が送られた。全員が興奮気味で、掲げるボーマンの剣に倣うように右手を上げて応えている。
魔獣討伐の噂はすぐさま村に伝わるだろう。
村と村人を守り抜いたと言う充実感に包まれ、ケインズとボーマンはほっと息を吐いた。
「お二人とも、お見事でした。見事魔獣の脅威から村を守りましたね」
帰還したクリスはふたりの冒険者に微笑みかける。
魔獣討伐を終えた冒険者たちは場所を砦内に移し健闘を称えあっていた。
ケインズ・ボーマン、ふたりの周囲には駆けつけてきた砦の兵士が鈴なりとなっていた。両名の肩を叩いたり見事な戦いぶりを称えたりしている。
トラド兵士長も輪に加わり上機嫌だ。
計画通りに推移し、魔獣討伐の名誉はふたりの頭上に輝いたことに満足感すら覚えるクリスである。
クリスに気づいた兵士たちは少女のために道を開いた。
ふたりの冒険者はお互いに顔を見合わせると、そろって少女へと頭を下げ礼を述べた。
「クリスちゃんの補助魔動術のおかげで魔獣に勝てたよ。でなければとても勝てなかったさ」
「すべては君のおかげだ。ありがとう」
慌てたのはクリスだ。
なにせ周囲には兵士が沢山いる。魔獣討伐は英雄の活躍でなされたことにならなければクリス的に困る。それに命がけで魔獣に挑み、これに打ち勝ったのはふたりの冒険者であることに代わり無いのだから。
「そうなのか」「すごいことが出来るんだな」などと感心する兵士たちの声が耳に入り、クリスは慌ててフォローした。
「そ、そんなことはありません! 補助魔動術があったとて魔獣を倒したのはおふたりなのですから! 私はちょっと魔動術でお手伝いしただけです!」
「ははは。謙遜謙遜」
「あれだけすごい援護魔動術をかけてもらえれば俺たちじゃなくても倒せるさ。第一いちばんヤバイ特大グレートライオンはクリスちゃんが引っ張って行ってくれただろ?」
「ああ。あれはデカかったよな!」
「俺なんか見ただけでブルッちまったよ」
「そ、それは武者震いですね。間違いありません」
クリスの必死のフォローも当事者である両名が突き崩す。善良で正直者な冒険者であった。
「背中の大砲もすごかったな。私は望遠鏡で見ていたが、あれだけ離れた相手を一撃で仕留めるとはたいしたものだ。森から抜けてきた四頭の魔獣のうち一頭も消飛んだしな!」
上機嫌なトラドが8.8センチ砲の威力を褒める。
「なるほど。最後の一頭が出てこないから如何したのかと思ってたが、やっぱりクリスちゃんが倒していたのか」
「やっぱりクリスちゃんは凄いな!」
「ぐぐぐ偶然ですよ。特大ライオンを狙った一発が偶然中っただけで・・・」
「ははは。随分謙遜する娘だね、君は。あれだけ遠距離にいた魔獣を狙い撃ちできる腕を持つ君だ。近距離の目標を外すわけが無いだろう?」
「い、いえ。事実特大ライオンは私の砲撃を躱しましたし。それに魔獣を倒せたのは8.8センチ砲があったからですし!」
このままでは埒が明かないと見たか、話題を8.8センチ砲に向けるクリス。
途中まで万全であったはずの「何事も控えめでいこう。私はただの冒険者です計画」が、ここに来て急に揺らいだように感じるのであった。
「あれは8.8センチ砲と言うのか。もし手に入るならぜひ欲しいところだな。あれがあれば魔獣の脅威に対して強力な武器になる」
「それならベレツ移動商会に問い合わせるといいよ。発売時期はいつだか知らないが取り扱うそうだから」
「ほう! それはいいことを聞いた。上に掛け合いぜひ導入してもらおう」
ケインズの台詞にトラド兵士長が満面の笑みを浮かべる。
8.8センチ砲がいかに凄いか熱く語る冒険者と聴衆の兵士たち。なにせ盗賊街道での活躍をその目で目撃したケインズとボーマンだ。実経験がこもった話に兵士たちも夢中になる。
話題が8.8センチ砲に移り安堵するクリスだったがケインズの一言で吹き飛んだ。
「何事も控えめでいこう。私はただの冒険者です計画」が根底から崩れ去った瞬間だった。
「なにせクリスちゃん自ら開発設計した入魂の作だ! その威力と実用性は先の戦いで実証済み。これほど確かなものは無いよ!」
「ほう。彼女は兵器開発も出来るのか。特大ライオンを倒した腕前といい、遠距離射撃で確実に敵を倒すスゴ腕砲手としての才能に加えて開発者としても優秀とは素晴らしいな!」
「(ケインズさあぁああああああああああーーーーーん!)」
「視野狭窄」と言う言葉がある。
そうだとばかりに信じ込み、それ以外のことが目に入らなくなる状況を指す。
ケインズ・ボーマン両名は、魔獣討伐を成し得たなら英雄として凱旋するとばかりにクリスは思っていた。いかに魔動術の補助があるとはいえ、実際に戦い勝ち得たのは彼らなのだ。大いに誇っていいはずだ。
だが両名は、自分たちの実力を知るからこそ勝てた理由が何かを理解できた。
回数制限があるとはいえ敵の攻撃を完全防御する障壁。
敵の攻撃をそのまま相手に返す盾。
眼で追えぬ攻撃すら受け流すことが可能な剣。
その他能力増強がてんこ盛りだ。
それだけの空前絶後な補助をもらいながら、魔獣討伐は自分たちの実力ですとはとても言えない両名である。
かくして魔獣討伐を果たしたケインズとボーマン、そしてなによりクリスの功績を称え、砦の兵士たちと噂を聞きつけ砦を訪れた村人たちにより夜を徹して祝宴が開かれた。
その宴の真ん中で、滂沱の涙を流しながら自棄酒をあおる少女の姿があったことは言うまでも無い。
なお蛇足ではあるが、依頼を受けたセイリンゲの採取を行っていないことを思い出したのは、二日酔いの頭を引きずりメンテルヒアへと向かう帰路半ばのことだった。
誤字脱字ありましたらご連絡ください。
H23/11/27 誤字修正。ご指摘ありがとうございます。
H23/11/28 誤字修正。ご指摘ありがとうございます。うう、誤字だらけ・・・
H24/12/17 誤字修正。ありがとうございます。